プロローグ
過去になろうに掲載していたものです。リアルがごちゃごちゃしてきた関係で、バックアップも取らずにまるっとアカウントごと消し去った作品でしたが、ファンの方がどこかから発掘してくださり、何度か読みたいとおっしゃってくださっていた方も見かけたので、改めて掲載させていただきます。読んでいた方は思い出に浸ってください。なんだかんだ少しずつ手直ししながら載せていくのと、仕事が忙しいので更新は気まぐれですが、楽しんでいただければ幸いです。
ヴァーチャルリアリティの世界が開発されてはや十数年。国内有数の開発会社であるファリス社がついにファンタジー系のVRMMORPGのソフトを完成させた。 その名も、『レジリアオンライン』。プレイヤーはあらゆる種族となり、この世界を駆け抜けて復活しようとしている邪神を倒す、という王道もののストーリーだ。
だがまだ様々なジャンルが出てないときに邪道に走ってもしょうがないので、この判断は正解だったと言えるだろう。
ファリス社が募集したわずか二千人の一般ベータテスターにはなんと五百万人もの人間が応募したという。彼らは会社が用意したテスターも含めて二千五百人で『レジリアオンライン』の中でその世界を楽しんだ。数あるバグを見つけ出し、レジリアは徐々にその姿をあらわにしていった。
そしてベータテストが終了した一年後。ついに正式サービスが開始されるという情報が、ネット世界を大いに盛り上げたのだった。
† † † †
俺の名前は 椎崎月 。普段は大学で本を読み漁ってるインドアな俺だが、妹にVRMMORPG、『レジリアオンライン』に参加してみないかと誘われた。
「――――少年よ、世界を救いたくはないかね?」
何を言ってるんだこいつは。
「三つ上の兄に少年って……」
「いいの! 雰囲気出したかったの!」
「知らんがな」
まともな勧誘ではないが、いくら流行に疎い俺でもその言葉が最近話題のゲームの謳い文句であることは知っていた。なぜ少年に限定しているのかとか、そもそもお前はどこ視点なんだとか、いろいろと突っ込みどころはあったが。
VRの世界が開発されて早十数年。『ドリフター』という専用機械の値段も下降を始め、ようやく一般人が手に入れることが出来るようになったのだ。父親がその関連の仕事をしている我が家では、テスト用の試作品が二台置いてあるのでやることには問題ない。
正式サービスが開始されるのは八月一日。高校一年生である妹も、大学一年生で
ある俺も、ゲームをやるには絶好の機会といえた。
「お兄ちゃん、お願い!」
「やめろ頼むからいつも通りに呼べ絶対にお兄ちゃんと呼ぶなよわかったな?」
「お兄様?」
「そうかわかったお前は俺を社会的に抹殺する気だな? というか話を聞け!」
「ちぇっ……上目遣いで行けば完璧だって言ってたのになぁ……」
「いいか、結衣。そんなことを言う友達とは縁を……」
「俊哉さんが」
「よしわかった。俺が今すぐ縁を切ってくる」
瀬高俊哉。俺の数少ない友で、面倒事の時には何度か頼りにさせてもらっている。欠点は少々ロリコ……こほん、幼女好き……あれ? ……まあ、そういう性癖なところがあり、見た目中学生の我が妹も狙われているのだ。しかもしょっちゅうこういう知識を教え込むから手に負えない。よし、電話だ。
『もしもし? どうした、またなんか厄介ごとか?』
……出るの早いな。ていうか家の前の電柱に怪しい人影があるんだが。
「……ああ、そうだな。今俺の妹にストーカーがついてるらしくてな」
『へ、へぇ~そいつは大変だな。だ、誰か心当たりがあるのか?』
「まあ無いこともないんだが……というか、お前匂うぞ。右の腋、ちゃんと洗っとけよ」
『え、嘘!?』
電柱の陰にいた人影が、慌てて右手を挙げた。馬鹿め、電話で匂いがわかるか。
『おい、別に全然臭くねぇぞ! というか電話で匂いがわかるわけないだろうが!』
