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聖女を独占するなと追放された俺ですが、俺を溺愛する聖女様が辺境まで追いかけてきました

作者: Vou
掲載日:2026/05/02

「聖女は個人が独占していいものではない。わかるな?」


 王太子アルベルトの前に跪き、俯きながら俺はその言葉を聞いていた。


「はい、聖女は王国のための存在です」


 顔を上げなくても、アルベルトがどんな顔をしているかがわかる。残忍な目で、俺を見下しているはずだ。


「だがな、事実、聖女はある人物の言うことしか聞かんようだ」


「はて? ある人物というのは王太子殿下のことでしょうか?」


「貴様だ! レイン・グレイヴ!」


 アルベルトが怒鳴る。返答を間違えたな。くそっ。


「殿下、それは違います……」


 傍らにいたエリシアがおずおずと前に出る。


 白い法衣に身を包んだこの可憐な女性は、過去に大きな魔物災害から王都を守り、誰もが崇める聖女様だ。


「エリシアは黙っていろ」


「違うのです。私のほうが、レインなしでは生きていけないんです」


 妙な言い方は誤解を生んで余計刺激してしまうのでやめてくれ。


 アルベルトがため息をつく。


「レインよ、聖女を洗脳までするとは……」


「洗脳などではありません」


 エリシアが必死に首を振り、否定する。


「私は、レインが隣にいてくれるから祈れるのです。レインが、失敗しても大丈夫だと言ってくれるから……」


「それを依存と言うのだ!」


 アルベルトが声を荒らげた。


「聖女が一神官の声でしか祈れぬなど、国家として危うすぎる。もしこの男が裏切れば、王国は聖女を失う。ならば今のうちに対処しておくしかないのだ」


 確かにそのとおりだな……。


 聖女の奇跡が、俺という一人の補佐役に結びついてしまっているのは、王国にとって都合が悪いだろう。


 改めて、アルベルトが俺を睨む。


「レイン・グレイヴ。貴様は王都から追放だ!」


「殿下……!」


 エリシアが泣きそうな声で叫ぶ。


「二度と王都の土を踏むことは許さん。辺境で惨めな余生を過ごすがよい」


 俺は反論することはしなかった。逆上されて処刑にでもされたらたまらない。


 聖女の信頼を得ても、王都で地位を築くことはできないということか。いや、信頼を得すぎたのが問題だったか。


 俺は立ち上がった。


「レイン……。行かないで……」


 エリシアは泣いているだろうが、その顔も見ずに、俺はその場を去った。


「どうか……お元気で」


 そう言うのが精一杯だった。


「心配するな。聖女は王家がしっかり管理する。なんなら婚約して王太子妃にでもしてやる」


 アルベルトが背中からかけてきた言葉に、「王家が独占するおつもりですか」という皮肉を飲み込み、そのまま歩き去る。


 俺なんかといるより、王太子妃のほうがエリシアにとってよほど幸せに違いない。


   ※


 王国騎士(ロイヤル・ナイト)の監視付きで追い立てられ、荷物をまとめる時間も与えられず、俺は王都を追い出された。

 よほど俺を聖女から引き離したいようだ。


 だが、そもそも俺は、聖女を独占していたつもりなどない。


 エリシアは膨大な聖属性魔力(マナ)を持つ本物の聖女だ。ただ、魔法の扱いは絶望的に下手だった。

 魔法を発動すると魔力が暴走し、治癒魔法のはずが、患者に怪我すらさせる。

 だから俺は、彼女の詠唱を整え、魔力の流れを調律し、その膨大な魔力が正しく扱えるよう補助してきた。


 ただ、それだけだ。


 ……それだけのはずだった。



『レイン、今日も隣にいてくれる?』


