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ラストフロンティア  作者: 西光寺翔
第一章 竜と終末の大陸
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□いざ飛び立たん□

「ムリムリムリっ! 絶対ムリッ!」


 そして数時間ほど歩いた先にある岬で澪は叫び声を上げた。

 岬には小屋がひとつ立っており、そこから現れたハゲ頭の大男に早川教諭は挨拶をした。


「また随分元気な嬢ちゃんだな」


 大男は傷だらけの頭を困ったようにさする。


「あんまり騒ぐと、こっちが怯えちまうからよ。どっと大船に乗ったつもりで跨ってくれや」

「いやいや、だって乗馬もしたことないのに乗れるわけないじゃん! ドラゴンなんて!」


 と彼女は喚いた。

 それも無理はない。

 その小屋はドラゴンを飼育し、それを使って空を移動する離着陸場だった。

 今目の前には、赤い体表をした巨大なドラゴンが四足で頭を下げていた。

 数日前、リーズ中等竜騎士長が従えていたドラゴンと同種のようだが、サイズがその倍近くあり、背中には人を載せるための鞍が備え付けられている。


「というか、聞いてないわよ! 国が地続きになってないなんて! なんで大陸全部が浮いてるのよ!」


 さらに種明かしをすれば、この世界は僕らが想像するよりもずっと特異な状態に置かれていた。

 このリーガロスティア大陸は、大陸という名を冠しているが、そこに属する国々は互いの領土を接地していない。

 間を阻んでいるのは海ではなく、空だ。

 国々はそれぞれに分断をされ、それぞれが単体で浮遊をしているのである。しかも各国は星の上空を一定の周期で移動しており、数百年に一度すべてが接地するのだという。

 いわく、神は人が争うことを好まず、大陸を分断したが、人はそれでも争い続けた。見兼ねた神は大陸を星から切り離し、浮遊させることで国交を断絶させたのだという。

 ともあれ、今では航空技術が発展し、またドラゴンという移動手段を手に入れたことで、紛争の火種はくすぶり続けている。


「落ちついて澪。きっと大丈夫だから」

「逆にどうして凛太郎はそんなに落ち着いていられるのよ!」

「あ、僕は……ほら、ドラゴンって男のロマンだし」

「わけわかんないっ!」


 本音を言えば、昨日の夜にベルから大陸の構造を聞かされていたためである。

 澪もここが浮遊しているというのは、初日でわかっていたことだろうが、恐らく陸地すべてが浮いているとまでは思ってもみなかったのだろう。

 ましてや主要な移動手段が飛空艇かドラゴンの二択しかなく、正規空路である飛空艇を奪われた僕たちは、はるか上空をドラゴンの背に乗って飛ばなければならないなど、想像もしていなかったに違いない。僕自身も信じがたいのは否定しない。


