Act.25
「私たちは降ろさせてもらおう」
俺は軍曹の発言に驚いて、思わずその背中をじっと見つめてしまう。ゴルドやほかの人々も驚いたようで、目を見開いて軍曹を見つめている。最初に声を発したのはフィーリアだった。
「お、降りるって……『咎人』の殲滅に協力しないってこと?」
「ふむ、強制はしないので、理由を聞かせてもらえないか?」
フィーリアの言葉に続いて、ゴルドも続けて言葉を紡いだ。理由を聞かせて欲しいというのは至極真っ当な質問だ。
「理由はだいたい三つ。一つ。私はまだ此処にいる諸君のギルドを信用しているわけではない。私たちのギルドメンバーの中には銃使いであるというだけで理由のない嫌がらせを受けてきた者も存在する。よって、君たちと私の間に信頼関係は存在しない。二つ。私たちのギルドメンバーは楽しむために《軍団》に所属している。低レベルのプレイヤーもいるし、なにより君たちと連携して動けるほど銃使いたちの能力はオールラウンダーなものではない。よって共同戦線を張るのは不可能。三つ。私たちにはもう次の目標が決まっている。余計なことに時間を割いている余裕はないのだ」
「余計なことって……! 兄さんが狙われてるのよ!」
「ならば、これは《軍団》の問題である。そして、あまり言いたくはないのだが……」
「なによ!」
「ゴルドとやらが嘘をついている可能性もゼロではない」
軍曹の発言に驚いたように、全員の視線がゴルドに集中する。俺は軍曹がそこまで疑う理由を知っていた。フィーリアやトシといった上位プレイヤーの知り合いがいた俺は例外として、ほかの銃使いたちは大なり小なりほかのプレイヤーから不愉快な思いをさせられていることが多い。そして、シュベルクに嫌がらせを行っていたのは、ほかならぬ《守護騎士団》のメンバーなのだ。
「《守護騎士団》はPKの隠れ蓑……本気で思っているわけではないが、その可能性は捨てきれない」
「……随分、失礼な口を効くものだね? 私があんなクズといっしょだと?」
「本気ではない、と言っているだろう。可能性の話だ。まあ個人的に言うならば、PKもまたゲームの楽しみ方の一つ……それこそデスゲームというわけではないのだから、ほうっておけばいい。下手にプレイヤー同士の抗争になったら、復讐の連鎖で終わるものも終わらないぞ。同じプレイヤーで人間なんだ、クズ呼ばわりは感心しない」
「好んでPKを行うプレイヤーと一緒にしないでくださいっ!」
ユリナの悲鳴のような声にも、軍曹は一歩も引かなかった。その背筋をぴっしりと伸ばし、堂々たる声で続ける。
「好んで、と言うが好んでモンスターを狩っている私たちと彼らのどこが違う? ただ彼らはリスクはあるがより効率的な人を狙い、私たちはモンスターを狙っているにすぎない。これがデスゲームだと言うならばそちらの言うとおりだろうが、な」
「彼らはまだ力のない初心者プレイヤーも狙うんですよ!」
「ベータテストの時もPKはいたのだろう? その時君たちは初心者を守ろうとしたのか?」
軍曹の反駁に、数人のプレイヤーが気まずそうに顔を背ける。それは、確かに守ろうとはしないだろうな。レベル上げを優先してフィールドに向かう彼らの姿が容易に想像できた。
「ゲームクリアに遅れが出る? ふざけるのも大概にして欲しい、こうしてPKに対処する暇があるなら攻略に勤しむべきだ。ゲームクリアに向けて進めば進むほど、PKプレイヤーたちの攻撃は高レベルプレイヤーに集中する、そうなれば初心者に向かう者は少なくなるだろう」
悪いが、と軍曹は断りを入れてからもう一度口を開く。既に場の空気は軍曹によって支配されており、誰も口を開くことができない。
「PKプレイヤーの討伐、などと些事を口にしている君たちも、本心ではこのゲームのクリアを望んでいないのではないか、と思わざるを得ない」
言うだけ言うと、軍曹は身を翻して部屋をあとにした。俺も慌てて後を追おうとしたら、いきなり部屋の中に大きな笑い声が響き渡った。カルマさんだ。
「はーはっはっはっは!! 面白い、面白いな! カグヤ、お前のギルドは皆あんなやつらばかりなのか!?」
