四話 魔物
木漏れ日が差し込む森の中、少し開けた場所にある丁度いい岩に腰かけ、封印の間から強制的に転移させられた俺とレイアは、ひとまずステータスを確認する事にした。
と言うのも、レイアの話ではこの世界には魔物や魔獣が存在しているらしい。そして大抵の魔物、魔獣は他の種族とは相容れない存在で、他種族を見かけると襲いかかってくるらしく、もし遭遇してしまったその時、何ができるか分らないではさすがにマズいだろ?
幸いにも、外は朝日が昇り始めており周囲は明るく、闇にまぎれて襲われるという心配はなく、見通しもそんない悪くはない。
俺はレイアに鑑定をかけてもらい、自分のステータスをじっくりと確認する。
[名前] シュウタ・フユサキ
[年齢] 18歳
[種族] 人間・男性
[レベル] 1
[スキル]
料理、索敵、〈鑑定、翻訳、念話〉
[固有スキル]
先見、剛直
[魔法]
空間魔法、〈生活魔法〉
[称号]
魔導書の契約者
【料理】調理した食物の味がよくなる。
【索敵】敵意に反応し、おおよその位置がわかる。
【先見】先を見る力。
【剛直】一日に一度しか発動する事が出来ない。真直ぐ前に進み続ける限り効果持続。身体能力が大幅に増加する。止まったり、曲がったりすれば、効果は消える。
【空間魔法】空間に干渉する事ができる魔法。
【魔導書の契約者】魔導書と契約した証しを刻む者。魔力が少しあがる。
ついでに、レイアのステータスも確認してみると【共用化】により俺のスキルが追加され、称号が【封印の魔導書】から【契約の魔導書】に変わっていた。
【契約の魔導書】契約の証しが刻まれた魔導書。契約者との魔力の受け渡しが可能になる。
ていうか、俺に固有スキルが二つもあるし!?
【先見】と【剛直】か……。
【剛直】の方は、まあなんとなくだが理解できる。けど、先見の方はイマイチ、いや、まったく理解できない。
先を見る力って……ちょっと【鑑定】さん、説明不足すぎじゃないですか!?
俺はスキルにツッコミを入れ、魔導書をそっと閉じた。
ステータスをあらかた確認し終わった所で、いくつか疑問に思ったことがあった。なのでその疑問をレイアに尋ねてみる。
「もしかして、固有スキルには【共用化】の力が及ばない? あと、スキルはどうやって使えばいいんだ?」
「ん? ああ、その通りだよ。固有スキルは個々人の持つ特殊なスキルだからな――ああ、あと魔法も適正がなければ【共用化】でも無理だな……例えば、私に風の適性があり風魔法を覚えたとしよう。しかし、シュウに風の適性がなければ【共用化】されず風魔法を使う事が出来ない。それが私のステータスに空間魔法がない理由だよ」
「なるほどな……じゃあ、適性を調べるにはどうすればいいんだ?」
「それはだな、街にいけば調べる事が出来る……と思う。何せ今と昔では、どういう風に世の中が変わっているのか皆目見当がつかない。あと、先程言っていたスキルの使い方だが、アクティブとパッシブの二種類がある。まず、パッシブスキルだが自動で発動し、切り替えすることが可能だ。アクティブスキルの方は、スキル名を唱え発動条件を満たしていれば使える。まぁ【無詠唱】というスキルがあれば、何も言わずとも発動させる事ができるが…………ところでシュウ、これからどうするつもりだ?」
「うーん、とりあえずは人の住んでいるところを探し――」
レイアに今後の予定を話そうとしていた時、突然頭の中で警告音が鳴り響き、俺達は会話をやめ、すぐに右側――気配を感じた方に顔を向ける。
すると、少し離れた木の蔭から、緑色の生物が棒のようなモノを握りしめ、探るような目つきでこちらを観察していたのだ。
そして、俺はその生物とバッチリと目が合う――すると次の瞬間、その生物は猛烈な勢いでこちらに向け走り出して来た。
「おいおいおいおい! レイア、こっちに向かって走って来るヤツがいるんですけど!?」
俺は焦る気持ちを隠しきれず、急いでレイアに問いかける。
すると、レイアは焦った様子もなく余裕ありそうに俺に答えた。
「安心しろシュウ。あれはゴブリンという低級な魔物だ。なぁに、私の魔法ですぐに吹き飛ばしてやるさ」
「おい! そんなボケいらないから。忘れてるかもしれないけどレイアは今、生活魔法しか使えないからな!? 生活魔法でゴブリン吹き飛ばせんのかよ。やれるもんならすぐにでもやってくれよ」
「はっっ――そうだった! いや、完全に忘れていたよ」
おい! なんでそんなに暢気でいられるんだよ。まずいって、もう文句をいってるヒマすらない。
レイアの天然が発動している間に、ゴブリンはもう俺達の目前まで迫ってきている。どうやらヤツはそのままの勢いで体当たりしてくるつもりのようだった。
俺はとっさにレイアを脇に抱え、身を屈め斜め前に転がり込み、危うくではあるが難を逃れる事に成功する。
初撃をなんとか躱した俺は、直ぐに立ち上がりゴブリンへと向きを変え、身構える。
内心、心臓がうるさいくらい激しく鼓動していたが、なんとか平静を装いゴブリンを睨みつける。
ゴブリンの方も、奇襲の体当たりを躱され慎重になったのか、距離をおき睨み返してくる。
両者は一定の距離を保ち、そのまま睨み合いが続いている均衡状態。
俺はこの状況を打開すべく、ゴブリンを睨みつけたまま、レイアに何かいい案はないかと助言を求める。
「まだ魔法を使えない俺には、攻撃手段は限られてる。レイア、この状況を切り抜けるための何かいい案はあるか?」
「一つだけ、私が協力できそうな案がある……チャンスは一度きりだ。さて、どうする?」
レイアは念話でその方法を伝えてくる。
「一か八かだが……しょうがない。覚悟決めてやってやるか!」
俺は、レイア――魔導書を開き一歩前に足を踏み出す。
それを合図にゴブリンが棒――こん棒を振り上げ、こちらに飛びかかってくる。
その一撃が振り下ろされようとする――まさにその時、俺は魔導書を持つ左手を、ゴブリンの方へと伸ばし目を瞑る。
「【ライト】」
その直後、レイアが生活魔法である【ライト】を唱えゴブリンのすぐ目の前に、光の球を出現させ、周囲を光が照らす。
ゴブリンは目前でまともに光を直視してしまい、目が眩み視界を奪われる。
そして、手元が狂ったゴブリンの一撃が俺の頬をかすめ、勢いのついているゴブリンはそのまま俺の背後につんのめり、すぐに立ち上がるが視力はいまだ回復しておらず、その場に棒立ちになっている。
その隙を逃す事なく、俺は自分の背後へと振り返りながら――唯一の攻撃手段であるスキルを使用する。
「くらいやがれクソゴブリン! 【剛直】」
前に進みながら、魔導書を持っていない右手を振りかぶり、背の低い無防備なゴブリンの顔めがけ、拳を全力で振り下ろす。視界を奪われ棒立ちの無防備なゴブリンにはその拳を避ける術などなく、振り下ろされた拳はゴブリンの顔を跡形もなく吹き飛ばした。
俺とレイアは、初めて使用した【剛直】の威力に驚嘆する。
「シュウ、よくやった。しかし、もの凄い威力だな……」
「はぁはぁはぁ…………【剛直】どんだけ凄いんだよ?」
肩で息をし、ゴブリンの頭があったはずの場所を見ながら、俺達はそう呟いたのだった。