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ラストフロンティア  作者: 西光寺翔
第一章 竜と終末の大陸
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□ホワイトドラゴンはかく語りき□

 庭の定義とは何かについて考えていた。


 そもそもアルトネリオンのカバルデの外は、囲いのない草原になっている。そのため、ひとくちに庭と言っても、恐ろしく広大な面積を有しており、待ち合わせの場所に指定するには決して適さない。

 僕は暗い庭を先程から行ったり来たりしていた。これから訪れるであろうメールの差出人を待って。

 やがて、ひとつの影が動いた。


「やっぱり君だったんだな、ベルーガ」

「……」


 二つの月に照らされた白銀の髪は、シルクで編まれたかのように艷やかに揺れ、瞳は磨き上げられた玉のように美しく、非の打ち所がない。


「服、とても似合ってるよ」


 暗がりから現れた彼女は刺繍がふんだんに施されたローブを身に着け、まるで魔法使いのようだった。僕はといえば、着替え途中だったので、未だ制服だったりする。


「……驚かんのだな」

「驚いてるよ。だけど、何となく予想していたかな」

「はははっ、御主は昔から頭が回るな」

「……?」


 鼻で笑う彼女に、僕は首を傾げた。


「僕たちは昔に会ってる?」

「……ほう、御主はこのわしのことをまだ思い出せずにおるのか? まったく嘆かわしい。頭が回ると言ったのは撤回するぞ」


 その居丈高な態度、そのじじ臭い口調。確かにどこかで出会った気がする。そういえば、彼女の名前がわかった時も、似たような感覚を覚えたな。


「これでも思い出せんか?」


 すると、彼女は僕の顎を取り、何気なく唇を交わした。交わしたというか、奪っていった。


 何の味もしない。キスってこんなもんだっけ?


 だけど僕は突然の行為に身体を強張らせ、だけど僕は次第に力を抜いていく。


「っ……これで契約は交わされた。あとでつべこべ言うでないぞ、凛太郎」

「あ、鳥だ! あの時の鳥、痛ッ!」


 ベルーガが僕の頭を叩く。


「阿呆か御主は! この高貴なるわしを鳥扱いするとは何事か!」

「いや、だって……空に飛んで行ったから」


 それは夢の中の出来事だと思っていた。

 炎に焼け付く草原に、真っ暗な空。傷付いた僕は横になり、空に飛ぶ黒い鳥を眺めていた。

 雷のような光とうねりを上げる熱が衝突し、同時に白い鳥が僕に牙を立てた。


 ――牙を立てた?


「そうか……君は鳥じゃなかったんだ」


 今さらになって過ちに気が付く。

 鳥に牙はない。

 牙があり、羽が生え、火を吹く。そんな三拍子を揃える生物なんて存在するわけがない。

 だから夢だと思っていた。

 だが、夢じゃないことに気が付いた。

 このファンタジーに出会って。


「君は……ドラゴン。白いドラゴン。それで……」


 それで何があったんだっけ?


 子どもの頃のことだったと思う。

 住んでいる町にあった広い草原で遊んでいた僕は、彼女を――大きな白いドラゴンを見つけた。

 ドラゴンは怪我をしていて、このままじゃだめだと思ったから助けたんだ。と言っても子どもだった僕には、見様見真似で包帯を巻くだとか、軟膏を塗るだとか、そんなレベルのことしかできなかったが。

 ただそう、それで彼女は回復した。持ち前の治癒力が高かったのだろう。

 話を聞けば、彼女は迷子だった。黒いドラゴンの群れに追い立てられ、ふとした瞬間に日本に来てしまったのだという。

 だから帰り方がわかるまで僕は付き添うことにした。人に見つからないように隠れる場所を探したり、餌を持ってきたり。まるで捨て犬を見つけたかのようだけれど、サイズがその比じゃない。

