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家族の記憶

(一)

「お前は一体何をしたかわかっているのか。」

隆之介がドスの利いた声で言う。其処に何時もの朗らかさはない。

「わかっているさ。けれどあれは俺の子供なんかではない。血のつながりも何もないんだ。彼奴は赤の他人だ。」

私は叫ぶ。

「黙れ、お前の為たことは鬼畜の所業だ。其処に如何なる理由が在ったとしても許されることではない。」

隆之介は激昂する。

「黙るのはそっちだ。お前に尤も愛していた物に裏切られる気持ちの何がわかる。所詮彼奴は他人でしかないのだ。どうせお前だってそうなのだろ。俺の事なぞたまたま拾っちまった犬みてえに思ってるのだろ。」

かすれて声に成らない声で言う。彼等が私を保護したのだってその持前の正義感と同情からであろう。家族だろと、然言われた所であれは他人でしかないのだ。

「本当に、変わってしまったな、お前。」

隆之介は悲しみと憐みが混じった目で此方を見る。其の一方で雪江は俯きずっと黙ったままだった。

「もういい。帰るぞ、雪江。」

隆之介は元来た扉の方へと帰ってゆく扉を開ける前の隆之介の目には涙が浮かんでいた。私は「チィ」と舌打ち為る。

「栗原棄乍、早く牢に戻れ。」

面会の時間が終わったのだろう。私は牢に帰ることを余儀なくされた。

     (二)

「あんたは本当に出来の悪い子供だ。」

雪江さんではない、本物の母が怒鳴る。其の手には煙草が握られている。

「御免なさい、御免なさい。」

(そう)言うは小さき頃の私。必死の逃避行も空しく其の傷だらけの腕が母の剛腕に捕まれる。

「覚悟しぃや」

そして煙草が腕に押し付けられる、其処で私は目を覚ました。

「夢か。」

何故今頃此の夢を見たのだろうか。コンクリートの打ち付けられた天井を見て自分が刑務所に居るのを思い出す。

「チィ、ついてねぇな。」

舌打ちをしたところで丁度一人の警官が入ってきた。

「栗原棄乍、栗原棄乍。」

私の名前が呼ばれる。私が牢の入り口に近づくと其の警官は言った。

「お前に差し入れだ。さっき面会に来ていた雪江っていう人からだ。」

正直言って怖かった。幾らなんでもやり過ぎたという自覚があったからだ。併しどうあがいても美緒は他人だ。其れは変わらない。

「雪江さん、何のために。」

悪態をつきながら雑に風呂敷を開けてゆく。すると飯なら事足りてるというのに中から出てきたのは握り飯だった。私はまあ飯は多いに越したことは無いと口の中に其れを放り込む。たかが握り飯。味も何ら変わり無い。なのにおかしい。目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。

「此れは全部彼方の物よ。」

初めてであった時、雪江さんが食べさせてくれた料理を思い出す。

「大丈夫、大丈夫。」

他人である私にまるで本物の母親かの様に優しく接してくれた雪江さん。

「児童相談所と話はついている。暫く此処に止まってゆきなさい。」

親身になって私を庇ってっくれた隆之介。

「君さえ良ければ私たちが君の親となろう。家に、来ないか。」

隆之介は確かにこういった。私に、家族に成ろう、と。

「吁、成る程、そういうことか。」

とめどなく涙が溢れてくる。拭っても拭っても乾く事の無い後悔の涙。

私は其れ迄親から虐待されていた。そして私は倒れ、栗原夫妻にであった。初めて出会った時から優しく接してくれた二人。私という他人に対して。その一方で私は如何だろう。血の繋がりが無いとはいえ罪の無い美緒に対して大変なことを為てしまった。そうだ。彼等に偏見は無かった。その一方で私は、私は一体彼らの何を見ていたのだろうか。私は何時の間にやら私の両親と同じに成っていたのだ。そう、私は棄乍という名前通り「棄」子供を捨てることを「乍」つまり為と言う意味、合わせると子供を捨てる事を為てしまったのだ。

「雪江さん、いや義母さん。美味い、美味いよ。」

私はぼろぼろと涙を流しながら握りを食らった。私は美緒の事を裏切った女の娘、ただただ憎たらしい丈の物だと思っていた。其の母親が悪かろうと子供には罪は無いのに。こんなのは綺麗ごとであるが、それでも私は人として為てはいけない事を為てしまった。

「御免よぉ、御免よぉ。」

只管泣いた。声がかすれるまで泣いた。

「義父さん、義母さん、そして何より、美緒。皆、本当にすまなかった。」

私は疲れ果て、眠るまで泣きながら然繰り返した。


(三)

「本当に今迄すみませんでした。」

頭を地面に擦り付け土下座為る。義両親、栗原夫妻は今日も面会に来た。なので私は全身全霊で今迄の非礼を詫びた。

「顔を上げろ。」

隆之介は然一言告げた。私が顔を上げると隆之介は言った。

「うむ、良い顔に成った。元に戻ることが出来て良かった。其れでこそ我が息子だ。」

我が息子。隆之介は確かに然言った。

「隆之介さん、未だこんな俺を息子と認めてくれるのですか。血もつながってない上に道を踏み外した奴なのに。」

私は驚きのあまり聞き返すが隆之介は軽く笑い。

「何を言うんだ、息子は何時までも息子だ。血の繋がりが有ろうが無かろうがお前は私たちの息子さ。道を踏み外した馬鹿息子を叱るのだって親の仕事さ。」

血の繋がりが無い、それだけで私は美緒を虐待為たと言うのに此の人は血の繋がりなど関係ないかの様に言い放った。

雪江さんも隣で微笑み乍頷いている。

「俺は、俺は。何て事を。」自分の為た事、彼等の優しさ。其の事を考えると復涙が込み上がってきた。私は其れをぐっと堪えようとする。

「なぁにやってんだ。」

隆之介は言う。併し次に出た言葉は意外な物だった。

「泣いちまえ。我慢するくらいなら。親の前で位良いだろう。だから子供の様に盛大に泣け。但し此処を出たら今度はお前が親に成るのだぞ。いいな。」その言葉で私は堪えきれず声をあげて泣いた。

「本当に悪かった。今度こそ俺は親に成って見せます。」

私は涙を流しながら、突っかかりながら然言った。二人は慈愛に満ちた顔で私が落ち着くまで見守った。


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