8 最終日のお披露目
俺が視線をタンジャラのほうに向けると、もう少女の姿に戻っていた。ゾウのほうが本来の姿らしいから、少女に化けなおしたというべきかもしれないけど。
「あのバーンテッドって男は、クランザをたしかに殺そうとしてたわ。だから、それなりの報いを受けてもらったの。命があるだけありがたいと思ってほしいわね」
タンジャラはさばさばした顔で言った。
「ちなみに何をやったんだ?」
「ゾウになって足を踏みつけてあげたの」
想像するだけで寒気がした。
「つまらない理由で、人の命を狙うことまでは否定できないけど、やるならそれ相応の覚悟を持たないとダメだわ。彼も反省したら後半生はいい人生が送れるかもしれない」
「説教臭いセリフだなと思ったけど、タンジャラは神だからおかしくないのか」
まだバーンテッドはうめいていた。
結果論だけど、あいつは竜騎士になったせいでいろんなものを失ったわけだ。
俺はバーンテッドのところに降りていった。
「助けて……命だけはとらないでくれ……!」
命乞いは聞いているほうもみじめでつらい。俺もそんなつもりはない。
俺はバーンテッドの肩に手をやった。
悲鳴じみた命乞いをされた。殺すつもりはないって。
俺はバーンテッドの肩に縫い込まれていたタスキを引きちぎった。
「勝利の証として、これはもらっていく。明日がもう最終日だ。実習が終わったら、捜索班が来てくれると思うから、それまで耐えててくれ」
「せめて回復魔法を……回復魔法をかけてくれ!」
「足が砕けたものまでは治せないぞ。せいぜい痛みがひくぐらいだ」
「それでいいから……いいから……」
変な方向に曲がった足に魔法をかけようとして――やっぱりやめた。
「悪い。俺はそこまで人間はできてないんだ。この苦しみはお前が背負ってくれ」
俺はバーンテッドから背を向けて、タンジャラのほうに戻った。
罪のない人を救おうとする程度の愛はある。
だけど、敵に手を差し伸べられるまでの愛はない。
タンジャラは一仕事終わったからか、明るい顔をしていた。
「タンジャラ、俺の判断を軽蔑するか?」
何も言わないのも変だから、なんとなくそう聞いた。
「どうして? 最初にあの人間に制裁を与えたのは私だし、だいたい、クランザも恥ずかしいと思ってないでしょ?」
なんでもないことのようにタンジャラは言った。
「うん、そのとおりだ」
そのタンジャラの屈託のない笑みに救われた気がした。
「もっと、気楽に考えて生きていけばいいのよ。あなたは何も間違ってない」
タンジャラは両手で俺の右手を包んでくれた。
神様だからとかいったことを抜きにしても温かった。
「傷だらけの手ね。訓練をしまくったみたいね」
「自分で言うのも変だけど、そうだと思う」
竜騎士を目指すために、体の限界に挑戦するようなことも何度かやった。実習では対戦相手の陣地に忍び込むために断崖を素手で登るだなんて無茶もした。
そうでもしないと、戦闘の才能も家柄も何も持ってない自分が上に立つのは無理だと思っていたせいだ。
それでも竜騎士には残念ながらなれなかったけど――
代わりに新しい生きる道が開けた気がする。
「タンジャラ、俺と一緒に来てくれるか?」
「言われなくてもついていくわよ。やることないし」
たしかにやることがない者同士だった。
俺はタンジャラの手に自分の左手を重ねた。
タンジャラと共に当てはないけど生きていこう。
そのうちに何か見つかるかもしれないし、見つからなかったとしても――
タンジャラと生きるなら退屈もしないだろう。
「ところで、明日はどうするの?」
タンジャラは首をかしげて尋ねてきた。タンジャラも明日がサバイバル実習の最終日であることは知っているはずだ。
「明日の正午になったら実習終了だから、その時間にここから出ていくつもりだけど」
そんなふうにやり過ごして終わりだ。タンジャラとだらだらとあてもない旅に出ることに決めたのだから、安全に時間を使えばいい。
しかし、タンジャラはわざとらしく、頬をふくらます。
「つまらないわね。せっかくだから、派手にやりなさいよ。この学校全部に思い知らせるぐらいのほうがいいわ」
そのあと、タンジャラが語った内容は、たしかになかなか面白いものだった。
気付いたら、聞いていた俺も笑ってしまっていた。
「わかった。じゃあ、それでいこう」
俺も作戦を決行することにした。
どうせなら門出も派手なものにしてやろう。
目立つっていうデメリットもあるんだけど……タンジャラは目立つほうが好きそうだし、これからもそんなこともありそうなんだよな。
●
やがて朝日が昇り、実習の最終日がやってきた。
結局、実習の間は三日ともいい天気だった。過ごすにはいい気候だが、足音を風や雨で消すことができないので、都合が悪いと思った連中も多かったんじゃないか。
そして、正午がじわじわ近づいてきた頃。
俺は終了後の集合場所に近い平野部に一人で現れる。
付近の人口密度は高い。生徒たちが戻ってきていることと、そういう連中を狙って一気に多数のタスキを獲得しようという腹積もりの奴らが待っていることのせいだ。
現に、俺が来た時にも竜巻の魔法や氷結の魔法も駆使しつつ、好成績の生徒同士がタスキの奪い合いを演じていた。
もう失格になった奴がそれを遠目に見ていることもあれば、割り込めるチャンスがないか探っている者もいる。そんな探っている者を狙う者もいて、なかなか混乱していた。
そこに俺が五枚の通常のタスキと竜騎士がつけていた特別のドラゴンの紋章入りのタスキを腕にはめて出てきたわけだ。
すると、どうなるか。
いくつもの殺気と好奇の視線が俺のほうに向いた。
竜騎士のタスキにとんでもない価値があることは誰だってわかる。下手をすると、それを持って正午を迎えるかどうかで自分の未来の華々しさが劇的に変わるかもしれないのだ。
一斉に、軽く十人ぐらいの生徒が俺のタスキを求めて、殺到してきた。
俺はさっと、後ろの樫の木に隠れる。
「逃げても無駄だぞ!」「タスキをよこせ」
そんな声が聞こえる。
心配しなくても逃げたりはしない。
次の瞬間には、樫の木ではとても隠しようがない巨体が連中の目にも映ったはずだ。
『獲物は引き付けられたようね』
ゾウになったタンジャラが思念で答えた。その背中にはもう俺が騎乗している。
人の姿で木の裏で待機してもらっていたのだ。
「じゃあ、ゾウ騎士の活躍をお披露目するとしようか」