 毎日毎日、その時の僕にできる最大限の力を持って彼女の世話をした。


 それで……それで……。


「ブラックドラゴンたちはこのわしを追って、御主の世界に現れよった」

「そしてすべてを焼け野原にした」

「ばかりでなく、御主の腹に風穴を開けてな」ベルーガは腕を組む。「わしは奴らに一泡吹かせてやろうと飛びかかったが、その瞬間またしても扉が開き、リーガロスティアに帰還することとなった」

「その時、僕たちは契約をした?」


 噛みつかれたとき、僕はさっき彼女が言った言葉を聞いた。何の契約かは知らない。だが、彼女は間違いなくそう言った。


「同化契約じゃ」

「同化契約?」

「ブラックドラゴンに襲われ、瀕死の傷を追った御主を助けるため、わしは御主と同化することに決めたのじゃ。その結果、わしと同程度の治癒力を獲得した」


 ブラックドラゴンの尾に生えた棘が僕を貫き、空中から振り落とされた。彼女は僕に噛み付き、治癒能力を与えた。


 いや、待て。他に誰かいなかったか?


 その黒い影に頭を悩ます僕の前にベルーガは立ち、ゆっくりと抱き締める。


「会いたかった……」


 息を呑む。それは彼女の態度からは考えられないほどの憂いと優しさに満ちていた。


「突然いなくなってすまなかった。こちらとあちらを結ぶ穴は、原理がわからんでな。長い年月をかけて御主と、わしが同化したことで、こちらに呼び寄せる道を作ることができた」

「……」

「やっと見つけたと思ったときは、何年も時が流れておった……わしもわかっておった。きっと御主はわしを忘れているだろうと。だが、会わずにはいられなかった」

「どうして……」

「御主が……」

「んん?」


 と僕は首を傾げる。

 ベルーガは視線を右往左往させ、口を開けては閉めたりを繰り返す。だが、次の瞬間明らかに頭の上に電球がともった表情を作った。


「お、御主はわしと契約をしたのだぞ。一緒におらねばなるまい」

「あぁ、そうですか……」


 正直言おう。


 ちょっと告白されるのではと、期待をしてしまっていた。

 頬赤らめ、いじらしく指を動かし、ちらちらと僕の様子を伺う。これほどステレオタイプな行動を取っておきながら、契約だからと切って捨てるのは無理をしているとしか思えない。

 まぁ……僕みたいな凡人を好きになる奇特な奴などそうそういないから、この期待も過度だったか。とはいえ落胆は隠せない……。


「むぅ、何か文句でもあるのか!」

「いやいや、文句はないよ。で、そのきみがどうして牢屋の中に?」


 素朴な疑問を投げかける。例えば僕たちのように魔導が扱えるといった理由からだろうか。身元不明のドラゴンは捕まってしまうとか?


「んー、それはわしもよくわからんでなぁ……」彼女は細い指を顎に当てた。「長机に並んでいた肉を食べて、追いかけられてな。追いかけてきた人間に噛み付いて、火を吹いてやったら、ここにおった」

「は?」

「いや、じゃからわしもなぜこんな扱いをされておるか分からんのだ。肉を食って何が悪い」

「……」


 ただの食い逃げじゃないか……。

 このドラゴン娘にはあとでしっかりとお金の概念を教えてやらねばならない。

 それよりも先に確認をしておくことが他にもある。


「あのさ……」


 しかし、その後のセリフは言ったものかどうか悩んでしまった。


 ――僕たちを地球に帰してくれないか。


 呼び寄せる力があるのならば、帰す力もあるだろう。でも何年も僕を待ち、その末に再会することができたのに、そんな彼女の気持ちを無下にする気は起きなかった。


 ならばせめて――


「澪と先生を地球に帰すことはできないか?」


 二人だけでも帰していいではないか。彼らはわけもなく、呼び出されているのだから。


「それはできん」


 なのに、彼女はそれを断った。


「アレらはわしが呼び寄せたものではない」

「どういう意味?」

「少し説明がいるかもしれんな」


 ローブをはためかせ、彼女は腕を組んだ。


「今この世界はとある危機に直面しておる」

「危機?」

「《破壊者》がこの世界のバランスを崩そうとしておる」


 何だかありがちなRPGじみてきた。いやファンタジー世界というものは、小説であれ、漫画であれ、映画であれ、アニメであれ、何かしらの危機に瀕している場合が多いからそう思えるだけかもしれない。


