Act.22
俺たちは今まで敵を全滅させてきた。だからそのアナウンスを聞くことはなかったのだが、陣地を占拠されてから三分以内に誰かが陣地を取り戻さないと、自動的にこちらの敗北となる。しかし俺たちは主力をカルマさんたち前衛部隊に押さえつけられている。
(完全に、出し抜かれた……!)
カルマさんが嬉しそうに口を開いた。
「ヒュミがやったようだな。だが、チームの勝利と私の勝利は別だ。悪いが、ここで殲滅させてもらうぞ」
思い出したのは、二つ目の橋を破壊した時に視界に捉えた空気のゆらぎ。陽炎のわけがなかった。
あれこそが隠密行動中だったヒュミちゃんだったのだ。アナウンスによる驚きで、シュベルクの体が一瞬止まる。その隙をカルマさんが見逃すわけもなく、シュベルクを振り切ってグリネスにむかった。右手に握り締められた刀が一閃し、グリネスを斬る。
「くそっ……!」
毒づきながらスコープを覗き込み、即座に照準を川を渡ろうとしている一人の女性に合わせる。近距離戦において脅威となるのは一撃が大きい両手剣使いではなく、攻撃回数も多く移動速度が速い双剣使い。ネルノスキーの揺れる頭に照準を合わせて引き金を絞った。轟音と共に直進した弾丸が微妙に狙いからそれ、胸の中央に着弾。まっすぐこちらに向かってきていなければ外していたかもしれないが、無事そのHPを吹き飛ばすことに成功した。
「そこか、カグヤァァァ!!」
攻撃したことにより、俺の隠密行動が解除。居場所を見つけたカルマさんがこちらに突進してくる。
「軍曹にシュベルク、戻れ! 陣地を頼む!」
「っ……! 『ダブルコマンド』、シュベルクにグリネスは敵から逃げろ!」
シュベルクは何も言わずに即座に反転。グリネスはカルマさんに斬られてHPをレッドゾーンまで落としつつも、牽制のためにショットガンを川に向ける。だが、その瞬間、両手剣使いのキャネットの口が素早く動いた。
「『突進風車』!」
それは、ゴルドが使った両手剣用のアビリティだ。小柄な少女の体が赤い光に包まれ、システムの補助を受けて突進する。咄嗟にその進行方向に【SLBⅣ】の銃口を向けた。
肩の上に引き絞った大剣を担いでキャネットが加速。道中にいたグリネスはその突進に引き潰され、ゴルドの時と同じように天を舞いながらその体を爆散させた。さらにリリアのすぐ隣で停止すると、『突進風車』の追加の効果でその場を大剣でなぎ払おうとする。
そこに向けて引き金を絞る。未発見状態からの一撃ではないため、HPは大して削れなかった。もちろん軽装の双剣士と比べて両手剣士の防具は防御力が高いので仕方がないといえば仕方がない。だが強力極まりないスナイパーライフルのノックバック効果のよって強制的にアビリティが中断し、硬直時間が課せられる。いまここで狙撃すれば倒せるかもしれないが、俺は咄嗟に前に体を投げ出した。座り込んでいた木の枝から飛び降りたことによる浮遊感のあとに、空中で前転すると俺がいた場所を銀色の閃きが一閃するのを確認した。
「かわしよったか」
「食らったら死んじゃいますから、ね!」
こうなってしまってはリリアとキャネットの戦いを観察する余裕はない。死ぬ気でカルマさんを足止めして時間を稼がなければならない。真一文字に振るわれる刀を必死にかいくぐる。
「ウェポンチェンジ、【セントラル・ドグマ改】!」
右手に握られた【SLBⅣ】が空気中に溶けて消え、代わりに小ぶりのハンドガンが現れる。だがこれを撃ったところでたいしたノックバックは与えられないし、逃げ回って『単身銃舞踏会』を発動させてもここまで近距離に近づかれてしまっては、銃を乱射する前に接近されて御陀仏である。なにせこちらはおそらく、渾身の一撃を喰らえばHPは吹き飛ぶ。シリーズ防具の効果によって、ただでさえDEFを犠牲にしているのだ。
「ふん、近距離ならばあの双銃士の方が戦えていたな」
――――当たり前だろ、シュベルクは二丁だけど俺は一丁しか装備できないんだよ!
