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初恋  作者: 青砥緑
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村の子供たち

「愛していると言えば、嘘になる」本編ではチョイ役だったエマのためのスピンオフです。本編読了後に読まれることを推奨します。(本編を読んでいなくても話は分かると思いますが、説明不足になる部分があります。また、途中から本編ネタバレ的要素を含みますのでご注意ください。)

 私の住んでいた小さな村は豊かではないけれど平和な村で、私達はとても幸せだった。たくさんの家が灰色の毛をしたヤクという大きな獣を飼っていて、その毛で作った織物は高く売れたし、乳で作ったチーズは御馳走になった。他にも靴屋や鍛冶屋、大工さんも住んでいて隣村にはお医者様もいた。

 大人が畑に出てしまう昼の間は、年長の子供達は小さな子供達と遊んであげるのが仕事。仕事と言ったって、自分達も思う存分遊んでしまうこともよくあるのだけど。


「ほら、早く登ってこいよ。そこの出っ張りに右足かけて。次はこっちの枝だ!」

 いつも元気いっぱいに皆を引き連れて駆け回るのはショーン。8歳にして立派なガキ大将だ。それを一生懸命においかける男の子達。さらにその後ろをついていく女の子達。皆がはぐれないように目を光らせるのが私の役目。木登りくらいなら一緒にできるけど、ときどきショーンは蛙を捕まえたり、川の魚を捕まえたり、皆ではできない遊びを始めるから、そうしたらもうやんちゃな男の子は放っておいて女の子達は花を摘んだり、村祭りの踊りの真似をして楽しく遊ぶ。男の子はときどき野蛮だ。この間、家でそう言ったらお兄ちゃんに笑われたけど、でも、絶対そう。今は真面目に畑で働いているお兄ちゃんだって昔は外で捕まえて来た虫を私のポケットに無理やり突っ込んできて、何度も泣かされたのを忘れたわけじゃない。


「ルイス!そっちは左手だってば。まだ右と左がわかんねえのかよ。もう十歳だろ!」

 大きな木の下でくるくる巻き毛のひょろっとした男の子が途方に暮れている。ショーンは子分と一緒に「のろま」「ばか」と囃したてる。本当に男の子って野蛮だわ。

「ルイス。慌てないでいいから、ゆっくり考えよう?」

 後ろから声をかけたら、まん丸の瞳で私を振り返った。

「エマ。」

 そう言うと涙目のまま、ふにゃっと笑って頷いた。のんびり屋で優しいルイス。右と左くらいちゃんと分かってる。でも、今みたいにぎゃあぎゃあ急かされるとちょっと慌ててしまうだけ。文句を言ってやろうかと顔を上げたら、木の上でショーン達が一人一回ずつ拳骨を食らっているところだった。

「いてっ」

「いてえ!」

「ウィル、何すんだよう。」

 木の枝の上で器用に仁王立ちになっているのはウィル。一緒に遊ぶ子供達の中で一番年長でしかも村長さんの息子だ。お友達であり、今は私達みんなのお兄さんでもある。当然、ショーンだって敵わない。何年か前まではウィルが今のショーンみたいに先頭に立って皆を引き連れて遊んでいたけど、ウィルの方が優しかった。いつまで経っても木登りができなかった私にも「のろま」なんて言わなかったし、虫取りの途中で転んで虫を逃がしてしまっても他の子みたいに「どんくさい」とか「邪魔」なんて言わないで、私に怪我が無いか心配してくれた。

「ルイスは馬鹿でものろまでもないぞ。皆が先に登りたいっていうから最後まで順番を待ってくれたんじゃないか。」

「でも、あいつ。」

「でもじゃない。」

 口を尖らせて言い返そうとしたショーンはもう一発余計に拳骨を落とされた。そうやって皆がウィルに怒られている間に、ルイスは長い手足を伸ばしてゆっくり木を登る。私より三つも年下なのに、背もほとんど変わらないし腕なんか私より長いんじゃないかな。きっとお父さんに似て背高のっぽになるんだろう。

「ほら、みろ。ちゃんと一人で登って来れただろ。」

 大きな枝に辿りついたルイスを見てウィルが嬉しそうに言うと、ルイスも照れたように笑い返した。

「わかってるよ。もう。」

 ショーンはぷいとむくれて勝手にもっと上に登ってしまう。ショーンは本当に身が軽くてあっという間に誰よりも高い枝に座りこんだ。きっと村が一望できる特等席だ。小さな男の子達は、すごい、すごいと憧れの眼差しでショーンを見上げて、それでやっとショーンは機嫌を戻したみたい。格好つけてもまだ8歳だわ、単純ね。


