Act.9
『隠密行動』状態の俺は、ゆっくりとした――――それでも種族補正とスキル補正のおかげでそれなりに速い――――速度で暗闇の中を進んでいく。腰に存在する今の相棒、【セントラル・ドグマ】に軽く触れると、ひんやりとした感触が伝わってきて、俺の意識が冴えていく。
(『周辺索敵』)
と心の中で思う。『隠密行動』は声を出すと効果が消えてしまうので、新たに身につけたアクティブスキル『心声』のアビリティ『無音発動』によって発動させたのだ。この『無音発動』は非常に燃費が良く、一度使用すれば三時間は効果が持続する。そのため『無音発動』と言ってアビリティを発動させ、『隠密行動』は心の中で呟き、索敵も心の声ですませる、というのが俺のだいたいの行動パターンだ。俺は未だにこの心の声をどうやってシステムが認識しているのかが不思議でしょうがないが。
今俺がいるのは背の高い草原が広がるファル草原というフィールドだが、この草原にはあちこちにすこし高い丘のようなものが点在している。
――――俺は、そこを絶好の狙撃ポイントとして利用しているわけだ。
声を出さないようにゆっくりと丘の上に登っていく。月光のもと、照らし出された俺はすぐにその場に伏せた。近いともいえないがそう遠いとも言えない位置に【厚皮の犀】を肉眼で捉えたからだ。
心の中で『ウェポンチェンジ、【SLBⅢ】』と唱えると、右手に握っておいた【セントラル・ドグマ】が光の粒子になって消え、変わりに重量を増した相棒が手元に出現する。
伏射姿勢になった俺は、ゆっくりとスコープをのぞき込む。【厚皮の犀】はいくつかの特徴を持つモンスターだ。
一つ目は決して他のモンスターと一緒に行動しないこと。よって、ソロの俺でも……安心してって言えないところが嫌だな。俺はまだ紙装甲だし。
二つ目は非常に高い防御力を誇り、スーパーアーマー状態――――攻撃を加えても攻撃を止めずに行動し続ける状態のこと――――の攻撃が豊富に存在することだ。これにより前衛は防御を強いられ、魔導師と同じくダメージディーラーとして知られる双剣士(乱舞廚)や両手剣士(脳筋)が戦いづらい。
AGIが高くアビリティ後の隙が短い拳闘士ならば行けることがわかっているが、その分拳闘士は攻撃力が低いため、固定パーティにはあまり入っていない。
要するに、苦労と実入りが割に合わないのだ。だが彼奴らのレアドロップ品である【上等な灰色皮】は高く売れるため、求めて狩りに来るプレイヤーは後を絶たない。
俺がのぞき込んでいるスコープの十字架が、犀のわき腹に浮かんだ赤い光点を捉える。そして揺れが止まり、絶好の狙撃チャンスが訪れるが、俺は引き金を引かない。
(『チャージショット』)
心の中で呟くとすぐに、俺の腕ごと【SLBⅢ】が赤光を放ち始める。そして四秒が経過し、十字架が再び赤い点を捉えた瞬間に俺は引き金を引いた。
轟音とともに後ろにはね飛ばされそうになる体をしっかりと踏ん張り、素早く次弾を装填する。そしてスコープを覗くと、大雑把な狙いを付けて引き金を絞った。再びの轟音。
一発目の銃弾が直撃したときはかなり怯んでいた【厚皮の犀】だったが、二発目が当たったときには大して動かなかった。そのまま最強の攻撃である突進攻撃のモーションを取り始めたのを見て、俺は立ち上がってゆっくりと告げる。
「ウェポンチェンジ、【ファットルン】」
今度は【SLBⅢ】が消えて、代わりに現れたのはアサルトライフルだ。強襲の名が示すとおり、これはこちらから突っ込んで使う武器だが、俺は突進してくる【厚皮の犀】に向けてフルオートで銃弾を吐き出し続けた。
振動と反動によって銃口が上に向かうのを押さえながら、トップスピードに乗った【厚皮の犀】を見据えて連射をやめ、右足を振り下ろす。
「大地の怒りを受けろ、『崩震脚』……!」
別に深い意味はない、言いたかっただけである。振り下ろされた右足は真っ青なライトエフェクトを纏って地面に直撃した。アビリティ『震脚』の上位派生である『崩震脚』は、四つ脚のモンスターにも有効という非常にありがたいアビリティだ。