という心の叫びを閉まっておいて、久しぶりの近距離戦を行う。だがカルマさんは奥の手を警戒しているのかあまり積極的には攻めてこない。普段のこの人ならば鬼神のように斬りかかってくるのに、今のカルマさんは流れるような刀捌きを披露しているものの、その体や表情からはあまり気迫が感じられない。
クラススキル、『繋がる一撃』によって単発攻撃のはずのアビリティが連結する。右手で腰から抜き放たれた『居合切り』からの、右側から斜めに切り上げる『跳ね上げ斬り』。そこからさらにまっすぐ脳天めがけて振り下ろす『唐竹割り』。『居合切り』を屈んでかわしたことにより、『跳ね上げ斬り』は避ける必要はなかったが、その凄まじいスピードで振るわれる『唐竹割り』必死に後ろに跳んでかわす。前髪をかすめる刀の鈍い煌きに恐怖を抱きながらも右手の【セントラル・ドグマ改】の引き金を引く。パン、と乾いた発砲音が響き、放たれた銃弾が右肩に着弾。だがそれは全HPの三%ぐらいを削っただけに終わった。
着地と同時にカルマさんの硬直時間が終了。このまま一撃も喰らわずに撃ち続ければ勝てる、というのは甘い考えだ。体の端々をかすめる刀の一撃により、俺のHPは既にイエローゾーン目前なのだ。このままやれば普通にHPを削りきられて終了だ。むこうのHPもシュベルクにある程度削られているので、勝機がないわけではないが、それは無謀というものだろう。逃げ回って時間を稼ぐ。
「っ!」
首筋めがけて振るわれた刀を屈んでかわす。アビリティでは先読みされると思ったのか、アビリティを使わずに自分の技量で攻めてくる。薙ぎ、払い、斬り下ろされる刀をすんでのところでかわし続ける。正直な話一撃一撃が速すぎて反撃などできない。
勝算がないわけではない。軍曹とシュベルクが陣地を取り戻せれば、こちらに戻ってくるはずだ。それまで耐えれば、逆転することだって可能になる……が、懸念要素はやはり魔術師組がどこにいるかわからないことか。ヒーラーのカンナギちゃんに火力のフィーリアの姿がいまだ見えない。一体どこで何を狙ってるんだ。
「ははっ! よく避けるな、カグヤ! 『交差払い』!」
チン、という音を立てて鞘に納まった刀が、目の覚めるような青い光を放つ。アビリティだ。だが『交差払い』は二連撃でバツの字を描くアビリティ……慌てず後ろに大きく跳ぶ。居合術の抜刀から斬り上げられた刀の向きが反転し、クロスのように襲いかかってくる。
凄まじい速度で振るわれた刀の先が胸をかすめる。刀術のアビリティの特徴はやはり、そのスピードと硬直時間の短さにある。といっても決して硬直時間が短いわけではなく、アビリティの発生から終了までの時間が短いせいで余計な時間を取られないのだ。足場を気にしながらも、必死に振るわれる刀を避け続ける。だがやはり、すべてを完全回避するのは難しい。
「どうやらお前の負けだぞ、カグヤ」
「……?」
まだ俺のHPは残っている。まさか、援軍が?
