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笑止千万  作者: 曲瀬樹
第二期 森羅穿つ界線の努
17/42

第十五話 我々の言葉のむなしさについて


 僕は書架の上から彼らのやりとりをずっと見ていた。ずっと、それはもう、長い長い間。退屈になって一人でチェッカーのトーナメントを始めてしまったっておかしくないような──もちろん、そんなことやってないけどね──そのくらい、長い間。


「どう思う、って?」


 オウムのように僕がそう返すから、彼は不満げに口をちょっと曲げた。


「俺の聞きたいこと、君にはわかっているんだろう」


「それがさ、よくわからないんだ。君が、僕に率直な意見を述べて欲しいと思っているのか、はたまた僕に背中を押して欲しいのか」


 彼は迷子の幼児みたいな顔をする。たぶん、自分の中でも整理がついていないんだな。僕はどうにもめんどくさいなあと思って、深く息を吐いた。


「だって君、僕の見立てによればそのふたつで半々じゃないか。これは難題だね」


 彼の顔があんまりに情けなくて見てられないから、ぼくはそのまま書架の上で仰向けになった。僕の顔の真横にランタンがぶら下がって、そのガラスの壁の中でめらめらと火の先が揺らめくのが見える。


 ところで、あなたは多分前の話を読んで、それからわけがわからないままこの続きを読んでるんじゃないかと、僕は思っているわけだ。次の話を読めば自分の中のわだかまりが解けるんじゃないかっていうような、ちょっとした期待とか希望みたいなものが、あなたの背中を押したんじゃないかと、少なくとも僕は思っているんです。……そういえば、「あなた」ってわかるかな。あなたのことなんだけど。僕は寝返りを打って、それからまた起き上がり、下の方にいる彼に目をやった。彼はまだこっちを見ていた。僕の言葉を待っているらしい。


「うーん、君との話をすぐにでも続けたい気分なんだけど」


 僕は手持ち無沙汰な気がして、ちょっと頭を掻いた。


「前の話が始まる少し昔のことなんかを話すべきなのかもしれないや」


 あなただって、今までいくつかの小説や映画や演劇の中で出会ったことがあると思うんだけど、僕って「その手」のキャラクターなんだよ。あなたをあなたと認識できる、特権階級といえば伝わるはずだ。


 それから僕が彼の反応を待って腕を組んでいると、彼はやっぱりよくわからないらしい。さっきまでのウェルテルみたいに情熱的な悲哀とか苦悩を、そっくり前の話に置いてきてしまったんだろうね。


「……俺は別に、昔のことなんて覚えていないし、思い出さなくたっていいし……」


「ああ、まってまって! そういうまだ説明してないことをさ、勝手に色々話されると困るんだ! 段取りってものがあるんだよ。こっちには」


「……また君、わけのわからないことばかり言って……」


「君にはわからなくていいんだ」


 あなたにうまく説明するためには、ちょっと僕の頭の中を整理しなくちゃならない。紙とペンがいるな。


「……もしかして君、また『見えない友達』の話をしてる?」


「『君には』、『見えない友達』ね」


 僕は彼の問いかけにそう答えてから、ペンケースの中にあった鉛筆の芯が死ぬほど丸っこくなっているのに気がついた。ああ、あなたにも経験があると思うけど、こういうのってさ、ものすごくやる気を削ぐんだよね。もちろん、鉛筆をけずっておかなかったのは僕の失態なんだけどさ。でも、もう本題に入ろう。あなただって、退屈してきたところでしょう? ああ、それと、言い忘れていたけど、あなたにまたお会いできて光栄だって、ほんとうに思っているんですよ。僕は。






 掃き溜めは、エゴイズムに汚濁を突っ込んで、悪徳のスープで七日間煮込んだような、醜悪な空間だ。今まであなたがお話を読んできた中で想像してきた風景は、僕の認識とそんなにずれていないと思って欲しい。