『もちろんです。聖女様の補佐ですから』


『聖女様ではなく、エリシアと呼んで』


『そんなことしたら俺は不敬罪になりますよ』


『二人きりのときだけでもいいから』


『……考えておきます』


『考えるようなことではないわ』


 そんなやり取りが、頭に浮かぶ。


 俺は小さくため息をついた。



 思ったよりも、辛いな。



 そもそも聖女に取り入って出世しようとエリシアに近づいたのだが……。


 気づけば俺は、出世よりもエリシアが笑って祈れることばかり考えていた。彼女の祈りが人々を救い、それを喜ぶ彼女を見ることが、嬉しくて仕方がなかった。


 最悪だ。


 打算で始めたはずなのに、どうしてこうなった。



 俺はきっと、もう二度とエリシアに会うことはできないだろう。


 王太子の命令は絶対だ。


 それに、エリシアはもう本物の聖女として認められている。


 俺のような小神官がいなくても、王国は彼女を大切に扱うだろう。



 いや……。


 王宮の連中がエリシアを大切に扱うはずがない。


 彼らが大切にするのは、聖女の奇跡だけだ。


 エリシア自身ではない。



 辺境に向かう馬車の中、頭を抱えたが、どうすることもできなかった。


   ※


 俺が王都を追放された翌日。


 大聖堂では、さっそく聖女エリシアによる祝福の儀が執り行われたらしい。


 らしい、というのは、俺がすでに王都を離れていたからだ。


 だが、俺の追放先の辺境の村に訪ねてきた、王都から来たという旅商人から聞いた話では、その儀式はひどいものだったという。


 その旅商人は、俺の辺境の村もたいがいひどいですな、といって早々に立ち去ったのだが。


   ※


「さあ、祈るのだ、聖女エリシアよ」


 王都の民が大勢見守る中、大司教を差し置いて、王太子アルベルトが聖女に指示した。


「何をですか?」


 ムスッとした顔でエリシアが答えた。


「何を……? 王国を繁栄させるための祈りだ」


 アルベルトが困惑したように答える。


 すると、エリシアが両の手を組み、目を瞑った。


「何をしているのだ?」


 アルベルトが尋ねた。


「王国の繁栄を祈っています」


「……バカにしているのか? 本当に祈るだけで何か起こるわけがあるまい。王都の民は聖女の奇跡を求めているのだ。おまえのその溢れんばかりの魔力(マナ)で、人々に奇跡を見せろと言っているのだ」


「……いいのですか?」


「いいからやれ」


 エリシアは詠唱を始めた。少しでも魔法をかじった者であれば、それが出鱈目な詠唱だとわかるはずだが、その場にいた者たちは、それが聖女にしか扱えない特別な詠唱なのだと思い込んだ。


 魔法が発動された。


 一瞬の爆音とともに、爆風が起こり、エリシアの手元から強大な光が発せられた。

 エリシアの横にいたアルベルトは爆風に吹っ飛ばされた。

 目を凝らして見ていた聴衆はその光を直接目に受けてしまった。


「皆様、聖女である私は王家に、この王太子に奇跡を起こす力を奪われました! 恨むのであれば、王家をお恨みください!」


 目を開くことができない聴衆に、聖女がそう言い放った。


 ようやく聴衆が目を開けられるようになったとき、そこに聖女エリシアの姿はなかった。



 そして聖女は失踪した。


   ※


 それが俺の聞いた、「聖女の祝福の儀事件」の顛末だった。


 辺境の村への道中、王都の方で光の柱が見えた気がしたのだが、聖女の魔力の暴発だったか……。

 多少は自力でも魔力制御(マナ・コントロール)ができるようになっているものだと思っていたが。いや……わざとやったのか……?


