私は王子
わたしのおうちは、ここなの。
え?
うん、そうだよ?
ここはやま。
だって、わたし“すとれーとちるどれん”ってそんざいだもの。
あそこにおしろが、あるでしょ?
かぞくがいるの。
わたしのおとうとは、おうじさまなんだ。
えらいぱぱ、やさしいまま。
ごうかなごはん、りっぱなふく、なにひとつふじゆうのないくらし……。
うらやましいかって?
ううん、ぜんぜん。
だって、わたしは“いてはいけない”そんざいなんだって。
くわしいことは、わからないんだけどね?
たまにおとうとが、こっそりあいにきてくれるから、さみしくないよ?
昔々、遠い遠い国で仲の良い夫婦が居りました。
厳しくて、“国の為になる”判断の出来る立派な王様。
優しくて、“誰よりも”国を愛する美しい后様。
この2人が、国のトップであり、象徴であり、民の誇りでもありました。
ある朝、王様と后様が住む立派お城の広場に、民が集められました。
何でも、大事な報告があるそうで。
“何かあったのか?”
と、民は急いで城に集まりました。
ある程度の民が集まるのを見た、王様は広場に向かって嬉しそうに叫びました。
その内容はこのようなものです。
「子を授かった。いずれこの国を引っ張っていくだろう、大事な大事な我が子を…。出産予定は、4ヶ月後だろうと医者が申しておった。次は産まれた時に報告する。楽しみに待っておれ」
王様の横には幸せそうな表情を浮かべ、優しく自分の腹を撫ぜる后様の姿もあった。
民は喜び、宴を開いた。
お后様が、ご懐妊!
次世代の王が生まれるのだっ!!
皆が口を揃え、1日中喜びに酔いしれた。
しかし、
その喜びは、
王の子が生まれた時、
混沌へと……。
もう頭が見えてます!
あと少しですよ!
あと、もうひとふんばり!
我が子に会えるのを、今か今かと廊下で待っていた王様。
王様の耳に、ずっと入っていた助産師の声援が、途切れた。
刹那――。
おぎゃあ、おぎゃあ!
元気な赤子の声が聞こえました。
その声を聴き、生まれたばかりの我が子を一目見るため。
そして、頑張ってくれた妻に労りの声をかけるために部屋に入った。
「よく頑張ってくれた、今から民に報告してこよう」
そう言葉にし、赤子を見、部屋を出ようとした瞬間だった。
「まだよ!まだお腹に子が居るの!」
そう叫んだ后様は青ざめてました。
それを聞いた王様は、もっともっと青ざめました。
「何だと?!」
王様と后様が青ざめるのも無理はありません。
だって、この国には双子は不のモノだと言い伝えられてるのだから……。
間を置き、もう1人の赤子も生まれました。
赤子2人の鳴き声だけが響く中、1番先に口を開いたのは后様でした。
「あなた、この子たちを見て」
そう言われ、誕生したばかりの我が子たちを見ました。
目に入った我が子は、2人ともかわいらしい。
「なぜ、不の伝えなのでしょう?こんなにも、かわいい子が2人も来てくれたのに」
「だな。よし、2人とも育てるよう」
“2人とも、他とは比べようのない。大事な大事な我が子なのだから……”
2人の声が揃い、決心しました。
2人をかわいがり、古に反してでも大事に育てる……と。
王様は早急に民を集めれるだけ集め、嬉しい報告をした。
大事な我が子が“2人”誕生した。1人の王女と、1人の王子が共に生まれたのだ。
2人を分け隔てなくかわいがると、妻と決めた。どちらも他とは比べようのない、かわいい我が子だ。
これは余程のことがない限り、変えようと思わない。
たとえ、古からの教えに反せようとも……。
それを聞いた民は戸惑い、反対の声も多くあがりました。
しかし、我らが誇りである王がどちらかを差別することはせず、同等にかわいがると宣言した。
それを反対するものは少し時が経つと、ほとんど居なくなった。
王の子が生まれて、一つめの季節が終わりを告げました。
