10 最高得点を出して学校辞めます
ドラゴンのほうも騎乗者がパニックになっていることに気づいたのか、あたふたしているようだった。ドラゴンも無視するわけにもいかないのだろう。
おかげでこっちも十分に時間がとれる。
俺は体が後ろに泳いだ騎士に向けて、次の攻撃に移ることにした。
今度こそ火の玉を放つ。
落下防止で体を固定しているバンドのところに。
竜騎士の背中のあたりに火がついて燃え上がった。
「あちちちっ! 熱い!」
必死にバンドを外した竜騎士はそのまま野原に落下していった。
炎は転がりながら消したようだけど、まあ、失格ということでいいだろう。仮に逃げようとしてもタンジャラより速く走れはしないはずだ。
もう一人の竜騎士は剣を抜いた。
接近戦に持ち込む気か。
『なかなか面白そうなことを考えるわね』
タンジャラのほうは気楽なものだが、俺はまあまあ命懸けだ。
それでもタンジャラの上に乗っているせいか、危険なことをしているという感覚はなかった。母親に包まれているような安心感っていうやつだろうか。もう、母さんの顔もほとんど思い出せないが、そういう気持ちはわかる。
俺も剣を抜く。安物の剣だが、折れてるわけでも曲がっているわけでもない。それだけで上出来だ。
ドラゴンが吠えながら、俺たちの目の前に滑空してくる。
一気に決着を決めようって腹だな。俺が馬に乗っていたなら、馬が怯えてそのまま吹き飛ばされていただろう。
でも、こっちはドラゴンなんかじゃなくてゾウの神だ。
タンジャラは臆することなく、体を軽く横に曲げて、ドラゴンの一撃を回避する。
竜騎士が「臆したか!」と叫んだ。
「そんなことはないさ」
俺はタンジャラの気持ちを代弁した。
少なくとも怖いだなんて心の声をタンジャラからまったく聞いてないのだ。
ドラゴンは一撃をかわされたせいで、地面に腹を擦りそうなほうに高度を下げて、ようやく止まった。
それは重量級の泣き所だ。勢いをつけて動いたら、次の動きにかかるまでに時間がかかる。蝶のように舞い、蜂のように刺すというわけにはいかない。
そこをタンジャラは狙っていた。
タンジャラは「ぱおおお~~ん!」とゾウなりの叫びと共に――
ドラゴンの横っ腹にぶつかっていった。
凶暴なドラゴンの表情があわれなほど弱々しいものに変わった。ドラゴンというより、ひょろひょろしたトカゲといった顔だった。
ドラゴンが横に倒れそうになる。同じように、竜騎士の体も傾く。
勝機がこちらに回ってきた。
俺は剣を前に突き出して、竜騎士の首の真ん前で止めた。
「降参しろ。こんなところで死んだらバカみたいだろ?」
竜騎士は死体みたいに青ざめた顔で、「タスキをやる……」とつぶやいた。
タスキを渡す直前にいきなり刺し貫こうとしたりしてこないか心配だったが、そんな気力も、もう竜騎士にはなかった。タスキを渡すとふらふらとドラゴンから降りて、どこかに去っていった。
『クランザ、なかなか悪くなかったわ。やっぱり、あなた、戦いの才能があるわね』
「才能なんかねえよ。寒村出身の子供だ。五代さかのぼっても農家しかいないさ」
俺はゆっくりと右手を握り締めた。
「竜騎士になるための努力でどうにか、ここまではたどり着いたんだ。大変だったけど、そのおかげで、これからもどうにかやっていけそうだから自分に感謝してる」
『そうね。あなたの力はあなたを欺いたりはしないわ』
「タンジャラは簡単に言うけど、なかなか疲れたからな……」
俺はタンジャラの背中にべたんと体を預けた。
命懸けの戦いをやってきたのだ。疲労だってたまる。
『でも、おかげであなたは軍隊学校最強の生徒ということになったみたいよ』
平野部のほうには、逃げ出した生徒たちのタスキが転がっている。
「ああ、あれを回収しておかないとな」
●
太陽が昇りきったところで、演習林一帯に終了を告げる角笛が響き渡った。
続々と集合場所にタスキを奪われずに生き残った生徒たちが戻ってくる。
竜騎士の姿もあった。俺が三体倒したらから残り二体だけだったが。
もっとも竜騎士が話題になることはなかった。すぐに生徒の話題は俺のほうに集中した。
「おい、あれ、なんだ!」「ゾウだよな……」「どこにいたんだよ!」「ていうか、なんで乗りこなしてるの?」
ゾウに乗っている生徒がいるのだから驚きもするだろう。
少し恥ずかしくもあるが、まんざらでもない。ちょっとした凱旋の気分だ。
話題はまだまだ続いている。