「そのあとは、王都は大騒ぎさ。民衆が王家に抗議を始めてな」


 慌てる王太子の様子を思い浮かべると少しだけ溜飲は下がったが、それよりもエリシアの行方が心配だった。


   ※


 俺が追放された先の辺境の村は、旅商人に言われずともひどい場所だった。


 土地は痩せ、植物は枯れ、人も痩せ、家畜も痩せていた。

 ついでに、村付近で遭遇した魔物すら、飢えて凶暴化するところを通り越して、痩せ弱っていた。その弱り具合は、騎士爵家の四男として、神官になる前に嗜んでいた俺の中途半端な剣術でも容易に討伐できるほどだった。

 魔物にまで同情する日が来るとは思わなかった……。


 辺境到着一日目から、ここで再起を図り雌伏の時を過ごすという微かな野心も一瞬で吹き飛んだ。


 とはいえ、野心を持たず、慎ましくのんびり過ごすにしても、家も仕事も見つけなければならない。


 俺は村の中心にある教会を訪ねた。


 教会は「石造りの建物」といえば聞こえはいいが、石を出鱈目に積み上げて、なんとか人が中に入れる空間を作ったという程度の小さな建物だった。


「すみません……。どなたかいらっしゃいますか?」


 「はい」という声が聞こえ、教会の建物から出てきたのは、うら若き女性司祭だった。どこか辺境らしくない品位(辺境の村人の皆様、すみません)を漂わせていたが、やはり頬はこけ、栄養状態の悪さが滲み出ていた。


 それでも女性司祭は感じのよい笑顔を向けてきた。


「あの……俺、王都の大聖堂で神官をしていたレインという者なのですが、訳あってこちらに移住してきたのですが……教会の仕事をお手伝いさせていただけませんでしょうか?」


 女性司祭は少し驚いた顔を見せた。


「まあ……大聖堂の神官様でしたら、優秀な方ですのね。でも……こんな辺境の村にいらっしゃるなんてよほどの事情がおありですのね。……深くは聞かないようにしますわ」


 女性司祭は再び微笑み、言葉を続けた。


「私はこの教会を預かるリネットと申します。もちろん歓迎させていただきたいのですが……ご覧のとおり貧しい村の教会です。満足にお給金をお出しすることもできないのですが、よろしいでしょうか……?」


 ん? タダ働き歓迎ということかな?


 ……しかし屋根のないところで寝るよりはマシか。そもそもここ以外に俺の居場所があるとは思えない。


「はい、ぜひお願いします、リネット様」


「リネットでけっこうですよ、レイン」


   ※


 リネットは村の人々を訪問して回ると言った。村の現状を知ってもらいたいということだった。


 さっそくリネットについて一軒ずつ回っていったら。どの家の村人も、リネットを見ると穏やかな笑顔で挨拶をするのだが、老若男女問わずやはり一様に痩せ細り、今にも倒れてしまいそうな者たちばかりだった。


 その中に、農作業中に転倒して怪我をしたという中年の男がいた。

 見ると、擦り切れた腕が大きく腫れており、骨にまでダメージがあるかもしれなかった。


 リネットは治癒魔法の詠唱を始めた。


 美しい詠唱だ、と思った。きちんとした魔法教育を受けて、センスもいい。どこかの聖女様とはえらい違いだ。


 しかし——リネットが患部に手を当て、治癒魔法を施しても、腫れがわずかに引いた程度で、完治にはほど遠い状態だった。


 魔力出力量が圧倒的に足りないな……。魔力の拡散もあって魔力効率も悪い。


「頑張っているつもりなんだけど……」


 リネットが申し訳なさそうに言った。


「痛みが少しよくなりました。ありがとうございます、リネット様」


 村人はまだ痛そうだが、笑顔を作ってリネットに礼を言った。


「リネット、もう一度治癒魔法をかけてもらえないか?」


 ここは俺の出番だろう。少しは役にたてるかもしれない。


「え? でも……」


「俺がサポートするから」


「レインも治癒魔法を使えるの?」


「いえ、俺は聖属性魔力はまったくないのですが、無属性魔法でのサポートが得意なんですよ」


 リネットは半信半疑という様子で再び治癒魔法の詠唱を始めた。やはり美しい詠唱だ。詠唱のサポートはいらないだろう。


魔力調律(マナ・チューニング)