この時、王様と后様はある不安を抱えていたのです。
先に生まれたのは王女。
赤い瞳をもつ女の子。
後に生まれたのは王子。
濃い赤紫の瞳をもつ男の子。
生えはじめた髪の色。
王女は白、王子は灰色がかった黒。
赤い目と白髪をもつ赤子は悪魔の子。
それがこの国の不の伝えの3つの内の、2つめ。
「ね、ねぇ。かわいい我が王女が、悪魔の子なわけ……、ないわよ、ね?」
「当たり前だ!どちらもかわいい我が子だ!! 悪魔なんぞの子な訳がないっ!」
后様が問いかけ、王様が叫びました。
まるで、祈るかのように。
次の季節がやってくる頃、1人の民が王族の城へやってきました。
その者は、他の民たちの代表としてやってきたのです。
王様は、嫌な予感がしました。
それは后様も同じです。
なので、我が子2人を抱きしめました。
無意識に、王女を強く抱きしめて……
「あ、あの……」
代表者は言いにくそうに口を開きました。
「王女が赤目の白髪だと、噂で流れておるのです。事実なら、“不の伝え”の2つめでございます」
「だったら、何だと言うのだ?」
「…………。 事実なら、手を打っていただかないと私どもは不安なのです」
王様と后様の、不安は的中しました。
代表者から一通りの話を聴き、『検討しておこう』とだけ伝え、帰らせました。
“手を打つ”とは、我が子を殺せとゆうこと。
まだこんなにも幼いのに。
しかし、代表者が言ったことは王様も気にしていたことでした。
今年は天気に恵まれず、作物が充分に育たない。
出生率があまり良くない。
その他にも、告げられたこと。
それらの全てが事実でした。
しかし、“双子が生まれた場合は後の子を殺せ”“赤目白髪は、居ると分かった時点で殺せ”と言われているのです。
そうなると、王は2人の子を失うことになります。
王様と后様は、悩みました。
古の伝えなんぞ、気にしないでおくか?
かわいい我が子に手をかけたくない。
我らは親である前に、王だ。
王である前に親でしょう?
子に罪はない!
夜通し話し合い、悩みに悩み。
王様と后様は決めました。
子に罪はない。
だが、古から伝わる不の象徴に2つ該当する王女。
王族に居るのでは示しがつかない。
したがって……、
王女を孤児院に預け、王族から永久追放にする。
――そう。
幸か不幸か、どちらが先に生まれたのかを知らせてなかった。
王子は“不の罰”に、該当しないと嘘をついたのです……。
王様はかわいい我が娘のために。
少しばかりの慈悲として、永久追放に。
断腸の思いで、我が娘を不幸の谷へ突き落とす決断をした。
しかし后様は、娘の僅かな幸せを願った。
だから、孤児院へと。
我が国のために、娘のために。
この両方の想いを、捨てきれなかったから……。
元王女が孤児院に預けられ、5年。
王女だった、少女に対する孤児院の仕打ちは最悪な物でした。
着るものは、つぎはぎだらけ。
食べ物は、残飯。
与えられた部屋は、暗く日の届かない地下室。
ストレスがあれば、殴られ蹴られ。
お前は存在してはいけないんだと、罵られ…………。
しかし、少女は頭の賢い子でした。
抵抗をせず、逃げ出せる時を待ってました。
衣服がつぎはぎだらけでも、まともな食事ができなくとも、陽に当たらなくても。
少女は耐えた。
みんなが城での祝いの席に招かれて、孤児院を空にした時、少女は動いた。
台所に行き、腹を満たした。
そして大きな袋を探し、様々な大きさの衣服や日持ちしそうな食べ物を詰めた。
少女はそれを持ち、走った。
走って走って、街の外れにある山林にやってきた。
山なら、人が見えるから寂しくない。
林なら、隠れる場所がいっぱいある。
そう考えたから。
少女が、山林に隠れ1年が経ったある日。
まだ誰にも会ってなかったのに、1人の少年に出会った。
それはそれは、立派な服を着た少年に。
見つかった、またあの生活に戻ってしまう!!
