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第13話 救出

長めです。

 男二人がロードを押さえつけて、ルドルフは憎たらしい笑顔で剣をロードの喉に突きつけていた。思わず駆け寄ろうとした私に、牢獄で威嚇した男達が剣を向ける。

 息を飲んで立ち止まった。



「そう。とまってもらいましょうか、王妃。それ以上動いたらロード殿は刺されますよ?」

「っ...」



 気づかなかった。いや、私はともかくロードが気づかなかったなんて。

 悔しそうに歯ぎしりをすると、ルドルフは顔に浮かべてあった笑顔をますます大きくした。



「私共の中には、姿を消す能力を持っている者が存在するものですから、尾行するのはずいぶんと簡単でした。まさか自ら人気の少ない道へ入るとは思いませんでしたがね」

「....なんて、奴なのよあんたっ...!」

「今度ばかりはどうにもできませんよ? 王妃。炎を出したその瞬間、彼は死にます」

「...っ...」

「死んでほしくなければ、ついてきてもらいましょうか」



 そう言って道から出ようとする彼の後ろ姿を睨みつける。ルドルフはニヤニヤ笑いながらロードの喉に剣をつきつけているが、歩いているためか、喉と剣の間には少し隙間が出来ている。

 ...なんとかこの状況を抜け出すことはできないか。炎を出してもこんな大人数を囲むほどの力はないし、もしもルドルフまで炎が回らなかったら彼は恐らくロードを刺してしまう。それに大通りに出るとなればたくさんの人がいるし、その人達を巻き込むわけにもいかない。

 こういう時に私の炎がもう少し調整しやすかったらな、と思う。

 考え込んでいると、後ろにいる男に促されて、私は渋々歩き出した。

 そこで、ふと思った。

 王妃の私を人気の少ない道から出して大通りに出したら、たくさんの人の目にさらされる。王妃が人質になっていると分かれば、ウルッシアの住民も黙っているわけにはいかないんじゃ....



「あ、ウルッシアの民に見られても私達は得に困りません。王妃の顔を知っている人は少ないですからね。牢獄から逃亡した者を捕まえたとでもいえば、彼らは口出しはできません。無駄な抵抗は考えないでくださいね」

「..っ...!」


 思っていたことをニヤニヤしたまま言われて、思い切りこいつの顔面を殴ってやりたい衝動に襲われた。



 どうして。



 どうして私は、こんなにも非力で、無力で、弱いんだろう。


 どうして、目の前には身を挺して守ってくれた人がいたのに、私は何もできないんだろう。



 私は、結局役にたたないんだ。


 王妃という立場でも、そんなのはただの肩書き。実際の私は、自分の民はおろか、自分を守ってくれようとした騎士にすら何もしてあげられない。こんなにもたくさんの人達の上にたって、こんなにもたくさんの人たちを守るのを役目としているのに、私は、何もできない。

 いつもいつも守られる立場で、誰も守っていない。

 私の力では、誰も守ることができない。


 そんな気持ちが顔に出たのか、こちらをチラリと見たロードはふっと笑った。



「クレア様、言ったでしょう? 王妃は守られて強くなる立場だと」

「おいっ! 喋るな!」



 ロードの腕を掴んでいる男が叫び、ルドルフの剣を掴む力が強くなった。



「ですから、自分を責めてはいけませんよ」



 言い終わって一瞬だった。


 ロードは自分の腕を抑えていた男達から素早く腕を引き抜いて、頭を動かずに肘を男達の腹にくいこませる。ルドルフが驚いている間に剣を懐から抜くと、彼の剣を払いのけた。あまりにも速い動きに剣はルドルフの手から滑り落ちて、今度はロードが剣をルドルフの喉につきつける。

 恐らく五秒くらいの間に立場が一気に逆転した。


 なんて奴だ。



「ろ、ロード」

「クレア様、俺の側に寄ってください。お前ら、動いたら、ルドルフは死ぬぞ」



 私には穏やかな口調で言ってから、私の後ろの男達に冷たい声で言い放った。

 さすがに二回目の脅迫となると、私達が本気なのを分かっているのか、男達は抵抗せずに大人しく私の腕を離した。足早にロードの側に寄ると、彼はルドルフに剣をつきつけたまま男達を睨みつけた。