 俺は補助魔法で魔力出力量を上げ、患部に収斂するよう調整した。俺は無詠唱で補助魔法を使えるので、即時発動できる。


 すると患部の腫れが瞬く間に引いていく。


「嘘……」


 見立てどおりだ。リネットは魔力がないわけじゃない。魔力出力に問題があるだけだったのだ。


「痛みがなくなりました……。リネット様、ありがとうございます」


 村人が笑顔になって感謝した。


「私の力ではないわ……。レインがやったの?」


「どう見たってやったのはリネットじゃないか。俺はリネットの魔法の本来の力を引き出すのに少しだけ手伝っただけだ」


「……よくわからないけれど、ありがとう」


 リネットは微笑んだ。


「これでまた畑仕事ができる……」


 そう言いながらも、怪我が治った村人の顔が再び暗くなった。


「でも……働いても働いても、作物が満足に育たなくて……。疲れ切ってしまって……それで怪我をしてしまったんです」


 怪我治って仕事に戻ったところで、何の希望も持てないというところか……


「リネット、農作をサポートする聖属性魔法は何か使えないか?」


 魔法教育をきちんと受けているであろうリネットなら、何かあるはずという期待を込めて俺は尋ねた。


「うん、一つあるけれど……私の魔力ではほとんど効果がなくて……」


「なら、もう一度、やるだけやってみよう。俺がサポートするから」


 俺たちは、村人とともに畑に向かった。


 畑には穀物の種が植えられているというが、芽すら出ていない状態だった。


 さっそく俺はリネットに魔法を促した。


 リネットが頷き、詠唱を始めた。詠唱に誤りはなく、完璧なリズムだ。


大地の(グレイス・オブ)恵み(・アース)


 同時に俺の補助魔法。


魔力調律(マナ・チューニング)