「うー。あー。」

木の根元で上を見上げていたら後ろからスカートを引っ張られた。

「うん?ネルにはまだ木のぼりは早いわ。おんぶしてあげるから、それで我慢してね?」

 小さなネルを背中に背負ってぐるぐる回ると、背中からきゃっきゃと笑い声がする。もう三つになるのに、まだきちんとしゃべれないネル。何をしてほしいのか分からなくて困ることもあるけど、素直に笑ったり泣いたりしてくれるから嬉しいのかどうかくらいは分かる。

「ミーナ。ミーナはどうする?登ってみる?」

 もう一人、木の下に残っていた女の子に声をかける。金髪のお人形みたいに綺麗な女の子。ミーナは首を横に振ってしゃがみこんでしまった。ミーナも木のぼりが得意じゃない。

「じゃあ、皆が飽きて降りてくるまで三人で遊んでようか。」

 そういうとほっとした顔をして私の傍に寄ってきた。


 ネルを下ろして三人で木の実拾いをしていると、パチパチと木の実が上から降ってくる音がした。

「いたっ」

 小さな実が頭に当たったら思ったよりも痛い。これはただ落ちて来たんじゃなくて誰かが投げたんだわ。ミーナも頭を抱えて蹲ってる。私よりミーナの周りの方がたくさん木の実が降って来ていた。

「こらあっ!木の実を投げてるのは誰?」

 下から叫んでも春になって広がりはじめた葉に隠れて、木の上にいる子供達は良く見えない。

「金きらだから子犬かと思ったらミーナの頭か。なあんだ。」

「俺はどっかの鶏かと思った。追い払おうと思ったのに。」

 あははは、と男の子達の声がする。村にはミーナとミーナのお母さんしか金髪はいない。珍しいからって年中からかうから、ミーナはすっかり男の子が苦手になってしまった。

 蹲って耳を真っ赤にしているミーナに近づこうとしたら、また何か飛んできて今度は手の甲に当たった。

「いったい!」

 甲を掲げてみると赤くなってる。足元を見下ろしたら小石だった。あんなに高いところから石を投げつけるなんて最低だわ。

「今、石投げた子は降りてらっしゃい!」

 さっきよりずっと大きい声で怒ったら、木の上からガサガサ大きな音がして人が飛び降りて来た。びっくりして心臓がどきどきする。

「石?当たったの?大丈夫?」

 すとんと着地したウィルは私がさすっていた手を見て眉を寄せる。

「赤くなってるな。」

「そ、そ、そんなことより、あんなに高いところから飛び降りてウィルは大丈夫なの?」

 足が痛くないのかしら。

「平気、平気。ミーナ!ミーナは怪我してないか。大丈夫か?」

 ウィルが声をかけるとミーナはびくっと肩を震わせた。ウィルは一度もミーナに意地悪をしたことはないのに、ミーナはウィルも怖い。今は、男という男が怖いみたいだ。

「ミーナ?大丈夫?」

 肩を抱いてあげると赤い顔で俯いたままだけど頷いてくれた。

「おおい、全員降りて来い。謝りに来ないなら全員もう一回拳骨だぞ。」

 ウィルは木の上に向かって怖い顔で声をかける。最初は躊躇った子も皆最後は降りて来た。ウィルに本気で刃向う子なんていない。ウィルは怒ったら一番怖いのだ。

「石なんか投げたら駄目だろ。怪我したらどうするんだ。」

 そういって真剣な顔をしていると、自分が怒られているんじゃなくても怖い。

 誰も名乗り出て来なかったけど、ウィルは無理に犯人探しをしなかった。私だって顔を見ていれば本当は誰が石を投げたのかくらい分かるもの。ウィルにも分かっているんだろう。ここで名前を言ってしまえば、泣いてしまいそうな顔をしているからきっと反省してくれたのだと思う。だから、それ以上はしないで、みんなで一緒にミーナとネルと私に謝って、それでおしまい。


「今日はもう木登りは終りにして、戻ろう。」

 なんだかしょんぼりしてしまった子達を引き連れてウィルは村の広場に戻る。ネルだけがウィルに肩車してもらってご機嫌だ。

「エマ。手。」

 後ろからひょいと手を掬いあげられた。心配そうに手を見ているのはルイス。

「大丈夫よ、ちょっと掠っただけだもの。」

 赤くなっているところを何度か撫でてルイスはやっぱり心配そうに手を離した。

「石なんか投げちゃいけない。」

 眉を寄せてぽつりと呟く。

「うん。そうだね。」

「うん。」

 ルイスはあまりおしゃべりじゃない。そのまま黙って悲しそうな顔をしていた。

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