無視するわけにもいかないので、渋々向き直る。
「……そもそも俺のギルドじゃないけど、まあ面白い人が多いのは確かですね」
「このメンバーに対してあそこまで啖呵をきれるとはな! 気に入った、私たち《戦乙女》もこの作戦からは降りさせてもらおう。くっくっく、笑いが止まらんぞ。まあ、ほかのギルドと組まなければ私たちがPKプレイヤーに遅れを取ると思われるのは癪だしな!」
「カ、カルマさん!」
高笑いしながら部屋を出て行ったカルマさんを、慌ててフィーリアが追いかけていく。その際にちらっとこちらを見たのが気になったが、特に気にすることもなく俺も踵を返して部屋を出ようとする。だが、また声が俺を呼び止めた。
「カグヤくん、君も彼と同じ考えかい?」
彼というのは、まず軍曹のことだろう。
「さあ、たぶんちょっと違いますよ。俺は小心者の一市民なもんで、人を手にかけるとか犯罪者でもできそうにないです。まあどうでもいいことですが知ってます? 日本の死刑囚って、まあ絞首刑なんですけど。床が割れるボタンって、三人のうちどれが本物かわからないようにして押すらしいですよ。極悪非道の人間への罰に対してもそこまでの措置が必要なんです。……俺が言いたいことわかります?」
「PKプレイヤーへの制裁をやっていては、ゲームを楽しめない、と?」
「そうですね。あとは俺たちの武器って銃なんですよ。現実世界にはない魔法とかならともかく、この武器で仮想世界とはいえ感情のままに人を撃つのは……正直、怖いです」
「……なるほどな。だが、充分に警戒はしてくれよ」
「わかってますよ」
ひらひらと手を振って返しながら、俺はその部屋を出た。渋い茶色の絨毯が敷かれた廊下を歩きながら、俺は今聞かされた話を吟味する。プレイヤーから狙われているという話を聞いても、たいして危機感も湧いてこない。それよりは軍曹など仲間たちとともにゲームの攻略をすることに対する期待が大きすぎる。
「軍……司令!」
「もう軍曹でいいだろう、カグヤ」
呆れたようにこちらに言ってくる軍曹に追いつくと、二人で待ち合わせ場所に向かう。今日は五人でお金を稼いでギルドホーム購入の資金にする予定なのだ。だがやはり、目標のために龍山への道程にまずは向かうことになっている。あの頃よりはレベルも上がったし、一応氷系の魔弾も何発か用意した。
「とりあえず、リサのところに行こうぜ。武器を強化してもらわなきゃ」
「むう、強化石は持ってないぞ?」
強化。防具や武器に【強化石】というアイテムを使うことで、全体的な性能を上げることができるシステムのことだ。【強化石】は武器や防具を制作したときに低確率で手に入るが、それ用のクエストを達成することで入手することもできる。
だが一応、強化にはデメリットがあり、熟練度が低いと強化に失敗して武器や防具は永遠に失われる。熟練度は大まかなカテゴリー別に設定されている。例えば、ハンドガンを作るときは武器の『銃器類』の熟練度が影響し、片手剣や両手剣を作るときは『剣類』の熟練度が影響する。
「大丈夫だ、リサもある程度の強化石はストックがあるはずだからな。それを買い取って強化しよう。コール、グリネス!」
グリネスをコールしていつもリサがいる場所に集まる事を伝える。最近はレベル上げに対策、と非常に忙しい日々が続いたため、この辺でのんびりするのも悪くないと思っている。始まりの街をのんびりと歩きながら、軍曹と他愛のない雑談をしていると、一人の少年がこちらに駆け寄ってきた。
「あ、あの! 軍曹さんとカグヤさんですか!?」
「そうだけど?」
少年はまだ中堅プレイヤーの一歩手前、ぐらいだろうか。その防具は【エリートゴブリン】のものだが、装備している武器は、銃。軍曹もたまに使う、猟銃という銃だ。目だった特徴はなく、安定した射程距離と威力を持つ。
「僕、リュウヤっていいます。あの、その、僕たち……」
「慌てすぎだ。何の用かな?」
見た目的には中学一年生くらいか。とりあえず、といった様子で軍曹が用を聞くと、少年は慌てたように深呼吸をすると勢い良く頭を下げた。
「僕たちも《軍団》にいれてください!」
……はい?
