第27話 解毒剤
予定より遅れてしまった;;
すみませんorz
「く、レア、様」
絞り出す様な声が聞こえたけど、それがルドから来た声なのか、スティラから来た声なのか、それともシラからきた声だったのか、それすらも分からなかった。目を見開いたまま身体を射抜いた矢に視線を落とした。身体が前へ倒れているけど足に力が入らない。手に力が入らない。口すら開かない。開けても、苦しむ声しか出てこない。
「おう、ひ、さまっ...!!」
何が、どうなったの?
「クレア様!!!!」
目の前が、闇になった。
クレアが倒れ込む寸前に、駆け寄って来ていたルドとスティラが彼女を受け止めた。その後ろでシラが口元を覆いながら、目を大きく見開いて立ち尽くしている。
「クレア様! クレア様!!」
彼女を受け止めてから、無事にクレアがスティラの腕の中にいるのを見て、ルドは剣を勢い良く抜くと、右に顔を向けた。スティラとシラが何一つ言う前にスッと目を細めてから、ルドは漆黒の闇にしか見えない方向に剣を放り投げた。
「ギャッ!」
男の声が上がり、スティラが驚いて目を見開いている間にルドがその方向へと歩み寄って行く。歩調はゆっくりだが、確かな怒気が込められているその雰囲気に、スティラが焦った。
このままでは、あの男を殺すかもしれない。
「シラ!!」
「は、はいっ!」
口元を覆ってただ立ち尽くしていたシラにスティラが振り向いた。
「すぐに城内に入って陛下をお呼びしろ!! 早く!!」
「は、はいっ!!!」
シラが駆け出していき、騒ぎを聞いた兵士達が自分達の方向へ走りよって来ていた。身体を射抜かれている血だらけのクレアと、彼女を抱えている為に血だらけになっているスティラを見て、二人の目が大きく見開いた。
「王妃様!!」
「なんてこと...っ!!」
それから二人がはっとルドの方向に顔を向けてから、スラッと剣を懐から抜いた。庇う様にクレアとスティラの前に立って、誰かを掴みながら闇から出て来るルドを待った。
シラが場内に駆け込んだ時、城の中は闇に覆われていた。かすかな光を放っているたいまつを掴むと、スカートを掴みながら一目散に走って行く。夜が活動時間である侍女何人かが驚いて自分を見ていたが、そんなことは気に留まらない。
遠く離れていたわけではないのに、ファリスの部屋につくまでの時間を永遠に感じた。乱暴にたいまつを壁にかけてから、シラは断りもなしに勢い良く扉を開け放った。
ベッドからその開く扉を見ていたファリスの目が見開いた。
「...シラ..っ!? 何をして—」
「ファリ、ス様、ファリス様、早く、早く来てください!! おうひ、王妃様が、王妃様が討た、討たれました!! 早く!!」
「っっ!?」
ガバッとファリスが勢い良く起き上がり、血の気が引いたシラの顔を見てベッドから飛び降りた。立てかけてあった剣を掴んでシラを押し倒す勢いでそのまま部屋から走り出て行きながら、後ろを振り返った。
「シラ、全員を、全員を叩き起こせ!!!」
「は、はい!!」
駆け寄って行くシラを確認してからファリスは走りだした。
クレアが、討たれた。
何に。
一体何に討たれたというのだ。
この安全の城の中で、庭で。
ルドとスティラがついていながらも、
どうやって。
ドアを突き破る勢いでファリスが外庭に転がりだした。
全員がファリスの登場に顔を上げて驚いて彼を見つめた。後ろからも徐々に人が集まりだしているのが聞こえる。何人もの人の焦った足音が聞こえて来る。
しかし、ファリスには何も聞こえていない。
「陛下...!」
兵士の一人が自分を呼ぶ声も耳に入らない。
一人の男を引っ掴んだままクレア達の側に立っているルドさえも目に入らない。
ファリスの目に移っていたのは、血だらけのスティラに抱かれている、自分の最愛の妻の姿だけだ。
「クレア...!!」
自分でさえもどうやって声を出せたのか分からない。今の状況で、この、何も感じていない状況で、一体どうやって声を発することができたのか。どうやって彼女に歩み寄ったのか。
ただひたすら顔から色が抜けて行くクレアを見て、どうやって動いたのか。
気づいたらファリスはクレアの前に跪いていた。まるで壊れるものに触っているようにそっと彼女の頬に手を滑らせたが、温かさもなにも伝わってこない。苦しそうに小刻みな呼吸を繰り返すクレアを見て、全てが絶望的になってくる。
「すぐに治療にかかれ! 傷を癒す者がいるならすぐに来い!! 早く!!」
「はっ!」
「はい!」