「そうだな。で、お前はなんで俺の家の前にいるんだ? 理由を言わないと言ってもだが通報するぞ」
『結局通報すんのかよ! やめてくれよ、妹さんに頼まれたんだよ!!』
「吐くならもっとましな嘘を吐くことをお勧めする。お前が結衣に頼まれるような役に立つ知識を有してるとは思えん」
自慢だがうちの妹は出来が良い。勉強もスポーツも人並み以上にこなせる。ちなみに俺は勉強の才能を全部運動神経に奪われたので、勉強は全くできない。
俺が結衣に勝っている点など歳とスポーツと読書量くらいなものだ。
『酷い言い草だな!? 俺のオタ知識やネット知識を結衣ちゃんが必要としたのかもしれないだろ!!』
「墓穴を掘ったな。結衣はオタ知識もネット知識も 完璧 パーフェクト だ。そんじょそこらの凡才とは違うんだよ、馬鹿め!」
『え、マジで? じゃあ俺と話合うんじゃね? 希望が出てきた!』
「月兄さん、俊哉さんに伝えてください。『私は、オタクは嫌いです』と」
「おい馬鹿。うちの妹はオタクは嫌いだそうだ。それと次結衣のこと結衣ちゃんって言ったら殺すからな」
『馬鹿なぁぁぁぁぁ!?』
「喧しい、迷惑だから家入れ」
『あ、どーも』
全く、こいつは一体何しに来たんだ? 瀬高俊哉と言う人間はバカでアホで変態だが……嘘を吐いたり人の妹をストーキングするような奴じゃない。そもそもそんな奴と高校時代から友達づきあいなどしない。
「いよぅ、ご両人。というか結衣ちゃ、妹さんも俺を呼んだ理由を月に言ってくれ
ればよかったのに」
「すいません、俊哉さ……瀬高さん。見てる分には面白かったので」
「今さりげなく心の距離を広げたよね? ちょっと他人の域まで離したよね?」
「…………で? 結局何の用だ?」
俺がうんざりしながら聞くと瀬高はふっふっふと笑いながら鞄の中から数十枚に及ぶ紙の束を取り出した。その一枚目には、『~不器用で機械オンチな月君でもわかる! レジリアオンラインの楽しみ方~』とわざわざ赤いロゴ体で書いてあった。
「馬鹿にしてんのか? 言い残したい言葉はあるか」
「いくらなんでも殺害ルートまでの判断が早すぎるよ月君!」
「よし、辞世の句を詠め。……そうか、じゃあ『まじすまん。生まれてしまって。ごめんなさい。字余り。』でいいな?」
「嫌です!」
「却下」
「理不尽!」
相変わらずおもしろいリアクションを返してくれるな。だからからかわれるんだ、ということにいつ気づくのやら。
「…………じゃあ、瀬高が俺のレジリアオンラインのプレイをサポートしてくれるのか」
「そういうことになるな」
「嫌だな。チェンジだ」
「なぜ!?」
「もしくはその紙を全て寄越せ」
「あ、月兄さんやることはやるんだ」
安心したように呟く結衣に、笑いかけてやる。普段あまりお願いをしない妹の頼みである、兄としてできる限りの希望を叶えてやりたいと思うのは当然だろう。結衣は俺と違って根が優しいし、ここで断る選択肢は俺にはなかった。
「ああ、やるさ。でも俊哉に何かを教わるっていうのは、こう、生理的に受け付けなくてな。どうすればいい?」
「ちょ!」
ふっ、俺は結衣のように優しくはないぞ。お前の精神を抉り込むように刃で傷つけてやる。まあ、お互いに冗談だとわかっているかけあいではあるが。
「そうですね……じゃあ俊、瀬高さんはもう帰って良いですよ。後は私が月兄さんに説明します」
前言撤回、家の妹は決して優しくはなかった。
「え……俺、一応ここにくるまでに電車代380円かかったんだけど……昨日、これ徹夜でまとめ上げた自信作なんだけど……今日、わざわざバイト休んできてるんだけど……」
こいつやっぱり謎にいいやつだな。
「ああ、資料だけ置いていってくださいね」
酷すぎる。やめて、瀬高のライフはきっともうマイナス行ってるから! 許してあげて!
