7 ゾウ騎士の実力
タンジャラは左手の人差し指を額のあたりに置いて、瞳を閉じた。
その途端、ドラゴンの炎なんかよりはるかに強い光が現れた。
光が去ったあとには、そこに白いゾウがいた。
「タンジャラ……だよな?」
念のため、確認する。別のゾウだなんてことはありえないだろうけど。
『そうよ』
ちゃんと俺が理解できる声で、タンジャラは言った。いや……これは思念みたいなものか。俺の耳には「ぱおおぉーん」という鳴き声と、長い鼻が縦に動いたのが見えただけだ。
『あなただけに聞こえるようにテレパシーを出してる。発声器官の関係でゾウのままだとしゃべれないのよ。理論上は、『ぱおーん』の差をつけることで何を言ってるか区別できるけど、そんな信号の解析みたいなことしたくないでしょ?』
「ああ、これで頼む。ところで、ゾウになってどうするつもりだ?」
『ちなみに、あなたのほうは声を出してね。心を読むことも不可能じゃないけど、あまり読まれるのは楽しくないでしょ?』
そんなやり取りをしている間に炎が迫ってきた。
ドラゴンがこちらに気づいたらしい。ゾウなんて巨体がいれば、バレもするだろう。
「ああ、クランザ、そこですね! ……しかし、なんでゾウがこんな山中に……?」
バーンテッドも意味がわからないだろうな。それが正常な反応だ。
「なあ、竜騎士に知られたけど、どうするんだ?」
『クランザ、私に乗りなさい』
思念でそう伝えられた。
『あっちが竜騎士なんでしょ。ならば、こっちはゾウ騎士よ』
ゾウ騎士……? たしかに破壊力だけなら普通の馬の騎士なんかより、よほど強いかもしれないが……。
「でも、タンジャラなら人の姿でも勝てそうな気が……」
『あの竜騎士に悪夢を見せるって言ったでしょ。いいから乗りなさい』
辞退する暇もなかった。ドラゴンが近づいてきているのだ。ゾウの背中は高くて、乗るのも一苦労だったが、これでも軍人の卵だから、それぐらいのことはできた。
『よし、出発!』
タンジャラが「ぱお~~~ん」と鳴き声をあげると、勢いよく走り出した。
振り返ると、俺たちがいた場所には、もう炎がやってきていた。間一髪というところだ。
「まさか、ゾウを乗りこなしてるのですか! やはり、クランザ、君は妙な才能がある。軍隊の中に入り込まれると、少し不気味です!」
バーンテッドにまで評価されたようで光栄だ。でも、危険視されてることと同じなので、素直には喜べない。
『じゃあ、行くわよ。振り落とされないようにね』
タンジャラはその巨体で斜面を駆け上がっていく!
「マジかよ!」
とても急傾斜に対応した体ではないだろうに、そんなことは気にも留めずにタンジャラは走る。
「逃げるつもりですか? 空を飛ぶドラゴンから逃げようだなんて無駄ですよ!」
バーンテッドが叫ぶ声が聞こえた。そのとおりだと思う。いくら速度がついても、こっちは陸から離れられないのだ。
もっとも、生身の体で走って逃げるよりはずっと速い。ここはタンジャラを信じるしかない。
俺は振り落とされないように、しがみついた。
後ろが熱い。炎がぎりぎりのところまでやってきている。もう、振り返る気にもなれない。
耳にはバーンテッドの哄笑と、ドラゴンの咆哮と、ゾウの咆哮が響く。これこそがシュールな悪夢だと思うが、残念ながらすべて現実の出来事なのだ。
ゾウになったタンジャラはさらに加速する。ドラゴンも獲物を仕留めようと努力しているようだが、炎はなかなか当たらない。
「おい! あれだけ大きな的に当てられないってどういうことですか! しっかり炎を吐きなさい!」
バーンテッドがドラゴンに文句をつけていた。
しかし、ドラゴンのほうが腹が立ったのか、わざと振り下ろすように体を曲げた。
「うわわわっ! やめろ! ……やめてください! 僕が悪かったです……!」
本来、竜騎士になれるような器じゃなかったのだ。ドラゴンもそのことは理解しているのだろう。統率がとれた敵と戦うよりはありがたいが、ゾウの姿でどうやって戦うんだ?
あるいは、異世界のゾウは炎でも冷気でも好きなだけ吐く動物なのか?
そんな武器でもなければ、ドラゴンに立ち向かえるとは思えない。
『かわいそうに。あんな小物に乗られたんじゃ、真価は発揮できないわね』
タンジャラがドラゴンを憐れんでいた。初見で敵の実力をすぐに把握しているところは見事だと思う。
しかし、連係が取れてないといっても、ドラゴンが敵なだけでもつらい。どうすれば打開できるんだろう。
『さらに加速するからしがみついててね。あの小物なら落ちるだろうけど、あなたなら大丈夫でしょ』
俺が答える前からタンジャラの疾走速度はさらに上がる!
恐ろしい暴れ馬、いや、暴れゾウだ! しかも、急斜面だから転落しそうになる!
もはや、速度をゆるめてもらうこともできない。そんなことをしたらタンジャラともども転落していく。もう、好きなだけ走ってもらうしかない。
『うん。違う世界でも、体は十分に動くわね』
タンジャラも自分の体のコンディションを確かめているようだ。
『さて、そろそろいい頃かしら』
タンジャラの体が反転する。
傾斜地のちょっとした平場に俺たちはやってきていた。
そして、俺は気づく。
ほぼ眼下にドラゴンとバーンテッドがいることを。
いつのまにか俺たちはドラゴンの真上に出ていたのだ。
『さあ、悪夢を見せてあげるわ』
――タンジャラが勢いよくジャンプした。
違うな。これは落下したというべきだろう。
俺の乗っていた巨体が真下に落ちる。
「うああああっ!」
ある種、ドラゴンに追われるのに匹敵する恐怖心がある!
しかし、それは無意味な転落とは意味が違った。
ゾウのタンジャラの巨体は、バーンテッドごとドラゴンを踏みつけたのだ。
タンジャラは器用に斜面に体を置いた。
「クハアアアアアァァァァ! アアアアァァァァァ!」
ドラゴンが悲鳴を上げて、よろめいて、落ちていった。
でも、それを覆い隠すように、
「痛い、痛い、痛いっ! ああああああっ!」
ドラゴンから振り落とされたバーンテッドがのたうち回りながら、斜面を転げていた。




