5 一緒に暮らすことにした
このまま、そこにいるとほかの生徒に気づかれてしまうので、俺たちはまた斜面を下っていって、安全なところまで戻った。
そこまで戻って、俺は言った。
「少なくとも、タンジャラが神だということは信じる」
高位の魔法使いにしては身体能力が高すぎる。さらにとんでもないものなのは間違いない。
「疑り深いのね。でも、まあ、いいわ。少しは恩も返せたし」
タンジャラは合計五つのタスキを俺のほうに差し出してきた。
受け取らないのもおかしいので、それをもらう。ずっと籠もっているはずだったのが、突然そこそこのスコアになってしまった。
「ただな、タンジャラを信じていいのかというと半信半疑だ。だいたい、なんでこの世界に来ていて、しかも弱っていたのかがさっぱりわからん」
「ああ、なるほどね。それもそうだわ」
タンジャラはそのへんの木にもたれかかった。
「ここがどうかは知らないけど、私が元いた世界では神がたくさんいてね、ほかの神に攻撃されたの。といっても、神を殺すことはできないから封印してしまうか、もっと確実なのは――」
タンジャラは地面のほうを指差した。
「どこでもいいから違う世界に飛ばしてしまうこと。そしたら、安全確実でしょ?」
「出自はわかったけど、衰弱していた原因は?」
我ながら疑り深いと思う。だが、竜騎士選抜試験で落ちたばかりだし、それもしょうがないだろう。
「魚を陸に引き上げたままにしたらどうなる?」
タンジャラは質問に質問で返した。
「弱って死ぬな」
「それと似たようなもの。それぞれの世界が海だとしたら、世界と世界の移動箇所が陸にあたるの。その移動中に大幅に弱ったってわけ。だから本来の姿までさらして、苦しんでたのよ。あのままだと数百年、石にでもなってるところだったわ。助けてくれてありがとうね」
「本来の姿って、あのゾウか」
てっきり今の姿が本来のものだと思っていたのだが。
「そういうこと。ゾウの神なの」
屈託なく笑うが、さっきの戦闘力を見せられているので心を許しづらい。もし、最初からこの姿で笑いかけられたら恋にでも落ちたかもしれないが。
「じゃあ、元の世界に帰るんだな。恩返しはしてもらったし、これでいいよ」
首を横に振られた。
「いや、帰れないわよ。元の世界に戻るなんてとんでもなく力がいることで、私の全力でも無理だし」
タンジャラは、今度は眠そうなあくびをした。
「だから、ここでどうにか暮らすしかないの。まあ、気ままにやるわ。あっちの世界でも気ままにやってきたわけだしね」
この先どう生きるべきかもわからないのに、ずいぶん呑気だなと思っていたらちょっとおかしくなって、俺は笑ってしまった。
声が出たので、これは誰にだって気づかれるだろう。
「そんなに面白いかしら? 嘲笑してるわけでもないみたいだから許しておいてあげるけど」
「いや、タンジャラを笑ったっていうより、自分を笑ったんだ」
そう、俺だって将来をどうするかまったく決めかねているところだ。タンジャラと大差ないのだ。
なのに、タンジャラを呑気だと思った自分がいた。そんな他人事じゃないのに。
「寝泊まりに便利な場所を探す。よかったらついてきてくれ」
俺は動き出した。この演習は三日間もあるし、夜に奇襲が来ることも考えておかないといけない。
「ついていくわよ、どうせ暇だし、このへん、人家もなさそうだし」
道らしい道もないほど幅が狭いのに、強引にタンジャラが横に並んでくる。
「じゃあ、歩きながら身の上話でもするよ」
そのへんの町でも歩いているような感覚で、俺は過去のことを話した。
といっても、すぐに終わってしまった。我ながら、薄っぺらい人生だと思う。
寒村に生まれ、幼い頃に村が滅び、その時に自分を助けてくれた竜騎士にあこがれた。身寄りがない子供を育ててくれる寺院に拾われ、十二歳で竜騎士を目指して王国の軍隊学校に入った。
なのに、竜騎士になれなかった。
以上。
「――っていうわけで、俺は抜け殻みたいな気持ちでこの演習に参加してるってわけだ」
「今後の予定は?」
「一切ない」
わざと強い声で断言したが、かえってみじめな感じだ。
「つまり、竜騎士になるのは確定事項だと思ってたんだ。それはそれですごい生き方ね。普通は保険をかけて、落ちた場合のことも考えるものじゃないの?」
「……言われてみれば、そうだな」
竜騎士に選ばれるのは毎年五人程度。能力的に中途半端な者を選ばないという面もあるが(とはいえ、これは建前だったと思い知った)、使役できるドラゴンの数が有限なのだ。
その竜騎士に必ずなれると考えていたわけだから、ずいぶんとプラス思考だった。
「異世界から来た神に言ってもしょうがないけど、本当にどうしよう……?」
目標を失った奴は、何を目指して生きていけばいいんだ?
しばらくタンジャラは固まっていた。じっと、真顔で俺のほうを見ていた。
当然の反応だ。こんなことを聞かれてもアドバイスしようもないよな。
すると、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「じゃあさ、クランザ、私とのんびり暮らさない?」
「えっ?」
考えてもないことを言われた。
「お互いに目標もないんだし、似たようなものでしょ。だらだらやってる間に何か見つかるかもしれないし、見つからないならそれはそれでいいじゃん」
「いや、でも、タンジャラって神なんだろ? そんなあっさりと了解しちゃっていいのか?」
「だって、この世界で神だって威張ろうとしても空しいでしょ。一夜で神殿を作り上げる魔法なんてものは持ってないしさ」
タンジャラは今度は俺の頬を人差し指でつついた。このあたり、見た目の年齢に近い、いたずら好きな性格らしい。
「どう? どうせ、私も誰かにこの世界のことは聞かないといけないし、あなたがいてくれたらちょうどいいの」
こんなに女子に近づかれたことはなかったので、少しどぎまぎした。
軍隊学校には女子もいたが、授業まで別にやっていて、女子と近づけるチャンスは本当になかったというのもある。
まあ、そういう部分を差し引いても、誰かと一緒に暮らすというのは、一人で目的もなく生きるよりはマシだと思えてきた。
「わかった。その話に乗ろう」
「そっか。ご契約ありがと~♪」
ぎゅっとタンジャラに抱きつかれた。
人生で初めての女子との抱擁が、神とは思わなかった……。




