Act.21
ここまできた。ギルド抗争イベントの決勝戦……ここで優勝さえできれば、銃使いに対する偏見などなくなるだろう。
「最終戦、相手は《戦乙女》。不足はない」
軍曹の台詞に頷く。ギルドホームのことも入れて、なんとしてでも優勝しなければならない。
「だが、魔弾は残り少ない。確認しておこう」
それぞれが自分の持っている魔弾の数と種類を確認していく。攻撃系の魔弾を多く持っているのはシュベルクと軍曹。妨害魔法が込められた魔弾を持っているのはリリアとグリネス。俺は一発だけ魔弾を持っているが、おそらく使う機会はないだろう。
ここで少し、魔弾について説明しておこう。魔弾は結晶師という生産職が作る、魔石というアイテムに魔法を込め、さらにそれを細工師が加工することで得ることができる。魔石には様々な魔法を込めることができるがランクがあり、低位の魔石は本当に基礎的な魔法しか込めることはできない。
高位の魔石ならば強力な魔法を込めることも可能だが、そもそも高位の魔石の値段が高い。しかも俺たちのギルドには魔術師がいないため、自分たちで魔法を込めることができない。畢竟、知り合いに頼って魔法を込めてもらうか、魔法が込められた状態の魔石を買うしかないのだが、当然魔法を込められている魔石の方が素の魔石より値段も高くなる。
おまけにさらにこれを細工師に加工してもらわなければならないのだ。一発一発が切り札級に高いのだ、魔弾というものは。だが、その『あらゆる魔法を状況によって使い分ける』戦い方は銃使いの本懐とでも言うべき戦闘スタイルでもあるのだ。
「よし、確認及び魔弾の整理完了」
『今回のフィールドはぁ、渓谷! 中央に川が流れているが、水の中は水泳スキルでも持ってない限り継続的にダメージを受け続けるから、川を渡るための二本の橋をどうするかが勝負の焦点となりそうだー!』
橋。占拠するならば戦力を二つにわけなきゃならないか……無視したほうがよさそうだな。
「橋は無視する方針で行こうと思うが」
「うむ……まあ、それで間違いはないだろうが……破壊可能オブジェクトならば破壊して一本に絞るというのは?」
それは考えていなかった。というか完全に盲点である。そうか、破壊できる可能性もあるのか……継続的にダメージを受け続けると言っても、べつに即死するわけでも渡れないわけでもない、破壊可能になってる可能性はあるだろう。
……面白いこと思いついた。
「シュベルク、こいつを渡しておく」
「はぇ? カグヤさん、これってあの……」
「いいか、全員よく聞け。もし橋が……」
ゴニョゴニョ。
全員の顔が悪巧みを楽しむ悪ガキのそれになっていく。軍曹ですら若干楽しそうだ。
「うむ、それで行こう。ならば、開始と同時に全力ダッシュ。リリアは無理だったらゆっくりついて来い」
「了解!」
「橋が破壊可能だったら、作戦通りに行くぞ」
俺の言葉と同時に柵が消失。ガドラムリストのときと同じように全員で飛び出して全力ダッシュ。若草色の木々が生えているが、森に比べれば密集度は低い。代わりにゴツゴツとした岩がそこらじゅうに転がっているのが特徴のフィールドだ。
(足場は気をつけたほうがよさそうだな……)
俺をはじめとした身軽銃士メンバー四人は傾いた岩の表面を飛び跳ねるようにして駆けていく。先頭をシュベルクが独走し、少し遅れて軍曹、グリネス、その後ろに俺という配置だ。
「川はおそらく中央に横たわってるはずだから、もう少しだ」
一気に闘技場の半分の距離を走破した俺たちだったが、リリアはさすがについてこれなかったようで、その姿はかなり後ろの方にあった。そして俺たちの前には悠然と流れる渓流がある。その横幅はおよそ十から十二メートルほどだろうか。飛び越えられる幅ではないが、走り抜けることさえできれば……と、相手は思うだろう。だがこちらには足止めに最適なショットガンを持つグリネスがいる。
「カグヤ、作戦通りだ。耐久値が設定されている」
俺と軍曹は拳を突き合わせてニヤリと笑った。即座に軍曹とグリネスが銃口を橋に向けて引き金を絞る。フルオートで吐き出された軍曹の銃弾が、近距離で広がるように炸裂し続ける散弾が、見る間に橋の耐久値を削りきった。途端に青いキラキラとした破片となって散っていく橋。そのあと魔弾を一発使って少し実験をしたあと、作戦が問題なく機能することを確認する。
橋が落とせなかった場合は向こう側に場所取りを変えなければならなかったのでついてきたが、橋が落とせるならば……。強化された視力で下流を見やる。目を凝らせば下流の方向にもう一つ橋があるのがわかる。およそ二百メートルほどか。
「そんぐらいなら、余裕だぜ……」
