Act.23
駆け込んだ先に出迎えたのは、『陣地を取り返しました。カウントダウンの数字がリセットし、カウントダウン機能が停止します』というアナウンスと、氷魔法の嵐だった。
「【凍てつく大地は生命の鼓動の全てを拒む絶対零度の地獄をここに! 凍土】!」
ムキムキ☆筋肉団の時もフィーリアが使った、中にいると継続的にダメージを受け続けるフィールドだ。凄まじいまでの速度で唱えられた詠唱は、彼女がいかにこの魔法を使い慣れているかを容易に分からせる。たちまち陣地の中を氷のフィールドが埋め尽くす。HP面で不安が残る軍曹とシュベルクは、その光景にまゆをしかめたが、フィーリアのこの魔法は完全に裏目に出る。
「っ、シュベルク、右だ!」
敵味方関係なく、継続ダメージを与え続ける氷のフィールド。継続ダメージを受けたスカウトのヒュミの隠密行動が解除され、暗殺者のような黒装束に身を包んだヒュミの姿が現れたのだ。彼女は最初からこの陣地に隠密行動をして潜んでいた。その姿を晒してしまったせいで、首筋に突き立つはずだった短剣を、シュベルクがかろうじて回避する。
ヒュミはちっと舌打ちすると後ろに素早くバックステップを行い、フィーリアのとなりに並んだ。
「……フィーリア、あんた何してくれてんのよ! おかげで逃したじゃない!」
「ごめ、あとでいっぱい謝るから今はあとで! 【氷の槍よ敵を貫け、氷槍】!」
口喧嘩をしている間に攻め込もうとしたシュベルクに向けて放たれた七本の槍の内、五本が直撃コース。だが軍曹が放った魔弾が地面に着弾すると同時に土の壁を作り出す。四本受け止めると同時に砕け散り、残りの三本が後ろに抜けるが、とっくにシュベルクは壁の影から走り出していた。
「『スタンナックル』!」
「『シャドーグラント』!」
薄黄色のエフェクト光を纏ってフィーリアに向かうシュベルクの拳は、ヒュミの黒く染まった短剣によって弾かれてしまう。『シャドーグラント』は相手の攻撃を確実に弾く、『弾き防御』スキルのアビリティだが、再使用までの時間が二分と長く、戦闘中では大抵は一度しか使えないアビリティだ。さらにこのアビリティはは相手の攻撃に対して自分できちんと武器を当てなければならない上に、アビリティ自体の維持時間も短いため人を選ぶ防御スキルである。『スタンナックル』を強制的に中断させられたシュベルクの体が一瞬止まり、その隙にヒュミは素早く体勢を戻して右手一本で短剣を構えなおす。
「【何人たりとも通さぬ冷たき女王の息吹よ】!」
「ウェポンチェンジ、【トルーパー】!」
魔法を唱えようとするフィーリアに反応して、軍曹が手早く装備を変更する。その手に現れたアサルトライフルの引き金をフルオートで引き絞った。銃口から軽やかな唸りを上げて飛んでいく銃弾は、照準が甘かったことが災いしてほとんどがその狙いをそれて陣地の壁に突き刺さる。だが数発はフィーリアの魔術師然としたローブに着弾して赤いダメージエフェクトを散らす。フィーリアの残りHPも確認せずに、軍曹が突撃するが、その前にフィーリアの魔法が発動した。
「【絶対零度の吹雪よきたれ、暴風雪】!」
今度は青白いライトエフェクトが陣地内を吹き荒れる。一定範囲内のプレイヤー、モンスターのAGIとHPを減少させる魔法だ。だがそれを知らない軍曹は、引き金を引き続ける。すぐに弾が尽き、リロード中の表示がなされる。
「ウェポンチェンジ、【トルーパー】!」
【トルーパー】に込められている銃弾は全て実弾だ。魔弾を込めてある銃は別途用意されており、バレットチェンジのかわりにウェポンチェンジを使用しているのが軍団の特徴だろう。ちなみに同じ名称の武器をウェポンチェンジすると、現在装備している武器とは違う種類の武器が、アイテム欄からランダムに選抜される。
「【氷の大地に生きる一輪の花よ! その力を持ちて我が敵を排除せよ! 咲き誇れ、氷薔薇】!」
青白い光弾が軍曹に迫る。軍曹は咄嗟にそれをかわそうと地面を蹴って後ろに下がろうとするが、【暴風雪】のせいで体が思ったような速さでは動かなかった。右足の先端に青白い光弾が直撃し、その部位に氷の花が咲き誇る。追加効果により、軍曹にさらに移動制限がかかる。自分のHPが一気にイエローゾーンまで落ちるのを横目で確認すると、軍曹は素早くその場で屈み込んだ。
「『コマンド』! シュベルクが敵を攻撃する!」
「ありがとう、軍曹!」
シュベルクを見ることもせずに、早口で指示を出すあいだも軍曹の動きは止まらない。今までの回避しやすいような立射ではなく、より狙いが安定しやすい膝立ちの姿勢に変わる。そして、その銃口をフィーリアに向けると、フルオートで銃弾を吐き出した。連続で着弾する銃弾によって、フィーリアの体があっという間に真っ赤なダメージエフェクトに覆われる。
