第19話 滞在地
「....あの、」
後ろからかけられたか細い声に、ファリスとディナルが同時に振り向く。女性が美しい顔を困惑した表情に歪ませ、言いにくそうにこちらを見ている。
一度ディナルと見合わせてから、なんだ、と声をかけると、彼女はもう一度躊躇ってから口を開いた。
「王様なのに、あんな態度を取っちゃってごめんなさい。あ、誠に申し訳ありませんでしたっ」
それから手を合わせてペコっと頭を下げる。
....ベンゾラ大陸では見た事のない動作だが、恐らくティマ大陸では、謝る時に使うのだろう。新しい発見にファリスは一瞬だけ笑いを零した。
「気にしなくていい。敬語も止めてくれ。はじめて言われた言葉が『あんた』だと、君の口から敬語が出るのも変な気がするのでな」
「...えっ」
「陛下!」
驚いて声を発する女性と、厳しい口調で言いつけたディナルの言葉が重なった。
ディナルの言葉を気にせずにファリスがヒラヒラと手を振った。それから歩き続ける彼の後を慌ててディナルが追う。女性は困惑したまま、ついて行った方がいいのかやめた方がいいのかを迷い、その場所に立ったままだ。
追いついたディナルが険しい顔つきでファリスに話しかけた。
「陛下っ! 貴方に敬語で話しかけない人物など、先代国王と皇太后様以外には認められておりません!」
「今は俺が王だ。誰がどういう風に俺に話しかけるかは俺が決める。———何をやっている?」
ふと後ろに足音がなにのに気づき、クルッと振り返ると、女性が灰色の瞳を驚きで見開いた。
「...何、って...」
「そこに立っていたらまた絡まれるだけだぞ。ついてこい」
「陛下!」
「良いだろう。行く場所がないみたいだし、とにかく俺達に付いて来たらどこかを見つけられるし」
「...そ、それはさすがに申し訳ないわ! 助けてもらった上に、止まる場所まで探してもらうのは....」
ファリスに言われたからなのか、ディナルに一睨みされながらも敬語で話しかけずに女性が言うと、ファリスは困惑した表情で彼女を見つめた。
「ではどうやってやっていくつもりだ? ティマ大陸から遥々やってきたということはしばらく帰る気はないのだろう? 泊まる所がなかったら困るじゃないか」
「えっ、どうして私がティマ大陸の人間だと知っているの?」
「髪の色を見れば分かる」
ファリスの発言に、女性は心底驚いたように目を見開いた。
「...ベンゾラ大陸では他の大陸のことまで勉強するの?」
「俺は王だから教え込まれているだけだ。何よりも俺には能力があるのでな」
「能力?」
「.............聞いていないのか?」
それこそ普通勉強するだろうという様子でファリスが聞くと、女性はフルフルと頭を横に振った。
その動作にファリスとディナルが信じられないとでもいう風に視線を合わせる。
ベンゾラ大陸では全ての人々が何かしらの能力を有している。
それはベンゾラの中のどの国でも同じで、能力を持っていない人物は存在しない。もし誰かが持っていないとすれば、その人物は他の大陸から来たとしか思えない。
ラキオス城には、ジェシカという、ファリスよりも二歳年下の女性がおり、彼女は生まれて間もなく親にラキオス王国に連れてこられ、以来はここで生活している。そのためラキオスを故郷だと思っているが、能力がないために幼い頃いじめられることもよくあった。
彼女がラキオス城に住んでいる理由は、同じくティマの住人であった彼女の母親がラキオス城で宰相サマヘルカの秘書として務めていたためである。
ラキオス城で生活している人々は、城での仕事があるか、そこで仕事をする者の血縁であるかだ。
ジェシカの母親は非常に優秀であり、非常にサマヘルカに信頼されているため、娘であるジェシカもなんの苦もなくそこで暮らしている。
ジェシカの母親のソフィーに聞いた所、ティマ大陸でもベンゾラ大陸の勉強をすると聞いていたが、それも何年も前のこともあり、今では勉強方法が変わって来たのかもしれない。
歩き続けながら女性に自分の能力と、能力全体の説明をすると、彼女は面白そうに瞳を輝かせて聞き入っていた。
説明をし終わり、少しの間沈黙に包まれた後にファリスがふと女性に視線をやる。
「....ところで、君の名を聞いていなかったのだが」
「..そうだったかしら...」
「ああ。俺はファリス・アステルカだ。ラキオス王国の国王を務めている」
改めて紹介され、女性は何回か瞬きをしてから自分の名を名乗った。
「私は、レズリー・マクライドよ」
「......政務を放ったらかしてどこへ行っていたんですか」
「町へ散歩だ」
「散歩なんてしている場合ですかっ!!!」
