第7話 誘拐
ハシェンドに向かうのは私とファリス、ルド、スティラ、ディナル、ロードといった騎士たち、兵士が二十人ほどと侍女が三人。兵士は少し多い気もするのだが、多いにこしたことはないというファリスの考えから常に二十人はついていることになる。侍女はある程 度剣の腕がある子や運動神経がいい子達がついてくる。もしも行き先に女性がいない場合、王妃と一緒にいるためについくるのだ。
ハシェンドに着くまでは、馬車でおよそ三日はかかる旅だ。おまけにラキオスから出てしまうと道が険しくなり、馬車では通れなくなってしまうので途中で馬に乗って進まなければならない。馬車で三日かかるので、馬のみとなると五日はかかることになってしまう。普通なら馬の方が速いのだが、兵士や侍女達は馬に乗らず、私やファリス、騎士達しか馬に乗らないので余計時間がかかってしまう。
もっと便利な移動手段はないものだろうか。
短距離ならば別に馬に乗るのは構わない。馬は好きだし、乗り方は分からないからいつもルドとスティラに協力してもらってるけど、あの揺れが結構心地よかったりする。
だけど長距離となるとまた別の話だと思う。
何よりも、お尻が痛くなる。ずっと馬に揺られてると本当にお尻が痛くなる。最初の遠出なんてルドが一緒に乗ってくれたけど、三十分でお尻がすごく痛くなって、すごい痣ができたんだよね。おかげで座る度に痛い思いをしなければならなかった。あんな思いはもうごめんだね。
それでも馬は好きよ? 勘違いはしないで欲しい。
だけど、だけどね。
この状況はなんなのよ?
「どうして私はファリスと馬に乗ってるの?」
「文句でもあるのか」
「ありまくりだわっ!」
あんたと一緒に馬に乗るとか! あんたは平気かもしれないけど、私は嫌なのよ! 何されるか分かったもんじゃない!
「お前は馬に乗れない。だから俺が乗せる。何が悪い」
「別にあんたじゃなくてルドとかスティラとかと乗ってもいいじゃない!」
「クレアが他の男と乗るのは許さない」
「ファリス!」
どこの子供だお前は! って叫びたくなったけど叫んだらまた余計なことを言われそうだったので口をつぐむ。
….別に自惚れてるわけじゃないけど、ファリスが私のことが、その、好きだっていうのは分かってる。つもり。
っていうか、ここまでされて、それでもファリスが自分のことが好きじゃないだろうって思い込んでたら、逆にファリスに悪い気がする。
私は、私は別に嫌いってわけじゃない。誰かと結婚するのならファリスで良かったとは思うけど…好き、なのかどうかは、分からない。
私はハシェンドに向かうのは初めてというわけではないので、なんとなく道は分かってる。どっちにしろ私が指示とか出すわけじゃないから道分かっててもどうしようもないんだけど、ただ少しだけ見慣れた景色になってきたことに安堵した。
見慣れたと言ってもまだあと五日はあるんだけどね。
陽が落ち始めるのと同時に、私達は森から抜けて、休憩場所を探し始めた。あまり目立つ場所で休憩をとると誰が襲って来るか分からない為、出来るだけ茂みとか木とかに囲まれている所を探す。どうしても見つからないのでもう少し進んでみると、茂みに囲まれている場所を見つけたので、そこで休憩を取ることになった。
馬を木につなぎ止めて兵士達がたき火を起こし始める。いつも城の門や部屋の前で警備している者がたき火を起こしている光景は何回見ても少し笑いがこみ上げて来てしまう。
私は出来るだけど笑いをこらえて、火を見つめる。炎を司るものとしては、火を見るとどこか安心する自分がいる。
傍から聞いたらわけがわからないけどね。
夜の闇が濃くなり、空に星が現れ始める。少し温度が下がって寒くなってしまったからか、体がブルっと震えた。
…ショールを持ってくればよかった。少し天気を見くびってたかな。
そう思っていたら、肩にフワッと何かが乗せられ、寒かった腕が包まれる。驚いて何がかけられたのかを確かめると、私の愛用している、紫色のショールだった。
後ろを振り向くと、ファリスがこちらを見ていたため、緑の瞳と視線がぶつかった。静かに私を見ていて何も言わないけど、ショールを持って来てくれたのはファリスだとすぐに分かった。
….こういう所は、すごく、すごく好き。
「ありがとうファリス」
「寒くなることくらいは想定内だっただろう。お前が忘れることも想定内だったがな」
………….。
こういう所はすごく嫌いだけど。
えーえーどうせ天気をみくびってましたよーだ。
プイと拗ねたようにそっぽを向くと、後ろでファリスがクックックと笑い声をあげた。何が面白いのかはさっぱり分からない。
彼から離れる為に移動をしようとすると、
「クレア」
名前を呼ばれたのとともにいきなり後ろに引っ張られた。驚いて私が後ろを向くと、ファリスは唇を押し付けて来た。
......貴様、みんなの目の前でなんてことをしてやがる。
「んーっ!! んーっ!!!」
必死に声を上げてファリスの腕から逃れようとすると、腰に回された腕にますます力がこもる。っていうか後ろからキスされてるこの体制、すっごく苦しいんだけど。
私とファリスの様子を呆然とみている兵士達と、苦笑を浮かべている騎士達。頬を染めてキャーキャーと叫ぶ侍女達の声を聞いて、私はますます彼から離れようともがくけれど、もがけばもがくほどファリスの腕に力がこもる。
しばらくもがいているとやっとファリスは唇を離してくれたが、体は離してくれない。それどころかギュッと抱きついたまま顔を首もとにうずめる。
「ちょ、ファリス、みんなが見てる前でそういうことはやめてくれない?」
顔が火照って来た所でファリスに声をかけるけど、
「やめない」
即答された。
「殴ることはないだろ」
「そこで殴らなかったらあんたはずっと抱きついてたでしょーが」
隣で不貞腐れたように言うファリスからできるだけ距離を取って言う。
でも王妃という立場上、周りを囲んでいる騎士達や兵士達の隣で寝ることはできないので、一応真ん中にいるけれど。寝る体型は、私とファリスが真ん中で、私の隣に侍女達三人が寝る。そんな私達を囲む様にルド達が寝ていて、その騎士達を囲むように兵士達が輪にねる。まあ上から見たら私とファリス、侍女達の周りに輪があって、その輪をまた囲っている輪があるように見える。
私とファリスは外部から狙われる立場なのでできるだけ安全な場所にいないといけない。
「――だろ...」
「しっ。――....ない...――するな」
何人かの男の人の話し声に目が覚めた。
これは、兵士達の声ではない。
でもルド達の声でもない。
瞬時に体が強ばった。
嫌な予感がした。
「ファリ――っ!!!」
隣にいるファリスに声をかけようとした瞬間に口が塞がれ、体が持ち上げられた。