「俺はラキオス王国の国王、ファリス・アステルカの第二騎士だ。幼い頃から陛下直々に鍛えられた。お前らの力など足下にも及ばない。もしもまた俺達に手を出すことがあったら、死を覚悟してもらおうか」



 ...ロード...怖い。

 怖いよこの人。いつも穏やかで優しいからロードのこんな面は見た事がない。一度ファリスがロードは怒るとディナルの数十倍は怖いって聞いてたけど、そうなんだね。優しそうだから余計そう感じるだけなのかもしれないけど。


 ロードに睨みつけられた男達は固まったまま動かず、剣をつきつけられているルドルフも顔がひきつったまま無言でいる。



「すぐにここにいるとファリス陛下にお伝えしろ。そしてここにつくまで他人への接触は一切禁じる。もしも応援を呼んだら、お前らの隊長がどうなるかは分かっているんだろうな」

「わ、わかっている」

「早く行け。余計なことはするな。たとえここで俺を刺しても、ルドルフを刺さずに、俺は死なない」



 再びロードに睨みつけられると、男達はバタバタと足音を立てて走って行く。道行く人々は目を丸めて驚いて私達を見ているが、ルドルフがウルッシア軍の隊長で、私がラキオスの王妃だというのを知らないからなのか、ただの喧嘩だと思って素通りをしている。


 ロードは顔をルドルフに向けた。

 ビクっと彼の肩が跳ねる。つい五分前まで自信に満ちた顔をしていたのが考えられないくらい真っ青になっている。

 いい気味。



「本当にこんなことをして、戦争を持続できると思っていたのか?」



 ロードが静かに問いかけると、ルドルフは一瞬顔をしかめた。



「...世の中、やってみなければ、分からないことがあんですよ、ロード殿」

「やってみなくてもこれは無謀だとは思わなかったのか。ラキオスはベンゾラ大陸を統一している、この世界でも最も重要な国だ。そのラキオスを敵に回す可能性がおおいにあったというのに、なぜ俺達を誘拐しようと思った」

「あそこの領地を、ロースディバに取られるわけにはいかないのです」

「なぜだ」

「.........」

「金か? 金になるものが埋まっているのか? ウルッシアは、いつから金なんかに執拗な国になった。免除がいるならば、ラキオスに頼めば陛下は必ず何かをしてくれたはず―」



「金じゃない!」



 途中で遮られて、ロードは驚いて目を見開いた。こちらを睨みつけているルドルフを見て、私も驚いた。



「あの領地を取られてはならないのです。あそこには、もう千五百年も前からある、ウルッシアの初代国王の墓があります。ロースディバは容赦なくその墓を破壊するに決まっている」

「...初代国王の墓? ウルッシアの初代国王なのならばウルッシアの領地のはずではないのか? ロースディバにはその領地を貰う権利はないはずだ」

「あそこはウルッシアの領地ではありません。初代国王はウルッシアだけに縛られるのは嫌がり、当時どこの領地でもなかった、あそこの土地を自分の墓にすることにしたんです。だから、正式にウルッシアの領地になっていません。自分達の領地だと言い張ることはできない。ならば無理矢理取り返すしか方法はないでしょう」

「.........」



 ....ずいぶんと深い理由に黙ってしまった。

 私はてっきりロードの言う様にお金になるものが埋まっているのかと思っていたんだけど。


 ロードが黙り込んでしまうと、ルドルフは再び睨みつけた。



「だからラキオスに邪魔されるわけにはいかないのです。あそこの領地を取らなければ、いつロースディバが勝手に乗っ取って墓を破壊するかは分からない。破壊された後では、もう遅いのです」



 ウルッシアはラキオスには忠実な国だけれども、それは、国王がいるからだ。

 国王の言う事はなんでも聞き入れて、素直にいうことを聞いてくれるのに、今回だけこんなにも必死なのは、初代国王の願いを守りたいからなんだろうか。

 はじめてこの国を統一した国王の存在がないことになってしまうことを、恐れていたのだろうか。



「だから、何が何でもあなた方を止める」



 言った瞬間に、ウルッシア軍の制服を来ている男達が両脇に数十人、いきなり現れた。

 ...忘れてた...っ!! 姿を消す能力を持っている者がいたんだっ!