 その掃き溜めの中──もしくは、僕の認識としては、上、または横、いや、三次元で説明すること自体がナンセンスな位置──には、異質な空間がある。それが、この書架の森だ。無限のこの書架があんな汚い街の、一体どこに収まっているかって? あなた、もうサイエンスと名前のつくような教養番組を見るのをよしたほうがいいよ。だって文学の中では、なんだって──文字通り「なんだって」──起こるんだから。僕が言いたいのは、ここが、「あって、ない場所」であって、「地図にのりっこない場所」だってことなんだ。


 そして、「彼」もまた、(前のお話から、あなたにとっては突然登場した「彼」のことね)あなたのよく知っているであろう「二人」と一緒で、外からやってきた。必要とされたからだ。僕は、彼が来る前のことについても知っていて、だから、彼がやってきた時には、いろんなことを教えてやった。


 彼がもうひとではなくなってしまったこと。この広大な図書館の中で、彼はこれからたったひとりで、誰かの人生を書き留めるという大仕事を果てなくやり続けなければならないこと。彼にとっての「世界」は、もはやこの図書館でしかないこと。そして、人を人たらしめる条件である、三つの欲というものが、彼にはもうなくなってしまったこと。そのほかにも、いろいろだ。


 箇条書きのようで申し訳ないけれど、彼についての紹介はざっとこんなところ。忘れたらまた読み返してくれると嬉しい。あと、そうだ。彼の言動について、僕の印象によく残っている部分があるから、そこのところを紹介しておこうか。それも、僕の思い出話じゃなんだから、実際にその場にあなたをお連れしよう。僕にとっては、時間軸を飛び越えることなんてのは、週の初めにベッドから抜け出すのよりもずうっと、簡単なことなんだから。






 僕の話を聞き終わった彼の顔は、先ほどよりも幾分晴れやかに見えた。彼は、乾いた笑いを一つもらしてから、そうか、とひとつ口にする。


「なんだかよく分からないけど、俺、救われたんだなあ」


 彼の瞳はおそらく天啓を得ていた。少なくとも彼はそう思っているに違いなかった。


「ここで、俺は新しい人生を始めることができるのか?」


 彼の声は震えていた。その震えは、僕には不安や恐れのようにも思えたし、あるいは喜びにも思われた。いや、きっとそのどちらでもあった。彼は、「可能性」に身を震わせていたんだ。


「悪いけど、君の『人生』っていうものは、もう放棄されたと思ってもらっていい。君は、もうひととして生きることはできない。『存在している』だけだ。『生きて』はいない」


 僕のその言葉を得て、彼はうなだれて、そうか、と声を漏らす。


「でも、」


 僕の声に、彼はまたこうべをもたげる。


「君は、『新しい存在』になることができる。君は、『誰かのために』存在することができる。そして、きっと、誰かを『救う』存在になる……」


「俺が……?」


 彼の声には、僕の言葉を疑いながら、けれど同時に何かに縋るような気迫があった。


「そうだ、君が、君が誰かを救うんだ」


 もっとも、彼は誰かを「救う側」であって、彼はもう誰にも救われることはないのだった。けれど、僕はそのことについては言うまいと思っていた。だって、そんなの悲しすぎるじゃないか。


「そうか、俺が、『この』俺が、」


 彼は興奮した面持ちで、救う、と口にした。それからまた、あの乾いた笑いを漏らしてから、ひとつ息をつく。


「……よかった」


 彼は、血まみれの顔で、涙を流しながら心から幸福そうに微笑んだ。






 そう、あの日の彼は血まみれだったんだ。頭や顔には血が跳ね返っていて、黒いフロックコートからは滴って血だまりができるほどだった。しかもそれは彼の血ではなかったんだ。僕は、いくらでも彼の過去を遡ることができたのだけど、それをしなかった。彼がそれを望まなかったからだ。なんでそんなことがわかるかって? 彼はあの日、それまでの自分の記憶を、自ら望んで全部消してしまったからなんだ。だから僕も、彼がここに来る前のことについては、語るつもりもない。それに、今ここで仲良くおしゃべりをする分には、彼は決して悪いやつではないし、一緒にいたってそんなに悪くないからだ。僕にとってはそれだけで十分だし、たとえ彼が昔、大悪党の殺人犯だったって、そんなの大事なことじゃないんだもの。


