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初恋  作者: 青砥緑
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予想外の宝物

 やっとモンスターがいなくなって、村の片付けも終った。最初はそれを何より待っていたはずなのに、いざ避難所の教会を出て、村に降りて良いとなったら身寄りのない私達は行く先が無い。村へ帰れるという連絡があった日に、どうしよう、と言うとウィルはいつものように笑って任せておけと言ってくれた。それだけで安心できるくらい、その頃にはウィルはすっかり立派な私達のお父さんだった。避難所の外の記憶のないアンナだけは不安そうにしていたけれど、私達が一緒だもの。今度は私が助けてあげる。そう思っていた。

 ウィルは皆で一緒に新しいおうちに行けるようにきちんと騎士様にお願いしてくれて、私達は別の町にある教会に引っ越すことになった。そこまでは良かったのに、少しだけ記憶が戻って18歳だということが分かったアンナは孤児院に入るには年齢が大きすぎると言われた。だから彼女は一緒にはいけない。同じ理由でウィルももう半年もすれば孤児院を出て行かなければならなくなる。それを聞いた時に、私はすごく不安になった。大切な人が身の周りからいなくなる恐怖はまだ生々しく心に残っている。身近な人と離れることが怖い。ましてや、今まで私達を守り支えてくれた二人だ。


 それから本当に村に帰るまで、私はいっぱい考えた。どんなに嫌がっても二人を引きとめることはできない。けれど二人がいなくなっても小さな子供達は傍にいてくれる。私は一人になってしまうわけじゃない。二人の次に年上なのは私だ。だから、次は私が皆を守る番。とても辛くて悲しいときに、いっぱい甘えさせて守ってもらったみたいに、次は私が皆を守ろうと決めた。




 避難所にしていた村の教会を出て、孤児院でもある町の教会に行く前に、一度だけ家に帰ることができた。

 半年ぶりに戻った村は様変わりしていて、でも恐れていたような血の跡や大きな傷跡は残っていなかった。何カ月もかけて騎士様と村の大人達が片付けてくれたと聞いている。記憶より家の数が減ってしまった村を駆け足で抜けて、角を曲がると家は記憶と同じままの形でそこにあった。


 どくんと心臓が大きく打つ。

 半年前を思い出す。夕方、家に帰って扉を開ければ、お母さんが台所にいて、お父さんとお兄ちゃんが裏の井戸で手や顔を洗っていた。昨日のことのようにはっきりとその光景が頭に浮かぶ。今、戸を開けたらお母さんがいるんじゃないかと思った。おかえり、エマって言ってくれるんじゃないかと思った。

 ギイと軋んだ音を立てて扉を開く。

 暗い家の中は静かで、埃っぽくて、ごはんの匂いはしなかった。馬鹿な期待が砕けて思わず少し笑ってしまった。お母さんがいるなら、半年も私を迎えに来てくれないわけがないのに。


 ふらふらと台所まで行って、その様子が目に入った瞬間掠れた悲鳴が出て、遅れて両手で口を塞いだ。食べ物の匂いにつられて、ここにはモンスターがやってきたのかもしれない。裏口は壊され、台所の棚は滅茶苦茶に荒らされていた。棚についた深い傷跡はモンスターの爪か、ナイフか。壊れたままの裏口の向こうに見える井戸は蓋がされて、地面は乾ききっていて、お兄ちゃんもお父さんもいなかった。

 震えながら後ずさって、一つ一つの部屋を覗いて行く。お父さんとお母さんの寝室は綺麗なまま。お父さんの荷物の入った棚が乱れていて、慌てて出掛けて行ったのが分かるだけ。あとは、あの日寝る前に整えて、そして使われることの無かったそのままのベッドと二人の畳まれた寝巻が、台所の惨状が嘘みたいに静かに置いてあった。

