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甘いマシュマロ嚙みしめて

作者: 青色の猫

世界で一番幸せな、二人だけの時間。


一日が終わる、少し前。

俺と彼女はなにげなく立ち寄ったコンビニで、彼女の好きなマシュマロを買い、近くの公園のベンチに座って、他愛もない馬鹿話をして笑いあっていた。

 隣で俺の話に相槌を打っている「彼女」は、同級生であり、俺の大切な人でもある女の子、美夕ちゃん。同じ文芸部の部員である俺たちは、放課後決まってこの公園に足を運び、太陽が沈むころまで同じ時間を共有する。

どちらが言い出すでもなく、それはいつのまにか日常となっていた。それは、俺たちの「愛の確認作業」とでもいうべきものである。もちろん、そんなポエミーで恥ずかしいセリフは、彼女の前では決して言わないが。

「そういえば今朝は、河川敷でカモにパンをあげながら登校したよ」

定期テストの話題が尽き、しばらく穏やかな沈黙を楽しんだところで、俺は彼女に語りかけた。

「そういえば」なんて、今思い出したかのような体を装っているが、俺がこの話を彼女に聞かせようと思ったのは、実際にはもう一週間も前のことになる。面白い話を聞かせてあげられるよう、彼女が笑ってくれるよう、ワインを熟成させるように、俺は日常を熟成させる。

「それで最終的に、後ろについてきたカラスと雀たちが学校まで押しかけてきて、こっぴどく叱られたよ」

そこまで話してところで、彼女の口角がゆっくりと、三日月のような弧を描いて滑った。堀の浅いえくぼが、夕日に照らし出されて影を落とした。

花開くような笑顔だった。今日もそれを見ることができて、俺は幸福の絶頂に達した。

彼女ほど花鳥風月の映える女性を、俺は知らない。

俺は常々、「自分という人間は彼女の笑顔を咲かせるためだけに生きている」と思っている。

彼女は決して自分からは語らない、夜間の太陽のような人だ。まばゆくにぎやかな星は、彼女の周りには浮かんでくれない。なぜなら住む世界が違うから。

だから、俺が孤独な空の姫に地上の土産話をして、ほんの少しでも彼女の心に潤いを取り戻す。悲しみに裂かれて、姿を隠してしまわないように、俺は一滴一滴を大切にワインを注ぎ、それを受けた彼女が、ゆっくりと瑞々しい花弁を開いていく。

太陽が沈むまでのこのわずかな時間、世界には俺たち二人しか存在しない。ちょうどさっき買って来たマシュマロのような、ほのかに甘くてやわらかい手触りの幸福が、俺たち二人の間を満たしていた。

けれど、幸せな時間も永遠には続かない。

最後にありったけのきらめきを放ってから、太陽は闇に飲まれて消えていく。そして夜が来て、世界は時間を取り戻す。そうなれば、俺と彼女の時間は終わり。

次に瞬きをしたとき、彼女はあいかわらずたおやかな笑顔を浮かべたまま、俺の前から姿を消した。古ぼけたベンチがギッと乾いた音を立てた。手のひらで木目を撫でると、そこに彼女のぬくもりが残っている気がした。

自分の顔の輪郭を、涙がゆっくりとなぞっていった。

日本人は儚いものに美を見出すというが、俺には到底理解できない。「儚い」とは、「対象が消えて失われてしまうこと」を、「対象の終わり」を前提とした美だ。目の前で美しいものが終わっていく様子を優雅に楽しんでいる日本人は、狂っているとしか考えられない。

そう叫んで本の中の世界に逃げ込んでも、今度は不幸を知らない主人公たちがやってきて「いやいや違うよ」と満面の笑みでこんな綺麗事を吐く。「すべてのものは終わりがあるからこそ美しいんだ」と。

そんなものは、本物の終わりを、この胸を貫くような痛みを知らないから言えるのだ。フィクションの世界には、必ず都合の良い結末が用意されているから。

一瞬のきらめきになんて価値はない。俺は何よりも永遠が欲しい。

「儚い。」それはなんて残酷で、美しく、憎らしい言葉なのだろう。

実のところ、俺は羨ましくて仕方ないのだ。遠くに行き止まりが覗いたトンネルで、それでもなお、進むことをやめられない。通り雨の後、刹那の隙に現れた虹の根を、ないとはわかっていても目指してしまう。そういう終わりを受け入れる心を持った、一直線な愛の持ち主のことが、心の底から羨ましい。

落陽の数十分前にだけ姿を現す、大好きな女の子。言葉を話さずただ笑うだけのその虚像を、空想だと分かっていても、俺は愛してしまう。すべて俺が俺のために演じている一人芝居であるのにもかかわらず、俺は彼女を想わずにはいられないのだ。

しかしそれは本当の愛ではない。空想と現実の間をさまよう、中途半端な気持ちを愛と呼べるはずがない。それは彼女を穢す行為だ。

結局、俺は明日も明後日もここへくるだろう。彼女と幸せに浸り、そして同じだけの苦悶に頭を抱えるのだろう。俺の中にこたえが出るまでは、おそらくずっと。

公園を立ち去る前、最後に一つだけマシュマロをつまんだ。ベンチの横に黒い小さな石碑がある。その前に、そっと残りの入った袋を供えた。

マシュマロはやわらかくて、一瞬で溶けてしまいそうなくらい儚くて、幸せの味がした。それを噛み締め、また涙を流しながら、俺はひとり公園を後にした。

「また、明日」


一年前、太陽の沈む夕方六時、この公園で俺の愛する人が亡くなった。









世界で一番残酷な、二人だけの時間。



淡く儚いものにテーマをおいた作品です。えくぼも好きです。


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