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初恋  作者: 青砥緑
11/20

背中

 翌日から、私はルイスに心配をかけないようにもっと頑張った。助けようとしてくれる気持ちは嬉しいけれど、やっぱりまだ十やそこらの子供に余計な心配をさせたくない。笑顔を絶やさないように。穏やかに、明るく。小さい子が泣いていないか気をつけて、やんちゃ坊主が悪さをしていないか目を光らせて。毎日楽しかったねといって終われるように気を配った。


 今ならアンナに見られても、ウィルに見られても恥ずかしくない。ちゃんとやれているはず。そう思えるようになるまでに一年もかかってしまったけど、実際に騎士様に連れられて会いにきてくれたアンナは目を輝かせて褒めてくれた。

「皆、元気そうだし、何より楽しそうね。エマ、頑張ったんだね。ありがとうね。」

 そういってしっかり抱きしめてくれて、私は全部の苦労が報われた気がした。


 ウィルも一度だけ、学校を出て村に戻る前に会いに来てくれた。

「みんな、今日は素晴らしいお客様が来てくれたわよ。」

 嬉しそうなマーサ司祭がそう言って連れて来た彼を見たときに、それだけで泣きそうになった。一年の間にまた少し背が伸びて体つきも良くなったウィルは、少し遠くに行ってしまったように思えて何と声をかければいいのか分からなかった。戸惑う私を置いて子供達はウィルに駆け寄って取り囲んだ。


「ウィル!」

 一番にネルが飛びつくと、ウィルは目を見開いてネルを抱き上げた。

「ネル。お前は喋れるようになったのか?」

「ウィル、ウィル!」

 ウィルが孤児院を出るとき、まだ言葉がでなかったネルが何度も名前を呼ぶのを聞いてウィルは目を真っ赤にしてネルの顔を覗きこんだ。

「すごいじゃないか。すごいな、ネル。」

 周りの子達が口々に教えてあげる。ネルが生まれて初めて口にした言葉がウィルの名前だったこと。今は一緒に暮らす全員の名前を呼べるようになったこと。他の言葉はまだはっきり発音できないけど、ずいぶん言葉らしくなってきたこと。

 ウィルはネルが自分の名前を最初に呼んだと聞いて本当に泣き出してしまった。涙をこぼす姿を見るのは随分と久しぶりだ。村で一緒に遊んでいて転んで大怪我をした時以来かもしれない。

「ネル。ありがとう。」

 涙を拭ってウィルはネルを抱え上げた。ウィルが来たら名前を呼んであげるのだとずっと張り切っていたネルは嬉しそうだ。顔を真っ赤にして笑っている。

「あーあとー。あーあとー。ウィル。」

 舌足らずにありがとうと繰り返すネルにウィルはまた涙をこぼして、子供みたいに鼻の頭まで真っ赤にしながらネルを抱きつぶしてしまいそうなくらい、力いっぱい抱きしめた。

「ウィルが頑張っているから、自分も頑張るんだと言ってね。あなたが学校へ行ってから皆本当に頑張ったんですよ。次にあなたに会う時に恥ずかしくないようにと。今日は泊まっていけるのでしょう?一人ひとり話を聞いてあげてね。」

 マーサ司祭様も少しもらい泣きしながら、ウィルの肩を叩いた。ウィルは赤い目で私達をぐるりと見回した。みんな少し恥ずかしそうに、でも誇らしそうに胸を張る。誰かが言いだしたわけじゃない。でも、みんな私と同じことを考えていたのだ。ウィルが、アンナが遠くで一人で頑張るのなら。負けないくらいここで頑張ろうと。


 夜、一人で眠れるようになること。

 文字を書けるようになること。

 小さい子の面倒を見てあげられるようになること。

 重い荷物を運べるようになること。

 いつも笑顔でいられるようになること。

 もう喧嘩しないこと。


 目標はそれぞれだったけど、それを皆が口に出したわけじゃないけれどずっと見ていたから私は知ってる。


 その日、じゃれつく子供達にとことん付き合ったウィルが解放されて、やっと私と話せる時間がとれたのは夜も遅くなってからだった。マーサ司祭様が今日は特別に就寝時間を過ぎても起きていていいと言って下さったので私は食堂でお茶を飲みながらウィルと向かいあう。この一年の一人ひとりの頑張ったことを話せばウィルは少し腫れぼったい目で優しく頷いてくれた。

「皆のことをよく見ていてくれたんだね。エマ、ありがとう。」

 口を開けば泣いてしまうと思って黙って首を横に振った。

「皆がね、エマがいつも助けてくれたって言ってたよ。それからルイスがね。」

 そう言ってウィルはふわっと笑う。

「心配になるくらい頑張ってるって。一番頑張っているから、一番褒めてあげてほしいって。」

 私は馬鹿みたいに首を振ることしかできない。一番なんかじゃない。あんな小さい子達が一生懸命になっているのに比べたら。

「頑張ったね、エマ。」

 俯いたままでいたら頭を撫でられた。子供扱いされるのが本当に久しぶりで、そのまま甘えてしまいたくなる。二年前の夜のようにウィルの肩に額を乗せてみるとウィルはそのまま肩を貸してくれた。少し大きく厚くなった肩は、覚えている通りに温かかった。

「悲しいことや辛いことがあったのに、みんなちゃんと明るい顔ができるようになったね。もうショーンなんてしっかりしちゃって俺のことまで心配して。そうやって他の誰かを思いやれる優しい子に育ってくれてる。司祭様は俺の背中を見てって仰ったけど、俺はそうじゃないと思うよ。」

 私を肩に乗せたままウィルは言う。

「エマが近くにいるから、君を見習って皆優しい子に育っているんじゃないかな。」

 あんまり嬉しくて息苦しいほどに胸が鳴った。何度も息を整えてからやっと顔を上げた。


「私の傍に、ずっとウィルがいてくれたみたいに?」


 声が少し震えた。私はあなたやアンナの代わりが務まっている?

 ウィルは私の言葉に目をぱちぱちと瞬かせてから目尻を下げて笑った。

「ありがとう。」

 どうして、ありがとうなのか。分かるようで分からないけれど、ウィルはとても嬉しそうで、だから私もとても嬉しかった。

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