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初恋  作者: 青砥緑
2/20

男の子は難しくて簡単

 その日の夜、ご飯の支度を手伝いながら今日あったことを話すとお母さんは「危ないわ」と心配そうに眉を寄せた。

「ねえ、あなた。聞いた?今日エマとミーナに石を投げた子がいるんですって。」

「ああん、ウィル坊はどうした?一緒にいたんだろう?」

「いたけど、木の上で遊んでたからウィルだって皆のこと全部は見えなかったのよ。」

 私が答えると、お兄ちゃんがにやにや笑った。

「エマはウィルに甘いよな。惚れた弱み?」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 お兄ちゃんはことあるごとに、そんなことを言う。ウィルは頼りになって優しいけど、そんなんじゃないのに。そんなんじゃないと、思うのに。

「またムキになって、怪しいなあ。」

「トム。妹をからかわないの。」

「いいじゃないか。村ではウィルに一番年が近い娘はエマなんだし。俺はウィルは良い奴だと思うぞ。」

 お兄ちゃんのにやにや笑いは止まらない。もう耳が熱い。別に、本当にウィルが好きなんて言ってないのに。そりゃあ、お兄ちゃんの言う通りウィルと私は二歳違いで村の女の子の中では私が一番ウィルに年が近いけど、それだけなのに。

「まだ、エマにそういう話は早いわよ。そんなこと言うならあんたがお嫁さんをもらえるかの方が心配よ。リーザとはどうしたのよ。」

 お母さんが呆れた顔でそういうと、途端にお兄ちゃんのにやにや笑いが治まった。気まずそうに目を逸らす。

「いや、それは。」

 逃げだそうとするお兄ちゃんに向かって、お父さんが呆れた様子で声をかける。

「お前、どうせリーザを怒らせたんだろう。よその村から嫁さんもらう気がないならとっと謝っておけよ。」

「もう放っておいてくれよ。」

 お兄ちゃんは悲鳴みたいにそう言って片手で顔を隠すみたいにした。お兄ちゃんと幼馴染のリーザは仲良しだけど、最近喧嘩中らしい。このあいだリーザに聞いた。お兄ちゃんが行商の女の子とお話してたのが気にいらなかったみたい。お兄ちゃんはリーザへの贈り物の相談に乗ってもらっていただけなのに、ちょっと可哀相だ。

「そうだ、エマ。お前なんであいつが怒ってんのか知ってる?」

 お父さんに背を向けて小さい声で聞いてくる。さっきのにやにやがどこに行っちゃったのか、真剣な顔だ。

「なんだ、それも聞いてないの?」

「お前知ってんの?頼む!教えて!」

 がっちりと私の両肩を掴んで揺さぶってくる。かなり困っているみたい。お兄ちゃんはリーザに夢中なのにどうしてリーザは信じてあげないんだろう。さっきのにやにや笑いは気にいらないけど、ここはひとつ助けてあげよう。


「エマ、愛してる。さすが俺の妹。で、石がぶつかっても今日は泣かなかったのか?泣き虫エマ」

 心配事が一つ解決したら急に元気になって、お兄ちゃんはちょっとふざけた様子で聞いてきた。我が兄ながら現金だ。

「泣かなかったわよ。掠っただけだもの。」

 胸を張って言い返すと、「お、すげえ。成長してるなあ。」なんて笑っている。どんくさくて泣き虫の妹が心配だなんて、いつまでも私のことをいつまでも子供だと思っているんだから。失礼しちゃうわ。

「その調子でもっと成長して良い女になれよ。俺もお前の初恋が実るように祈ってるから。」

 私がむくれると、お兄ちゃんはにこにこの笑顔で私の頭を掻きまわすみたいに撫でた。

「初恋って。」

 またウィルの話なのかとちょっと睨むと、お兄ちゃんは急に優しい顔になった。

「いつか分かるだろ。」

 そう言って、ぽんぽんと頭を叩く。

「おい、お前達。遊んでないでお母さんを手伝え。」

 何か言い返そうとしたところでお父さんにぴしゃんと言われて、私達は慌てて台所に行く。こうやってお兄ちゃんはときどき年上風を吹かせたがる。お母さんは妹の前だから背伸びしているのよ、なんて笑っているけど、私にだけ偉そうにするなんて、なんだかずるいし、私は少し迷惑だ。