「私高いところダメなんだよぉ!」

「大丈夫だ、真宮。ドラゴンから落ちた奴の話を俺は聞いたことがない。何なら落ちてもドラゴンはすぐに拾ってくれる!」

「落ちてるじゃん!」

「おやっさんのドラゴンなら心配いらないんだって」


 半泣きの澪の説得を続ける早川教諭。彼女の気質上、正論で攻めても意味はない。しかし僕はこの状態になった彼女のなだめ方をよく知っていた。


「澪、置いていくよ」


 作戦名――無関心。


 これまで成績優秀、眉目秀麗、才色兼備を地で体現してきた真宮澪は、あらゆる物事で注目を浴びていたがために、逆に注目されない状況に立たされることへの耐性がない。

 今彼女は渦中にあるが、それを外してしまえば自然と結果はこうなる。


「やめてよ、置いて行かないでよ……」


 素直じゃないのだ。

 それでも僕は興味ない素振りでドラゴンの鞍に足をかけた。ここで引いては澪の思う壺だ。


「わかったわかったから、ひとつだけ!」


 すると彼女は、ドラゴンに跨がる僕のブーツを掴んだ。


「飛んでる間……手握っててよ」

「……」


 内心、ドキッとしたのは認めよう。

 いつも威勢の良い女性が不意に見せる弱みというのは、これほどまでグッとくるのか、と。

 ましてや澪は美少女だ。瞳を潤ませ、頬を赤くしている彼女の仕草は、昨晩のベルよりも破壊力がある。恐るべし幼馴染。


「それくらいお安い御用さ」


 そう余裕を見せる僕の声はどことなくうわずっていた。

 僕は手を差し伸べ、一気に澪を鞍の上に引き上げる。そのあとに早川教諭も続き、三人は出発の準備を整える。

 だが、それに続かないものが約一名。


「ベル、早く乗りなよ」


 冷めた表情でこちらを見上げる彼女に声をかけた。まったく微動だにせず、まさか彼女も高いところは苦手なのだろうかと考える。


「……っ」


 ベルは鼻息を鳴らし、ようやく一歩を踏み出した。

 その瞬間――


「うわっ」「きゃっ!」


 跨がっていたドラゴンが大きく翼を広げ、慌てたように身体を起こした。四足をよろめかせ、必死にベルから距離を取ろうとする。


「落ちる! 落ちる!」

「捕まれ、澪!」


 身体を投げ出された澪はかろうじて鞍の手すりに捕まる。彼女に手を伸ばす僕もまた頭を左右に振られながら、懸命に手すりを掴み続けた。


「痛ってぇ」


 咄嗟にナイフを放り投げた早川教諭は、消滅と出現ののち前転をしながら地面を転がる。教師のくせに生徒を残して逃げやがった。


「おうおう、どうしたボルボア! 落ち着け、こら! 何に怖がってんだ!」


 大男はドラゴンの手綱を引き、落ち着かせる。しかし、その二メートルを越す巨体でさえ、ドラゴンは軽々と持ち上げた。


「ベル! 君の仕業か!」

「……」

「くっ! わかった! わかったから、何とかしてくれッ!」


 僕はたまらず根を上げた。これ以上彼女の機嫌を損ねても仕方がない。

 キュッと口を引き結んだ彼女は、苛立たしげに一歩を引く。

 するとどうだろう。荒ぶっていたドラゴンはどうにか四足を地面に付け、頭を垂れた。


「はぁ……死ぬかと思った。てか死んだ! たぶん三回は死んだ!」


 澪が僕の腕に抱き着きながら、ぜえぜえと息をつく。胸がこれでもかと言わんばかりに主張している。

 それを見ていたベルはまたしても大きくため息を吐いた。


「御主が乗れなどと戯言を口にするからだぞ。なぜわしがそのような小童の背に乗らねばならん」


 対して、わあ喋った、と澪が呟くが、今は置いておこう。


「あぁ、そういうことか……わかった」なるほど、理由はわかった。「僕が悪かったよ。でも、乗りたくないと言うなら、そう言ってくれ。ただ、ここから先に進むためには乗らなきゃならないんだ。それが嫌なら……今この場で君の素性を洗いざらい話さなくちゃならない。それでいいのか?」

「構わん。そもそもわしは隠してなどおらん」

「……」


 まったく何をそんなに不機嫌になってるんだか……。

 僕は澪と一緒にドラゴンを降りる。


「ベル、本当の姿をみんなに見せるんだ。それですべて説明がつく」

「承知した」


ちっとも承知していない表情で彼女は頷いた。


そして――彼女は変貌を始める。


皮膚が削げ落ち、鱗が並ぶ。

爪は鋭く、牙が揃う。

身体はみるみるうちに巨大化し、首と尾が伸びていく。


「ちょ! えっ!?」


 澪が後退り、僕の袖を引いた。しかし、僕は一歩も動じることなく、その変身を見届ける。

 鱗は白かった。

 びっしりと並んだそれは、日の光を浴びて輝いている。炊きたての新米がごとく、などと表現したら、なおさら不機嫌になるのだろうか。

 両翼を大きく羽ばたかせ、その威厳を誇示する。

 白き竜――ホワイトドラゴンははるか高みから僕たちを見下ろした。


「これがベルの本当の姿なんだ」


 その場の全員に説明しながら、僕は再度ベルを見上げる。

 キリンのように長く伸びた首を折り曲げ、下がってきた頭を撫でた。


「ドラゴン? 彼女はドラゴンで人の姿にもなることができるのか?」

「いや、おらぁ長年ドラゴンを飼育しているが、こんなに白く美しいドラゴンなんて見たことも聞いたこともねえ」


 早川教諭は手で口を覆い、大男は頭の汗を手で拭った。


「わしは他とは違う、特別だからな」


 周囲のリアクションにベルはまんざらでもない様子だ。

 中でも一際大きなリアクションを見せたのは澪だった。


「ほぇ」


 彼女はベルの全身をくまなく見回し、頭を確認した途端――


「ふにゃ」


 その場に積み木を崩すように倒れ込んだ。


「お、おい! 澪っ!?」


 咄嗟に抱き抱え、頬を叩く。しかし、余程ショックだったのか、ピクリとも動かず、腕にかかる重みが和らぐことはなかった。

 無理もない。昨晩事前に聞かされていた僕やドラゴンの存在が当たり前になっている大人二人に比べ、目前で人がドラゴンに変わる奇術ショーを見せられては気を失いたくもなるだろう。

 だが、僕はこの好機を見逃さなかった。


「先生!」

「ど、どうした冷泉」

「今のうちに飛び立ちましょう!」

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