城の中に足を踏み入れた瞬間、真っ黒なオーラを背負っているサマヘルカに出迎えられた。いつものように傍らにソフィーがいないのを疑問に思ったファリスだったが、そういえば、彼女は毎年この時期になるとジェシカと共に一度ティマ大陸に帰るのを思い出した。
船で一ヶ月以上もかかる長旅の上に決して安い金額で行けるわけでもないのだが、一般家庭に比べたら非常に裕福であるソフィー達は金の文句は一切言わずに毎年ティマ大陸に行くのだった。
ファリスは勘弁してくれ、とでもいうように手をヒラヒラと振ると、サマヘルカの隣を横切った。サマヘルカが何かをいうために口を開くが、その後ろをディナルとレズリーがついて行くのを見て、動きが止まる。
「....陛下。今すぐお待ちください」
「なんなんだ一体。少し外に出たくらいでカリカリしなくてもいいだろう。政務は殆ど終わらしているじゃないか」
「そうではございません」
「は?」
眉を寄せて問うファリスを一瞬だけ見てから、サマヘルカはレズリーに視線を移した。
ファリスもその視線を追うと、ああ、と納得の声を出す。
「彼女とは先程町で会った。行く宛てがなさそうなので城に招いただけだ」
そう。レズリーは先程まで宿を探していたが、やっと探し出せたと思うとレズリーはベンゾラで使える金はなかったのだった。
ベンゾラで使う金の単位は『ベル』と言う。六年程前までは『ジョン』という単位の金を使っており、それはティマ大陸でも使われていたが、『ベル』に変えたのはベンゾラ大陸だけであり、ティマでは変えられていないのだった。
つい最近になって『ベル』が使われるようになったらしいが、大半の人々は未だに『ジョン』をつかっているため、レズリーもベンゾラでは使えると思っていたらしいのだった。
ファリスの言葉を聞いてサマヘルカの眉が引きつる。
「...見ず知らずの女を城に連れ込んで...もしも彼女がどこかの組織の刺客だったらどうするおつもりですか!?」
「刺客? 彼女が刺客だとすれば俺が彼女を城に招くことを予想済みで俺に近づかなければいけないだろう。それになんでわざわざティマ大陸の人間を刺客にするんだ」
「罠という考えはよぎらなかったのですか!」
「サマヘルカ。お前は少し人を疑いすぎている。そもそも俺が王になって刺客など現れたことは一度もないし、俺が父上と母上と一緒に会談をしていてもディナルとロードが一日中かかさず護衛をしているんだから平気だ。いざとなれば俺だって自分の身を守れる」
「陛下!」
「お前は仕事に戻れ、サマヘルカ。ソフィーがいなくて仕事を片付けるのが余計遅くなる前にな。こっちも迷惑するんだ」
「へい—」
「よろしく頼んだぞ」
「へいかーーーーーっ!!」
サマヘルカの言葉をことごとく無視してヒラヒラと手を振ると、非常に心配そうにやり取りを見ていたレズリーに視線を移した。こちらを見ていた彼女の目とばったり視線が合って、思わず逸らしてしまう。
なぜか、あの美しい瞳を直視することができない。
「レズリー、ついてこい。部屋を用意しよう」
呼び捨てにされて、レズリーが驚いている間にファリスとディナルは既に歩き始めており、彼女は急いで二人の後を追った。
「...........」
紹介された部屋の説明を聞いて、レズリーは無言になって固まった。横にはそんな彼女の様子を不思議そうにみているファリスと、呆れた表情のディナルがいる。
部屋は非常に広く、レズリーが三人いても余裕で寝られるほどに広いベッドの反対側にはテーブルが一つ置いてある。椅子も二つあり、横にある棚の上にティーカップやいろいろな種類の茶葉が置いてある所を見ると、明らかにティータイムを楽しむための場所だ。
クリーム色のカーペットや真紅のカーテンにはどう考えても高級な生地しかつかわれていなく、家具や置物に視線を移しても同様のことが伺われる。
部屋の右側にはドアがあり、既に開いてあったので中を見るとそこは浴室であり、やけに広い浴槽の横にはご丁寧にタオルが四枚も置いてある。便所はわざわざ個室が用意され、浴室のすぐ隣にある。
レズリーは、今度は左側に向くともう一つ扉があったため、押し開けてみた。
それと同時に、
「そこは俺の部屋だ」
ファリスの声が聞こえて、レズリーは固まった。
レズリーがいる部屋は、正真正銘、王妃のための部屋だった。
「ラキオスにいる間は、ここに居留すればいいだろう」
ファリスはレズリーの表情の意味に気づかず、相変わらず呆れた様子のディナルと共に扉に向き直ると、一言だけ発して部屋を出て行った。
ええ、気づいてらっしゃると思いますが、一応Rー15指定にしました;;
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。