素早く背中の狙撃銃を腰に回して、腰を落として射撃体制になる。陽炎のように揺らめく空気のせいで狙いが微妙にずらされるような気がしたが、落ち着いて【SLBⅣ】の引き金を引き絞る。凄まじい勢いで突進した銃弾が、わずか一発でもう一つの橋の耐久値をゼロにした。
「じゃあ、俺は隠れるから。あとは上手くやれよ」
「了解」
岩の影に隠れて『隠密行動』を使用。透明な空気の揺らぎとなって、その場を離れる。ホビットの種族特性や隠密の狙撃手に表記されている隠蔽度上昇という効果は、聞くところによるとこの空気の揺らぎが弱くなり、完全な透明に近づいていく効果のようだ。
『隠密行動』はキャラクター――NPCも含む――から一定時間視線を外さなければならないので、周囲が知り合いならば目を逸らしてもらうだけで大丈夫だ。まあ、どこで誰が見ているのかわからないので、隠れることは隠れるのだが。
(対岸には《戦乙女》の全メンバーがいるはず……継続ダメージを受けると隠蔽は解除されるからヒュミちゃんの心配は後でいいか。今はとにかく狙撃ポイントを探さないと)
ヒュミちゃんが水泳スキルを持ってる可能性は皆無に近いだろう。そんなアクティブスキルを持ってるのはこのゲームでも数百人のはずだ。というか、ギルド抗争には出てこないだろう。
岩の影に隠れて軍曹達を伺う。軍曹達はリリアの合流を待ってから上流に向かうようだ。今、リリアが合流したので上流の方向に向かって小走りで走っていく、今度はリリアもついていけるスピードだ。
俺も林のなかを上流方向に向けて走っていく。穏やかそうに見えて意外と起伏が激しいのが渓谷の特徴だ。そのまま素早く岩の上を飛び跳ねて、軍曹たちを追う。対岸まではおよそ三十メートルほどか……この距離ならば外す方が珍しい。
(ここにするか。見晴らしもいいし、軍曹たちも止まった)
俺は岩の割れ目から生えている大木の上に陣取って、スコープ越しに対岸を見る。ここからは待ちの一手である。数の利もひとりひとりの強さもない軍団では基本的な戦法は待ち伏せ不意打ちが基本となる。本来ならばこんな作戦は通用しないのだが、今回ばかりは成功する。
相手が、あのカルマさん率いる《戦乙女》だからだ。
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(……来たか)
五分後。対岸にカルマさんが姿を現した。アホや……とは思ったが、あの人はこういう小細工を力づくで突破してくる。それが彼女の長所でもあり、短所でもあるのだが、とりあえずは作戦通りである。
「橋を落とすとは、小細工が好きなギルドだな」
カルマさんが対岸から声を張り上げる。リリアと軍曹の射程圏内だが、この距離で撃っても対した打撃は与えられないし、なにより乱戦に持ち込めない。カルマさんは今、訝しがっているはずだ。アホではあるが、頭は悪くない……こちらも魔術師が姿を見せていない以上、うかつにカルマさんを狙撃するわけにはいかない。緊張を解き、視野を広く持つ。
「小細工上等。勝てば官軍」
「後半の意見には同意だがな。だが、私の矜持としてこういった小細工はあまり好きではない……悪いが押し通させてもらう!」
軍曹の混ぜっ返しにカルマさんが嬉々として応じる。川に入ればグリネスのショットガンで足止めを行い、ジワジワと体力を削ればいい。魔法で援護するために魔術師が姿を現したところを狙撃。
という俺の頭の中で描いたプランは、一瞬で崩れ去った。
「『ジャンプ』!」
『軽業』スキルのアビリティ、『ジャンプ』! 効果は単純だが、非常に高い位置まで跳ねる事ができる。だが、空中でノックバックを発生させればそのまま落とすことができる。グリネスが素早く銃口を上に向けたのを俺は確認した。だがこの段階で既に川を半分近く渡っている。傾斜角度を考えれば、あの一飛びで川を渡られてしまう。グリネスのショットガンが火を吹く、寸前。
「『二段ジャンプ』!」
体を前に半回転させて再びアビリティが発動、空気を足場にした下方向に向けたジャンプ。仮想の重力によるブーストも加え、凄まじい勢いで空中をカルマさんが突き進む。散らばりきる前の散弾をかいくぐって、カルマさんが地面に頭から突っ込んでいく。そのままグリネスの脇を通り過ぎると右手を地面に付いて前転し、軽やかに立ち上がった。
(嘘だろ、おい……)
これには俺も軍曹たちも呆然とするしかない。ノックバック効果を突っ切って突進してきたプレイヤーやモンスターはいたが、散弾をまるごと回避されたのは初めてである。ゴルドと対峙した時のような、真の上位プレイヤーの強さを、俺は感じ取った。
堅実な戦法を取るゴルドとユリナのコンビネーション。
破天荒な戦い方で敵味方の度肝を抜くカルマさんの技術。
比べてみれば、明らかに違うプレイスタイル。それでも、そこには真の強者が漂わせる何かがあった。
(悪いが頼むぜ、シュベルク……!)
