第12話 脱出
ウルッシア国は大人しい国だ。ずいぶんと攻撃的なロースディバに比べたら、本当に大人しい。
ラキオスの命令も忠実に聞いてくれるし、自ら戦争を起こそうという意志もない。首相のエリスが平和主義者だからというのも大きな理由だが、何よりもウルッシアの住民達が戦争を起こしたくないのだ。
エリスも国を大きくしようと思っているわけではないので、土地など気にとめないはずだ。
そんなウルッシアが、なぜ領土ごときで戦争を起こすのかは理解しがたい。
それに昔からロースディバとは仲が悪いのに、なぜ戦争を起こすようなことをしたのかは謎だ。大きな理由がある。それしかない。
「クレア様、下向いて」
小さな声でだが早口で言われ、私はサッと下を向く。ローブを羽織っているから正体がバレることはないと思うのだが、万が一のためにロードは私の少し斜め前にいて、私達は壁に寄るように歩いている。
人が多いため際立って目立つことはないし、どの国にも貴族はいるので、その貴族を守っている騎士だと思われる可能性が高い。
だが念には念をという、ちっとも言う事を聞いてくれないロードの言葉で私は過保護な状態だとは思うが、守られている。
「ロード」
小さく呼びかけると、ロードは少しだけこちらを向いた。
「なんですか?」
「...その、これからどこに行くの?」
「...そう、ですね...とにかく安全な場所を探して、そこでしばらく身を潜めるしかありません」
「....安全な場所って....今頃きっとウルッシア中に私達の捜索願が出されてるわよ、きっと」
「その可能性は低いですね」
「えっ?」
自信に満ちた様子でロードが言うと、私は驚いて彼を見た。といっても私よりも二十センチくらい高いから私が斜め上を見るような形になってしまうのだが。
「どうして?」
「そうですね...これは、あくまで可能性ですが、ここの住民は、まさか戦争を止められるからという理由でウルッシアがラキオスに攻撃するとは思っていないでしょう」
「....それはそうね。ウルッシアはラキオスには忠実だし」
「ええ。ですから、これらのことは恐らくルドルフの独断専行だと思います」
「え?」
「クレア様を誘拐して、ラキオス軍を静止する。ウルッシアの住民はラキオスが戦争を止めに来ていることは恐らく知らないはずですから、ルドルフはクレア様をあそこに幽閉して、ラキオスを動けなくしている隙にロースディバと戦争を続けるのが作戦だったんでしょう。ですからウルッシアの住民はクレア様がここにいるとは知らないはずです。そこで捜索願が出たとしたら、ルドルフの悪事はすべて公になってしまいます。彼は地位にこだわる奴ですから、そんなことは何があっても避けたいでしょう」
「..........」
.....ロードって....なんて頭の回る奴なんだろう...
つくづく思うんだけど、ロードに限らずどうして騎士達はみんな頭がいいの? ルドとスティラは天才的だし、ディナルなんて、もう.....ファリスと並ぶくらいに優秀な奴なんじゃないかと思う。
...やっぱり王妃がいない間にみんな叩き込まれたのかな...
「ロードってさ....元々頭がいいの? それともそういう風に考える技術をファリスに叩き込まれたの?」
私の言葉にロードはキョトンとした。
そこで私が真剣に聞いているのを悟って、ブッと吹き出してから笑い始めた。
.....なんで?
「ちょっと、ロード? なんで笑うの?」
「..っ...くっ...くっくっ...す、すみませ、くっくっ、っ」
今度は両手を壁についてバンバンと叩きはじめる。
理解ができない。
眉を寄せて不機嫌そうにすると、まだ笑いを顔に含めながらもロードは口を開いた。
「す、すみません。その、陛下には叩き込まれてませんよ?」
あ、そこに笑ったの。
私からすれば真剣に聞いてたんだけど。
「クレア様はいなかったから仕方がないと言えばそうかもしれませんね。その、俺やディナルさん、もちろんルドさんやスティラも幼い頃からラキオス城にいるんですよ」
「...え?」
「ラキオスはベンゾラ大陸の中心的な国で、重要な国ですから、国はまだしも城の中には見知らぬ人は許可なしで入ることは認められていないんですよ。ですから周囲に認められた者以外はラキオス城には入ってはいけないのです。俺達の先祖は全員ラキオス城の騎士だったので、その任務を譲り受けただけなんですよ。ですから幼少時の頃より鍛えられているのです」
「なるほど....」
確かに考えてみれば、ラキオス城の中では見た事がある人しか見かけない。仕立て屋だって私専用のレイラさんとファリスの仕立て屋のクリスさん、侍女たちや兵士達までもが顔なじみばかり。
来訪者をどうして気安く入れないのかと思っていたら、そんな理由があったのね。
「....まだまだ習うことが多いみたいだね、私も」
私の言葉にロードはニコッと笑った。
「大丈夫ですよ。まだ二年しか経っていないのですから、そういう細かいことを知らないのは当然です。そのために俺達やサマヘルカ様、ジェシカさんがいるんですよ」
「...サマヘルカには教えられたくないな...」
ポツリと零すとロードは笑いを零した。
「それは俺もですよ」
人の波に押されて二人で人通りの少ない道へ入ると、ロードの警戒心はますます高まった。安全な場所にいくのだから人通りは少なければいけないと思ったんだけど、彼が思うには人通りが少なければ少ないほど、ウルッシア軍の人達が襲いにくくなるとのこと。
じゃあ通らなければいい話だと思うんだけどな。
....まあ通らないと牢獄されていた場所から離れられないから仕方がないんだけど。
道が二つに分かれていたため、どちらの道に行くかを聞く為に後ろを見ると、
心臓がとまるかと思った。