周囲を見回してみるが、少年以外に立ち止まっている人物はいない。
「たちって……?」
「仲間たちはあと三人いるんですが、みんなで《軍団》のみなさんを探していました!」
その説明と同時にグリネスからコールが入った。
『カグヤ、なんかちっこいのが《軍団》に入りたいって言ってるんだけどよ、どうする?』
「……とりあえず、リサのところで合流しよう」
グリネスの方もこの少年の仲間とやらと遭遇していたようだ。相談してみないことには決められないので、とりあえずこの少年、リュウヤも連れてリサのところに向かうことにした。
「というわけだ、仲間に連絡してくれるか?」
「は、はい! すぐします!」
俺が話しかけるときは、なんだってそんなに緊張してるんだ。軍曹が後ろで、今時誰もしないような笑い方で笑っているが、なぜだ。
「あ、すぐ行くそうです! あのNPCが物を売っている通りでいいんですよね?」
「へぇ、君はリサのこと知ってるんだ?」
「有名じゃないですか。一日中客引きもしないで武器を並べているだけのNPC。購入画面を開こうとしても開けないからクエスト用なんじゃないかって言われてる……」
待ち合わせ場所にしている人は初めて見ましたけど、といって小首を傾げるリュウヤ。
……ええー。確かにリサは滅多に動かないけどさ……それでもたまには動くぞ? いくらなんでもプレイヤーだって気づきそうなもんだけどな。
「説明しておくか、カグヤ?」
「そんなの面白そうだから放置に決まってるでしょ」
「即答か」
やれやれ、といった様子で肩をすくめる軍曹を連れて、俺とリュウヤは歩き出した。歩きながらリュウヤの話をまとめると、彼らは中学にあるサバゲー同好会の友達同士でこのゲームに参加しているようだ。最初はこのゲームに興味はなかったのだが、銃があると聞いて慌てて全員で参加することにしたらしい。
「サバゲーってお金がかかるんですよ……軍曹さんならわかってもらえると思うんですけど」
「すまんな、私はサバゲーはやらないのだ。……そんなことしなくても別に銃は触れたしな」
「ん? 軍曹、最後なんか呟いた?」
「いや、たいしたことではない」
三人で喋りながらリサのもとに向かう。グリネスたちはまだ到着していないようで、リサの前には一人の少女が立っていた。
「お?」
その少女もリュウヤと同じく【エリートゴブリン】の防具に身を包み、武器はハンドガンのようだ。二丁下がっているということは、シュベルクと同じ双銃士か。視線を向けてじっと見つめると、緑のカーソルのとなりに名前が浮かび上がってきた。ナーリャ、というようだ。
「ナーリャ、もう来てたんだ」
リュウヤが声をかけると、少女はなぜかこちらをキッと睨みつけてから、リュウヤを引っ張ってこそこそ内緒話を始めた。
「なんだ?」
「さあ?」
「……っから! なんでギルドに入ろうって話になってるのよ!?」
「……僕たちだけじゃこれ以上先には進めないって! みんなで相談して決めたでしょ!」
「そ、そうだけど……!」
なにやら言い争ってるような声が聞こえたあと、ふたりは戻ってきた。リュウヤは少し笑顔が引き攣っているが、少女はなにやら俺のことを睨んできている。その目をじっと見つめ、俺は悟った。
(ははーん。さてはこの少女、リュウヤのことが……)
その時の俺の目は、軍曹に言わせれば『ネギをしょったカモを見つけた狩人』のように輝いていたらしい。キラーン。
(からかい相手、見ーーーっけ!)
