第25話 手紙
目を開けて瞬時に視界に飛び込んで来た顔にびっくりしてから昨日のことを思い出して顔に一気に血が昇った。
なんてことをしてしまったの私! あまりにも昨日のファリスの機嫌が良かったから流されそうになった自分を止めて一人で部屋に戻って来たのに...っ!
夜になってからすぐにファリスが入って来てすっっごく嫌な予感がしたから寝た振りをしたのに狸寝入りがファリスに通用するわけがなかった! バカだ私! おまけにその後結局ファリスを止めようとか思わなかった私はもっとバカだ!
しばらく百面相を繰り返してからはっと昨日の出来事を思い出してファリスの顔をじっと見つめた。
なんだか、聞きたいような聞きたくない様な気もするけど....ラキオスのことを思うなら私情は挟んじゃいけないからなぁ...。
「ファリス」
名前を呼ぶと瞬時に目が開いた。
....やっぱり起きてたか。
「ああ、おはよう、クレア」
「お、おはよう。いや、じゃなくてちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
ゆっくりと私の腕をなぞりながらファリスが微笑を浮かべた。それから私の鼻にキスを落とす。
いや、別にそれはそれでいいんだけど意味わからん。
「あ、あのね、レズリーさんからの手紙は、なんて書いてあったの?」
再び愛撫をはじめようとするファリスの手を慌てて引っ掴んで聞くと、瞬時に彼の動きが止まる。予想していたとはいえ、瞬時に固くなった表情に、聞いてしまったことをちょっぴり後悔した。ちょっぴりね。
深く溜息をついてからファリスは目を瞑って私を抱き寄せた。
おいおい。
「あのー...ファリス?」
「今日、城の者を集めて説明をするつもりだ。お前もちゃんと来い」
「言われなくても行くけど...」
「...そうか」
そりゃあね。だって大事なことだし。レズリーさんのことを聞いてしまったからにはいい話ではないんだろうなと予想はしてるけど。だって結婚までする予定だった相手に許嫁がいたとなれば、その人の元から去ったとしても到底許すことなんてできないだろうし。ファリスにたいしても暴言とか吐いてそうな手紙だよなぁ。
考え込んでいるといきなりファリスが私を放して起き上がったので、驚いて我に返った。
「ファリス? 起きるの?」
「ああ。昨日の政務が溜まっているし、クレアには悪いが起きることにする」
「悪くないし。....だから政務が終わるはずないって昨日言ったじゃん」
「すぐに終わる」
「そりゃそうだけど...」
ファリスの能力は、一瞬でも見た、聞いた、感じたもの全てを忘れることはない能力だ。だから資料とか一度読んでしまえば何回も読み返すことはせずに済むし、一度頼まれたものや頼んだものを忘れることもない。それ故に膨大な量があるにも関わらず、政務は他の国のどんな首相よりもすぐに終わる。
だけど他の国と違って一度区切りがついても一時間も休んでしまうとすぐにものすごい量が溜まってしまうから朝早く起きて政務をやるのがファリスの日課なのだ。
私の額にキスをしてから部屋を後にするファリスの後ろ姿をじっと見つめてから私も起きようかと思ったんだけど、ふと窓の外の町が目に止まって私も動きを止めた。
....気のせいだろうか。光輝く薄紫に銀色の髪をした何かが、下に見える町を通ったように見えた。
ガチャ、とドアを開いて寝間着のまま部屋から出ようとして、ドアの両脇から驚いた気配が漂って来て交互に右と左を見た。
ルドとスティラが立っていた。
...........。あれ...?
いや、二人が私のドアの所で待機してるのはいつものことなんだけど、なんだか非常に気まずそうに私のことを見てるから困惑してしまった。何かあったのかな。またレズリーさん関連? いやいやでもそんなことが起こったら普通に考えて私に教えてくれるだろうし。
スティラはともかくルドはね。
「...二人とも? 大丈夫?」
「は、ええ、ほい。大丈夫ですが、クレア様こそなぜそのようなことをお聞きに?」
....いや。スティラ今、噛んだよね?
全然気づいてねーし。ルドも無言に頷いただけだし。え、何? ほんとに何? ここにいるのっていつものことだよね? 何か変なことでも起こ、
.......。
待てよ。
いつもの、こと? いつもここにいるってこと、だよ、ね。つ、まりは、昨晩もここに立ってい、た。
昨晩も。
グワッとものすごい勢いで顔に血が昇って、そんな私を見てルドとスティラもほんのりと頬を染めた。
しまった....っ! 本当にしまった! 二人がここにいることをすっかり忘れていた。基本的にはお互い交代をしながら夜遅くまでここにいるんだけど、殆どの場合は私が二人に睡眠を取ってほしいから部屋に追い返すのが定番だ。
だけど昨夜はファリスが部屋に来てしまったから追い返すことはしなかったんだ。
ほんとにバカだ私...!!