 あなたって、悪いことをした相手を、いつまでも恨んでいることができる? たぶんそれって、無理なことだと思うんだよ。特に、相手があなたと同じ映画の趣味をしていたり、お母さん思いだったり、マントルピースに家族の写真を置く習慣があったりだとか、そういうふうなひとだって知ってしまった日なんかにはね。






 「彼」について少々の知識を得たところで、では諸君、この話の冒頭へと戻ってこよう。これで下ごしらえはすんだというわけさ。語り手である僕については、まあ、いいじゃないですか。だって、ここであなたに紹介できるような僕っていうものについて、僕自身には持ち合わせがありませんし、僕は三人いる語り手のうちのひとりでしかなくて、傍観者でしかあり得ないわけですから。僕の語ることについてはぜひ、大いに注意を払っていただきたいけれど、僕自身についてはどうだっていいんです。


 それでも敢えてひとつ、はっきりさせておきたいことがあるとすれば、最初の話が始まる前にあなたにご案内を差し上げたのは僕で、あの「二人」の知り得ないこと──さしあたっては、あの美青年について──語り得たのも、僕だけだってことくらいです。


 僕は、「彼」との会話を再開する。とりあえずは、目下の問題である「彼女」について。


「彼女が最初にここにやって来たのはいつだっけ」


 僕はその答えを知っていながら、わざわざ彼にそれを尋ねてみる。これは口頭の試験なんだ。


「……四十九日前」


 彼ははっきりと覚えていた。僕は、彼がそう答えられることも知っていた。だって彼、彼女についての記憶を、覚えている限り書き留めているからね。それは彼の職務の範疇であるのだけど。


「そう、君らは七晩を七週繰り返した。彼女はその間、途切れることなく毎晩君の元にやって来た」


 彼女はいつも、同じ時間にやってくる。いつも変わらず、同じ入り口から入ってくるのだ。


 そして、彼といつも同じように出会い、同じように彼と親しくなって、同じように彼のことを好きになる。そして、同じ悲しい顔をして、彼の前から去っていくのだ。


 その四十九の夜について、僕はそれのどれもがきっと、彼と彼女にとってかけがえのないものだったと思うけれど、それらの全てを語るわけにはいかなかった。だから、そのうちの七晩だけをあなたにお届けしたわけだ。


 しかし、彼女が「四十九回」も、「七週」も、ここにやって来たということが、僕らにとっては問題だった。


「君、ほんとうに彼女の記憶を消しているんだよね?」


「もちろん!」


 彼は食いつかんばかりに凄まじい勢いで返答した。


「だって、だって彼女がやって来るたび、なんとか彼女の手を放してやって、俺のことを諦めさせるときに、俺は、俺は……」


 一番悲しいのが彼自身だってことを僕はわかっていたから、それ以上彼を疑うのはやめてやった。彼が半端なことをするわけがない。


「それでもやっぱり彼女はここにやって来る」


 僕は考え込んだまま、深く息を吐く。


「……彼女のことって、俺にはよくわからないんだ……俺が誰かの記憶を書きとめようと、誰かのことを思うとき、それは、そのひとの言葉になって俺の頭の中に流れ込んで来る。だから俺は、それをそのまま紙の上に載せていく」