 畑に淡い光が広がっていった。


 土の色が灰色から土らしい色に変わった。


 そして……


「芽が出た……」


 村人が呟いた。


 小さいながらも、生まれ変わった土から確かに芽が顔を出していた。


「やった!」


 リネットが叫び、村人も叫んだ。


 すぐに村人たちの腹を満たしてくれるわけではない。しかし、そのまだ小さな芽は、辺境の村に大きな希望を与えた。


   ※


 それから毎日、リネットと俺は、村人たちの畑を回って、「大地の(グレイス・オブ)恵み(・アース)」で土地を回復させていった。


 その中である村人が、教会に、見たことのない妙な女性が来ていた、と言った。


 リネットと俺は顔を見合わせた。


 村は小さく、ほとんどの村人はお互いの顔を知っていた。見知らぬ人物となると、外部の人間に違いなかった。


 こんな辺境に来るとは変わった人がいるものだ、と思いつつも、俺たちは一度教会に戻ることにした。



 俺たちが戻ると、村人が言っていたとおり、教会の入り口の前にうずくまって座る女性がいた。


 顔を膝に埋めていたが、俺はすぐにそれが誰だかわかった。


「エリシア様……」


 俺が声をかけると、エリシアが顔を上げた。


「レイン!」


 顔を上げたエリシアが、満面の笑みを浮かべて俺を見た。

 失踪していたと聞いて、心配していた俺も安堵していた。


「なぜこんなところに?」


「レインに会いに来たに決まっているじゃない」


「なぜ俺がここにいるとわかったのですか?」


「レイン、補助魔法を使ったでしょう? その残響に気づいて、この村にいるって思って、レインなら教会にいるだろうと思ったの」


 恐るべき感知能力だな。つまり俺がどこにいようとエリシアにはわかってしまうということか。魔法の下手さ以外は本当に規格外だな……。


「こちらはこの教会の主のリネットだ」


 紹介すると、リネットがエリシアに会釈をした。


「リネット……こちらは聖女エリシア様だ」


 エリシアを紹介すると、リネットはギョッとした顔をした。


「聖女……様? この辺境に……?」


 固まってしまったリネットをよそにエリシアが俺に突っかかってきた。


「リネット……? 私のことはエリシアと呼んでくれないのに、そのきれいな方にはずいぶん馴れ馴れしい呼び方をされるのね」


 エリシアはなぜか怒った様子だった。


「……聖女様は特別ですから」


「そんな特別いらない!」


 そう言うと、むくれた顔のまま、エリシアはリネットのほうを向いた。


「リネットさん、エリシアです。よろしくお願いします。ところで、レインとはどのようなご関係ですか?」


「えっ? えーと、レインさんには教会の仕事を手伝っていただいています」


「それだけ?」


「はい、それだけです」


「あら、そう」


 エリシアの表情が安堵したように少し緩んだ。


「どんなお仕事をされているのですか?」


「怪我人の治癒をしたり、畑の土地を回復させたりですね。私一人の力ではどうにもならなかったのに、レインさんが、私の力を引き上げてくださって……正直に言うと、もうこの辺境の村に未来があるとは思っていなかったのですが、村に希望が出てきたんです。レインは本当にすごい人です」


 それを聞いたエリシアの機嫌が急に良くなった。


「そう! わかってくれるのね。すてきな方じゃない。ねえ、レイン、私たちここに住まわせていただきましょう」


 私()()……?


「王都を追放された俺はともかく、なぜエリシア様まで? 王都では騒ぎになっているのでは?」


「王都には誰もレインのすごさがわかっている方はいない。そんなところにいる価値はないわ」


 何という暴論……。どうつっこんだらいいのかもわからん。


「聖女様ならもちろん大歓迎です」


 リネットも先ほどと打って変わって、輝いた眼差しでエリシアを見ていた。


「ありがとう、リネット。堅苦しい呼び方はしないで、私のことはエリシアと呼んで」


「はい、エリシア」


 何の抵抗もないのか、リネット……。聖女様ですよ!?


「そうと決まれば、私も教会の仕事を手伝うわ。何をしたらいい?」


 いろいろと言いたいことはあるが、確かにエリシアの膨大な聖属性魔力(マナ)は非常に心強かった。


「では畑仕事を続けましょう。俺に考えがあります」



 俺たちはエリシアを加え、土地の回復途中だった畑に戻り、さっそく俺は試したかったことを提案した。


「エリシア様、『魔力譲渡(マナ・トランスファー)』をリネットにお願いします」


「あ、うん。でも大丈夫かしら」


 エリシアの懸念はもちろん理解している。彼女の魔力は巨大すぎるので、単純に魔力譲渡してしまうと、普通の人間であれば、最悪のその魔力器官が破裂しかねない。


「大丈夫です。が、ちゃんとタイミングを取る必要があるのでいきなりはやめてください」


 エリシアが頷き、リネットの背中に手を当てる。

 魔力譲渡は、エリシアのように魔力が溢れ出るほどある者には詠唱がいらないので、しっかりタイミングを取らなければならない。


「いくわよ」


 エリシアの合図に今度は俺が頷いた。


魔力譲渡(マナ・トランスファー)


魔力調律(マナ・チューニング)


 エリシアの魔力放出に合わせて補助魔法を発動し、彼女の巨大な魔力出力を圧縮し、リネットの魔力器官のチャネルでも受容できるように魔力の「大きさ」を調節する。


「何……この魔力」


 リネットが噛み締めるように言った。


「すごく強いのに、優しい魔力……。これがエリシアの……聖女様の魔力なのね」


 凝縮された高濃度の聖女の魔力を体内に感じているはずだ。同属性の魔力器官でないと魔力が凝固してしまうので、リネットのような聖属性持ちでないともちろん受け付けられない。


「よし、リネット、君の番だ」


 リネットが畑のほうを向き、詠唱を始める。


 リネットの美しい詠唱の場合、下手に俺が手を出すよりも、そのままのほうがより効果的だ。


大地の(グレイス・オブ)恵み(・アース)