 あの日の続きが始まるのを待っているみたい。けれど、お父さんとお母さんの時間は止まったままだ。

 お母さんの棚を開いて小さな箱を取り出す。いつかお嫁に行く時にもらう約束だったお父さんからの贈り物は、いつも通りにそこに残っていた。

 一粒、小さな真珠のついた首飾りを手が痛くなるくらい握りしめた。


 少し早いけど、貰って行くね。お母さん。結婚するまで使わないでとっておくからね。


 それから、お兄ちゃんの部屋。もともと寝台だけでいっぱいになるくらい狭かった部屋はいつも通りに散らかっていた。床に転がっていた白い包みには見覚えがある。機嫌を直したリーザが仲直りのしるしに作ってくれたと喜んでいた組紐だ。汚れてしまった包みを拾い上げると中身は空だった。

 良く思い出せないけど、あの日身につけていたのかもしれない。最後のとき、もしもお兄ちゃんがあれを身に着けていたんだったらいい。大好きなリーザの気持ちと一緒だったならいい。あんなに仲直りできたことを喜んでいたんだもの。

 涙が一つ、パタと汚れた手の跡の残る包みに落ちた。


 最後に、自分の部屋の扉を開く。急に飛び出したから何もかもそのままにしていったはず。部屋の中が無事だったことにほっとして、鞄を取り出して服を詰める。これから寒くなるから冬の服を持っていかなくちゃ。同じ服を半年ずっと着回したから夏服も下着もぼろぼろだけど何もかもは持てない。じっくり選んで大事な服だけを詰めた。

 それから机を振り返って、何を持っていこうか考えた。一つずつ引き出しをあけて押し花や、友達にもらった手紙を並べてみる。その中に一通みたことのない手紙をみつけた。封筒は随分汚れているけどお母さんの字でエマと書いてある。


 どうしてお母さんの手紙があるの?

 震える手で手紙を取り出した。心臓が早く打ち過ぎてどうにかなりそう。


「エマへ


 万が一のときに備えてこの手紙を書いておきます。お前達には教えていなかったけど、お母さんは昔から胸が弱くて、風邪でもこじらせたら命に関わるとお医者様に言われています。だから、お母さんに何かあったらお父さんからお前に渡してもらうように頼んであります。

 もう一度子供を産むのは体に毒だと言われた時に、お母さんはどうしてもお前に会いたくて産むと言い張りました。でも、私が早く死んでもそれはお前のせいではありません。お前とお兄ちゃんの成長を見守ることを生きがいに今日まで頑張って来られました。今日まで生きていられたのはお前達のおかげです。それに、お父さんに絶対にお父さんを一人残したりしない、長生きすると約束させられました。だからきっと、この手紙は無駄になると思うのだけど。


 エマ。お前が大人になるのを見届けられないのはとても残念です。

 ずっと、傍にいられなくてごめんね。お母さんはずっとエマのお母さんで、離れていてもずっとお前を見守っています。苦しいことがあったら、それを思い出してください。

 悲しいことがあっても笑顔で胸を張って生きて。笑顔と優しい気持ちを忘れないでいたら、きっと幸せは向こうからやってきてくれます。だから諦めては駄目よ。


 エマ。お母さんのところに生まれて来てくれてありがとう。おかげでお母さんはとっても幸せでした。

 自慢の娘へ、愛を込めて。

 母より。」


 涙を何度も拭って、何度も何度も読み返した。お母さんの胸が悪いなんて知らなかった。だからお父さんはお母さんをあんなに大事にしていたんだ。あの日も、お母さんは山道なんて走れなかったに違いない。お父さんは決してお母さんのそばを離れない。だから二人は逃げきれなかった。

 短い手紙を封筒に戻して、表面を撫でるとその汚れが指の跡だと気がついた。お母さんの手にしては大きすぎる。

 あっと思ってお父さん達の寝室に戻った。散らかったお父さんの棚。汚れた手で随分と漁った跡がある。

 手紙をしまった本人であるお父さんが取り出したなら、こんなにもひっかきまわす必要はなかったはず。さっき拾った白い包みの汚れた指の跡を思い出す。汚れた手でここを探って、私への手紙を託してくれた。それから、自分も大事なものを取りに来た。

