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初恋  作者: 青砥緑
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あなたを一人にしない

 私達は村で一晩過ごして翌朝から騎士様達と一緒に王都へ向かう。その途中にある町の教会が新しいおうちになるのだ。村で過ごす最後の夜を、私達はウィルの家に集まって過ごすことになっていた。大きいし、家もかなり無事で残っていて安全だから。

 村で過ごす夜をそれなりに楽しみにしていたのだけれど、その前にとっても大きな事件があった。


 アンナがモンスターに襲われた。

 まだ小さいミーナは村に帰れば家族に会えると思っていたみたいで、家にいない両親を探そうとして森に飛び込んでしまった。アンナは走りだ出したミーナを追いかけて村を出て、そしてモンスターに出くわしてしまったらしい。二人は騎士様に救出されてその日の晩には戻ってきたけれど、アンナは怪我をしていたとウィルが教えてくれた。ミーナとアンナが村に帰ってくるまで、ずっと村の入り口で待っていたウィルは秋の夜風のせいか、アンナ達を心配し過ぎたせいか帰ってくる頃には真っ青になっていた。どんなときでも気丈だったウィルの青ざめた顔が恐ろしかった。もう安全になったから村に戻ってきたのだと思っていたのに、またアンナがモンスターに襲われるなんて。さっきお互いに頑張ろうねと励まし合ったばかりなのに。

 ウィルが黙り込んでしまうと、誰も話す人はいなくて皆で蝋燭の明かりを囲んで不安な気持ちで時間が過ぎるのを待った。


「おうい。」

 夜、ずいぶん遅くなってから声をかけられた。やってきたのはミーナを連れた顔なじみの騎士様だった。

「ミーナ!」

 飛び出して抱きしめる。温かくて柔らかい。

「うわああん。エマー。」

 騎士様といってもミーナにとっては大きな男の人で怖かったんだろう。私の腕の中でミーナは大泣きし始めた。ああ、こんなに大きな声で泣けるくらい元気なら良かった。ほっとして私まで涙がこぼれる。

「心配したんだから。馬鹿、ミーナ。」

「ごめんなさい。」

 そのまま抱き合っていると、横で人の動く気配と何か良い匂いがした。騎士様は一人じゃなくてもう二人程、手にお鍋を持っている。

「差し入れだ。あったかいもの食べてしっかり寝ろ。明日からは大変だからな。」

 これまでの避難所での食事より豪華な具の入った煮込みと鍋の蓋の上で温められたパン。ウィルとショーンが受け取ってお礼を言う。

「大変だったな。お嬢さんは騎士団一の名医が診てるから心配すんな。」

「ちゃんと寝るんだぞ。やつらは村の中までは入って来られないから安心してな。」

 それぞれ子供達の頭をぐいぐいと撫でたり肩を叩いて励まして行ってくれる。

 大人は、やっぱりすごい。騎士様だからなのかもしれないけれど、こうやって大丈夫だって言ってもらえるだけで、すごくほっとする。それに何より温かくておいしい食事。私達は言葉は少ないままだったけど、一口残らず平らげて、久しぶりに本当に満腹になって、体を寄せ合って寒さと不安を凌いで何とか眠ることができた。


 明け方、目を覚ますとウィルが相変わらず青い顔色のまま窓を見ていた。睨むように険しい顔で。

 私達にとってウィルとアンナがお父さんとお母さんであったなら、ウィルにとってアンナは奥さんだ。まだ15歳のウィルが必死に皆を支えるのを、アンナがずっと助けてきた。ウィルにとってアンナの怪我はどれほど不安だろう。彼が唯一頼れた仲間が、今、私達の家族を奪ったのと同じ物に傷つけられて苦しんでいることが、どれほど辛いだろう。

 私では助けにならない。

 そう思ったら、ずくりと胸が痛んだ。ウィルにとってアンナは相棒で頼れる仲間。私は守ってあげなきゃいけない子供だ。

 このままじゃ駄目だ。アンナは孤児院にはいけないんだから、これからは私がウィルを支えられるようになるんだ。

 けれど、硬い表情のウィルに何と声をかけていいのかも分からない。


 アンナだったらどうするだろう。


「ウィル」

 他の子を起こさないように声をかけると、ウィルの視線がこちらを向いた。

「おはよう、ウィル。」

 昨日たくさん泣いたから腫れているままのまぶたが重たいけど、アンナの笑顔を思い出して笑ってみるとウィルは目を何度か瞬かせた。それから難しかった顔がだんだんと緩んでいく。途中、泣き出しそうに見えた表情は最後には笑顔になった。

 ああ、笑ってくれた。良かった。

「おはよう、エマ。良く眠れた?」

 そう言うウィルはもういつものウィルだ。あの厳しい表情にあった怒りや恐れの気持ちはもうすっかり隠されてしまった。いつからこうやって私達に不安を見せないようになっていたんだろう。ウィルはこうやって悲しみも怖れも胸の中で抱えこんで、私達の目から覆い隠してくれていたんだ。

「うん。ウィル、顔色悪いみたいだけど大丈夫?」

「さっき少し外に出たから冷えただけだよ。大丈夫。」

 それだけじゃなくて、ほとんど寝ていないのではないかと思ったけど、きっと聞いても答えてくれないだろう。せめて寒くないように温かい飲み物を作ろう。幸い井戸は修理が終っていて飲み水が汲める。