 発動の瞬間のみ「魔力調律」で出力を調整する。



 リネットの手から巨大な光が上空に放たれ、雨のように大地に降り注いだ。


 畑の土の色が変わったかと思うと、一斉に芽が飛び出し、急速に成長し始め、やがて実をつけた。


「何なのこれ……」


 リネットが唖然としていた。


 正直なところ、俺もここまで上手くいくとは思っていなかった。

 エリシアの規格外の魔力とリネットの美しい詠唱と俺のささやかな補助魔法の連携技が、思った以上にうまくハマったということだ。


「最高のチームワークね!」


 エリシアが笑顔で言った。



 畑の持ち主の村人は忙しく収穫を始めたが、その表情は喜びに溢れて生き生きとしていた。


   ※


 辺境の貧しい村が一転、豊作の作物で溢れんばかりとなる中、以前、「聖女の祝福の儀事件」の噂をレインに伝えた旅商人がまたやってきた。


「……何なんですか、この村の変わりようは」


 旅商人は村の畑を見渡して、ぽかんと口を開けた。


「この前来たときは、魔物まで痩せていた村ですよ? それが、畑一面に作物だなんて」


「王都へ戻るのではなかったのですか?」


「戻るつもりでしたよ。ですが、途中の町で聞きましてね。聖女様がいなくなった王都の結界が崩壊しかけていて、外縁では魔物が増えてしまって騎士団も手が回っていないとかで。とても近づける様子でなかったんです。それで聖女様のことを気にかけていたあなたのことが妙に気になって引き返してきたんです」


 王都がそんなことになっているとは……。


「それにしても、いくら聖女様がいるったってここまで大量の農作物が実るなんて夢でも見ているみたいです。ぜひ私に余った作物をさばかせてもらえませんかね」


「俺が決めることではないが、リネット、どうだろう? 悪い話ではないと思うが」


 リネットはぱっと明るい顔になる。


「ぜひお願いします。これだけ作物ができてもまだまだ貧しい村ですので……少しでも収入になればありがたいです」



 そうして旅商人は荷馬車に積めるだけ作物を積んで、またどこかに去っていった。


   ※


 旅商人が去って三日後のことだった。


 エリシアとリネットと三人で、農地で作業をしていると、大勢の来客が村にやってきた。

 ちょうどエリシアがリネットに「魔力譲渡」を行っているときに、リネットが気づいて「あら」と声を上げた。


 旅商人が売り物の作物の出どころをどこかで話して、この村が噂にでもなったのだろう。それを聞きつけてやってきたのだ。


 やってきたのは、王太子アルベルトと、彼が率いる王国騎士団(ロイヤル・ナイツ)だった。


 俺たちはそこで作業を切り上げた。



「わざわざ王太子が王都から来てやったというのに、まともな応接室もないのか」


 教会の礼拝堂に通したアルベルトのひと言目がそんな言葉だった。よほど機嫌が悪いらしいが、来てくれと頼んだ覚えはないし、村にまともな建物がないくらい貧しいのもおまえらの悪政のせいだろう。

 もちろん口にはしないが。


「まあ、いい。こんなところはすぐ出ていくからな。エリシア、おまえは王都に戻るんだ。……レイン・グレイヴ、おまえも王都に戻してやる」


「は? どの面下げて……失礼……私は追放された身です。王都に戻るわけにはいきません」


「それを許してやると言っているのだ」


「はて? 二度と王都の土を踏むな、と言われた記憶がはっきりとございますが」


「では言い方を変えよう。王都に戻れ。これは王太子の命令だ」


「理由は何ですか?」


「命令に理由などない」


 アルベルトが苛立ち始めるが、こちらもそれなりに頭にきているので都合よく使われるつもりはない。


「聞けば、王都の周辺には魔物が溢れてしまっているとか。この辺境の村のほうがよほど居心地が良いと思っています。

 それに、人を散々バカにしておいて、都合が悪くなったら話を変えるというのですか? 王太子殿下の言葉はそんなにも軽いものなのですか? せめて『王都の民を守るためだ』とでも言ってくだされば、聖女様も私も頷いていたでしょう」


