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第3話 対面

少し長めになってます。

「ブッ!!」



 目の前にあった微笑が瞬時に固まった。ヤバいことをしたと思った。

 ただでさえ居候の身なのに、調子に乗ると追い出されるかもしれないって昨日悩んでたばっかりなのにっ...!ヤバい! これはちょっと、いやかなりヤバいかもしれない....!!



「し、シフォナ! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

「.........」



 ズババババと土下座体制に入りひたすら頭を下げる少女を、シフォナと呼ばれた少女は無言に見下ろした。固まったままの微笑が恐怖心を煽ぐ。恐る恐る顔をあげると、ものすごい早さで体が放り投げられた。


 ああ、もう、私のバカー.....よりによってシフォナを怒らせるなんて。

 しかもなんか無言で近づいて来る! その笑顔が怖い! 怖いよっ....!!



「クレア?」

「はいぃぃぃ!」



 優しい声が逆に怖い。ヤバい。これは真剣に怒ってる。顔に水を吹き出しただけでそんなに怒らないでよ!



「今のはわざと?」

「めめめめ滅相もございませんのですーーーーっ!!」

「そうよね。あたしに逆らうほどバカじゃないものね」

「はいいぃぃぃぃぃ!」



 瞬時に再び土下座体制に入るクレアと呼ばれた少女をシフォナは見下ろす。いや、見下す。非常に美しい顔立ちをしているが、既に微笑ではなくなった彼女の表情は第三者からしても背筋に悪寒が走る。

 絶対に怒らせたくない人ベストスリーには入るだろう彼女のその様子を、クレアは一体何回見て来ているのだろうか?


 はぁ、と溜息が聞こえてクレアは恐る恐る顔をあげる。コツコツコツという音とともにシフォナが遠ざかり、元々座っていた椅子に腰を下ろした。普段の彼女だったらそこで罵倒をし始める所なのに、なぜ?

 いや、決して罵倒されたいわけではないのだが。



「あ、あの...シフォナ?」

「いいわ。今は貴方と言い争ってる余裕はないのよ。重要な話だから」

「え、あ、うん....あの、もう一度説明してくれない? ちょっと頭の中が混乱状態に陥ってて....」

「きちんと説明してって言われてるからね。ちょっとここ座って」



 我ながらものすごいスピードでシフォナの前に座ると、シフォナは一瞬呆れたように目を細めたけど話しだした。



「だからね。もう一度言うけど。.....水飲まないでね」

「はい」

「貴方には許嫁がいるわ」



 うんやっぱり同じ言葉だ。

 私はさっきこの言葉に水を吹き出して、シフォナ様の顔に吹き出して殺される所だったんだ。くっ、そこまで驚くほどのことでもなかったわ。.....いややっぱり驚くべきことよ。うん。だって初めて聞いたし。

 .....はじめて....




「そうよ! そんな、許嫁がいるなんて初めて聞いたわよ!」

「何がそうなのかはさておき、そりゃそうよ。一度も言った事なかったもの」

「なんで!?」


「面倒くさくなりそうだったから」



 ああ....と私は実際に崩れ落ちる。そうだったそうだった....そういう重要なことは自分に関係なかったらどうでもいいって人だったわ、この人。しかも面倒くさくなりそうだったから? サラリと言ったわよサラリと。

 いや待ってよそれ以前に。



「っていうか、なんでシフォナが私の許嫁のこと知ってるの?」

「貴方のお母様から聞いたのよ」



 あああああああ!!! もうわけが分からない!! 許嫁がいると知らされるわ、同居人はサラリとそれを言い渡すわ挙げ句のはてに母が私じゃなくて同居人にそんな大切な情報教えてるし! 確かに昔からちょっとずれてる人だったけど何それ!? 私の許嫁のことを私じゃなくて一緒に住んでる人に言う!?

 ああもうなんか疲れた。

 ぐったりとした私の様子にシフォナは首を傾げた。



「その様子じゃ何も聞いてないのね」

「何も聞いてないよ....初耳だよ....」

「まあ仕方がないからあたしが説明するわ―」


「頼もう!!」



 シフォナが言い終わるや否や、ドアの反対側からものすごい声が聞こえて来た。










「それで勝手に行ったのか」

「この際仕方がないと思ったのでしょう。僕の説得に応じて昨日じゃなくて今日にしてくれたんですが....」



 大広間に響いたロードの言葉にファリスははぁ、と深い溜息をついた。

 サマヘルカは、結局昨日の夜はロードの説得に応じて城に留まったそうだが、今日の朝は朝食を食べ終わってすぐに城を出て行ったという。それもファリスの許嫁を城に連れてくる為に。