後ろで人の声が交わったが、それでも尚、ファリスはクレアから目を離せずにいた。そから瞼を震わせながらクレアを見下ろしているスティラとルドを見上げた。肩から血を流している男を掴んでいるルドに向かって目を細め、腕の中にいるクレアと同じくらいに顔が蒼白になっているスティラを見た。
「どうやって、討たれたのだ」
普段よりも数段低い声に思わずスティラの肩が揺れた。
「わ、分かりません。突然どこからもなく矢が—」
ガッとファリスがスティラの胸倉を掴んだ。
「陛下!」
「お前達がついていながらもどうやって討たれたのだと聞いている!!」
「っっ!!」
ルドが呼ぶ声とファリスの怒声が響き渡り、思わず全員が驚きで動きを止めた。
キッと眉を寄せてスティラの胸倉を掴んだまま、ファリスは今にも剣を抜きそうな勢いで彼を睨みつけた。抱いているクレアから腕を離さずにその危険を感じ取ったスティラが大きく目を見開き、ルドが掴んでいた男を兵士二人に投げつけると慌てて二人に駆け寄った。
「陛下!」
「守れと言ったはずだ! 何があっても側を離れるなと、言ったはずだ!」
「離れたつもりは—」
「お前達はクレアの第一騎士と第二騎士だ! なぜ、」
キッとファリスが兵士に捕らえられている男をまるで殺す勢いであるかのように睨みつけた。
「あんな男の矢を許した!!」
グッとなおも胸倉を掴んでいるファリスの拳に力が込められた所で、落ち着いた声が響き渡った。
「陛下」
ルドの声ではなかった。もちろんスティラの声でもない。
自分の周りにいる人達の中で、この状況と自分を見てそんな落ち着いた声色を出せる者は一人しかいない。ファリスは瞳に怒気を込めたまま後ろを振り返ると、予想通りの人物が立っていた。
ディナルはロードを一歩後ろに控えさせたままファリス達の側へ歩み寄って来た。そのままファリスを止めようとしているルド、胸倉を掴まれているスティラ、意識をなくしてスティラに抱かれているクレアを見て、目を細めた。
それから再び口を開く。
「ルドとスティラを叱っている暇などないでしょう。今は王妃様の治療と、その男の尋問が先決です。二人に説教をするのはこの後でも充分出来ます」
「...........」
無言になったファリスを真っ直ぐと見据えたままディナルが言い放った。ファリスは黙り込んでしばらくスティラの胸倉を掴んだままだったが、やがてスッと彼のシャツを離す。解放されたスティラがシャツは直さずにクレアを見下ろすと、ファリスが立ち上がった。
「....すまない、スティラ、ルド。取り乱れてしまった」
「...いいえ。その気持ちは充分理解しておりますので」
「........クレアを中へ運んでくれ。すぐに治療に当たる。その男に関しては、」
ルドに剣をつきつけられたショックからか、失神している中年の男に向かって目を細めた。
「ゆっくりと問いつめることにしよう」
ラキオス城には当然のように医師が存在する。しかし、医師といっても傷を癒す能力を持っている者の集まりであり、特に一般人のように包帯をグルグル巻いたり、止血をしたり、などという作業をやることはない。しかし、医学の知識を持っていることは最低条件であるため、殆どの人物は普通の医師の治療も施すことが出来る。
いまだ意識が戻りそうもないクレアをベッドに横たわらせ、傍らでは二人の男性と一人の女性が控えていた。三人とも、このラキオス城に住んでいる医師の中で最も優秀である人達だ。
二人の男性はクレアの傷口の周りにある血を拭き取っており、女性の方は傷口の上に手をかざしていた。かざされた部分が青白く光っており、よく見ると傷口も徐々に小さくなっていっている。
しかし、同室にいたクレアの騎士二人が安堵を込めた表情をした瞬間、女性の手が揺らいだ。それと共に青白い光も揺らぐ。
鋭くそれを見たファリスは目を細めると、女性に顔を向ける。先程まで集中していた表情に僅かに困惑した色が現れていた。
「....何が問題だ」
「えっ」
低く問いかけたファリスに女性が心底驚いて顔を上げると、血を拭き取っていた男性二人もファリスに視線を向けた。それから傷口に視線を移し、目を見開いた。
「....これは...」
「.....なんということだ」
男二人の声に女性が小さく頷いた。
「はい...」
「何が問題だと聞いている」
ドスの聞いたファリスの声に左側にいた男が彼の方に振り向いた。
「...それが、王妃様の傷口を塞ぎ、消毒するだけでは容易に王妃様の容態は元に戻ることはありません」
「....何だと?」
ファリスがスッと目を細めると、男は冷や汗を書きながら言葉を紡いだ。
「王妃様を貫いた矢の先には、毒が仕込まれておりました」
