天国へ行く・後
【成仏しよう】
「じゃあ早速、成仏する方法を教えるわね」
馬喰町駅のホーム。
今ここで、階段の二段目から落ちて死んだ哀れな男子の霊の成仏が執行されようとしていた。
「……あの……天使さん、ちょっと聞いていい?」
俺は目前で仁王立ちしている天使さんに向かい挙手。
「……何?」
「いや、あの……その……」
「何よ、もしかして成仏が怖くなった?」
「ちゃうちゃう! いやね、別に成仏するんなら、こんな駅のホームじゃなくても……」
「…………」
「ってかそもそも、なんで馬喰町駅で成仏? もう切符投入口使わないんだからさ、駅でなくても……」
正直落ち着かない。
周りからは見えていないとは言え、駅のホームで……その……ねぇ。
「確か駅近くに空き地とかガラガラの駐車場とかあるよな? そこじゃダメなのか?」
「ダメよ」
「えっ!?」
即答された。
「え、な、なんでっ!?」
「何よ、そんなの……」
そして天使は涼しい顔して言いやがった。
「そんなの、ノリよ」
【南無阿弥陀仏】
心を無にして、座禅を組む。
気持ちを落ち着かせろ。
神経を敏感に。
俺は呼吸を整える。
手先の感覚が鋭くなる。
僅かな風が、神経を張り巡らしている肌に辺り、その感覚が脳へと伝達されて。
俺は、何も考えないで、とにかく無を創った。
『プルルルル! 間もなく1番線を、電車が通過します』
ゴオオオオォォォォォォッ!!
プオオォォンッ!!
「……天使さん」
「だから何よ!」
「やっぱりさ……場所変えない?」
集中できん。
【天国へ……】
場所は変わって某都の日比谷公園。
「今の時間帯ならそんなに人いないし、まさに成仏日和ね」
「何その日和?」
俺は日比谷公園隅っこのベンチ上に座禅を組み、再び無を創りだす。
―――成仏の方法。
それは魂(俺)の心を無にして、その瞬間に天国が俺の頭上の金環に触れる事。
至ってシンプルな方法だが、心を無にするのは意外に難しい。
「……ふぅ」
俺は再び呼吸を整え、脳内から邪念を取り払う。
「…………」
何も考えないで、ひたすらに目を閉じて。
「ふぁあ……」
……天使のあくびなんか気にも止めないで。
「ふぅ……あ、そういえば最近有休取ってなかったなぁ。有休、どう使おうかなぁ」
え、天使って有休とかあんの!?
みたいな気持ちをぐっと抑え、俺は無を創りだす。
「ふぁあぁぁ……たまには競馬とかしてみるかな……最近スロットは出が悪いし、やっぱり一発やるなら競馬か競輪だよねぇ」
天使お前何歳だよ?
ってツッコミたい気持ちを押し込めて、とにかく無を創った。
「……何か今日、空気乾燥してるなぁ」
いや知らねぇよ。
「あー股かゆっ」
「ブホッ!?」
思わず吹いちゃった。
「……何だよ、何想像してんだ変態魂?」
「お前、俺を成仏させる気あるのかッ!?」
【さよなら現世】
そして、ついに成仏の時がやってきた。
「……さぁ、天国へ」
天使の声が聞こえ、目を閉じている俺にも分かる、謎の浮遊感が足元をすくう。
「…………」
多分今、俺浮いてる。
ものっそいスピードで上昇してる。
「……目を閉じたまま聞いて」
しばらく浮上して、おそらく隣で一緒に上昇しているであろう天使が、小さな声で囁いた。
「……これからアンタは、現世を離れて……地獄へ行くわ」
…………え?
地獄?
え?
「ゴメンね。実はさっきの成仏の時、間違って地獄行きの念仏を唱えちゃったんだ」
……はぁ?
え?
何?
「地獄は閻魔様が支配している超過酷な場所だけど、頑張って馴染んでね」
「ちょっと待てっ!」
俺は突然の告白に、目を閉じつつも思わず叫んだ。
「え、ちょっと待って。俺は悪さもしてないのに地獄行くの? ってか天国と地獄ってそもそもどんな場所なん? え、マジで地獄? なんで今言う!?」
「ねぇ」
「何ここ一番のウキウキ声で喋ってんだお前!?」
「マジでゴメンね、てへぺろ!」
「お前一辺死んでこぉぉぉいっ!!」