「『王妃の命令』! 【続け、氷の兵士たちよ! 勝利は我が手の内にある!】」
それに対抗するように、フィーリアも武器固有アビリティの『王妃の命令』を発動させた。氷属性の魔法威力を三十パーセント増大させ、使用MPを十パーセント減少させる強力なアビリティだ。発動のために詠唱している呪文も、広範囲殲滅魔法。敵味方関係なくHPを削り取るフィールド系の魔法とは違い、範囲攻撃魔法は味方には当たらない。この狭い陣地では避けることなど不可能に近い、発動される前にフィーリアのHPを削り切るしかない。
「【旗を掲げよ! 鬨の声をあげよ! 全軍、戦闘用意!】」
凄まじいまでの早口で詠唱を完了させていくフィーリア。その少し離れたところでは、シュベルクとヒュミがしのぎを削り合っていた。
「『ウィークスティック』」
「ッ、『クロスガード』!」
紫色のエフェクト光を纏った短剣の突きが恐ろしいスピードでシュベルクの胸の中央に迫る。それに気づいたシュベルクが発動させた銃衝術のアビリティ、『クロスガード』が短剣の切っ先を交差させたハンドガンで受け止める。『ウィークスティック』は弱点に確実に当たる代わりに、初動が大きく、途中で止めたり狙いを自由に変えられないアビリティだ。それを完璧にガードされて、ヒュミに大きな隙ができる。
(やるなら、ここしかないっ……!)
「アビリティ『銃底連打』!」
銃衝術の最新アビリティだ。今までモンスター相手にしか使ってこなかった、シュベルクの現在最高峰の切り札。漆黒の光がシュベルクの体を覆い尽くす。アビリティを発動した瞬間に体勢を立て直したヒュミの短剣が迫る。
ガギィンッ、という硬質な音を響かせて、右手のハンドガンによって短剣が弾かれる。シュベルクの動きはそこでは止まらない。右腕ごと短剣を弾かれて体勢が崩れているヒュミが後ろに跳んで逃げようとするが、それを遮ったのはシュベルクのアビリティだった。
「『崩震脚』!」
真っ青のライトエフェクトに包まれた右足が振り下ろされ、局地的な地震がヒュミを襲う。『崩震脚』は対象が範囲ではなく個体なので、ほかの二人に影響は出ない。揺れる地面に足を取られ、整えた体勢をもう一度崩してしまったヒュミの懐にシュベルクが侵入。
「『殴打』、『蹴擊』……!」
シュベルクの拳と足が赤いエフェクトを纏う。まずヒュミを襲ったのは右手の拳だった。その拳の衝撃によって背後に飛ばされたヒュミ。このまま一旦距離をとって仕切り直す、という彼女の目的はあっさりと封じられた。
「発動条件、完了! 戻れ!」
殴った右腕を勢い良く後ろに引いたシュベルク。その動きに連動して、まるで引き寄せられるかのように、ヒュミの体がシュベルクに向かっていく。
アビリティ『銃底連打』。銃をもって攻撃した場合、攻撃対象へのダメージを二割上昇。さらに、銃自体が打撃攻撃に使用された場合、当たった場所を起点に対象を引き寄せる。この効果は五度まで続く。
「ああああああああっ!!」
咄嗟にガードしようとして交差された腕の隙間を突いてシュベルクの渾身の左ストレートが炸裂。ゴム毬のように吹っ飛ばされたヒュミだが、不自然にその勢いが空中で止まる。再び、巻き戻しのようにシュベルクのもとに引き戻されていくヒュミ。
これは完全に相性の問題だった。重量系の両手剣士などならばたいしたダメージにはならないし、軽量系の双剣士などでもここまで一方的な展開にはならない。さらに引き寄せられたヒュミに向けて、シュベルクの渾身のアッパーが直撃。いくら銃使いが与えるダメージが弱いと言っても、相手はカグヤクラスの紙装甲である。今まで対人戦に特化して自身のプレイヤースキルを育て上げてきたシュベルクにはヒュミがとる行動が手に取るように分かった。
「『パリィ』ッ……!」
地面を蹴って飛び上がって、拳を振りかぶるシュベルクの攻撃を防ごうと、短剣が青い輝きを帯びる。だがアビリティ『パリィ』による防御術の崩し方は、シュベルクがもっとも得意としていた技の一つである。寸前まで直進した拳にシステムが反応し、自動的に迎撃を始めた瞬間にシュベルクが拳を引く。弾くべく右横に振られた短剣が青い輝きを散らす。
「『天空蓋』ッ!!」