グラグラと揺れる大地に足を取られ、【厚皮の犀】が転ぶ。俺は即座に駆け寄り、弱点の脇腹に銃口を押し当ててフルオートで弾丸を叩き込んだ。
「ふぅ~」
そしてポリゴン体となって爆散する【厚皮の犀】を見ながら、俺は無感動にレベルアップのファンファーレを聞いた。
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ログアウト不能になってから、二週間がすぎた。痛みから逃げるために安全圏にこもっていたプレイヤー達も、ちょこちょことフィールドに戻ってきている。この二週間、ギルドを立ち上げたフィーリアとトシから別れてソロプレイをしていた俺は、様々な知識を身につけた。
例えば、スキル融合したスキルの熟練度は、スキル融合する前のスキルの熟練度の上昇値を参照すること。ようするに銃を延々と撃ち続けても、銃衝術スキルは銃術スキルの三分の一の速度でしか熟練度が上がらないと言うことだ。そして融合もとである三つのスキルの熟練度が隠しパラメータとなって、その合計値で銃衝術の熟練度が上がるようだ、ということ。
そしてわかりにくいが、『崩震脚』と『震脚』は蹴術スキル、『チャージショット』と『クイックドロウ』は銃術スキル、『殴打』と『蹴撃』は体術スキル、『クイックバレット』と『スタンナックル』は銃衝術スキルの熟練度をそれぞれ上げることで入手できるアビリティで、別々に独立しているがまとめて銃衝術のアビリティとして登録されているということだ。
「うーん、人がいないなぁ……」
ファル草原では夜に出てくるモンスターと昼に出てくるモンスターが違う。俺は主に夜行性モンスターである【厚皮の犀】を狩りにこの草原に来ているため、昼間はここにはほとんどこない。
(から、あんまり人がいるはずは無いんだけど……戦ってる音が聞こえるなぁ)
「『周辺索敵』、範囲前方……お、いたいた」
索敵スキルの熟練度が上がると範囲が広がると同時に、索敵する方向を指定してある程度索敵距離を伸ばせるようになった。
俺と戦っているプレイヤー集団との距離はおよそ34メートル。パーティメンバーは全部で五人、一体のモンスターを相手に苦戦しているようだ。
「助太刀いりますー!?」
「えっ!? すいません、お願いします!」
両手剣の男性プレイヤーの返事を聞いて、なんか前にもこんなことあったなぁ、と思いながら片手に【セントラル・ドグマ】を持って飛び込む。やはりというかなんというか、暴れていたのは【厚皮の犀】だった。
「あー、助けに来といて何ですけど……俺の武器ほとんどアレにダメージ通らないんで、タゲ取りに専念しますね。『殴打』『蹴撃』『スタンナックル』」
「え? あ、おう!」
どこかで見た顔だなと盾を持った片手剣士を見て思ったが、とりあえず無視して連続で蹴りと突きを叩き込む。全く効いているようには見えないが、銃衝術のアビリティ『スタンナックル』はハンドガンのマガジン部分で敵を攻撃したときに、低確率で状態異常、麻痺を付与する効果がある。
そしてこのモンスターは非常に状態異常を嫌い、その手の攻撃をしてくる者を優先的に狙うプログラムが組み込まれているのだ。
「【彼の者に神より最高の癒しを与えたまえ、エスペリオルヒール】!」
後ろでヒーラー役の女性がヒールをしている声が聞こえる。俺が引きつけている間に体勢を立て直すつもりなのだろう。ちらりと見た限りでは魔術師系の人が二人、前衛が片手剣士と両手剣士と双剣士。盾戦士がいないから、ここまで苦戦したのだろう。
「おっと」
突進してきた【厚皮の犀】の鼻面を掠めるようにかわす。あの攻撃を受け止めて残るほどHPもDEFも高くはないので、闘牛士よろしくひたすら回避する。
もちろんすれ違い様に殴ったり、銃撃を浴びせるのは忘れない。
「『ファイナルバレット』からの『クイックバレット』!」
赤黒いライトエフェクトが【セントラル・ドグマ】を覆う。このハンドガンは普通に店売りしているハンドガンなので、失っても痛くはない。