 でも、お兄ちゃんの言う通り、いつか私も恋をすることもあるのかしら。なんだかぴんと来ないけれど。



 それから何日かして、また皆で遊んでいる時にちょっと変わったことがあった。

 ショーンとルイスが取っ組み合いの喧嘩をしたのだ。ショーンが誰かと喧嘩をするのは珍しくないけど、ルイスはとても珍しい。喧嘩の原因は分からないけど、二人が広場で転がって殴り合いをしていると、他の子が私とウィルを呼びに来た。

 思わずウィルと顔を見合わせた。ルイスが喧嘩するなんて。殴られても殴り返すところを見たことないのに。駆けつけてみて、本当に喧嘩をしていてまた驚いた。それにもっと意外なことにルイスはショーンにちっとも負けてなかった。何度倒れても食らいついていくから、ショーンの方が途中から怖がり始めるくらい。

「おおい、もういいだろ。」

 呆気にとられてしばらく様子をみていたウィルが、はっとして声をかけた。それを聞いたときのショーンの表情がちょっとほっとして見えたのはたぶん見間違えじゃない。

「ほら、ルイス。もう止めろ。分かったから、な。」

 顔を真っ赤にして唸り声を上げて、ウィルの声も聞こえない様子のルイスをウィルが羽交い締めにして引きはがす。さっきまでショーンもてこずっていたルイスなのにウィルは簡単に引きずってしまう。子供の年の差は体格の差。15歳のウィルに10歳のルイスが敵うはずなかった。

 ショーンから引き離されて、やっとルイスは落ち着いたみたい。口の端が切れていて、他にもいっぱい擦り傷やひっかき傷がある。ショーンも同じだ。二人とも埃まみれでとにかくひどい。並んで座らせて井戸で水を汲んできて傷を洗ってたんこぶを冷やしてあげる。

「もう。どうして喧嘩したの。」

 二人の顔を交互にみても、二人は目も合わせてくれない。ルイスがこんなに頑ななのは珍しい。ウィルを見上げると、ウィルも首を傾げた。

「なんででもいいけど、もう気は済んだろ?もうしないよな?」

 ウィルが聞くと、今度は二人とも大人しく頷いた。

「へ?気が済んだの?」

 さっぱりわけが分からない。もう一回ウィルを見上げると、今度は頷かれた。

「今日は二人とも皆を心配させた罰として家に帰って、家の手伝いをしてくること。遊びに出掛けたら駄目だぞ。それからその埃だらけの服も着替えること。それでこの話はおしまい。」

 ぱんと手を打ってウィルが宣言すると、ショーンもルイスも大人しく立ち上がった。

 男の子の喧嘩ってときどき、こういうことがある。殴り合いになる前にはちゃんと喧嘩の理由があったのに、喧嘩している間にそんなことどうでもよくなっちゃって、疲れきって殴り合いをやめたら喧嘩は終りになる。何も解決してないみたいに思うんだけど、次の日にはけろっとして、どっちの痣がひどいかなんて自慢しあっているんだからさっぱりついていけない。


「おうい、エマ!」

 夕方、家に帰ったらお兄ちゃんがにこにことやってきた。井戸水で手を洗ったばっかりの冷たい手で思いっきり握手してくる。

「冷たい!」

 でも、私の文句なんて聞いてない。

「お前のおかげだ。リーザの機嫌が直ったぞ。」

 お兄ちゃんは嬉しそうで、鼻歌交じりにそのまま夕食の支度を手伝っている。

「単純―。」

 聞こえないようにぽそっと呟いたら、お母さんが笑った。

「男は単純なくらいがいいわよ。リーザの機嫌があの子の全てなんて幸せなことだわ。」

「俺は母さんの機嫌が全てだぞ。」

 聞いてもないのにお父さんまで口を挟んできた。

「知ってますよ。」

 お母さんはちょっと嬉しそうにそう言うと、お父さんのお皿に少し多めにおかずをよそってあげる。お父さんはお母さんが大好きだ。お母さんの具合がちょっと悪くなると真っ青になってすぐに寝かしつけてしまうし、寒い日に外に出ることさえすごく嫌がる。お姫様みたいに扱いたがる。お兄ちゃんは見ている方が恥ずかしいと文句をいうけど、私もいつか結婚するなら、お父さんみたいな優しい旦那様がいいと思っている。


 当たり前の毎日。私達は本当にとても幸せだった。

 だけど、それは三日後の晩にみんな無くなってしまった。

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