七話 謎
「お爺さん、大丈夫ですか?」
俺達は、畑の真ん中で腰を押さえ、うずくまっているお爺さん――老人に話しかける。
「冒険者の方ですかな? うぅぅっ、どうやら腰をやってしまったようじゃ……すまないが、あそこに見える家まで少し手を貸してくれんかのう」
「それぐらいなら全然かまわないですよ。さぁ行きましょう。肩に掴まってください」
そう言って、俺は老人に肩を掴まらせ、支えてあげる。
そして、老人に歩幅をあわせるようにゆっくりと歩き、畑からさほど離れていない家へと向かった。
家の中へとあがらせてもらった俺達は、まず老人を椅子に座らせた。
老人は椅子に座ると、白く長いあごひげを触りながら、俺にも椅子に座るよう促し、座ったのを確認すると、ゆったりとした口調で話しかけてきた。
「冒険者の方、ここまで手を貸してくれて感謝する……そう言えばまだ名乗っておらんかったのぅ。儂はこの村の村長をまかされておる、ゲハルというものじゃ。」
この老人、村長だったのか。あまりヘタな事は言えないな……。
俺は、ボロが出ないよう細心の注意を払いつつ、慎重に言葉を選びながら答える。
「私はシュウタという者です。どうぞシュウとお呼びください。あと、私は冒険者ではありません」
「それでは、シュウと呼ばせてもらおうかの。ふむ、冒険者ではないのじゃな……シュウはこの村に何か用でもあるのかのう?」
「この村に何か用があった訳ではなく、たまたま立ち寄っただけなんです。私は冒険者に憧れており、強くなるために旅をしておりまして……」
う、嘘はついてないぞ! 冒険者に憧れているのは本当だし。
旅? かどうかは怪しいが……強くならなければ、この世界では生きてはいけないとは思っているし、この村に着いたのも本当に偶然だしな。
すると、ここまで黙っていたレイアが念話を使い話かけてくる。
『その場しのぎにしては、良く出来ている話じゃないか。その調子で今日の寝床もまかせたぞ』
と言う、なんとも無責任な言葉を残し、再び黙ってしまう。
はいはい、わかりました。やればいいんだろ、やれば。
日は沈みはじめ、辺りはゆっくり――しかし確実に暗さを増していく。
半ばなげやりになりながらも、魔物が襲って来るかもしれない森の近くでの野宿は、当然俺も嫌なので、村長であるゲハルの家に泊めてくれるようお願いをしてみる。
「あの、すみません。一晩だけ泊めていただけないでしょうか? もしくは、他に泊まれそうな所を紹介して欲しいのですが……」
「別にこの家に泊まってくれて、かまわんよ。部屋も余っておることだしのう。いや、むしろこちらからお願いしたいのじゃが……もし急ぎの旅ではないようなら、三日ほど泊まってはいかんかね?」
「?」
なんでだ?
突然のゲハルのお願いに、俺は困惑の表情を浮かべつつも、話の続きを待つことに。
そして、ゲハルはその理由を語り出した。
「なに、儂には息子がおっての。普段は息子夫婦が畑の世話をしているんじゃが、今は隣村までこの村で採れた作物を、売りに行っておってのぉ、儂が畑の世話を代わっておったんじゃが、この通りでの……見たところシュウは、盗賊の類ではなさそうじゃ。どうか、頼まれてくれんかのぅ?」
どうやらゲハルは、腰を痛めた自分の代わりに息子達が帰ってくるまでの間、畑の世話を頼めないかという話らしい。
その頼みの返事をすぐにすることはせず、レイアと相談がしたかった俺は、ゲハルに考える時間をもらうことにする。
「あのー、少し考える時間をもらってもいいですか?」
「うむ、それでは明日の朝に返事をもらえるかのぉ?」
とりあえず、返事は明日の朝することになったので、明日の朝までにレイアと相談すればいいだろう。
夕食は、ゲハルの畑で採れたジャガイモに似た穀物――マルイモを焼いただけの料理を、ご馳走してもらった。
見た目はジャガイモなのだが、食感は少し粘り気があり、ジャガイモというよりはサトイモに近い味をしており、普通においしかった。
そして夕食を食べ終わると、現在は使われていないだろう部屋に案内され、その部屋でレイアと、今後どうするかについて話し合う。
『話は聞いてたよな? 俺はどっちでもいいから、レイアが決めてくれ』
『話というのは村長の頼みごとのことか? 私が決めていいのなら、うーん……ではその話、受けるとしよう』
『理由はあるのか?』
『ああ。一日中、畑仕事をするわけではないだろう? なら余った時間で、魔法の訓練をしようかと思ったんだ。この話を受ければ、少なくとも三日間は、寝る場所の心配はしなくて済むからな』
『なるほどな…………わかった。じゃあ明日の朝、村長に伝えるからな』
とりあえず、村長からの頼みごとの話はまとまり――現在一番の謎である、森で起こった出来事をレイアに伝える。
するとレイアは、黙ってじっくりと考え込み、しばらく無言の時が流れ部屋に静寂が訪れる。
俺は、邪魔をしないようにその光景を眺め、レイアの考えがまとまるのを待つ。
どれくらい待っただろうか、静寂を破るようにレイアはいきなり言葉を放つ。
「全くわからん! そもそも私は、その事を覚えていないしな」
えっ…………こんだけ待たせて結局それかよ! そりゃないぜ、レイアさん……。
それに声出ちゃってるんですけど? まあ今はゲハルもいないし、別にいいんだけどね。
『レイア、念話使うの忘れてるぞ。声にでてる』
『あぁ、すまない。しかし全くわからない。レベルアップか吸収、どちらかが原因であるとは思うのだが……』
やはりレイアも、そのどちらかが原因だと感じているようで、頭を捻らせていたのだが、どうやら答はでなかったようだ。
『うん、考えても分らないモノはしょうがない。元の姿に戻れるということが、分っただけでも一歩前進だ』
『そう考えるとそうだな。500年も待ったんだ、もう少しぐらい待ってくれるだろう? 俺も協力するからさ。まあ、あんまり期待されても困るんだけどな』
『ふふっ、そうだな。シュウ、凄く期待しているよ』
レイアとの話が終わった俺は、森の中を一日中歩き回り、精神的にも肉体的にも疲れきっていたため、翌日レイアに起こされるまで、ぐっすりと深い眠りに落ちるのであった。