「!」
部屋の中にいた全員が驚きの声をあげた。申し訳なさそうにクレアの治療を続けている男と女が頭を下げた。
男の発言にファリスは口を閉ざし、そのままじっとクレアを見つめた。
「....どれくらい、強力なんだ」
「...非常に強力です。もしも我々が治療をはじめたのが一歩遅かったら、間に合わなかったかもしれません」
「...........」
「我々はあくまでも傷を癒す能力を持っているだけです。傷を癒す早さは陛下も知っての通りこのラキオス一の早さですが、毒を抜くことはできません。我々の力では、毒の進行を食い止めることはできますが、完全になくす事は不可能なのです」
「そんな...っ! なんとか毒を抜く方法はないんですか!?」
シラの悲痛の叫びに、男の眉が寄った。
「....毒を抜く方法は解毒剤を作るしかありません」
「...それは時間がかかるのか」
「かかります。我々が一睡もせずに作り続けたとしても三日はかかります」
「三日だと...」
「この毒でなければもっと早く作り上げることができるのですが...。何せここまで強力ですから解毒剤にもそれ相応の時間がかかるのです」
「..........」
クレアを見下ろしたままファリスは眉を寄せた。
クレアを射抜いた矢は彼女の右の肺を貫いていた。応急処置でなんとか息が出来る様になっていたが、それで毒が回ってしまったらまるで意味がない。三日かけて解毒剤をつくったとしても、それはこの三人だからできることであって、この三人が解毒剤を作っている間にクレアの身体に毒が周りのを食い止めるほどの実力者は存在しない。
なんとか、なんとか解毒剤を作るスピードを上げることができれば—
「!!」
そこでバッとファリスが顔を上げた。心配そうに彼のことを無言で見つめていた周りの人達がつられて目を見開いた。
「陛下?」
突然のファリスの顔つきの違いに、戸惑い気味にディナルが声をかけたが、ファリスは何も聞こえていないかのようにただ一点を凝視していた。しかし、先程までの絶望的な表情と違って、なんだか顔に生気が戻っているような気がしてならなかったのだ。
ファリスは腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がると、ディナルに向いた。
「ディナル」
「はっ」
「レイラとクリスに連絡はつくか」
「は?」
予想外の人物の名にディナルだけではなくこの部屋にいた全員が度肝を抜かれた表情を浮かべた。なぜなら、双子の兄妹であるレイラとクリスは、クレアとファリスの専属の仕立て屋であるからだ。
仕立て屋ということは当然のように二人の服をつくるのが仕事ということになる。レイラはクレアの、クリスはファリスの服をつくる。
そんな二人を、こんな緊急事態になぜ呼ぶかはファリス以外には理解不能だった。
「...陛下? 正気ですか?」
「正気だ。クレアに死んでほしくなければさっさと呼べ」
「.......了解、しました」
小さく頭を下げてからディナルは隣にるロードに頷いた。ロードが頷き返し、部屋から飛び出した所で、ディナルは笑ってはいないものの満足そうな顔をする国王を見た。
「....それで、レイラとクリスを呼んでどうなさるおつもりですか?」
その部屋にいる全員の疑問を代弁してディナルが聞くと、ファリスは再び椅子に腰を降ろしてから話だした。
「お前達はレイラとクリスの能力を知っているか?」
「...それは、まあ、知ってますが」
ディナルの曖昧な返事にしかし、後ろではっとした声が聞こえた。ファリスを含めた全員がその声に視線を移すと、シラが口元を覆いながらファリスを見ていた。
しかし、その瞳がどこか輝いていることから、ファリスが二人を呼んだ意味を理解したのかもしれない。
「まさか、二人の能力で...!?」
「...そうだ。一人ならともかく、同じ能力を持っているあの二人が解毒剤作りに励んだとしたら、」
何の事かさっぱり理解していない様子の医師達を一目見てから、
「きっと三日よりも早く出来上がるはずだ」
クリスの名前は初登場か? と私自身も思ってたんですが、読み返すと地味に名前が出てました。よかった。なんだかすんなりと名前が浮かんだなぁ、と思ったんですよね。
二人の能力に関しては最初の方じゃないときっと分かるのは無理、だと、思います。すっごく分かりづらいんですけど一応能力を発揮してます....。
今後の更新ペースについて活動報告に記事を残しましたので、詳しくはそちらへどうぞ。
ここまで読んでくれてありがとうございました^^