「そ、そんな……俺、結衣ちゃんのために頑張ったのに! 俺が月と友達な理由の六割が結衣ちゃんなのに!」
……あれ、どっちが非道いのかわかんなくなってきたぞ。
「キモいです」
「……結衣。俊哉で遊ぶのが楽しいのはわかるが……その辺にしといてやれ。心が折れかけてる」
俺がさすがに止めに入ると、無言で結衣は心にダメージを負って呻いている瀬高を指差した。俺は疑問に覚えながらも、瀬高に近づきなんて呟いているのかを聞いてみる。
「……いや、待てよ。今俺は結衣様に罵倒されてるんだぞ? ミス聖嬢のあの結衣様に? これは罰じゃない、むしろご褒美。そうだ、中学生時代を思い出せ瀬高俊哉。俺は昔どんな奴だった? どんなに罵られようと、蔑まれようと、女子と会話できるだけで、無視されないだけで舞い上がってたような奴じゃないか! そうだ! だったらキタ! これで勝つる――――!」
途中まで聞いていた俺の感想は、『だめだこいつ早く何とか(殺すか埋めるか)しないと』というものだったが、最後まで聞いたところで俺たち兄妹の視線が憐れみ100パーセントになった。
「お前が語りたがらない中学生時代にそんなことがあったとは……すまん」
「でも実際月兄さんと私にからかわれてるわけですから、あんまり実情は変わってないのでは? ……まあ、ちょっとばかり憐憫の情が湧きました。明日になって『レジリアオンライン』の正式サービスが開始したら、『戦乙女』のメンバーを紹介してあげましょう」
「マジで!?」
空中に向かって握り拳を突き上げていた瀬高が素早く反応する。なんだ、『戦乙女』って?
「ああ、月兄さんは知らないですよね。『戦乙女』っていうのは私がゲーム内で所属していたギルドの名前です。メンバーが全員女性で、ベータテストの時からトップギルドの一つだったんですよ?」
「アイドルグループみたいなもん?」
「え、うーん……違うんじゃないですか? 中には『モンスターを切り刻むのが我が使命!』みたいな人もいましたし」
「ああ、カルマさんか。怖いよなあの人」
「なにそのアイドルグループ怖い」
「本当に強いんですよ? 《軽業》スキルと《刀術》スキルを併用した、鬼神のごとき戦い様でしたから」
「ああ……あれを見たとき、人間って何でもできるんだな、と思ったよ」
βテストに同じく参加していた瀬高が感慨深そうに頷く。男性プレイヤーのあこがれであり、同時に尊敬と恐怖の対象であるようだ。瀬高の声には八割の憧憬と二割の恐怖がにじんでいる。
「話がずれましたね」
「今更ではあるがな」
「じゃあ瀬高さん、説明をお願いします」
「よし、任せとけ!」
こうして、俺は瀬高から『レジリアオンライン』の説明を受けることになった。瀬高は一般参加者のベータテスターだ。受験勉強しないでなにやってんだとは思ったが、俺も受験の半年前はなんか変な本を読み漁っていたのであまり人のことは言えなかったりする。
ちなみに妹は会社側のベータテスターである。こちらの中学は一貫校なのでなにも問題はなかったが。
またよろしくお願いします。
ただ、最後グダグダしながら完結してしまったので、流れが過去のものとは変わる可能性があります。大幅に弄る時間も余裕もないのでそんなに変わらないとは思いますが。