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Act.7

 そこは、砂漠だった。正確に言うならばナリカ砂漠というフィールドだ。始まりの町からおよそ歩いて五分のところにあるカーナイル村の向こう側は、広大な砂漠地帯となっているのだ。ベータテストの時はこの砂漠を歩いていくと長大な山脈が立ちふさがり、やたら強いボスが住む洞窟があったらしい。限られた期間ではそのボスを攻略することは出来ず、その洞窟の向こう側はベータテストの時から明かされていない。


「ここでレベル上げするの? ……暑くない?」


 俺の疑問に素早く答えたのはキャリシーだ。


「そこでこのアイテムっすよ! その名も『クーラードリン』っごばぁ!!」


 途中でトシに殴り飛ばされたが。


「ギリギリセーフだな。このアイテムの正式名称は『クールドリンク』だから、間違えるなよカグヤ」


「ああ、うん」


 どう返せと。

 キャリシーが取り出したのは白いサラサラ(←ここ重要)の液体が詰まった瓶だ。名称から考えるに、あれが砂漠で行動するために必要なアイテムなのだろう。そしてそれが原因でここはあまり人がいない狩場になっているそうだ。


「砂漠はいるだけでHPを削られる過酷な世界(フィールド)だ。このドリンクを飲まないで挑むのは自殺行為……でも意外と高いんだこのドリンク。しかもここにいるモンスターは砂に擬態してる奴やら砂の中に潜るやつやら一癖ある奴ばかり。まあ、だからかどうかは知らんが経験値も多めに設定されている」


 トシが真面目に解説したかと思えば、右手に白いドリンクが詰まった瓶を握り締めて、フィーリアにじりじりとにじり寄っていく。


「さあフィーリアちゃん。このドリンクを飲むんだ! できれば胸元を汚しつつっ!」


 やばいぞ、トシが変態に見える。……いつも通りか。


「トシさんもベータテスターなら知ってますよね? ドリンク・ポーション類は体に叩きつけるだけで効果が発動するんですよ?」


 と言ってフィーリアは受け取った瓶を思いっきりトシの頭に叩きつけた。もちろんアイテムなのでダメージは食らわないが、トシは反射的に顔を覆った。

 サッカーのゴール裏で絶対ボールはこっちにこないという理解があっても、人はとっさに回避行動をとってしまうものだ。


「兄さん、はい」


「ん? ありがとうフィーリア。でも狩り場がここだって教えてたっけ?」


「持ち歩いてるんです。なにがあるかわかりませんからね」


 フィーリアから受け取った瓶を足に叩きつける。別段何かが変わったようには思えないが、みんな平然としているから大丈夫なのだろう。


「さて、じゃあここに出るモンスターを教えよう。基本的に狙うのは【砂蜥蜴(サンドリザード)】という小さな蜥蜴だ。こいつはやたらめったら素早いがHPが低いし、前衛を優先的にねらう。そこでタンクである俺が『挑発』でヘイト値を稼いで引きつけるから、フィーリアは俺ごと範囲魔法に巻き込んでくれ」


「了解ですっ!! 全力で撃ちます!」


「…………いや【砂蜥蜴(サンドリザード)】はHP低いから、『雪嵐(スノウストーム)』ぐらいでいいんだけど」


「ええー。せっかく今覚えている最強の単発魔法(シングルマジック)、『氷棘弾(アイスニードルショット)』を叩き込んで上げようと思ったんだけどなー」


 可愛らしく足元の地面を蹴りつけるフィーリアだが、シングルマジックは一体――――この場合は1人――――しか対象に取れない。つまりここにきた目的を無視してでも、フィーリアはトシに無慈悲な高威力魔法を叩き込みたいのだ。


「は、はは、面白い冗談だね……冗談、だよね?」


 不安げに俺らの顔を見渡す。ちなみに俺は話を聞きながらも『周辺索敵』を行い、警戒を怠らなかった。熟練度上げしてただけだが。だから、それに気づいたのは俺が最初だった。


「『周辺索敵』――――おい、トシ。八時二十分の方向からモンスターが三体近づいてきてる」


「え? 八時二十分ってどっちだっけ?」


「……すまん、今のは正直ふざけた俺が悪かった。ところで一番この砂漠で警戒しなきゃいけないモンスターってなに?」


「そりゃあ、【潜砂蟲(スニークサンドワーム)】だろうな。一回だけ戦ったことあるが、あのボスはやりづれぇ。この砂漠を回遊でもしてるのか、特定の場所にポップするんじゃなくて不意打ちのように現れるんだ。外見は、そうだな……ううん、強いて言うなら海のゴカイを肌色にしてツルツルにして――」


