一話 魔導書
「んっ、あぁ…………ここは……どこだ?」
目を覚ますとそこはいつもの部屋ではなく、見知らぬ空間だった。
あー、目覚めたばかりで頭がうまく働かない。本当に異世界に召喚されたのだろうか?
俺は、まだおぼろげな意識をパンパンと二度頬を叩き、寝ぼけた頭を覚醒させ辺りを見渡す。
薄暗い場所ではあったのだが、所々に生えている草が微かに青く光っているおかげで、視覚はまったく問題なかった。
壁はゴツゴツした岩肌、地面は少し固めな粘土質で、目の前には祭壇? があり、仰々しい角や翼を生やした悪魔の石像が目を赤く光らせ、一冊の本を両手で抱え込んでいる。
俺はまず、見るからに怪しい祭壇を調べるのは後回しにして、微かな光を放っている草、いや苔を手に取り観察してみる。
するとその苔は、壁からむしり取った瞬間から光が徐々に薄くなり、消えてしまう。そして、手の上に残ったのは何の変哲もないただの苔。俺は光が消えた苔を見つめながら、独り言をつぶやく。
「なんだこれ? ヒカリゴケとは違う気がするが……」
「残念、それはヒカリゴケじゃない、アカリゴケと呼ばれている苔だよ。」
「どわぁっ!……本気でびっくりしたぁー」
「ぷっ、ふっ、ふふふっふふっ…………コホン、そっそんなに驚くとは思っていなかったよ、すまなかった」
「いや笑いすぎだし! こんな暗い中、いきなり話しかけられたら誰だって――ってレイアさん? ですよね。 えっと、姿が見えないんですが」
「いやそんなはずはない、見えているはずだよ。だって君の目の前にいるからね」
目の前にいる? まだ心臓がバクついてはいるのだが、目を瞑り大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせてから視線を前方へとむける。
えーっと、目の前には苔、祭壇、本、悪魔像――まさかっ!!
「レイアさんって、悪魔の石像だったんですね」
「そっちじゃない! ふぅ、まったく……私はこれでも女なんだ。こんな仰々しい像と一緒にしないでくれないか?」
「あっ、すいません。うーん、じゃあ本ですか?」
「んっ? なにか投げやりな気がするんだが……まぁいい、正解だ。だがただの本じゃないぞ、魔導書――しかも500年前から存在する魔導書なんだ」
「ナンダッテー」
「……」
やばい。あからさまに棒読みになってしまった。
でもしょうがないだろ? だって魔導書がどれくらい凄いか知らないから、そんな自慢げに言われても分らないし……。
それよりも、ここは本当に異世界なのかどうなのかが知りたい。
そんな空気を感じ取ったのか、レイアさんは少し不機嫌になりながらも、この世界について大雑把に説明してくれたので、その話を自分なりにまとめてみる。
まずこの世界《ラークス》には魔法やスキルと呼ばれるものがあり、それらの力を使い俺を召喚したらしい。
なぜ俺だったのかというと、空間魔法の素質があり、魔力がなく、潜在的に今の生活に満足していない人物――つまりはそれが俺だったという。
それから、空間魔法とは空間に干渉できる魔法で、転移の上位が空間、さらに上位に時空魔法があり、転移魔法は移動のみ、時空魔法になると時を操作できるらしいが、転移魔法の素質がある者でさえ極めて稀なんだそうだ。
あと、なぜ魔力がない人物が良かったのかなんだけど、この空間――封印の間というらしいが、入口には認識阻害、その先には魔力に反応し作動する転移魔法陣のトラップがあり、魔力をもつ人物が封印の間に入ろうとすると、瞬時に入口の外に戻されてしまうという。
この世界に生きている生物には程度の差はあれ、ほぼすべてに魔力が備わっており、魔力が備わっている《ラークス》の人達には、ここまでたどり着く事ができないみたいだ。
では、なぜ魔導書であるレイアさんがこんな場所に?
その事について、本人があまり話したがらなかったので大まかに説明すると――500年前、とある国の王女だったレイアさんのいた国は、他国と戦争になった。攻め込んできた敵国の兵をレイアさんは魔法で迎え撃ったのだが、勝利目前のところで味方が裏切り、捕縛され意識を失い、次に目覚めた時にはすでに魔導書へと姿を変え、この場所に封印されていたらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この世界についての大まかな説明が終わり、一息つこうと腰を下ろそうとした時、レイアさんが、
「さてここからが本題なんだが……」
えっ、まだつづくの? 今じゃなきゃダメ!?
仕事が終わり帰宅してすぐの異世界召喚に長い説明、しかも夕飯も食べてない。
正直言ってすごく疲れてます……。
しかし、そんな態度は決して表に出さず、心の奥にしまい込み、しっかりと話を聞く態勢に入る。
少し間を置き、再びレイアさんが話し始める。
「私が君を召喚した理由なのだが…………私と契約を結んでくれないだろうか?」
「……はい?」
悪魔像に抱えられたままの魔導書が放った言葉の意味が理解できず、俺はただただ首を傾げる事しかできなかった。