『ファイナルバレット』は、銃の耐久力すべてを次の一発目の弾の攻撃力に変える、銃術スキルのアビリティだ。『クイックバレット』は弾切れの銃でも一発だけ弾を撃てる代わりに銃が吹っ飛ぶ銃衝術のアビリティ。この二つを組み合わせて使うのは、実はかなり相性がいい。
ドゴンッ、というハンドガンにあるまじき銃撃音が響き、なんと【厚皮の犀】がその体を仰け反らせた。さらにプスプスと煙を上げ始めた【セントラル・ドグマ】を放り投げる。空中で小さな花火を生んで壊れたあの銃を、直す方法はない。俺のアイテム欄には【壊れたハンドガン】がいくつか眠っているが、その数が一つ増えただけだ。
「じゃ、後お願いしますね。俺は武器壊れちゃったんで」
身軽になった俺は軽業師もかくや、という動きでバックステップ。回復を終えた両手剣士が前に出てきて、まだ怯んでいる【厚皮の犀】の顔面に大剣を振り下ろす。
そのまま片手剣士と双剣士も攻撃に加わり、なんかよくわからないけど楽しそうに乱舞している双剣士を見ていた。
ときおり炸裂する炎系の魔法が、夜空を明るく染め上げる。別に待たなくてもパーティに入ってるわけじゃないんだから、勝手に帰ればよかったと思うのは、もう少し先の話。
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「いやぁ、助かりました! 攻撃力が高くてカンヤじゃ凌げなかったんですよ!」
「はぁ」
カンヤというのは大剣を使う爽やか系の青年の事を言っているらしい。だが、双剣士が続けた紹介に、俺は心底驚愕する羽目になった。
「俺、カイガーっていうんだ。よろしく頼むぜ! で、あっちの片手剣士がシュリガ!」
「……ん? 聞いたことあるな……」
後ろから睨んできている女性魔術師組に、こっそりと俺男なんですと伝えて驚かせた後、シュリガと呼ばれた片手剣士がカイガーに苦言を言い始めた。
「だから何度も言っただろう、夜のファル草原はまだ厳しいと。防御に難があるこのパーティでは【厚皮の犀】の相手は難しいから、もう少し楽な狩り場でレベルを……」
「わかったわかった、今回は俺が悪かったって!」
「今回もだ、バカイガーめ!」
そのやりとりを聞いて、俺の頭の中の記憶が刺激される。
「シュリガ? カイガー? ああ! あの時の!」
「うぇっ!? どうしたの……ってカグヤ!? リアル男の娘の!?」
俺の名前を確認したカイガーが驚いたように声を上げる。かくいう俺も驚いた。世界って狭いんだな……
「これは……また、こんな偶然もあるんですね。お久しぶりです、カグヤさん」
「ああ、シュリガさん楽にしてください。……苦労してるんでしょ?」
見た限りでは魔術師系の二人の女性は、カイガーのことを狙っているようだ。ちらりと振り返りながら確認すると、シュリガさんも苦笑しながらうなずいた。
「なぁ、シュリガもカイガーもその人と知り合いなのか? 紹介してくれないか」
男だぞ、とあっさり暴露しようとしたカイガーを手で制すと、優雅に腰を折りながら自己紹介する。
「こんばんは、カンヤさん。私は銃使いのカグヤといいます。名前が似ているのも月の導きでしょう」
サラッと適当なことを言って、にっこりと笑う。目の前で口をぱくぱくしているカンヤを眺めていると、後ろの方から堪えきれないといった様子でカイガーが大爆笑し始めた。
「あっはっは! ひぃっ、ひぃっ……カンヤ、そいつは、男だ。騙され、るなよ……あっひゃっひゃっ!」
実直爽やか好青年、カンヤの視線は口をぽかんと開けて大爆笑しているカイガーと俺の間を何度も往復する。俺も堪えきれずに吹きだし、笑いながらステータスを可視状態にして性別欄を示してやる。この動作はすでに慣れてしまい、かなりのスピードで行えるようになった。
「え? Male……? 嘘?」
「お前もアイチャから聞いたことあるだろう、知り合いにカグヤっていう銃使いのプレイヤーがいるって?」
シュリガさんがため息をつきながら場の収拾にかかる。俺は聞き覚えのある名前に、笑いを止めて五人をみる。
「まさか、《ガルーダファントム》の皆さん?」
全員が一斉にうなずくのを見て、俺は改めて世間……いや、世界が狭いことを実感した。