「私はレインのいるところにいるだけよ」


 余計なことは言わんでいい。


 ただの神官に嗜められるという恥をかかされ、アルベルトは顔を真っ赤にしている。


「言いたいことはそれだけか? 人が優しく接してやればつけ上がりおって」


 いや、まったく優しさは感じなかったが。


「従わないならば、少々痛めつけて力づくで連れていくだけだ」


 アルベルトが踵を返し、礼拝堂を出て行こうとする。


 外で待機させていた王国騎士団に連行させるつもりか。


 礼拝堂を出ようと足を外に一歩出した瞬間、アルベルトは一人で慌てて引き返してきた。


「ま、魔物だ!」


「は? 魔物に俺たちを連行させるつもりですか?」


「た、助けて……」


 何だ、こいつ、と思って礼拝堂の入り口に行って外を覗く。


 外には無数の魔物がやってきていた。


 それは痩せ弱った魔物たちではなく、元気いっぱいに暴れ回る魔物たちだった。


 王国騎士団(ロイヤル・ナイツ)が応戦しているが、見たところ死傷者がかなり出てしまっているようだった。


「あれは辺境の魔物じゃない……あんたらが連れてきたのか!」


「知らん……知らん!」


「『知らん』じゃない! 王太子御一行がぞろぞろやってきたから、獲物がたくさんいると喜んで、魔物の群れもついてきたんだよ!」


「た、助けて……」


「くそっ! エリシア様、行きましょう。こうなったら生き残っている騎士たちに何とかしてもらうしかないです」


「わかった。任せて! レインの言うことなら何でも聞くから」


 こういうとき素直なエリシアは助かるな。


「危険なので、リネットは教会から出ないでください」


 リネットとアルベルトを教会の中に残し、エリシアと俺が外に出る。

 騎士たちは明らかに押されていて、立ち続けている人数も減ってきていた。


「まずは騎士たちを回復させましょう」


 エリシアがすぐに下手くそな詠唱を始めるので、俺も補助魔法「詠唱補正(リード・アシスト)」でエリシアの詠唱の誤りを正し、リズムを整える。


広域治癒(エリア・ヒール)


 広い範囲に癒しの光が広がる。


 倒れていた騎士たちが驚いた様子で立ち上がり始め、魔物に応戦していた騎士たちも魔物を押し返す。

 すでに殺されてしまった騎士はどうしようもないが、それ以外は回復していそうだ。


 一部の魔物がこちらに気づいて見ている。急がなければ、こちらも危ない。


「エリシア様、強化(バフ)できますか?」


 エリシアが頷き、詠唱を始めるので、俺も「詠唱補正」を行う。


身体(フィジカル・)加護(ベネディクション)


 俺は「魔力調律」を発動し、エリシアの魔力が暴発しないよう出力を調整する。


 騎士たちが身体強化の加護の光を受けると、「おぉぉぉ!」と雄叫びを上げ始め、魔物を押し返していく。……どころか、次々と魔物たちを紙でも裂くように斬り伏せていく。


 さすがエリシアの魔力だ。


 と、俺は勝利を確信し、完全に気が緩んで油断していた。



 一匹のワーウルフがエリシアに素早く近寄っていることに、気づいたのが遅かった。

 俺は慌てて死んだ騎士が落とした剣を拾う。


 聖属性魔法特化のエリシアの近接戦闘力は皆無と言っていい。


 ワーウルフが鋭い爪をエリシアに振りかざす。


「いやっ……!」


 エリシアが悲鳴を上げた。


 

