妻と”娘”
(一)
「其れじゃあ義父さん、義母さん、いってきます。」
あれから五年の月日が経った。借金問題についてはあの後すぐに片が付き、復両親の今までの行動が悪質だったこともありすんなりと絶縁することができた。復、自分の新しい保護者に成ると栗原夫妻が申し出たため同時に栗原夫妻との養子縁組も成立した。
始め私は亡き息子さんに悪いのでは、第一栗原夫妻に悪いのではと聞いたが、夫婦的には子供が欲しかったことと息子の残した遺書に書かれた言葉、父さん母さんの笑顔が僕の幸せと言う言葉に従って笑って暮らしたいのだそうだ。
私は栗原氏の御陰でやっと人並の人生を手に入れることができた。此等のごたごたが終わった後栗原夫妻、新たな両親の提案で通信制の高校に通い卒業したことで大学に入ることもできた。大学其の物の偏差値自体はあまり高くない物の見事に法学部に合格することができた。
勿論勉強もするが私は今迄失った時間を謳歌為ている。
法律学はともかく語学も好きな私は語学サークルに入り日々知的好奇心を満たしている。例えば「乍」と言う漢字がある。其れは私の名前の一部でもある。その言葉の意味は現在では動作を並行して行う様を表すが元々は動作単体を示している言葉でそれが乍乍と二度続いたのを見て動作の平行と読み現在の意味が出来たそうだ。こういった知識を学んでゆくのが楽しくて仕方がない。
そして何より私は大学生にして初めて恋を為た。
相手は私よりも一つ下で同じ一年。名前を飯田由比。私は高校を一度入り直しているので一年浪人したようなものである。彼女と私は性格も合いすぐに友人に成る事が出来た。復、彼女も法学部でサークル迄同じなので私と彼女はしょっちゅう近くの席に座った。
「栗原君もこの講義とってたんだ。」ただそれだけの言葉でもどうしようもなく愛おしく感じる。気が付くまで奴隷の様な生活を送ってきた私には信じられない夢の暮らしである。
大学の講義が終わり荷物を纏めていると彼女が傍に因ってきた。
「栗原君、この後って空いてる。」
彼女が首を軽く傾け私に問う。私としては舞い上がるような気持だった。
「ああ、うん空いてるよ。」
結果的にこういった素朴な返答に成る。あまりにも舞い上がりすぎてこれ以上の返答は出来ないのである。
「駅前におしゃれなパスタ屋さんが出来たんだけど一緒に行かない。」
会話だけ見れば最早恋人同士の様なのだが二人きりなのは互いに友達付き合いというものが悉く苦手であるだけである。
「ああ、良いよ。寧ろ誘ってくれてうれしいよ。」
私はそう紳士風に答える。正直に言うと前述のような生き方をしていると人付き合いと言う物が全くと言ってよい程わからないのだ。
(二)
件のパスタ屋のパスタは値段の割には味がよく私も彼女も満足することができた。勿論会計は遠慮するのを無視して私が奢った。そんなデートの様なそうでないような煮え切らない友人以上恋人未満と言った様な付き合いを繰り返してゆく内徐々に本当に恋人の様に成っていった。
そして遂に私は彼女に告白為事を決意した。
ある日私は彼女をとあるレストランに呼び出し告白をした。
併し何が起こったか彼女は突然泣き出したのだった。
「初めて自分なんかを愛してくれる人を見た。」
彼女はそういった。そう、彼女も又児童虐待の被害者だったのだ。彼女は泣きながらそのことを語った。類は友を呼ぶ、とはよく言ったものである。
私は彼女を抱きしめた。かつて義母、栗原夫人が私にしてくれたように、親が子を抱きしめるように。彼女は似ているのだ、かつての自分に。
彼女が落ち着いた後、私たちは互いに似た者同士であることを確認しあい、遂に私たちは恋人同士に成り同棲生活も始めた。そして其の関係は大学卒業後迄続き、卒業後私はそこそこ有名な大企業のに就き、彼女は自分とは違うどこかの大企業に就いた。
然いったわけで互いに安定為た頃、私たちは入籍した。彼女の両親は元々そういう人達だったので彼女が彼女の両親と会うのを拒んだので彼女の両親には挨拶はしていないが婚姻を義両親である栗原夫妻に報告した所迚喜んでくれた。ある日の事である。彼女の顔色が悪く、嘔吐を繰り返すので病院に連れて行った。するとどうやら此れは悪阻と言うものらしい。そう彼女は妊娠したのだ。