「リュウヤ君、ちょっとこっちに来てくれないか?」
「はい、なんですかカグヤさん?」
「あら、さっきから呼び捨てでいいって言ってるでしょ? リュ・ウ・ヤ?」
「なあっ!?」
「え、いや、でも……あの……」
別に言ってませんよね? と目線で訴えかけてくるリュウヤをスルーして、俺はひたすらニコニコわらい続ける。果たして、ナーリャという少女は肩を震わせながら、こちらを涙目で睨みつけてきている。正確に言うと、俺ではなくリュウヤの方を。ちょっといじめすぎたかな?
「……その辺にしておけ、カグヤ」
「りょーかい」
幸いにして軍曹からストップがかかったので、すぐに俺はナーリャの方に近づいて頭を下げる。そのまま耳元に口を寄せると、
「リュウヤのこと好きなんだろ?」
とつぶやく。男言葉で喋った俺に顔を真っ赤にしながら驚愕の表情を向けてくるので、ステータスウィンドウを可視モードにして性別を見せた。最初はどこを見ればいいのかわからず戸惑っていた様子だが、すぐに性別欄を見つけて目を見開いた。
「嘘!? お、おと、男……!?」
「正真正銘、現実世界でも俺の性別は男だ」
大会後銃使いの評判を見ようと覗いた掲示板に、『《軍団》の美しい狙撃手について情報を書き込むスレ』という恐ろしいスレを見つけていたが、怖くて中は覗けなかった。何が書かれているのかは知らないが、なぜか覗いてはいけない、と強く思ったのだ。
001:見直したぜさん
俺はギルド抗争で女神を見つけた。
002:偽攻略組さん
落ち着け、どうした。
003:見直したぜさん
今日ギルド抗争を見に行ったんだが、その中で戦っていた女性に惚れた。
004:引きこもりさん
女性? フィーリアたんとかは……幼女か。ユリナさんとかカルマさんとかそのへん?
005:見直したぜさん
違う。新しく来た《軍団》というギルドのメンバーの一人で、情報がほとんどない。見た目は黒髪の長身美人、狙撃銃を使っていた。
006:偽攻略組さん
もうちょっと、情報あるでしょ。名前とかは?
007:見直したぜさん
ない。戦闘中はほとんど隠密行動しててカーソルも出ない。
008:銃好きさん
あー。聞いたことあるよ、その人。名前はカグヤ、しばらくソロでやってたみたいだけど軍曹っていうプレイヤーとギルド《軍団》を設立。《戦乙女》のフィーリアと兄妹らしい。
009:見直したぜさん
詳しい人キタ! え? 兄、妹……?
010:銃好きさん
ああ、その筋では有名な男の娘だ。
011:見直したぜさん
神は死んだ。
012:引きこもりさん
……お疲れ様。同情するよ。
013:軍団の双銃使いさん
ネーム:カグヤ
種族:ホビット
スリーサイズ:C72W59H74
好きなもの:サンドイッチ
嫌いなもの:ワイト(どこにでも出てくるとか恐怖以外の何ものでもない、らしい)
備考:艶やかな黒髪は触ると凄まじいサラサラ感。ゲームの中の話ではあるが、リアルで会った人と話を聞くとリアルでもあんな感じらしい。性格は至って真面目だが、人をからかうのが好きという矛盾した一面を持つ。責任感が強く、リーダー向き。また人の機微にも鋭く、気を利かすことができる人。戦闘能力は近距離でもそこそこ戦えるが真に強いのは遠距離戦。
014:引きこもりさん
……ストーカー? Cってなんぞ?
015:偽攻略組さん
チェスト、のことだろう。男性用のバスト表記だったはずだ。
016:書き込む気はなかったさん
うぇ……筋肉のこと思い出した……
017:軍団の双銃使いさん
性別なんて壁じゃない! 本当に好きならばいけるはず!
018:引きこもりさん
撤退します。
019:銃好きさん
撤退します。
020:見直したぜさん
そっか……そうだよな! ありがとう、双銃使いさん! 俺、諦めません!
021:軍団の双銃使いさん
ただしボクが本妻。
022:書き込む気はなかったさん
やべぇ、もう無理。撤退します。
023:偽攻略組さん
俺たちは良くやったよっ……! これ以上は危険と判断する! 誰かこのスレにホモ注意の警告を入れておいてくれ! 俺は……撤退するっ……!