「お兄ちゃん。」

 どこで、お父さんとお母さんに会ったんだろう。私と別れた後に村に引き返して、お父さん達に会えたんだ。そしてお父さんに頼まれて手紙を私に届けようとしてくれた。馬鹿だ、そんなことをしていたから逃げ遅れた。

 いや、違う。私に追い付くつもりなら、手紙は身に着けていれば良かった。もう村から出られないと思っていたのかも。そのとき、もうどこか怪我をしていたのかもしれない。モンスターにつけられた傷からは毒が回ると教えてもらった。

 それでも、家まで帰って来てこれを届けてくれたの?


 手紙を握りしめて、しゃがみこんで、子供みたいに声を上げて泣いた。



 ずっと泣いていて、ぼんやりしていたから肩を叩かれて悲鳴がでた。

「わっ」

 振り返ると、ルイスだった。

「ごめん、裏口から泣き声が聞こえたから。」

 きっと私がひどい顔をしているせいだろう。目のやり場に困るように視線を彷徨わせながらルイスが言う。

「大丈夫?」

 ルイスは鞄を下げている。もう家を出て来たんだろう。少し目が赤い。

「うん、だいじょぶ。」

 無理やりに笑顔にした。ルイスは眉尻を下げる。

「本当に?」

「うん。宝物を見つけて、嬉しくなっちゃっただけ。」

 嘘じゃない。お母さんからの手紙なんてもらえると思っていなかった。一生の宝物だ。ましてお父さんとお兄ちゃんが私のために残してくれた手紙だもの。手紙を鞄にしまいこんでポンと叩いた。

「ああ、良かったね。」

 ルイスはふわっと笑って手を差し出してくる。一瞬何かと思った。立たせてくれるつもりなんだわ。ひょろっこいルイスには私をひっぱりあげるなんて無理だと思うけど、気持ちが嬉しい。

「ありがとう。」

 彼の手を借りて立ち上がった。

「ルイスはもう荷づくりおしまい?」

「うん。でも、おばあちゃんちも見に行く。」

 ルイスの一人暮らしだったお祖母ちゃんもあの日以来会っていない。

「そう。一緒に行こうか?」

「ううん、平気。」

 一人で行きたいという気持ちもあるかもしれない。それぞれに大事な思い出の場所がある。

「分かった。じゃあ、私は入り口のところに戻ってるね。」

「うん、あとで。」

 にこっとしてルイスはまた壊れた裏口から出て行った。あんな風に乱暴に壊されている扉をくぐるのは怖くないのだろうか。不思議な気持ちで見送ってから頬をぱんぱんと叩いた。どのくらい泣いていたんだろう。ひどい鼻声だし、声も嗄れている気がする。もうすこししゃんとして帰らないと皆に心配されてしまう。

 胸を張って、笑顔で。

 お母さんに言われたように。これまでずっとアンナとウィルがそうしてくれていたみたいに。


 家の玄関を出て、誰もいない家に向かって「いってきます」と声をかけた。

 いってきます。お父さん、お母さん、お兄ちゃん。頑張るから、見ていてね。


 静かな家の扉を閉めたら、また涙が出て来た。涙が落ち着くまでは人に会いたくなくて私は見納めと言い訳しながら村の周りを一周歩いた。


 待ち合わせ場所では見に行くべき家もないアンナが一人で待っていた。その姿を遠くから見つけたときにはっとした。アンナが一緒に居られなくなってしまうことを不安に思っていたけれど、もっと不安なのはまた一人ぼっちに戻ってしまうアンナの方だ。今度は私がアンナを安心させてあげなきゃいけない。アンナがいなくても、今度は私が頑張るからねと伝えてあげなくちゃ。アンナも頑張ってと応援してあげなくちゃ。私達は家族だから、離れていても心はいつも思っているよと。

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