 トシの解説を強引に遮る。


「テンプレで悪いが……あんな感じだろう?」


 生理的嫌悪をもたらすぬめりとした肌。ウネウネと蠢く口器周辺の触手。口から垂れた涎がボトリ、と地面に落ちて紫色の煙を上げた。

 そして視界の端に閃く『ENCOUNT!!』の文字。視線をあわせれば、表示される【潜砂蟲】というモンスター名。


 登場時の演出なのだろうか、砂中から現れた二匹の鮫が大きく砂を舞い上げて蟲の前を交差するようにジャンプした。


「マジっすか!? 【地鮫(アースシャーク)】までいるっすよ、トシさん!」


「くそっ、蟲は俺がタゲを取る! カグヤは鮫を頼む! 『かかってこいや』!!」


「わかった!」


 盾戦士のクラススキル『挑発』によって蟲の攻撃がトシに集中する。その体を使った叩きつけや、口器から吐き出される毒液がトシのHPを削っていくが、四割を切ったところでトシがポーションを自らの体に叩きつけてHPを回復する。それでも六割までしか回復しないが、キャリシーが叫ぶ。


「『彼の者に神よりの癒しを、ヒール』!」


 白い光がトシを包み込み、HPが一気に八割まで回復する。


「俺あんまり回復魔法熟練度上げてないんで、再使用まで十三秒掛かるっすよ!」


「私なんてスキルを取ってすらいないわ。『凍てつく吐息 凍える風 永久なる凍土にてその力を示せ、アイスニードルショット』!」


 フィーリアの手から放たれた氷の弾丸が蟲に直撃する。わずかにノックバックした蟲だったが、すぐに体勢を立て直す。


「おらぁ!」


 俺は地面から飛び上がって攻撃しようとしてきた鮫の腹を蹴り飛ばす。重い衝撃と共に吹っ飛んだ鮫だったが、もう一匹の鮫が素早くフィーリアのほうに砂中から向かっているのを見つけると、その背びれに向かって【コルトG】の引き金を連続で引き絞る。


 パンパンパン、と発砲音が響き、距離が遠かったせいか一発しか当たらなかったが鮫Bのターゲットは俺に変更された。パーティでの戦闘に慣れている三人が蟲を片付けるまで、鮫の注意を引き続けるのが俺の役目だ。


「ふっ、らぁ!」


 地面の上を滑って突進してきた鮫Aをかわしながら、すれ違いざまに銃弾を叩きつける。ポーン、という電子音が頭の中に響いたが戦闘中なので無視して、目の前の二匹の鮫に集中する。鮫Bが砂中に潜行して、鮫Aが噛み付き攻撃を放ってくる。


 人型のモンスターと戦い続けてきた俺は、その攻撃に反応が遅れてしまう。とっさに地面を蹴って距離を取ったが。


「しまっ……!」


 俺の背後に回り込んでいた鮫Bが太陽を背に俺に飛びかかってくる。その体当たりをモロに食らった俺は体力が一気に危険領域まで落ち込んだのを横目で確認する。【鬼族のライトアーマー】がなければ一撃で即死だったろう。たった一撃食らっただけで八割のHPをもっていかれたのだ。


「上等だよ……」


 右手に握り締めた【コルトG】を油断なく向けつつ、左手で初級HPポーションを体に叩きつける。ジワジワと回復するHPゲージから意識を鮫に戻し、睨みつける。

 後ろから噛み付いてきた鮫Aの鼻面に蹴りを叩き込む。のたうつ鮫Aのエラ部分に赤い光点があるのを発見し、そこに連続で二発【コルトG】の弾丸を叩き込むが、まだ死なない。攻撃パターンが豊富なため、先読みができない。隙を作りづらいから『チャージショット』の使用も諦めたほうがいいだろう。


 再び体当たりを食らわせようと飛び上がった鮫Bの攻撃をバックステップでかわして、砂に潜る寸前に飛び蹴りを当てる。また頭の中でポーンという電子音が鳴った。今度はウィンドウが開き、何が起きたかを伝えてくる。


 ―――――――――――『蹴術』スキルの熟練度が50になったので、アビリティ『震脚』を習得しました。


 溶けるようにして消えたウィンドウのことを頭から消し去り、飛び上がって体当たりをかましてきた鮫Aを体を捻ってかわす。


「狙うなら鮫Aか……っ!」


 足元に振動を感じた俺は全力でその場からジャンプする。砂を巻き上げて現れた鮫Bは、そのまま残念そうにガチガチと歯を打ち鳴らす。その隙に右手の【コルトG】の引き金を素早く六回引き絞ると全弾が鮫Bに着弾したが、すぐに鮫Bは再び砂に潜って姿を消した。体勢を立て直した鮫Aが砂の上を器用に突進してくる。体勢を崩しながらもジャンプしてそれをかわした俺は、地面に手をついて辛うじて体を持ち直す。だが。


「……くそっ!」


 着地した地点から、震動。慌ててさらに飛び下がるが、ギリギリで間に合わず左足が鮫Bの牙に引っかかってHPゲージが凄まじい勢いで減っていく。グリーンゾーンからイエローゾーンへ―――――――そして止まらずレッドゾーンまで落ち込み―――――――