父に成る事、母に成る事。
自分たちが為たつらい思いを子供に味あわせない為にも良き親に成ろうと二人で誓い合った。そして数か月はあっという間に経ち、私たちは女の子を授かった。生まれたばかりの赤子は迚小さく、弱く、しわくちゃだった。所謂生命の神秘に感動為、良くやったと由比に繰り返し声を掛ける。そして私たちは此の子に美緒と名付けた。
(三)
「美緒、ほらほら」
「ほら、美緒、こっちへおいで。」
二つばかりの赤子に完全に人語が理解できるとは思わないがこの程度なら理解出来るようでえっさほいさと一生懸命にはいはいで此方にやってくる。自分の名前は分かるらしく「美緒」と呼ぶと全速力、ただしはいはいで此方にやってくる。因みに私と由比が「かわいい、かわいい」と美緒をかわいがりすぎた所為でかわいいを自らの名前だと思っているのではないかと疑わしい時もある。復、美緒の顔は母親にそっくりである。
そんなこんなで私たち家族は上手くやっていた。
私の家庭も由比の家庭も恵まれない物だったが今では此程迄に充実為ている。お互いが思い描く理想の家族像である。そして二年の月日が経ち美緒は四歳に成った。
(四)
「栗原、栗原は居るか。」
私の上司が私を探す声が為る。心なしか上司は青ざめている。話を聞くと次の旨を私に伝えた。
美緒が交通事故にあったらしい。幸い出血は激しかった物の命に別状もなく脳も正常に稼働しているようだ。美緒は病院で治療を受け今は安静にという条件付きで由比と共に自宅にいるそうだ。
部長の好意で早上がり為て自宅に戻ると由比は落ち着いており寧ろ安堵からか疲れているようだった。由比は私を見るとよかったと言った。
唯、あわてていた由比がバックを病院に置き忘れてきたそうなので美緒を由比に任せ私が忘れ物を回収しに行く事に成った。
吁、我妻はなんとどんくさいのだろうかと美緒が無事で在った安堵からか穏やかな笑いが漏れ出た。
「あの、すいません、栗原様ですか。」
看護婦が話しかけてきた。言うには今後こういった際、輸血の際の血液の適合性を調べておくのだそうだ。因みに美緒の物と由比の物はもう摂ってあるそうだ。
「ええ、構いません。」
私がそういうと診察室に通され血を抜かれ其の後其の所為で貧血気味のふらふらの体で帰宅為た。
(五)
其処から数週間、私達は医者に呼ばれた。血液検査の結果が出たのだ。
医者が妻に紙を渡してゆく。其れが終わると私たちは退出しようとした。
「あ、栗原棄乍さん、少々お時間よろしいですか。」
医者が私を呼び止める。私はふと由比の腕の中の美緒の方に目をやると美緒は最早夢の中の様なので由比に先に家へ帰るよう言った。
「其れでは」と美緒を抱いた由比が部屋を出、数秒程経つと医者は「ふむ」と言い話を始めた。
「栗原さん、彼方、自分の血液型をご存じですか。」
医者が私に然問う。併し私は其の意図を全く理解できなかった。
「ええ、私はO型です。」
私が然言うと医者は眉を顰め怪訝な顔を為、こう続けた。
「左様ですか、実はですね、奥さんはAA型、娘さんはAB型なんですよ、詰まりですね、もしかすると娘さんは、」
血の気が引いてゆく音が聞こえる。私は病院から出てすぐに携帯電話で家に電話為る。
「はい、栗原です。」
由比が直ぐに電話に出る。
「由比か、お前、どういう事だ。美緒の血液型は、」
其処迄言うと電話が切れた。どうやら悪い予感は予感ではなかったようだ。私は自宅へと大急ぎで車を飛ばす。途中幾度か電話を掛けるもいずれも出なかった。
「由比、美緒。」
私は力の限り声を張り上げる。部屋は真っ暗だ。
「ぱぱ、ぱぱ」
不安そうに泣く美緒の声丈が暗闇響く。私は急いで電気を付け周りを見渡すが、其処に由比の姿はなくぽつりと美緒と彼女の分が記入済みの緑色の紙のみが其処にある丈であった。
「そうか、私は裏切られたのか。」
膝を付き愕然と為る。頭の中は真新しい神の様に真っ白なのに其処に言葉を書こうとしても直ぐに復真っ白になってしまい書く事が出来ない。
「ぱぱ、ぱぱ」
美緒は恐らく私の子では無い。他の男の子だろう。そう思うと胃の奥から胃液が込みあがってくる。美緒の「ぱぱ」と呼ぶ呂律のまわらない幼い声がより一層私に現実を突きつけ絶望の最中へと引きずり込んでいった。