その首にシュベルクの回し蹴りが絡みつく。下から跳び上がったシュベルクの右足がヒュミの体をねじ込み、巻き込み、上下が反転する。体術スキルによるアビリティの中でも異彩を放つ『天空蓋』。地上戦ではおよそ使えないアビリティだが、空中戦においてこの技はかなりの力を発揮することをシュベルクは知っていた。モンスター相手に空中戦などやらない(尤も、プレイヤー同士の戦いでもそう見られるものではない)が、対人戦を繰り返してきたシュベルクだからこそ活かすことができる技だった。シュベルクはこのアビリティが出現した瞬間から使い方を考えてきたのだ。それが、実を結んだ。
地面に叩き付けられたヒュミのHPがなくなり、青いポリゴン体となって爆散する。高所からの落下ダメージも加わり、恐ろしいまでの威力を生み出すことに成功したのだ。
「【馬よ嘶け! 剣を捧げよ!】」
だが次々と唱えられていくフィーリアの詠唱がシュベルクが勝利の余韻に浸ることを許さない。フィーリアの体には赤いダメージエフェクトが閃いているが、HPの減りは遅々としている。そもそも軍曹の持つ銃の攻撃力はそこまで高くはないうえに、レベルも低い。軍曹のクラススキルの『司令の激励』によって能力値が上昇するのは軍曹以外のパーティメンバーのみ、軍曹だけがレベル通りの実力と言い変えることもできるし、軍曹はステータスを平均的に上げてきているのでDEXもそこまで高いわけではないのだ。だがかなりの量を撃ち続けているためにフィーリアのHPもイエローゾーンに突入している。どちらが速いかは、正直シュベルクにはわからなかった。
(でも、援護する!)
ここで陣地の外に逃げ出せば範囲魔法攻撃からはよけられるかもしれない。だがそのあとに残るのは後悔だけである。シュベルクが視界の右端に目をやると、最初は五つあった青いゲージが三つにその数を減らしていた。六つあった赤いゲージも既に四つまで減っている。
このゲージはそれぞれの残っているメンバーの数を示している。青が《軍団》のメンバー数を、赤が《戦乙女》の残りのメンバー数を表しているが、《戦乙女》のネルノスキーとヒュミが退場したため二つ減って四つになっているというわけだ。
「『コマンド』、シュベルクが敵に接近して攻撃!」
「ウェポンチェンジ、【ネストリウス】!」
『接近』行動にシステムのサポートが適用され、シュベルクの走るスピードが若干ではあるが上昇する。さらに『攻撃』行動にもサポートが適用され、威力が上昇。クラススキル『司令の激励』の効果も加わり、シュベルクは今能力的にはレベル五十前半クラスまで上昇しているだろう。《戦乙女》のほとんどのメンバーが六十越えとはいえ、今は二対一。あとはスピードの勝負だった。
「【軍靴を鳴らせ! 凱旋の未来を! 進軍せよ、氷軍蹂躙】」
フィーリアの詠唱が完了する寸前、射程距離まで近づくことに成功したシュベルクの銃弾が着弾する。瞬間、紫色の紋様がフィーリアのアバターの表面に大きく広がった。魔弾。
魔法を封印する妨害魔法、『魔封じ』という魔法を込められた魔弾だ。成功すれば一定時間魔法の使用を封じることができるが、それは滅多に成功しない。この魔法は主に、ただ一つの目的のために使用される。
すなわち、詠唱中の魔法の中断である。
『魔封じ』という魔法は成功すれば一定時間魔法の使用を封じるが、その副次的な効果として詠唱中の敵に当たるとその魔法を不発させる。だが『魔封じ』も魔法である以上、ある程度詠唱しなくてはならないため見極めが難しく、よっぽど卓越した技術がない限り詠唱中の魔法の中断は難しいとされてきた。だが、即座に放つことができる魔弾ならば、タイミングを見極めるのはそう難しいことではない。少し離れていたため、ハンドガンの射程距離まで近づく必要があったが。
この魔弾はカグヤも一発しか所持しておらず、試合開始寸前に近距離戦を行うことが多いシュベルクに渡しておいたのだ。魔術師を封じるのがカグヤの役目とはいえ、基本防御力が高くない魔術師ならば通常弾一発で仕留めることができる。彼には必要なかったのだ。そして、完成寸前の魔法がファンブル。
「【ント……!】ってあれ?」
発動しない魔法に首をかしげたフィーリアだったが、即座に冷静さを取り戻して最も速い基礎魔法『氷槍』で対抗しようとするが、その時には既にシュベルクが懐に潜り込んでいた。『銃底連打』による連続攻撃で瞬く間にHPが削り取られてフィーリアのアバターも四散する。
MPの供給がなくなった『凍土』が解除され、白銀のライトエフェクトが二人を祝福するように瞬いた。シュベルクのHPも軍曹のHPもイエローゾーンを割り込み、すでにレッドゾーンまで落ち込んでいる。
お互いに顔を見合わせて気弱げに笑った二人だったが、次の瞬間青いゲージが二つになったのを見て顔を強ばらせた。