 ワーウルフの爪は、()()肩から腹を切り裂いて止まった。

 俺はその腕を左手で掴み、右腕の力を振り絞って剣をワーウルフの顔に突き立てた。


 ワーウルフが暴れ、刺さったままの爪が俺の腹をかき混ぜる。


 やがてワーウルフが力つき、地面に倒れた。



 騎士たちも魔物を掃討したようだ。


 助かった……。少なくともエリシアとリネットは無事だ。


 今さら焼けるような腹の痛みが襲ってきて、意識が遠のいていく。


「レイン!」


 エリシアの声が遠くで聞こえる気がした。


「リネット、治癒をお願い!」


「でも、私の魔力じゃ……。レインの補助もないし……」


「いいから! お願い!」


 俺の傷の治癒は絶望的だ。


 この致命的な傷の深さでは、リネットの魔力での治癒魔法ではとても間に合わない。俺がエリシアを補助できれば可能性はあるが、もちろん今の俺にそんな余力はない。俺の補助なしにエリシアが治癒魔法を使えば魔力が暴発するだけだ。



 ……エリシアに取り入って出世するつもりが、エリシアを守って死ぬことになろうとはな。


 ……まあ、悪くはない。



「……エリシア様……どうかお元気で……」


   ※


 辺境の村の魔物は掃討されたが、聖女エリシアは頑として王都に戻ることを拒否した。


 魔物との戦闘後に、教会の隅に隠れていた王太子アルベルトの醜態を目にした騎士たちも、もはや恩人の聖女に手荒な真似をして連行しようなどとはしなかった。


 王国の外縁にはまだ魔物たちがひしめいていたが、辺境から戻った騎士団に聖女の加護がまだ残っていたおかげで、何とかその魔物たちを掃討することにも成功したのだった。



 王都に戻ったアルベルトは、聖女と、もう一人重要人物として認定された聖女補佐官を追いやり、連れ戻すことにも失敗し、王都を危機に陥れた咎で責められた。

 さらに、辺境へ魔物の群れを引き連れ、王国騎士団を危機に陥れたこと、そして戦闘中は教会の隅に隠れていたことを、救われた騎士たちに証言された。


 民衆からの非難も激しく、ついにアルベルトは廃嫡に追い込まれた。


   ※


 俺が目を覚ますと、そこは天界のようで、女神のような女性が俺の顔を覗き込むように見ていた。しかし、なぜか泣き腫らしたかのように目元が腫れ、瞳が充血していた。


「女神……様?」


 俺がそう尋ねると、女神が俺に抱きついてきた。


「レイン……。よかった……」


 人が死んで「よかった」なんて女神が言うのか。



 ……いや、そんなわけあるか。


「エリシア様?」


「私がわかる?」


「あまりに神々しくて女神様かと思いましたよ」


「バカ!」


 エリシアが怒鳴った。


「はは、すみません。俺、生きているんですね。不思議です。あれは完全に致命傷だったのに」


「リネットの治癒のおかげよ」


 横に顔を向けると、そこにリネットも立っていた。


「リネットが? あんな深い傷を治せたのか?」


「あのとき、畑に魔法をかける前に中断したでしょう? だから、私の中にエリシアの魔力が残っていたの。魔力出力は不安だったけれど、レインが補助してくれていることを想像しながら集中して……。エリシアの魔力も本当に強かったから」


「そんな偶然が……」


「偶然なんかじゃないわ。あなたが私たちを助けてくれたから、あなたも助かったのよ。この辺境の村を復興させてくれようとして、私を気遣って避難させてくれたから」


 それを偶然だと言ったのだが……。リネットの言うとおりかもしれないな。


「私なんかを助けようとして死んじゃったりしないで……」


 エリシアが真っ赤に腫らした目でまだ泣いていた。


「『私なんか』って……あなたは聖女様ですし……」


 いや、それだけじゃないな。


「それ以上に、俺のかけがえのない人なんです」


 エリシアは、泣き腫らした目をさらに潤ませる。


「だったら、もう聖女様なんて呼ばないで」


 まだそれを言うか……。何か少し気恥ずかしいが、いいだろう。


「……エリシア」


「はい」


 彼女はようやく、少しだけ笑った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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