「ロードっ!」

「とにかく俺の側にいてください! 離れないでっ!」



 油断している間に一人の男がロードの剣を払いのけて、ルドルフの喉から遠ざける。ルドルフが後ろに下がり、彼の前に三人が立ちはだかる。両脇から二人がロードの元に飛び込んで来て、ロードは同時に二つの剣を受け止めた。余程の威力があったのか、彼の足が 一歩だけ後ろに下がった。


 彼一人では、こんな大人数を相手にするなんて無謀すぎるっ! いくらファリスの第二騎士でも、軍隊をたった一人で、私を守りながら闘うなんて出来ない! どうして、また私は何も出来ずにこんな所で突っ立っているのっ....!

 誰か、誰か私達を、ロードを助けてっ! 誰か...っ!!




――――――――..............ファリス.....!!!



「うぐっ!!」



 後ろからうめき声が聞こえて、驚いて振り向くと、一人の男が吹き飛んでロードの足下まで転がって来た。腹からは血が流れており、苦しそうにうずくまっている。



「ぐ、はっ...あああああっ!!」



 私やロードも含めて全員が驚いて男を凝視していると、今度は叫び声が聞こえて、もう一人男が地面を転がる。今度は腕を切られている男で、私は息を呑んだ。

 全員が後ろを見る。



「俺の妻に手を出したことは、命をかけて償ってもらおうか」



 その低い、甘い声に、瞬時に胸に安堵感が広がる。

 彼の姿を捉えたその瞬間に、彼の、ファリスの腕に飛び込みたい衝動に襲われた。飛び込んで、思い切り抱き締めてもらいたかった。

 だが一歩でも動く前にファリスにはすぐに私達に近寄って、私を抱き寄せた。

 ロードに視線を一瞬移してから、ファリスは剣を構えているルドルフにも視線を移す。ルドルフの肩が跳ねる。



「...ルドルフ・キトラス隊長。これは、貴方の仕業ですか」

「へ、陛下...」



 言い訳のつくれない状況に、ルドルフはそれしか口にすることができなかった。

 ファリスが剣を彼の喉につきつけたからだ。



「これで正式にウルッシアはラキオスの敵になったことは分かってもらいましょうか。残念ながらウルッシアはベンゾラ大陸から切り離し、免除も一切なくします。良いですね」

「へ、陛下っ! それはっ―」



「自業自得だ」



 氷のような声でルドルフの言葉を遮ると、彼はヒッと小さく声を上げる。

 ファリスは周りの男達を見回した。私を抱く腕に力が込められた。



「すぐにウルッシアからは出してもらいましょう。ウルッシア軍は、ルドルフ・キトラス隊長と共に悪事を犯したことから、解散させます」

「陛下!」

「異論があるのならば、俺が納得する言葉で説明してみろ」

「......っ...!」



 顔をしかめて黙り込むルドルフを睨みつけてから、ファリスは背を向けた。いつのまにか集まっていたラキオスの兵士達が、次々とウルッシア軍をまとめあげていく。

 人だかりから抜け、ウルッシアの外まで来ると、ファリスは私に向いた。



「ファリス、ごめ―」



 言い終わる前に力強く抱き締められていた。

 私を抱き締める腕からも、彼の苦しそうな表情からも、どれだけ彼に心配かけたのかが、嫌でも分かってしまう。彼の顔を見上げて そっと頬を撫でると、ますます私を抱き締める腕の力が強くなった。



「どれだけっ....どれだけ、心配したと思っているんだ....!」

「.....ごめんね...」

「無事でよかった...」



 抱き締めてくれている彼の背中に腕を回して抱き締め返す。

 こんなにも、安心する温もりだっただろうか。

 ファリスの側にいるだけで、こんなに安心できるものなのだろうか。

 気づいていなかった。

 いつの間にか、ファリスは私のとってかけがえのない存在になっていることに、気づいていなかった。


 彼の声を聞いただけで安心して、彼に包まれていると何よりも幸せだと感じている今の状況で、彼を、愛しているのだと自覚した。




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