「それはブラックドラゴンと結託し、行動を始めよった。おかげで、これまで数の少なかったブラックドラゴンが、ここ最近頻繁に姿を現すようになってきた」

「……」

「その《破壊者》はブラックドラゴンの力を使い、戦争の火種を各地にばら撒いておる」

「それが今僕たちがいるのとどういう関係があるの?」


 壮大なるファンタジーに僕たちのような矮小な人間は不要だろう。


「わしはこの世界の《調停者》を探す役割を与えられていた。崩れたバランスを取り戻す役割だ。この役割は《破壊者》とは対になるものとして存在し、両者は釣り合いを持ちながら、この世界の再生を計っておる。片側一方がなくなれば、この世界はたちまち崩壊する。それを知ってか知らずか、《破壊者》はわしの命を狙いおって、困っておる。しかし、逃げてばかりもいられんでな、わしは増えすぎたブラックドラゴンを適切な数にまで戻さねばならん」


 真剣な眼差しを送る彼女を前に、僕は彼女の願いを尋ねる。


「で、その《調停者》が僕だと?」

「そうじゃ」

「……澪たちも必要なのか?」


 その質問に彼女は頬を掻いた。


「いや、はっきり言えば、他のものなど必要ないのじゃ。わしは御主さえいれば良いと思っておる。だが、すまん……アレらはそれとは違う理由でこちらに呼ばれている」

「その理由がわからないと帰せない? 扉を開けてくれればそれでいいのだけれど」

「むぅ……実を言うと、扉を開く能力はわしの範疇ではないのだ。成すべきことを成したときに、扉は開くだろう」


 つまり、僕たちはその世界が求める役割をまっとうして初めて元の世界に帰れるということか。ますますRPGじみている。


 だが、目標が見えたのは行幸だ。


 異世界で宛もなくさまようよりは、その《破壊者》を止めるという具体的なやるべきことができた。

 具体性を帯びたことで、これからの僕にはいくつかの解決しなければならない事項が浮かび上がった。


「《破壊者》とブラックドラゴンは強いのか?」


 戦うということは力がいるということだ。僕も澪も魔導を操ることができるようになったが、それくらいで倒されてくれるほど、相手もやわではないだろう。

 それに必要なのは戦うための力だけにとどまらない。

 知力が必要だ。この世界でも違和感なく暮らせるくらいの。


「強い。わしよりもはるかに数で勝る奴らは一筋縄ではいかん。御主が使う魔導は非常に有効な手段となりうる」

「鍛えてくれるか?」

「もちろんじゃ」

「……」


 まずは修行をするとしよう。しかし、その時間はどれほど必要なのだろうか。手段はどのようなものなのか。澪や早川教諭でもできるものなのだろうか。

 杞憂とも思えるさまざまな疑問が浮かぶ。


「よし……」


 善は急げとはよく言ったものだ。

 僕はとやかく考えるよりも先に動き出すことにした。


「魔導の使い方を教えてくれるかい。それから同時並行で構わない、この世界のこともわかる範囲で教えてほしい」

「なかなかに酷なことを言う。御主、身体は万全ではなかろう」

「その身体も死んだらおしまいだ。できることは早めにやっておきたい」

「はははっ!」


 至極まともな、得てして笑われる要素のないことを言ったつもりだが、彼女の高笑いは腹の奥から出ていた。


「後先考えずに行動するところは変わらんな。安心したぞ、凛太郎」

「馬鹿にしているようにしか聞こえないよ、ベルーガ」

その直後、ベルーガは僕の口に人差し指を当てた。

「ベルーガは御主がわしに付けた最初の名前じゃ。だが、御主は間違えおってな。わしをオスのドラゴンだと思ってベルーガと名付けおった」にこりと笑う。「これからはベルと呼べ。御主の伴侶になるものの名であるぞ」

「……」


口角を上げ、蠱惑的に笑う彼女に、僕は言葉を失った。

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