 ぽつぽつと語り始めた彼のことを、僕は放っておくことにした。


「でも、彼女については……どうしてここにやって来るのか、彼女の考えについて頭を巡らせても、なんだかよく分からないんだよ」


 それから彼は少し落ち着いた様子で自分の膝を撫でた。


「君の力は、ひとでなしから『言葉』を『吸い上げて』それを自分のものにしてしまうこと」


 僕は書架の上から彼のつむじを見ている。


「書き留めて守り抜くも、消してしまうも君次第、のはずなんだけど」


「でも彼女はやって来た」


 図書館は広い。あまりにも広くて、僕の言葉くらいじゃ彼の寂しさを埋めようがなかった。


「そして彼女はきっと、明日の晩にもやって来るだろうね」


 彼の背中がぴくりと動いた。それから少し間を置いて、彼はまた口を開く。


「いや、今まではやって来た。けれど、明日はもう来ないかもしれない」


「今まで来たんだから明日もやって来るさ」


 強められた僕の語気に頭を上げた彼は、なんとかして自分に嘘をつこうとしているらしかった。僕は、彼のそういうところをもって、悪い友人じゃないなと考えていた。


「僕はさっき、君の腹の中は半々だと言ったけれど、どうやらそうじゃないね」


 僕の言葉に、彼は驚きの目をあげた。


「だって君、僕に、『どう思う』って聞いただろ。そして、今も彼女について延々と話をしている。彼女の問題は、君にとって『終わったこと』じゃないってことだ」


 僕のはっきりとした目を、彼はしげしげと見つめていた。


「君にだって確信があるんだろ。彼女は、きっと明日の晩もやってくるって」


 彼は頷かなかった。自分の期待が、逃れようのない事実によって裏切られてしまうのが、怖くてしかたなかったのだ。でも、彼も、そして僕も、彼女がまたここにやって来ることを確信していた。理由というのは、今までの四十九の晩、欠かさずやって来たその続きだから、というのでもよかったし、そんな気がするからでも、とにかくなんでもよかった。本当は、科学的で客観的だって言いたそうな顔をして説明できる理由なんかなかったんだと思う。でも、それは間違いないことのように思えたんだ。特に、彼女のあの真摯なまなざしを思い返すとき、その確信は揺るぎないものになっていった。きっと五十番目の夜に、何かが起こると、僕らはもはや、「知っている」。






 ところで、実を言うと、前にも話した通り、僕は時間の壁を越えることができる。それも、下手なタイムマシンとは違って、僕は過去だけじゃなく、もちろん未来にも行くことができる。いつでも、見たいものを見に行けるわけだ。けれど、発売前の本の中身をどこかで盗み見るなんてこと、けしからんわけで。僕は、目の前に知らぬうちに起こったことを、あなたに聞かせるための存在でいたい。


 その理由として、一つ目には、このお話の終わりまで全部が全部僕の知るところとなってしまったら、僕はこれから何を楽しみにこの図書館でうろうろしたりすればいいんだろうっていうこと。そのために、僕は僕を楽しむため、間抜けな傍観者でいたいんだ。僕には、楽しみを先に取っておく権利がある。


 そして、二つ目には、これを読んでいるあなたっていうひとのこと。だって、『誰かがすでに全部知っていること』を、その『知っている通りに』話されるなんて思ったら、このお話を読むのがずっと退屈になっちゃうんじゃないのかなって、僕は思うわけだ。巻末に答えのついた数字のパズルブックにハマっていられるのなら、それだっていいんだけど。


 ところで、僕よりももっと外にいる傍観者のことについては触れちゃいけない。だってそれじゃ、僕のあなたへの親切心が無駄になってしまうからだ。つまりは、今僕が、これを読んでいるあなたに言わなくちゃいけないのは、あなたの暇な時間をこんなものを読むのに使うってことは、きっと割りに合わないんじゃないかなっていう、そういうことなんだ。もっと前に、なんなら、一話が始まる前にこれを言っておけばよかったな。でも、前書きが長い小説って、大抵めちゃくちゃ面白いか、死ぬほどつまんないかのどちらかだと思うんです。ましてや、前書きを書いて満足してしまうなんてことも、よくあることだしね。いや、これはやっぱり話さなかったことにしてほしい。


 色々話した後で、結局のところ僕が言いたいのは、少なくとも僕はあなたの味方で、あなたと一緒になって期待と不安に心臓をぐらぐらさせながら、彼女の登場を待っているってこと。ああまた、余計なおしゃべりをしてしまった!