そう思い、少女は逃げました。
でも、山林でギリギリな生活をして貧相な少女。
ちゃんとした生活を送ってるであろう少年。
この差は比べようがなく、すぐに少女は少年に捕まりました。
「いやっ!はなして!!」
少女は叫びます。
「僕は王子……、君はお姉さま?」
少年は王子だったのです。
しかし、何のことだかわからない。
元は王族だと知らない少女は、
「そんなのしらない!はなしてっ!」
そう狂ったように叫び、涙を瞳にためはじめた。
「はなして! おねがい、はなして。 はなして、よぅ……」
語尾を小さくしながらも、少女は一生懸命に逃げようとしました。
「ごめんね、怖がらせて。大丈夫だよ」
微かに震えて、泣き出しそうな少女。
「大丈夫、大丈夫だよ」
王子は、その言葉を少女に呪文のように何度も呟き、抱きしめました。
少女が落ち着いてきた時、もう一度問いました。
「君は王女?」
それに対して少女は首を横に振り、応えました。
「君は1年くらい前からここにいるんじゃないの?」
少女は軽く目を見開き、一瞬固まりましたが、次は縦に振ります。
「やっぱりお姉さまだ。 君は王女だ」
王子は、そう言って、花が咲いたような笑みを浮かべました。
「ちがうっ!」
少女は首を横に振りながら言った。
「わたし、うまれてきちゃいけなかったの! だ、だから。ここに……っ、いるの。そ、そんなわたしが、おうじょなわけが、ないん、だよ……?」
手を伸ばし、言葉を放ち、瞳から溢れた雫を拭いながら、
「ううん、君は王女だよ。今から、本当のことを教えてあげるね」
そう言って軽く表情に影を落とし、王子は話し始めた。
しばらく少女は、静かに王子の話を聞いていた。
そうして、自分が目の前にいる王子の双子の姉で、元は王族の人間なんだと知った。
最後に王子は、あることを聞いた。
「ねぇ、お姉さまは僕を恨めしい?」
何で恨めしく思わないといけないのか、理解できない少女は首を傾げた。
「だって、僕だって“罪”の対象だったのに……。 それなのに、僕だけが、不自由なく、贅沢な生活を送ってるなんて、おかしいと思わない?」
言い終わると、王子は顔を伏せました。
今度は王子が泣きそう。
そう思った少女は、
「だいじょうぶ。 うらんでないよ」
そう言って頭を撫ぜた。
王子は、きょとんとした顔をしてから笑った。
「ありがとう、ごめんね」
そう言いながら、ほっとしたように。
王子は、
「ごめんね。そろそろ帰らないと、護衛が探しに来るから帰るね。また来てもいい?」
王子が不安気に聞きました。
「うん、つごうのいいときでいいから。いつでもきてね、まってるから。」
王女は嬉しそうに、満面の笑みで答えました。
それを聞いて王子は安心しました。
「ありがとう、お姉さま。またすぐに来るから、待ってて」
そう言って帰っていった。
約束通り、王子はすぐに少女に会いにきました。
ある日は、衣服をもって。
また別のある日は、食べ物をもって。
それは、週に1回のペースで繰り返されました。
ある日、王子はいつも通り少女に会いに行きました。
いつもと違ったのは、家に帰ってから父と母に少女のことを話したことです。
「お姉さまに会いました…………。お父さま、お母さま。お姉さまと会いたくありませんか?」
父と母が息を飲んだ音が聞こえた。
そして、空気が凍りつくのを感じた。
その後は大変でした。
「何を言っておる!娘なんかいないっ!!」
普段の冷静な姿からは想像できないくらい、取り乱す父。
「いい、あの子は私たちとは関係のない子なの。 もう会いに言ってはダメよ」
暖かく優しい母から出た、予想外な冷たいコトバ……。
ねぇ?
お父さま、お母さま。
あの少女は、
あなた方が子なんですよね?