「ごめん! 二人ともごめん! ほんと今夜からは私に言われなくても部屋に戻っていいから、いやぁあああああ! もうごめん!! ほんとごめん! ほんっっとにごめん!」
「え、いや、クレア様落ち着いて!」
「それに勝手に部屋に戻るなど、騎士として言語道断です。何があろうとクレア様に言われるまでここを離れるわけにはいきません」
とかいう割には明らかにほっとした表情してるよな、二人とも。
それにしても恥ずかしい! 恥ずかしいよ!
「と、とにかく私は朝食を食べにいくから二人ともついてきて」
「「はっ」」
あり得ない。なんてことしてしまったの私。本当にっ!
その日の午後。
朝言っていた通りにファリスは城の者を大広間に集めた。王妃ようの椅子に座りながら皆を見回したけれど、明らかに全員ではない。
「ファリス、どうして全員いないの?」
「....今回集めた者達は六年前からここにいる者だけだ。レズリーを知らない奴にレズリーの説明をしても意味がないだろう」
「...なるほど」
言われてみればそうだ。ということは今城に在住している人達が全員レズリーさんとファリスのことを知っているわけじゃないってことか。それで知っている人にだけ教えるっていうのも頷けるけど、だったらレズリーさんのことを知らない人達は一生知らずにここで暮らして行くってことなの? ずいぶんと重要な出来事だったと思うんだけどな。
「皆、よく集まってくれた」
ファリスの呼びかけにザワザワと話をしていた者達の声が小さくなって行く。
完全に静かになってから再びファリスが口を開いた。
「ここへ集めたのは他でもない、ティマ大陸首相のシヨン・リグリー殿の秘書であるレズリー・マクライド殿から手紙を受け取ったからだ」
はっ、と全員の顔に同じ困惑と驚きの表情が表れた。それからザワザワとお互いに話をしてから、何人かが私の方をチラチラと見るのが分かる。
....そうか。レズリーさんの話を私が知ってるのを知ってるのは極数人。だからレズリーさんの話が上がってなぜ私がここにいるのか理解できない人がいたとしても不思議ではない。
その様子を見て、隣にいるファリスの裾をくいっ、と引っ張った。
「ね、一言だけ言っていい?」
「...ああ、構わない」
何が言いたいのか分かってるのかな。ファリスだし分かってるだろうな。
こほん、と小さく咳払いをしてから息を吸った。
「皆さん」
瞬時に全員の話し声が止み、私が何を言うのかを興味津々に待っているのが分かった。だけど中には心配そうな表情をしている人もいて、その様子に苦笑を浮かべてしまった。
ここの人達は、本当に私やファリスのことを大切にしてくれる。
「レズリーさんのことは既にファリスやサマヘルカ、ルド、スティラ、ディナルとロードまでもから聞いているわ。そんなに心配をしなくても彼女が誰なのかは分かっているから、気を遣わないで」
全員の目が大きく見開くのがここから見えた。だけども私がそのまましっかりと前を向いていると、私の言ってることが本当なのだと分かったのか全員が頷いたり微笑を浮かべたりと優しげな表情になった。
そこで、
「レズリー様の話を聞いて、王妃様はどう思ったのです?」
そんなに大きな声ではなかった。下手すればみんなの話し声の中で埋もれてしまうような声だったかもしれない。だけど、しっかりと全員の耳にその質問は届いたのだ。
声がした方に視線を移すと、ぐっと両手を身体の前で握りしめて、短い茶髪を揺らしながらこちらを見上げる女性がいた。
「....シラ...」
シラのことは既にルド達から聞いていた。六年前、毎日すかさずレズリーさんの世話をしており、城の者でも特に彼女のことを好いていた侍女だ。昔はファリスの世話をしていたこともあって、世話係の腕前は天下一品だというのも知っている。ファリスもとても彼女のことを信用していて、生活面ではなくてはならない存在だと言っていた。シラ自身もファリスとは近く、唯一彼のことを『陛下』ではなく『ファリス様』と呼んでいる。
私自身はあまり彼女と交流はないけれど、レズリーさんが去ってから再びファリスの世話を任されたことは知っており、ファリスの部屋に行くと度々そこでベッドのシーツやらテーブルのコップやらを片付けている姿を目にした事がある。