「明日の夜また彼女がやって来たら、」


 僕はまた彼に向かって話しかける。


「君はもう彼女に嘘をついちゃいけないし、君自身にも嘘をついちゃいけない」


 僕は彼のことをじいっと見つめてみる。


「彼女には、小手先だけの言葉のあやみたいなのは通じない。そんなことじゃ彼女は折れやしない」


「……俺は、どうすれば」


「君と彼女の両方が納得できる答えを見つけなくちゃならない。そうじゃなきゃ、きっとこの繰り返される夜は終わらない」


 彼は泣きそうな目を細める。


「だって俺は知ってるんだ。彼女が、ここじゃない場所に、きちんと幸せを見つけていること……なんなら彼女、どこにいたって幸せになれて、そして、そばにいる誰かまで巻き込んで幸せにするような、そういうひとなんだよ。俺にはわかるんだから……彼女は、俺のことなんか、好きになっちゃいけないんだ……」


 彼は両手で自分の顔を覆う。


「それに彼女、記憶を消してほしいって、ちゃんと頷いた。俺とのことを全部忘れてしまいたいって……。彼女は嘘をついていなかった」


「でも、ひとってのは自分自身にだって嘘をつくもんだよ」


 彼は顔を上げないけれど、僕の言葉をしっかりと聞いているようだった。


「そうして、それが嘘だったかほんとうだったか、自分でもわからなくなるなんてこともしばしばだ。それに、女性って天邪鬼なことが多いし」


 彼はそれでも顔を上げないので、僕は少しからかってやることにした。


「たとえばさ、彼女って君には純粋な天使に見えてるんだろうけど、一皮むけたらわからないよ。彼女、もしかしたらさ、腹の底ではこう思ってるかもしれない。君に組み敷かれて、『あそこ』をめちゃくちゃにされたいって……」


 そこまで言ったところで僕の顔面をまっすぐめがけて本が飛んでくる。三次元に生きている彼が怒りに任せて投げたものなんて、僕に当たるわけがないんだけど。


 彼は、顔を真っ赤にして怒りに震え、肩を上下させていた。やりすぎたなあ、これは。僕はちょっと弱ってしまう。


「彼女を侮辱したら、いくら君だって許さない……!」


「悪かったよ。でも本当に君ってさ、彼女のこと」


 彼は、怒りとは別の意味でまた顔を赤くしていた。


「でも、これはおふざけじゃなく言っておくけど、彼女も、半分くらいは動物で、君と……ここに来る前の君と、大して変わらない存在なんだ。僕らと少々染色体とか内臓とかちょっと外に出てるあれそれが違うだけで、ほとんど同じ作りをしてる。あんまり恐れるのも、崇め奉るのも、ナンセンスだと思うんだけどね」


 彼は僕の言葉を聞き入れて、それからふーっと息を吐いて、元の椅子に座った。


「君、ときどきものすごく下品なことを言うだろう? それ、ひどくびっくりしてしまうんだよ。君が、そんなことを言うってこと自体にさ……」


「まあ僕は、人間だからね」


 僕は取り乱した彼の反応に満足してからまた退屈になってきて、つま先でランタンを小突いた。


「でも彼女は、」


 彼は手の甲で火照った頰を冷やしている。


「他の奴らとは違う。あの女たちや、時々迷い込んで来る別のひとでなしとは、全然違っている」


「まあ多分彼女は、運命の女ってやつだろうね」


 僕のその言葉に、彼は目をあげるから、僕はなんとも思ってない風に視線を返してやった。


「彼女はきっと、君を、そして変えられないものさえ変えていく」


 彼女がそういう「うつわ」であることが、僕にはよくわかっていたんだ。何せ、僕はなんだって好きに見ることができるんだから。


 そして次の夜、果たして彼女は、同じ入り口からやって来た。

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