第5話 結婚
目が覚めると真っ先に目に飛び込んで来たのは、椅子に腰をかけているファリスだった。
「っ!?」
驚いて飛び退く。いやいやいや。どうして私と同じ部屋にいるのよ。しかも当然のように椅子に腰下ろしてるし。まあ自分の城なんだから、それもそうなんだけど。
「やっと起きたか」
溜息まじりにいうファリスに私は首を傾げた。
そんなに寝ていたつもりはないんだけど。
「やっと?私どれくらい寝てたの?」
「三時間程だ」
「対したことないじゃない」
「結婚式をあげるためには準備が必要だ。三時間もあれば準備も相当進んだであろうに、お前が寝ているせいでちっとも進まなかった」
「それはそれは悪ぅございましたねー」
不貞腐れたように言うと、ファリスは無言で立ち上がって扉を開いた。私がベッドに腰掛けたままなのを見て、私を見てから扉を見つめた。ついて来いという意味なのか、私は渋々とベッドから降りるとファリスの後を追った。
そんな私の後を扉で見張っていた二人組がついてくる。なぜついてくるのだろうと思って振り向くが、彼らは真っ直ぐ前を見ているだけで私のことは目に入っていない。
そんな私の様子を見てファリスが口を開いた。
「その二人はお前の騎士だ」
「騎士!?」
「そうだ」
「騎士って、え!?」
だって私貴方と結婚する気はないっていったのに....何その王妃扱い。
「あの...いまいち私の意図が伝わってないみたいだけど、私、貴方と結婚する気なんてないわよ?」
「お前が決めることじゃない」
「なんで好きでもない人と結婚しないといけないのよ!」
「こっちの台詞だ」
吐き捨てるように言われて、思わず驚いて黙り込んだ。彼は、自分から私を選んだわけではないのだろうか。
少し悪いことを言ってしまったのかと思い俯いていると、私の騎士であるらしい人が一人小声で話しかけて来た。
「陛下とクレア様は許嫁なので、幼い頃に親同士が勝手に決めた関係なのでございますよ。ですから陛下も自らクレア様をお選びになったわけではないのですよ」
「え、許嫁ってそういうものなの?」
「はい。婚約者の場合はまた違いますが....」
ありがとう、と小さく礼を言うと彼は微笑んでまた前を見た。
うーむ。騎士ってもっと堅いイメージがあったけど、そういうことも教えてくれるのね。でもやっぱり騎士だから護衛とかのためなのかしら。
しばらく歩き回っていると、ファリスが一つの部屋の前でとまった。後ろに私がいるのを確認してからトントンと扉を叩く。『はいはーい♪』と明るめの女性の声が聞こえると、カチャと扉が開いた。
「連れて来たぞ」
「まあまあ! これはまた美しい王妃様でございますね、ファリス陛下! 少しテンションが上がってきましたわ! さあさあ王妃様、こちらへ!」
「え、へ?あ、あの、私王妃じゃないし、いやそれ以前に何をするの!?」
私の悲痛の叫びにファリスが呆れたように目を細めて口を開いた。そんなに説明するのが嫌なのなら別に言わなくていいのに。
「結婚の準備をしていると言っただろう。彼女はお前の仕立て屋だ」
「仕立て屋!?」
「そうだ。いい加減飲み込んでさっさとドレスを作れ」
それだけ言い残してファリスは私を部屋に押し込むと、バタンと扉を閉める。私の騎士二人に何かを言い残して去って行くのが分かる。っていうか、騎士ってずっと側にいる者なのね。
私が正面に向き直ると、少し癖のある金髪を、高いポニーテールに結んでいる私の仕立て屋がメジャーを持って立っていた。ニコニコ顔で。私が少し引きつった笑みを浮かべると、彼女は楽しそうに話し始めた。
「はじめましてでございますね、王妃様。わたくしの名はレイラ・アクティルと言います。王妃様専属の仕立て屋でございますのよ」
「あ、はじめまして....私は―」
「クレア王妃ということは既に承知の上です♪ よろしくでございますのよ♪」
「は、はぁ...」
「さあさあ王妃様! 両手を広げてください! まあまあスタイル抜群ですこと! どんな女性でも羨みますわ、この体! 美しい体型ですわ王妃様!」
なんかものすごく恥ずかしい。っていうかレイラさんテンション高すぎ。
はっ、っていうかあまりにもレイラさんのテンションに流されて王妃じゃないっていうのを忘れてた! っていうか彼女の頭の中では私はもう王妃になってしまってるのね! なんてこと!
