便り
私達が預けられた教会は王都から馬で二日くらいのところにあるらしく、私達が生まれ育った山の中の村よりずっと都会だった。教会にはマーサという司祭様がいて、それから20人くらいの子供もいた。マーサ様はとっても優しくて、ときどき厳しくて、私達に安心して暮らせる家と食事、働くために必要な知識を与えてくれた。他の子達と慣れるまでは緊張したけど、マーサ様が皆で一緒に遊べるようにいつも声をかけてくれたから段々と慣れてお友達もできた。頼れる司祭様がいてもウィルは相変わらずで誰かが寂しがって泣いていないか夜毎様子を見に来てくれた。私もそれを真似て寝る前と朝一番に皆の顔を見に行って笑顔でおやすみとおはようと言うのが日課になった。
会いに来るねと言っていたものの、馬で二日の距離をアンナが一人で簡単に出て来られるわけもなくて、アンナには会えないまま冬になり、星祭りがやってきた。
冬の一番夜の長い日に夜通しお祝いをするお祭り。村では大人が酒場で夜通し飲んだくれるばかりだったけれど、教会ではちゃんと飾り付けをして神様にお祈りも捧げる。私達も飾りを作って、お掃除も念入りにした。
飾り付けも殆ど終った本番の二日前になって、大きな騎士様が尋ねて来た。一度だけ会ったことがある。アンナとミーナがモンスターに襲われた時に助けてくれたという凄い美形の騎士様だ。王国一と噂の美形は一度みたら忘れない。彼は、今日はミーナに会いに来たのだという。
「やあ、ミーナ。元気だったかい?」
まだ男の人にはひどい人見知りをするミーナも、この人だけは特別らしい。
「アンドルー!」
嬉しそうに叫んで飛びついて行った。命の恩人だものね。会えたら嬉しいか。そのまま高く抱きあげられたミーナは騎士様の長い黒い髪をいじりながらお話している。頬をピンクにしてキラキラした目をしているところをみると、命の恩人というだけなのか疑問に思ってしまうけど、ミーナはまだ5つだし、お伽噺の王子様が出て来たみたいな感じなのかもしれない。
ちょっとだけ羨ましいと思いながら様子を見ていたら、ばっちり王子様と目があった。頭の先から足の先までビリっと何かが走った気がする。胸に手を当てるといつもよりずっと早く心臓が打っていた。こういうのをときめくっていうのかしら。ウィルを想うときのような痛みはなくて、ただ頭がぼうっとなって心がふわふわする。甘いだけのときめき。頬まで赤くなった気がして両手で顔を触ってみるといつもより熱く感じた。
「エマ。」
後ろから声をかけられて騎士様から視線を引きはがすと、ルイスが窓の傍で手招きしている。珍しく少しだけ不機嫌そうな声。
「どうしたの?」
傍にいけば、いつものふにゃりとした笑顔を浮かべて空を指す。
「ほら、雲から透けて太陽が見える。空が冬の空になったよ。」
この町は、故郷の村よりずっと暖かい。いつまでも雲が秋の雲のまま、空の色も秋の色のままだとルイスはずっと不思議がっていた。言われて見上げれば、確かに空は見慣れた故郷の冬の空にそっくりに白くなり、太陽は薄雲越しにうっすらと輪郭がみえるだけだ。
「ああ、本当ね。やっと冬が来たんだね。」
「雪も降るかな。」
村は冬になれば雪に閉ざされた。今年も雪遊びができるだろうか。
「どうしかしら。まだ皆の手袋を編み終わってないから、もう少し待ってほしいのだけど。」
私が首をかしげると、ルイスはぱっと目を輝かせて私の両手を握った。
「手袋、編んでくれるの?」
しまった。星祭りの日に皆を驚かせるつもりで内緒にしていたのに口が滑った。慌てて握られた手を引き抜くと指を一本立てて静かにと示す。
「皆にはまだ内緒よ。間に合わなかったらかっこ悪いから。」
ルイスは二回大きく首を縦に振った。
「じゃあ、あと二日だけ二人の秘密だね。」
うきうきと楽しそうなルイス。子供は秘密や内緒が好きだ。ここでは自分だけの秘密を持っているのはとても難しいから、きっと久しぶりの罪の無い隠し事が嬉しいんだろう。これは絶対に星祭りに全員分の手袋を間に合わせないといけない。綺麗な騎士様に見惚れている場合じゃない。
「みんなにお土産を預かってきたよ。」
やっとミーナを下ろして両手が自由になった騎士様は少し大きな声を出して周りで様子を窺っていた子供達を手招きした。
「はい、これはええと、ショーンかな。」
背負っていた袋から何か取り出して一人ひとりに手渡ししてくれる。
「これはエマ。」
受け取ってみると星祭りの伝統的な贈り物の星型のクッキーだった。包みにカードが付いていて一人ずつ名前が書いてある。
---エマへ、アンナより。
「アンナだ!」
皆で大騒ぎになった。アンナは読み書きができなかったのに、こんなに短い間に皆の名前がかけるようになったんだ。働きながらちゃんとお勉強して、すごい。
「これがアンナから皆への贈り物だよ。皆からもアンナに贈り物を用意してもらえるかな?私はこれから王都へ帰るから手紙を彼女のところに届けてこよう。」
にっこりと笑顔で騎士様が言うのを聞くと、みんな一斉に紙とペンをとりに走った。アンナに手紙が書けるなんて思ってなかった。きっと心配してくれているだろうから、皆が元気にやってると教えてあげなくちゃ。
「もう随分、読み書きは上達したようだからきっと自分で手紙も読めるよ。」
ミーナを膝の上に抱えたまま騎士様は私達の様子を見て嬉しそうにしている。まだ文字の書けない子達はマーサ司祭やウィルに教わりながら模様でも書くように手紙を書く。
「アンナは元気でやっていますか。」
ウィルが聞くと、騎士様は大きく頷いてくれた。大きく息をついたウィルと目があって微笑み交わした。ああ、良かった。良かったね。
皆の手紙をまとめてウィルが封筒におさめて騎士様に託した。大きな騎士様の目をじっとみつめてウィルは「よろしくお願いします。」と頭を深く下げた。
「ああ、確かに預かった。素敵な贈り物をありがとう。」
星祭りまで残り一日とちょっとで王都に帰るというのはかなり大変だろうと後で司祭様が言っていたけど、あの騎士様なら大丈夫そうな気がする。なんといってもとにかく大きくて頑丈そうなのだもの。
アンナが元気そうだと分かったことが、その年、私達にとって一番の贈り物になった。それに離れてもアンナが私達のことを忘れないでいてくれることが分かって、とても嬉しかった。離れても私達はちゃんと繋がっていられる。
ちなみに、私の星祭りのお祝いは何とか間に合って、皆に手袋を渡してあげることができた。その冬、あまり雪は降らなくて雪遊びはなかなかできなかったけれど、皆、外出する時には誰も嫌がらずにおそろいの手袋をしてくれることがなんだか誇らしく、嬉しくて私は寒い日のおつかいがちっとも嫌ではなくなった。