「カンナギが到着した」
次の瞬間、俺は背後から襲いかかってきた攻撃を必死に上に飛んでかわした。横薙ぎに振るわれたのは鈍色に輝く両手剣だ。
《戦乙女》において、両手剣使いはただひとり。リリアと戦っていたはずの、キャネットだ。さらに白色の光が後方から飛来。その光に包まれたカルマさんのHPが一気に満タン近くまで回復する。よく見れば、キャネットのHPもほぼフル回復している。
「カンナギちゃん……!」
《戦乙女》の回復役、カンナギちゃんの登場で、戦況は一気に不利から絶望的に変わったのだ。しかし逆に考えればフィーリアじゃなくて助かったというべきだろうか。回復役がいてもそもそもたいしたダメージは与えていない。だがおそらく、リリアは回復役を得たキャネットとダメージレースに敗れたのだろう。それは仕方がない、どうしようもない。そもそも盾戦士のような役割を果たす彼女は両手剣の攻撃を避け続けることなんてできないだろう。
「さて、形勢逆転だな」
「最初っからそっちが有利だったでしょ」
「絶対、言いたかっただけだよ……」
「え、えっと……頑張ってください!」
カルマさんのドヤ顔発言に俺が突っ込み、キャネットが呆れたように両手剣を担ぎ直し、カンナギちゃんがよくわからない言葉を残す。でも一番まともなことを言ったのはカンナギちゃんだろう。
「しかし、こんな面子で戦うのは初めてだな。さながら、ギルマスと恥ずかしがり屋チームとでもしておくか」
こりゃ、ヤバイな……。
ふざけた調子で軽口を叩きながらも完全に狙いを定めている。逃げ出そうとしたら突進されて斬られてハイ、サヨウナラだ。心の中で密かに温めていた計画、『カルマさんをだまくらかして逃げようぜ計画』と『カメレオン計画』も破綻したし、どうしようか。俺は再び【セントラル・ドグマ改】を握り締めた。
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時間は少し戻り、林の中を走る影が二つ。軍曹とシュベルクだ。軍曹は腰だめにアサルトライフルを構えて、シュベルクは両手にハンドガンを握り、低い姿勢で猛ダッシュしている。ステータスを平均的に上げている軍曹は、ダッシュスキルのアビリティ、『走破』を使ってなんとかシュベルクに追随している状態だ。
「あと何分!?」
「一分半!」
シュベルクの叫び声に反応した軍曹が、ちらりと視界の右端に目をやって答えた。そこには陣地の占拠が完了するまでの残り時間が表示されており、ちょうど一分半を回ったところだった。
「軍曹、指示ちょうだい!」
「『コマンド』、シュベルク、走れ! 『オーダー』、シュベルクに追随せよ! 『ウェポンチェンジ』、【リコリスⅡ】!」
『コマンド』の効果により、青い光が途切れたシュベルクの体を再び光が包み込む。さらに『オーダー』の指示通りに軍曹の体がアバターが出せる最高速度でシュベルクの後を追う。細かい判断による行動が取れないが、それでも速度はわずかに上昇した。軍曹が持っているスキルは基本的に自分ではなく周囲を強化するスキルなので、『オーダー』のように自身をサポートするアビリティは貴重なのだ。
林のなかをひたすらに疾走していく二人の前に、ついに《軍団》の陣地の姿が目に入った。始まった時は青く翻っていた旗は赤く染まりつつある。すでに七割以上が赤くなっている。それを見た瞬間、シュベルクが焦ったように陣地の入口へと直進していく。その進行方向にあるものを見た軍曹が慌ててそれに向けて発砲する。キィン、という澄んだ音を響かせて、軍曹が見つけたものが砕け散った。
「っ!?」
その場で形成されたのは氷の檻。氷属性魔法にしか存在しないという設置型の魔法だ。その魔法名は、
「『氷檻獄』……!」
撃ち抜かれた瞬間、地面にミミズのようなあとを残して広がっていく、ミステリーサークルのような紋様。その範囲から、シュベルクが慌てて飛び退いた。設置型魔法は衝撃もしくは一定距離にプレイヤーやモンスターが接近すると発動する。今回はシュベルクが接近しすぎる前に軍曹が素早く撃てたから良かったが、あと一秒遅かったら間に合わずに檻の中に閉じ込められていただろう。
「ごめん軍曹。でもこの魔法は……?」
「うむ。おそらく、敵は最大で三人。少なくともヒュミというスカウトとカグヤの妹さんはいるだろう」
その呟きが合図だったかのように、陣地の入口から氷の矢が七本続けざまに飛んでくる。氷属性魔法の基本的な魔法である、『氷槍』だが、氷属性魔法の熟練度が上がれば上がるほどその矢の本数は増える。七本ということは、少なくとも熟練度が三百五十は超えているということだ。
それを予見していた、というか何が来ても対処できるようにしていた二人は危なげなくそれを回避する。魔法のなかでは基本魔法はかなりの速度を誇るのだが、二人にとってはそれほど難しいことではなかった。
「あと一分だ。危険だが、中に駆け込む」
「了解!」
軍曹の言葉に勢い良く頷くと、シュベルクが入口に向けて猛ダッシュ。迎え撃つように再び放たれる『氷槍』を、身を捻ってかろじてかわす。ここでも、戦いが始まろうとしていた。