会話を交わすことも殆どなく、強いていえば『あら、おはようございます、王妃様。今日はよい天気ですね』『おはよう、シラ。うん、すごくいい天気よね。あ、ファリスはいる?』『今はいらしておりません』『政務室にいるのかな?』『おそらくそうだと思います』『そうかー。ありがとう』『いいえ』『仕事も程々にね』『ありがとうございます』程度の話だ。
とても礼儀正しくて私も好印象を持っているんだけど、昔からどこか距離を置かれていた気がする。
その原因が、レズリーさんを慕っていたからなのだと、この瞬間に思った。
「....別に。怒りはしたけど、それ以外は特に...」
「....そうですか。怒りましたか。それはなぜ怒ったのです? ファリス様が本当のことを話してくださらなかったからですか? それとも王妃様よりも前にレズリー様という女性がファリス様と関係を持っていたからですか?」
「!」
「シラ!」
私が驚いて目を見開くのと同時に隣からファリスが鋭くシラの名を呼んだ。そこに込めてある意味を知りながらもシラは私やファリスから目線を逸らさなかった。
「答えてください、王妃様」
「シラ、いい加減にしろ」
「王妃様」
「シラ!」
「いいの、ファリス」
私の言葉に、いいものか、とファリスがこちらを睨みつけたのを分かったけど、私はただ真っ直ぐとシラを見つめた。それからその瞳に込められているものを見て、目を伏せてしまった。
...ああ、シラは、悔しいんだ。
あれだけ王妃という器にぴったりだったレズリーさんが、ファリスに許嫁がいたからここに残ることが出来なくなって、ファリスに許嫁がいたからレズリーさんが城から去って、ファリスに許嫁がいたから、私がいたから、レズリーさんが王妃になれなかったのが、悔しいんだ。
私のことがレズリーさんにバレて、それでレズリーさんは怒って出て行ったのに、同じく嘘をつかれていた私がなぜ同じことをしないのか分からなくて、悔しいんだ。
「....どちらに対しても怒っただけよ。レズリーさんを失ってしまったように私を失うことを怖がっていたここのバカな王と、本当のことをずっと隠し通すつもりでいた大バカな王に、怒りをぶつけただけ」
「....おい」
「どうしてレズリーさんは出て行ったのに私が出て行かないのかがわからないんでしょ?」
問いかけると、一度躊躇ってからシラは頷いた。
「単に違っただけなのよ。ファリスの隠していたことが、彼女には大きすぎて、私には、そこまで大きくなかっただけ」
「っ........」
シラが口を開いて再び何かを言おうとしたが、それ以上何を言えばいいのか分からなかったのか、それともただ単に諦めたのかは分からなかった。それでも強く握りしめていた両手から少し力が抜かれているのを見て、小さく微笑んだ。
「....もうよいか、シラ」
「...はい。申し訳ありませんでした」
顔を伏せて言うシラにファリスは頷いてから、全員に顔を向けた。
「レズリー殿から受け取った手紙は、現在俺とシヨン殿が考え中である、ラキオスとティマの合併話しのことだ」
殆どがこの話が初めてであるため、ザワザワと全員の話し声が大きくなった。
「レズリー殿と俺の間で何が起こったのかを知っている皆のことだから予想はついていると思うが、レズリー殿はこの話をかたくなに拒んでいる。シヨン殿から承諾は得そうだとはいえ、レズリー殿が拒めば彼も考える所があったようであり、彼に代行して彼女が手紙をよこしたのだが、」
そこで一度言葉を止めて溜息をついてから、ファリスは言葉を続けた。
「何がなんでも俺達を止め、必要ならば戦争も始めると」
久しぶりでございます。
二ヶ月以上経ってますよねいやもうほんとにごめんなさい。言い訳をするつもりではないのですが、なんだか忙しい日々が続いておりまして、なんだか知らないけどインターネットの接続も悪くなってしまって何がなにやらorz
今回はなんだか長めになりましたが、出来れば毎回このくらいの長さで話を書きたいと思ってます。だけど私の言葉はあまり信じないでくださゴフッ。
長い間書いていなかったのにお気に入り登録してくださった皆様、感想・評価をくださった皆様本当にありがとうございます!!
遅れてしまって本当に申し訳ありませんでした!
ここまで読んでくれて誠にありがとうございます!><