結局されるがままで十分近くたつと、レイラさんは目を輝かせたまま一枚の白紙に何かを書き始める。ファリスの言葉に寄ると、結婚準備、ドレス...ドレス? 結婚式で着るドレスか!
「っていうか私結婚する気ないから!」
「ここまで来ておいてなんのご冗談ですか、王妃様」
サラリと流された。しかも紙に書きながら真顔で言われた。
っていうか王妃じゃないんだってば!
「あの、レイラさん?」
「はい」
「結婚式っていつ挙げるの?」
私の質問にレイラさんはキョトンとした。
「今日ですが?」
沈黙。
「はぁあああああああ!!!?」
ああ、もうだめだ。精神的にも肉体的にも無理だ。
こんな豪華なドレスに包まれていて普通だったらすごく楽しいはずなのに今は一向にテンションが上がる気配がない。っていうか隣にいるファリスも大して楽しそうじゃないけど。
チラリと隣を見やるとどこぞの王子様のような服に身を包んでる。外見が外見なだけにその服を来ていると余計に眩しい。
って何を言ってるんだ私は。
目の前には杯のような二つの小さなコップが置かれている。それを置いた神官の手にはとっくりのようなものがある。私から見ると酒をつぐ所にしか見えない。でも酒だったらさすがにシャレにならないし。っていうかそれ以前に私未成年だし。
結婚式は普通の町の中の教会でするものだが、ラキオス城の神官が神殿から出ることは許されていないため、神殿で結婚式を挙げることになっているらしい。結婚式や誕生日も神殿に来て神官に祝ってもらうのが伝統らしい。
結婚式の場合は、全員が神殿に集まり、神官が見守る中で聖なる水を国王と王妃に飲ませ、神のご加護がありまうようにと祈るものらしい。
神とかそういう類いのものを一切信じていない私としては胡散臭い儀式にしか思えない。口に出したら大変なことになりそうだから言わないけど。
神官、クォーリは私とファリスを交互に見てニコッと笑うと杯らしきものに水を注ぎ始める。っていうか見るからに普通の水じゃないよね。それ。トポトポというよりもドポドポという効果音が合っていそうなほどに濃厚そうだよねそれ!?
焦って隣にいるファリスに視線をやるが、全く興味がないように全然違う方を見てる。
くそ、呑気そうで羨ましいよ!
そこで私が何を言いたいのかを分かったのか、隣に控えていた第一騎士のルドが小声で話しかけて来る。
「濃厚そうですが味にはなんの変哲もありませんし、普通に飲んでしまって害はありませんよ」
「え、じゃあなんであんなに濃厚なの?」
「神官様以外は作り方をご存知ないので、そこまでは...」
申し訳ありませんというルドに慌てて謝らなくてもいいよ、と言ってから再び聖なる水らしきものに視線を移す。入れ終わったのか、神官はとっくりらしきものをコトンと置くと私とファリスにそれぞれ杯を渡す。
少し戸惑ってからそれを受け取るが、ファリスは当然のようにそれを受け取り一気に飲み干した。大丈夫そうだったので私も一気に飲み干す。
....確かにルドの言う通り味にはなんの変哲もないけど、なぜか口の中に残る。うえぇ。
私達を見て神官はにっこりと微笑んだ。
「ファリス国王とクレア王妃に神のご加護がありますように」
静まり返っている神殿に神官の声が響き、結婚式は終わった。
......ちょっとあっさりしすぎじゃない?
後からファリスにそれを聞くと、アステルカ家特有の結婚式の仕方で、特に儀式じみたことはしないとのこと。
いや充分儀式ぽかったけどね。
「ということで」
神殿から出た瞬間にファリスが口を開いた。なんのことだろうと彼に視線をやると、彼は口角を上げて私を見つめる。
「今日からお前は俺の妻だ、クレア」
なぜか名前を呼んでくれた瞬間に体中に電撃が走ったような気がした。
その様子を見てファリスは微笑むと、私の頭に顔を近づけて、後頭部にキスをした。
.......キスをした?
「ちょ、何すんのよ!?」
顔が勝手に火照って来る。
ファリスはクックッと笑うと、勝手に城の方へ進んで行く。
そこから私とファリスの生活が始まったのだった。
これで一応過去の話は終わりです。
文才がないので上手く説明できてない所は許してください...!(土下座
ここまで読んでくれてありがとうございます。