あんなプレイヤーを相手に俺はシュベルク一人で抑えさせるつもりだった。冗談じゃない、二人がかりでも抑えられるかどうかといったところだろう。しかも。
カルマさんが川を渡ったのが合図となったのか、さらに二人の人影が岩の影から走り出てくるのを俺は確認した。即座にスコープを覗き込んで、魔術師かどうかを確認するが、それは《戦乙女》の残りの前衛二人だった。巨大な大剣を背負う少女と、二本の剣を腰にぶら下げてだるそうな表情のまま疾走する女性。名前は、確か大剣の方がキャネット。双剣の方がネルノスキーだったはずだが。
「さて、私がこっちにきた以上は、っと!」
「『コマンド』! シュベルクが敵を攻撃!」
『コマンド』の支援を受けたシュベルクがカルマさんに襲いかかる。どうやら敵はカルマさんに川を飛び越えさせ、その隙に一気に川を渡るつもりのようだ。味方を支援したいのは山々だが、まだ魔術師の姿が見えていない。ほかの人ならばともかく、カルマさんに飛び越えられたせいで予定が狂ってしまった。状況は最悪とまではいかないが、かなり絶望的ではある。
「『ダブルコマンド』、グリネスとリリアが敵を攻撃! 『オーダー』、シュベルクの援護!」
これで俺以外の全員が青い光に包まれ、システムが一定の行動を行う味方たちのスピードや威力を底上げする。シュベルクが必死にカルマさんを抑えているが、カルマさんはシュベルクを振り払ってグリネスのところに向かおうとしてトリッキーな動きをしている。それを『スタンナックル』でなんとか止めている、というのが現状だ。『麻痺無効』のパッシブスキルでも持っていれば別だが、あれを手に入れるには麻痺の状態異常を繰り出す敵を二百体以上と、状態異常麻痺を五百回以上受けていなければ取れない。なんでこんな仕様にしたのかは今でも謎が尽きないが、さすがにカルマさんも持っていないだろう。レベル差があればあるほど、状態異常の解除は早いし。というか誰が調べたんだろう。
「カグヤがカルマを狙撃!」
シュベルクを引き離したカルマさんがグリネスのところに向かおうとするのを見た軍曹が悲鳴のような声を張り上げる。狙撃を警戒してか、カルマさんが落ち着いて止まって勢い良くバックジャンプ。確かに走る先を予測して撃った弾ならそれでかわせただろう。いい回避だ。感動的だな。だが無意味だ。
「……なに?」
はったりだ。あらかじめ作戦で決めてあるか、『コマンド』を使用していない以上は、俺は援護することはない。今のはカルマさんの進軍を止めるための軍曹の渾身の大嘘なのだ。止まった隙にシュベルクが追いつき、再び近距離での舞闘を披露し始める。凄まじい勢いで振るわれる刀を屈んで避け、蹴りを繰り出し、かわされれば立ち上がって銃を撃つ。だが根本的な攻撃力不足によって、満足にカルマさんのHPを削れていない。まだ一割強、といったところか。対するシュベルクのHPはもうすでにイエローゾーン。軍曹が必死に回復魔弾でサポートをしているが、シュベルクが一発大きいのをもらえば均衡は一気に崩れるだろう。
川を渡っているふたりは順調に押さえつけているようだが、あまりふたりはこちらに近づいてこない。今も川に二メートルほど入ったところで止まっているようだ。HPは削れ、戦乙女の二人のHPもイエロー寸前である。
しかし。直後、俺たちは絶望的なアナウンスを聞いた。
――――ギルド《戦乙女》のプレイヤー、『ヒュミ』がギルド《軍団》の陣地を占拠しました。カウントダウンを開始します。《軍団》のプレイヤーは陣地に戻ってください。一度陣地に入ればカウントダウンはリセットされます。
スコープ越しに、カルマさんがニヤリと笑ったのを見た。
……さらに頭の中で、妹フィーリアの高笑いを、聞いた……ような気がした。




