4 ゾウの神
俺はゾウに注意深く接近した。
一説によると、モンスターを除く地上動物の中ではゾウが最強の力を持つという。飛行能力が退化したドラゴンだという説もあるが、そんなのがどこに生息してるか謎だし、とにかく大物ってことだ。人間なんて簡単に叩きつぶせる。
ゾウが衰弱してるのはすぐにわかった。俺を襲おうって意志はまったくないと言っていい。
「俺に危険がないのがわかったのはいいとして、どうしたものかな」
こんな大物がいれば無茶苦茶目立つ。しかも、まだ生きていて声も出しているのだ。
元気になったとしても、こんなのが森を闊歩していれば、やはり目立つ。俺は違う場所に潜伏先を変えるしかない。
ゾウは俺のほうを力なく見つめている。
脳内にいくつか選択肢が浮かんだ。
・面倒だから逃げる。
・助けようと試みる。
・象牙は高く売れるから頂戴する。
俺が考えている間も、ゾウは俺の目を見つめてくる。
なんか、その視線が自分が竜騎士に助けを求めた時にしたようなものに似てると思った。
実際にどうだったかはわからないが、村を失った夢を見た時の俺はそんな目をしていた。
「わかった。助ける。ただし、俺は回復のスペシャリストじゃないからな」
俺は両手を軽く挙げて降参のポーズをとりながら、ゾウに近づく。
どうも傷はないらしい。じゃあ、たんなる寿命で衰弱してるのか? ゾウの年齢などわからないが、肌には張りがあるように思える。老年という気はしない。
あるいは、いきなり寒いところに来てしまって、苦しんでいる。
……誰がゾウを連れてくるんだよ。まあ、でもいいか。
俺は回復魔法の詠唱をはじめた。自分ができることといえば、これぐらいだ。
「我はお前の命に語りかける。所望するならこの泉の水を飲むがいい……」
緑の光がゾウの体をやわらかく包む。
といっても、ゾウがデカすぎるので、全体を包んだというか、一部分が少しの間、緑色になったという感じだ。
「ぱお、ぱおー!」
「おっ、気持ちいいのか」
明確に喜んだ声だ。
ならば、これを繰り返すか。
俺は数回、回復魔法を唱えた。
そして三回目の回復魔法を唱えた時――
ゾウがゆっくりと起き上がった。
「やっぱり、デカい……」
こんなのに踏まれたら即死だ。
恐怖感はあるが、こちらを攻撃しようという意志もないようだし、さらに回復魔法を使用する。
そして五回目の回復魔法を使った直後――
ゾウの姿全体がまばゆいほどに発光した。
なんだ? このゾウ、魔法でも使えるのか?
次の瞬間、そのゾウの姿は消え――
代わりに美しい少女が一人立っていた。
年齢は十五、六だろうか。
銀色の髪をして、肌はよく焼けた小麦色をしている。
布を何重にも巻き付けたような服を着ている。その服装は南国系のものだと思う。
「あなたのおかげで助かったわ。一時はどうなることかと思った……」
ふぅ、と少女は安堵のため息をつく。
「ええと……どこから聞けばいいかわからないんだけど……」
文脈上、おそらくそうなるよな。
「君、あのゾウなの?」
「そうよ」
さばさばと少女は言った。
「率直に言って何者なんだ?」
自分の人生でもこんな特殊な存在に出会ったことはない。
神話にすら類例がない。この国にも神が獣に化けたという神話はあるが、ゾウに化ける神など知らない。だいたい、ゾウに化けたら目立ちすぎて、無意味だろ。
「ガネーシャという神で、個人名はタンジャラというわ」
俺は変な名前だと思った。
すっと、少女の目が細くなり、疑惑の顔つきになった。
「今、変な名前だと思ったでしょう?」
中腰になってその顔を近づけてくる。
「ど、どうして、すぐにわかった……?」
ここまであっさり見抜かれるとは思わなかった。神というのは本当で、心が読めるのか? だとしたら厄介だ。
「当たったのね。さすがに心は読めないわ。でも、すぐわかる。だって、ここは私がいた世界とは違うから、高確率で変な名前と聞こえると予想できるでしょ?」
筋は通っている。何物かわからないが、変化の魔法が使える時点で高位の魔法使いであることまでは間違いない。
俺は少しだけ、背後に目をやった。
これは獣の足音だな。人間にしては軽すぎる。
「あなた、何か気になることがあるの?」
「実習中なんだ。このへんにいる人間は全員、敵だと思って間違いない」
「全員が敵ね。なかなか面白いわね」
本当に面白いと思っているのか謎だが、とにかく少女はそう言った。仮に神だとしても邪神の恐れもある。扱いが難しい。
「その敵というのは殺してもいい敵?」
本当に危なっかしいことを言いだした!
「いや、敵といっても模擬戦だから! このタスキを奪えば十分だ。できればケガもさせないほうがいい」
俺は自分のタスキを見せながら説明した。
「はいはい。じゃあ、ちょっと行ってみるわ」
少女は斜面のほうに顔を向けると、ものすごい勢いで駆けあがっていく。
どう考えても常人のものじゃない! 俺はすぐにそれに続いて、横に並んだ。
「君、本当に神なのか? それとも他国の斥候か何かか?」
「斥候だったら、もっと別のウソをつくわ。それに君じゃなくてタンジャラよ」
「わかった。タンジャラ――これでいいか?」
タンジャラは笑った。
「ええ、よくできました」
下るのと比べれば駆け上がるのはずっと時間がかかる。それでも、どうにか尾根筋まで到着した。
そこまで来ると周囲を見張っている生徒が数人いた。グループを組んで、尾根筋を警戒しているようだ。
ただ、斜面から来るという意識はなかったようで、こちらには気づいてない。
俺は斜面のところに隠れて様子をうかがう。
「敵は最低でも五人か。武装してるし、ちょっと危ういな」
「ああ、状況はわかったわ」
平然とタンジャラは敵の視界のほうに出ていった。
「えっ? 誰だ、あんた?」
制服じゃない格好の奴が出てきて、生徒も混乱しているようだった。
「ちょっと痛いけど許してね」
タンジャラがぱちんと頬を張った。
生徒があっけなく数メートルは吹き飛ばされる。
途端にほかの生徒たちが敵が来たことに気づき、殺気立つ。
「お前!」「ただで返すな!」
しかし、無意味だった。
右手を払うだけで連中はあっさり吹き飛ばされたのだ。
どんな攻撃力をしてるんだ? これでも軍隊学校の生徒だぞ。素手で冒険者を一掃したようなものだ。
さらに手際よく何かを奪っていると思ったら、タスキだった。
「これを集めればいいんでしょ?」
夕方にももう一度更新できればと思っております。