僕の姉なんですよね?
どうして、会うなとおっしゃるのですか?
娘が居ないと言えるのですか?
――今も生きているのに。
関係がないと言えるのですか?
――お腹を痛めて生んだのでしょう?
ねえ……、
お父さま、お母さま。
それらは果たして、実の娘に対して吐いても良い言葉なのでしょうか?
そこに居るのは、
憤慨した父、冷たい母。
瞳に宿っていた光を失った王子――。
それから少年は、外出するときは必ず護衛付きになってしまいました。
少女に会いにくくなりましたが、それでも少年は頑張り、少女に会いにいきました。
少女に会いに行って、家に帰ると父が待っていました。
「次に会いに行くと、あの子の命はないぞ。城に連れてきて、首をはねる。だから、もう会いにゆくな」
どこか懇願が込められた、悲しげな声でした。
しかし王子は、その言葉を聞いて怒りました。
「どうして? お姉さまなんでしょ? 娘なんでしょ? なんで会いにいっただけで殺すとか言うの?」
父は初めて息子が怒ったのを見て、驚きましたが静かに返します。
「……、お前たちには悪いことをしたと思っておる。それが民と交わした約束だからだ。国のために破るわけにはいかないからだ」
「だったら、何で、僕にお姉さまの存在を教えたの? どうして? 何でお姉さまはあんな山林でひっそりと過ごしてるの? なのに、何で僕は不自由なく贅沢に暮らしてるんだよっ!」
一言で言い放ち、少年は城を飛び出した。
途中である物を買い、少女の元へ走ってゆきました。
それを見た少女は驚きました。
王子が、1日に2度も来たことがなかったからです。
「どうしたの? わすれものでもあった? もうおそいから、はやくかえらないと、みんながしんばいするよ?」
「ねぇ、お姉さま。 いいことを考えたんだよ」
そう言い、静かに愉快そうに笑いました。
「ねぇ、だいじょうぶかな?」
「大丈夫! きっと誰もわからないよ」
その時、誰かが来ました。
「もう、会うなと言っただろう? ここで首をはねてやる」
そこにいたのは、悲しい顔をした王様でした。
その手に持っていた大鎌をふりあげ、
「え?」
首をはねた――。
「な、なんで? どうゆうこと?」
もう1人が問いかけます。
「しゃべってよ……。 おうじっ!」
姿を入れ替え、己の姿をした王子の体を揺すりながら。
それを見た王様は震えてます。
「どうゆう事だ。 王子はお前だろう? なあ、そうであろう?」
祈るように言葉を絞りだしました。
「ちがう、ちがうの。 わたしはおうじじゃないの」
記憶に残る王子のそれより、どこか幼く高い声で、首を横に振りながら答えます。
王様は瞳を揺らしながら、なおも問いました。
「なぜ……、なぜだ? お前は王子の姿をしているではないか」
「おうじが『入れ替わって、1日だけ贅沢するといいよ』って、わたしにいったの。だから、わたしは、おうじじゃないの」
ポロポロと、雫を落とします。
「なぜだ……」
そう言った王様は、その場で崩れました。
数年後、王位継承者に少女の顔がありました。
しかし、国は荒み、民の暴動が何回も何回も起きています。
ねぇ、王子。
あの後、私は王子になったんだよ。
王子にもらった偽物の髪を被ったの。
でも、バレちゃった。
そのせいで、国が荒んじゃったの。
ねえ、王子?
私、頑張ったでしょう?
もういいでしょ?
今からそっちに行くから……。
そうして王子の姿をした少女は、ひと思いに自らの首を刃物で突き刺した。
その顔は、どこか、儚げで美しかった。
「こ、これは……」
何度めかわからない暴動を起こしに、家にやってきた民は言葉を失いました。
いつも王様たちが居る広間には、見渡す限りの、黒い赤色…………。
そこに、生きているものは
もう居なかった。
“罰を受けぬ物には不幸を授ける”
それが、最後の不の伝え……。