#26 最弱の男
三者面談の余韻がまだ残っている。
夕陽が差しこむ渡り廊下を歩いていると、
後ろからズカズカと荒い足音が近づいてきた。
「――おい、天竜」
振り返ると、
髪を振り乱し、額に汗を浮かべた虹矢が立っていた。
息は上がっていない。
これは走った息切れではなく、
“焦り”の呼吸だ。
虹矢はぶっきらぼうに言った。
「ちょっと聞かせてくれよ。
今日やってたアレだよ、アレ」
「アレ?」
「とぼけんなよ。
土ン中から銀引っこ抜いて時計にして、
空気ひん曲げて鎖みてぇなの伸ばして、
水でデッケェ竜まで作ってただろ」
あまりに直球すぎる羅列に、思わず笑ってしまう。
虹矢は一歩にじり寄った。
「……どうやったんだ?」
風のない廊下なのに、
虹矢の前髪だけがじり、と揺れる。
ああ――この目、知ってる
“自分にはできないことを、目の前の誰かがやったときの目”
嫉妬じゃない。
絶望でもない。
“追いつく方法を探してる奴の目”だ。
玲磁は肩をすくめた。
「どうって……普通にやっただけだよ」
虹矢の眉が跳ねた。
「普通にで出来るかそんなモン!!」
珍しく声が反響した。
誰かに聞かれたくないのか、虹矢はすぐ声量を落とす。
「……いいか?
俺は魔力10だ。
授業だって一番下。
お前より順位一個だけ上なだけの、ほとんどド底辺だ」
俺は黙って聞く。
虹矢は拳を握りしめ、
爪が食い込むほど力を込めた。
「けどな、俺ァ死ぬほど努力したんだよ。
魔力ねぇなら魔力を作る努力を、
才能ねぇなら才能の代わりになる努力を、
ずっとやってきた」
「魔力がないって。非魔法使いってことか?」
「ああ」
「魔法使いじゃない奴が、努力だけで魔力を10も発現させたって言うのか…??」
そんな話、見たことも聞いたこともないぞ。
魔力を100から110にするのは、それなりに訓練は必要だが大したことではない。
しかし、0から10にするには一体どれだけの…?
虹矢は玲磁の胸ぐらをつかみかけ――
寸前で手を戻す。
そして、搾り出すように言った。
「天竜……
お前、どうやって“全部使えた”?」
俺は、しばらく考えるように視線を宙に向けた。
「どうって言われてもな……」
言いにくそうに頭をかく。
「……“見えた”から、かな」
「見えた?」
「土の中の銀の場所も、
風の流れも、
水の形も、
“こうすればできる”って線みたいなのが、全部」
虹矢は息を止めた。
「……なんだよそれ……反則じゃねえか……」
「実を言うと、俺もよく分かってない。
でもまあ――そういう体質なんだろ」
虹矢は俯きながら、
何度も何度も拳を震わせていた。
その震えは、悔しさよりも嬉しさに近い。
俺は虹矢の肩を軽く叩いた。
「でもさ。
“どうやるか”知りたいって言ったよな?」
虹矢が顔を上げる。
「……ああ」
「じゃあ、また今度見るか?
さっき面談で怒られて、先生の監督下じゃねえと使えないけど、
次はもう少しゆっくり見学したらいい」
虹矢は一瞬ぽかんとした後、
「……は?」
次の瞬間、顔中がわずかに赤く染まった。
「べ、別に……見たいわけじゃ……」
俺は笑う。
「じゃあ見んなよ」
「行くわ!!
行くに決まってんだろッ!!」
声が廊下に響き、慌てて虹矢は口を押える。
「……ッ、クソ……!
天竜、お前……なんかムカつくわ……!」
俺は軽く手をひらひらさせた。
「はいはい。じゃあまた明日な」
虹矢は背を向けながら叫んだ。
「絶対覚えとけよ!!
いつか、オレも全部使えるようになってやるからなァ!!」
その足取りは力強く、
どこか誇らしげだった。
俺は、一人で小さく呟く。
「……虹矢は、凄い奴だ」
沙羅先生は全て知っていたのだろう。
今思えば、どんなに魔法で失敗しても褒めていた理由がわかる…。
夕陽が差し込む廊下で、
二人の“最底辺コンビ”の物語が静かに動き始めた。
一人一人に、物語があります。
どんな話にも言えることですが。