「いや、無茶苦茶強かったんだよ、あのゾウ騎士!」「竜騎士にも勝ったんだ! たしかにこの目で見た!」「あいつ、クランザだよな。成績がいいのは知ってたけど……」
教官が生徒たちに静まれと叫んだ。ただ、その教官も俺の扱いをどうしたものか迷っているようだった。
「サバイバル実習はこれにて終了である! この三日間を耐えきった者はタスキを提出するように!」
「生存者」が教官のところに並ぶ。
大半はタスキ一つだ。俺が本来計画していたように、ずっと隠れていた奴らだろう。
たまにタスキ三つぐらいを出す奴もいるが、それも隙を突いてほかの潜伏者を倒したというところだろう。三日間戦い続けるなんてことは精神的に無理がある。
俺の法には、手の空いた教官が直接やってきた。
「六年のクランザ、ただいま戻りました!」
俺はゾウから降りて、教官たちにあいさつする。
ゾウのタンジャラも「ぱお~ん」と声を上げた。
「う、うむ……。まずはタスキを出してくれ」
「こちらになります」
大量のタスキを渡す。そのうち三枚は竜騎士の紋章が入ったものだ。竜騎士三人に勝ったという証拠だ。
教官は呆然とした顔で、数を数えた。
「通常タスキ、二十六枚……。しかも竜騎士のものが三枚……」
恐ろしいものを見るように教官はゾウのほうに目をやり、それから俺に目を向けた。
「竜騎士三体もお前がやったんだな……?」
「さようです。そのうち、二体はさっきまでこの近くで戦いましたので、証人も多くいるかと
。もう一体は深夜に狙われましたので、返り討ちにいたしました。斜面のほうでケガをして動けなくなっているかと思いますので救助を出してもらえればと思います」
生徒たちから「最強のゾウだ!」「ドラゴンを超えた!」という声がしていた。
どうやら、文句なくこのサバイバル実習、俺が最高得点らしい。
「それで、そのゾウは何だ……?」
「はっ! 拾いました!」
俺は悪びれもせずにそう答えた。
「教官殿、自分は竜騎士昇進試験に落第いたしました。ですが、その代わり、素晴らしいゾウを手に入れることができました。これからはゾウ騎士として生きていこうかと思います」
教官は目を白黒させていたが、こほん、こほんと空咳をした。
「ゾウ騎士部隊などというものは王国に軍制にはない。いくらゾウの破壊力が素晴らしいものでも、そんなものを認めることはできん」
別にこの教官が意地悪なのではない。よさそうだからといって、無断で取り入れることなどできるわけはない。それでは軍隊の統率など取れなくなってしまう。
「承知いたしました!」
俺は大声で言った。
「ただ、そのゾウが軍にとって貴重な戦力になることは考えられる。しかも、お前は実習中、最高得点を叩きだしているし――」
「では、自分はこのまま除籍ということにしてください! 軍人になることは諦めます!」
さらなる大声で、教官の声をかき消すようにそう言った。
言ってしまったら、非常に爽快だった。
「このゾウと別れることはとても耐えられそうにありません。ならば、ゾウとともに生きていこうと思います。幸い、王国の法にはゾウの飼育を禁ずる条項はありませんし、どこかに農地を耕してほしいという依頼もあるかもしれませんので」
「い、いや……待て。そのゾウは……」
顔を見ればわかる。兵器としてゾウだけ置いていってほしいということだろう。
そんな都合のいいことをしてたまるか。
竜騎士になれなかった時点で、頭を下げる必要もないんだ。
教官の声を遮るみたいに、タンジャラが「ぱおお~ん! ぱおおお~~~ん!」と激しく鳴いた。
俺はタンジャラの肌を撫でた。
「このようにゾウも自分になついております。ほかの者には従わないでしょう。ゾウと生きていきます!」
●
その日を限りに俺は軍隊学校を退学することになった。
機密を外に出さないようにといった誓約書にいくつもサインさせられたが、どうせ形式的なものだ。そもそも、成績不良の生徒を毎年、学校側が追い出している。
軍隊学校の時代から、詳細な軍事機密を教えるわけもないから、たいした問題はないのだ。
荷物を革袋にまとめて寮を出る。寮の外に少女の姿のタンジャラが立っていた。
「案外と軽装なのね」
「実家からの差し入れもない立場だったからな」
「ちょうどいいわ。旅をするには身軽なほうがいいから」
俺たちは街道に向けて、歩き出した。
今回で最終回とさせていただきます。内容的に広げていくのが難しいので……。これまで読んでいただき、ありがとうございました!