 台所を借りてお湯を沸かし、避難所を出る時に貰っておいたお茶をいれる。部屋に戻るとウィルはじっと寝ている子供達を見つめていた。急に彼の背中に乗せられた十人の子供。一度だって嫌そうにしなかったけれど、重く思わなかったはずはない。それなのに、ウィルの表情があんまり優しくてどきりとした。あんな顔でずっと私のことも見ていてくれたんだろうか。

「ウィル、あったまるから。」

 湯気の上がるコップを差し出すと、ウィルはにこっとして受け取った。そのまま彼の座っているソファの隣をポンと叩いて見せる。座れということだろう。

「ありがとう。いただきます。」

 手を温めるようにコップを両手で持ちながらウィルは微笑む。

 ああ、やっぱりウィルが笑っていると安心する。

 私も、こうなりたい。アンナやウィルの笑顔で私達が元気になるように、私も誰かを励まして勇気づけてあげられる人になりたい。ウィルの背中にずっしりと乗っている子供たちの未来という荷物を少しでも一緒に持ってあげたい。

「私も頑張るから。」

「何?」

「アンナは孤児院には一緒にいけないけど、その分、今度は私が頑張るからね。」

 目を見て言うのは恥ずかしくて、湯気を見つめながらそういうとウィルが笑った気がした。

「いいんだよ。」

「え?」

「エマはもう十分頑張ってるから、無理しなくていいんだよ。」

 私は思わずウィルの目を見た。大きな焦茶色の瞳は労わるみたいに私を見ている。小さい子が背伸びしているみたいに思っているのかしら。そうじゃないのに。

「でも、アンナが一緒にいられなくなったら、ウィルを助けてあげられる人がいなくなっちゃう。」

 ウィルは一瞬だけ顔を強張らせた。アンナが傍にいられなくなる、それは今は、アンナの怪我がどれほどか分からないときには、口にすべき言葉じゃなかったと一瞬ひやりとする。けれどウィルはまた笑顔に戻って言った。

「これから住むところはちゃんとした孤児院で、司祭様もいるんだって。だから大丈夫だよ。」

 ウィルの力になりたいということが伝わっていなくて、もどかしい。

「俺は13歳のときはもっといたずらばっかりしてたし、14歳のときは魚釣りに夢中だった。エマだけ急いで大人にならないでいいんだ。」

 自分はたった一晩で大人になってしまったくせに。心に浮かんだ言葉は絶対に言ってはいけない気がして私は俯いた。そうやってウィルが15歳の我儘や16歳の夢を諦めて大人になってくれたから、今の私達がいるんだ。

「それに十分、頼りにしてるよ。」

 とってつけたように付け加えられて素直に喜べなかった。それでも、なんとか笑って頷いた。

「頼りにしてて。」

 私は絶対にあなたを一人にしないから。


 朝、村を発つ前にアンナに会いにいったら熱があるようで苦しそうにしていた。一言も話せないままお医者様に追い払われてしまって、それから何日も会えない日が続いた。

 毎日、懐かしい村に背を向けて新しい家に向けてどんどん歩く。他の村で同じようにモンスターの被害に遭って村を離れる人も集まって来て大きな集団になった。迷子になったら探しだすだけで大変だ。皆で固まって歩きながら一生懸命アンナの真似をしてみるけど、どうも上手くいかない。夕方、一日歩き通しで疲れたとぐずる子をあやしていると、苛立って怒鳴りつけたくなってしまうこともあった。深呼吸して気持ちを落ち着けても、私の苛立ちが伝わってしまうのか子供達の機嫌は一向によくならない。悪循環だ。


「ああ、花が咲いてる。もうすぐ冬なのにこいつは頑張ってるなあ。」

 気の抜けた声がして、振り返ると道端にルイスが座りこんでいた。

「何してるの、ルイス。遅れてしまうから止まったら駄目でしょう。」

 自分の声が思ったよりずっと鋭くて、しまったと思った。のんびり屋のルイスは急かされるのが苦手なのに。

「ごめん。」

 ルイスの隣にしゃがみこんで謝ると、ルイスはきょとんとしていた。

「どうして謝るの?」

 変なエマ。そう言いながらルイスはにこにこと雑草の中の青い花を指さした。

「ほら、まだ咲いてるんだ。すごいねえ。」

 その瞬間のルイスは、モンスターが村を襲う前と何も変わらないルイスだった。束の間、自分がどこにいるのか分からなくなってしまうほど、いつも通りのルイス。思わずつられた。いつもそうしていたように、自然と笑顔が浮かんで話す速度まで遅くなる。

「うん、すごいね。寒いのに頑張ってるね。」

「うん。僕らも見習わなきゃね。」

 そう言ってにこりと笑いかけるとルイスはもう一度、風に揺れている花を見つめてから、よいしょ、と声をかけて立ち上がって大きく伸びをした。この半年でまた大きくなった。でも、ひょろひょろのルイス。吹けば飛んでしまいそうだ。

「さあ、もうちょっと頑張るぞー。」

「一人で休憩しといて何言ってやがんだ!早く来いよ!」

 先に進んでしまっているショーンが呆れた様子で叫んでくる。

「今行くよー。」

 全然焦っていないルイスの返事にショーンは「だー!とろくせえ!」と地団太を踏んで、それをみた小さい子供達は笑いだした。寝てしまったネルをおんぶしたウィルも笑っている。

 ああ、そうだ。村にいた頃ってこんな風だったかもしれない。

「エマ、行こう?」

 またルイスは細い手を差し出してくれる。

「うん。」

 なんだか懐かしい雰囲気に張りつめていた心の糸が少しだけ緩んで、アンナに会えなくなってから初めて心から笑えた気がした。

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