 確かに許嫁のことはなんとかしなければならないと分かってはいたが、まさか彼があそこまで必死だとは思わなかった。再び溜息が出て、ファリスは先程まで目を通していた書類を机に置いた。


 覚悟はしていたことだったが、政務というのは大変な事だった。殆ど一人で全てを処理するため、身体的にも精神的にも疲労が溜まる。幼い頃からそういう状況だったので恐らく一般の人間よりは精神的に強いものだとは思っているのだが、もしも一般人である王妃がこの政務をやるというのなら....精神的に参ってしまうだろうと思う。

 まあ王妃は国王と違って政務は強制ではないのだが、やはり人手が足りない時は彼女も手伝うことになってしまうのだろうか。



「ところでロード。俺の許嫁っていうのはどんな奴だ?」



 ファリスの言葉にロードは目を見開き、彼の隣に立っていたディナルは呆れた様に大きな溜息をついた。



「陛下。そんなこともご存知なかったんですか」



 無感情で問うて来る彼に少しムッとしたが素直に知らないと言うと、今度はロードも溜息をついた。

 許嫁という存在をすっかり打ち消していて会ったこともないのだから、どういう奴なのかは当然ながら分かるわけがない。

 そんな彼の表情を見て、ディナルは少し待っててくださいと言って部屋から出て行く。恐らくどこかにある許嫁についての資料を取りに行ったのだろう。たとえ騎士であっても彼はそういう情報には詳しいのだ。

 三分程でディナルは帰って来ると、ファリスにファイルを渡す。ファリスがそれに目を通しながらもディナルが説明をし始める。



「名はクレア・ロリオンと言います。下級貴族の両親の間で生まれましたが、二人は彼女が七歳の時に両親を深く憎んでいた男に襲われて殺されてしまっています。それ以降は幼馴染みであるシフォナという女性と同居しております。炎を司る能力だそうです」

「炎?」

「はい。下級貴族としては非常に珍しいですね。エレメントを操るとは。上級貴族や最上級貴族、俺達騎士だったらまだ分かりますが....」



 この世界の人々は全員が特殊な能力を持っている。

 自然を操る力があれば触れずに物を動かす力がある。人の心を読む力もあれば、超音波を出す力もある。人それぞれ違う種類の能力を持っていて、その種類は無限といってもいい。同様の能力を持っている人間がいれば、世界に一つしかない能力を持っている者もいる。

 ディナルとファリスが言っているのはこの能力であり、クレアは炎を司る能力を持っている。四大エレメントと呼ばれ、階級が上のもの以外は持っていないと言われる炎、水、地、雷のうちの一つを彼女が持っている。

 非常に珍しいケースだ。


 因みに、ファリスはアステルカ家特有の何かを一瞬見ただけで全てを覚える能力を持っており、ディナルは地を司る能力、ロードは透視能力でサマヘルカは念力能力を持っている。



「.......ほかの情報は」

「はい。非常に強気でなんでもはっきりという、裏表がない性格だそうです。王妃にはうってつけの性格ですね」

「俺が一番苦手な性格だ」

「そんなこと言われましてもどうにもできません」

「分かっている」

「因みに非常に綺麗な容姿ということも聞いておりますが」

「.....そうか」



 その瞬間ファリスの目に少しだけ生気が戻ったことをディナルは見逃さなかった。

 やはり陛下も男だと再認識させられた時だった。

 その時、



「陛下!サマヘルカ様が陛下の許嫁を連れて来たと―」

「陛下連れてきましたよ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「まあせいぜい頑張ってねクレア」

「シフォナーーっ!!」



 兵士の声が聞こえたと思うとサマヘルカの未だに少し怒っている声がして、その後に聞き覚えのない少女二人の声がした。

 ファリスが立ち上がると同時に扉が開き、兵士を入れた四人が入って来る。兵士は一度深く礼をしてからすぐに部屋から出て行く。サマヘルカは長い黒髪を腰まで伸ばしている少女の腕を強引に引っ張りながらファリスに近づいて来て、その後ろをおかしそうな笑みを浮かべながらもう一人少女がついてくる。引っ張られている少女は何がなんだか分からず困惑した表情を浮かべている。

 やはり彼女は自分に許嫁がいることに関しては不満なのか。


 サマヘルカはファリスの足下まで少女を連れて来ると、やっとのことで彼女の腕を離した。余程痛かったのか少女はサマヘルカを睨みながら腕をさすっている。するとそこで思い出したようにはっとして、自分の方へと視線を移す。

 綺麗な紫の瞳と目が合う。


 ファリスは思わず視線をずらすと、口を開けた。



「はじめましてだな。俺がファリス・アステルカ。お前の許嫁だ」



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