「っぶねぇ……!」


 わずか数ドットを残して、止まった。確実に残りHPは一桁だろう。一応取り出したポーションを使用するが、ジワジワと回復するだけの初級ポーションでは、回復は間に合わない。あと一撃もらえば間違いなく死ぬだろう。

 空中から飛びかかってきた鮫Aをバックステップでかわして渾身のドロップキックを叩き込む。衝撃でのたうちまわる鮫Aを尻目に着地すると、エラ部分に【コルトG】を押し当てて引き金を絞る。それでようやくHPが無くなったのか、鮫Aは断末魔の悲鳴を上げて爆散した。

 これで【コルトG】の残弾数は0。引き金を引いてみると、視界の端に『リロード中……再使用まで00:58』という文章が浮かび上がる。再使用まで一分か、もうこの戦闘で使うことはないだろう。


「『殴打』っ!」


 再び俺の両手を赤いエフェクト光が包み込み、拳による攻撃力を底上げする。空中に飛び上がって体当たりをしてきた鮫Bの横腹に左手でアッパーを叩き込むと、さらに右足の蹴りで上空に吹っ飛ばす。

 ジタバタしながら落ちてきたところに回し蹴りを叩き込むと、砂の上をバウンドしながら鮫Bは断末魔の悲鳴を上げて爆散した。

 ようやく倒した。


 蟲のほうは、と振り返るとちょうどフィーリア手から放たれた『アイスニードルショット』が直撃したところだった。結構なダメージを食らったのか、暴れまわる【潜砂蟲】。巻き込まれるのを恐れたのか、トシが盾を掲げながら距離を取った。すると【潜砂蟲】は暴れるのをやめて、逃げ出した。


「くそっ、逃すか! 『シールドバッシュ』!」


 潜る体力も残っていないのか、砂の上を這って逃げようとする【潜砂蟲】に、青白いエフェクト光を纏った盾が直撃する。防具の装備要求ステータスはVITなので、STRはたいしてあげないのが盾戦士の特徴だ。さらにスーパーアーマー状態なのか、【潜砂蟲】は怯みもせずに這って逃げ始めた。意外と速い。


「フィーリア、キャリシー!」


 距離があっても魔法なら、と思ったのだろう。トシが二人を見て叫ぶが、二人とも悔しそうに首を横に振った。


「MP切れっす!」


「私も……!」


 俺は、【地鮫】が戦いの邪魔をしないように引き離しながら戦っていたので【潜砂蟲】まではおよそ目測で十五メートルほど距離がある。ここまで開いてしまえばハンドガンの【コルトG】ではまず当たらないし、奇跡が起きて当たったとしても、体力を削ることは出来ないだろう。それにまだ【コルトG】はリロード中のため使用できない。

 ボスが逃げ出すほど体力を削ったのに、倒すことができない。だがしょうがないのだ、ここまで離れてしまえば射程距離が―――――――


 気づく。その発見に、息が詰まる。

 あの銃なら。長大な射程距離を持ち、高い攻撃力を誇るあの銃なら、もしかしたら。


「ウェポンチェンジ、【SLB】……!」


 右手で握りしめていた【コルトG】が光の粒子になっって立ち消え、かわりに超重量の狙撃銃が姿を現す。当然右手だけでは支えきれず、左手も添えて持ち直した。なにかに導かれるように伏射姿勢になった俺は、肩に【SLB】を押し当てて、スコープを覗き込む。


「『チャージショット』……」



 時間制限は四秒。焦る気持ちを抑えて集中する。DEX補正によって、揺れ続けていた十字架が止まった。微妙に【SLB】を動かして、―――――――照準(レティクル)が這って逃げ続ける【潜砂蟲】を捉えたその瞬間、四秒が経過。俺は迷いなく引き金を引き絞った。



 ドオンッ、という轟音と共に、砂漠の空を赤い弾丸が切り裂き―――――――着弾。

 真紅のダメージエフェクトが閃いて、【潜砂蟲】が動きを止めた。


 一瞬、砂漠が静寂に包まれ。

 直後、甲高い悲鳴とともに【潜砂蟲】がポリゴン体となって爆散した。



 最初に口を開いたのはトシだ。


「……よ、」


「よ?」


 聞き返すと、我慢できなくなったのか大きく右手を振り上げて叫んだ。


「よっしゃあああああああああああ!!」


 そのままガシャガシャとやかましい金属音を立てながら転がりまわる。それに触発されたようにキャリシーとフィーリアも嬉しそうにハイタッチを交わす。俺は立ち上がって【SLB】を肩に担ぎなおす。

 うん? 移動制限で動けないんじゃないかって?


 いいじゃないか。だって仲間たちは、俺を称えるためにこっちに走ってくるんだから。


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