第11話 到着
二日はあっという間に過ぎて行った。
クレアとロードが閉じ込められてから四日、ファリス達はようやくハシェンドについていた。
既にラキオスと連絡を取り、小さながらも軍を動かして今はクレア達の捜索にあたっている。一刻も早く探したいがためにファリスはラキオス軍全員を出動させたかったが、サマヘルカとディナルの強い言葉にその案は却下された。
ハシェンドは緑が豊かな国だ。
入ってすぐにたくさんの緑が目に入り、今までただの地の上を歩いていた身としては非常に安心する光景だ。
ハシェンドには王がいないため城はないものの、ハシェンド城と呼ばれる、ハシェンドの首相が住んでいる家がある。城と呼ばれるのは単純に城ほどの大きさを誇っているからだ。
ファリス一行は馬に乗ったまま進むと、彼の姿を捉えた者が次々と頭を下げて行く。どの国でも王の存在は絶対であり、彼の姿を見つけたら跪くのは当たり前である。
しばらく進んでいると見慣れた白とグレーの建物が視界に飛び込んで来た。
あれがハシェンド城と呼ばれる、首相が住んでいる家だ。
ファリスが門につくと、そこを警備していた者が瞬時に門をガードする。恐らく相手がファリスだと気づいていないからか、厳しい面持を崩さない。
そこでディナルが馬で一歩前に出た。
「こちらの方はラキオス王国の国王なるものだ。ウルッシアとロースディバの領地争いについて、ルノアード首相と面会をしに来た。門を通せ」
「あ、これは大変失礼いたしました! どうぞお通りください」
ディナルの言葉に兵士二人はさっと門の前から退くとファリス達はそのまま中に進む。後ろで門が閉まる音がして、ファリス達はそこで馬を降りた。馬を近くの木に縛りつけるとドアの方へ向かう。
向かっている途中でバンっとドアが開き、見慣れた男性が一人出て来た。彼の周りには何人かの男女がいる。
ファリスは男性の姿を捉えて小さく微笑んだ。
「ルノアード。久しいな」
「はっ。大変ご無沙汰しております。結婚式の時以来でございましょうか」
「そうだな」
「どうぞ中へ。お話はそれからにしましょう」
「ああ」
ファリスがそう答えると彼らは家の中に入って行った。
一方ウルッシアでは。
「隊長! ハシェンド付近で陛下一行を見かけたと連絡を受けました!」
一人の男性の声に、隊長、ルドルフは立ち上がった。顔には満足そうな笑みが浮かんでいる。
「やっとついたか。では王妃様に報告するとするか。牢獄に行くぞ」
「はっ」
「王妃様がどういう反応をするか楽しみだ」
ニッと笑い、長い廊下を進んでいく。
牢獄に通じるドアの前で立っていた警備の者を邪魔だ、と一言いって退散させると、ルドルフはドアを開けた。
ボゥ!
視界が一気に赤く染まった。
自分が炎に包まれていると分かるまでには時間がかかった。それも自分だけだ。周りの男達はあまりの事態に動けずにいるが、彼らは包まれていなかった。
あまりの熱さに地面にうずくまるが炎は一向に消えない。こんな炎を繰り出せる人間は、一人しかいない。
「今すぐ私達をここから出さないと、そいつを焼き殺すわよ」
凛々しい声が牢獄から響き、男達はその方角を見た。
片手を前に差し出しながら立ち上がっているクレアがいた。隣では剣に手をかけているロードがいる。当初はいくら威嚇されても鼻で笑うだけの存在が、この瞬間、とんでもない脅威に見えた。
それも隊長が危険にさらされているからだ。
しばらく誰も何もせずにいると、ルドルフを囲む炎がますます大きくなった。
ルドルフが苦しげに呻くと、男達は息を呑んだ。
「いいの? そいつが死んでも困らないの? あんた達。だったら喜んで殺すけど」
なんていう女だ。
男達の脳裏によぎった言葉は一緒だった。仮にもラキオス王国の王妃が、ウルッシア軍の隊長を焼き殺すと脅迫している。
男達に取ったらルドルフを助けるために一刻も早くクレア達を逃がしたかったが、それは隊長の命令に背くことになる。
時間は刻々と進んで行く。
クレアは舌打ちをするともう片方の手で男達の足下を囲った。
ヒャッ、と男達が叫ぶ。
「私達を逃がすか逃がさないかって聞いてんのよ!! とっとと決めないと全員この場で焼き殺すわよ!!」
クレアの大きな怒声が響き、牢獄の中は一気に静まり返った。
しばらくして、耐えきれないように一人の男性が勢い良く立ち上がり、牢獄の所まで近づくと腰にあった鍵で南京錠をいじりはじめた。
それとと共にルドルフ以外の男達の周りの炎が消える。
「一人くらい理性のある奴がいるじゃない」
クレアの言葉にも、鍵を外している男にも非難の声はなかった。ルドルフは既に気絶に近づいて来ており、指示を出す事はできない。震える手で男が鍵を外すと、クレアの先にロードが剣を構えて牢獄から出た。
鍵を外した男の喉に剣を突きつけると、彼を遠ざける。ロードの後を追ってクレアも出た。ルドルフを囲む炎を一向に消す気配もなくドアから廊下に出る。そして振り向いた。
「下手なことすると、そこにいる隊長は死ぬよ」
氷のように言い放つクレアに男達は何も言えずにこくこくと頷く。満足そうに微笑んでクレアとロードは長い廊下を出る。
先程ルドルフが警備の者を払ったためか周りには誰もいず、クレア達はあっさりと外に出ることが出来た。
「なんと! 王妃様がでございますか!」
「ああ」
全てをルノアードに話すと、彼は心底驚いたように声を上げた。
「誰の仕業か、見当はついておりますでしょうか?」
「....それがちっとも」
「そうですか...」
思わず深刻な顔になったルノアードに、ファリスも黙り込んでしまった。彼の傍らで待機しているディナル、彼の後ろにいるルドとスティラも心配そうな顔をしている。
すると、ルドがはっと顔を上げた。
「陛下」
呼ばれてファリスは振り向く。
「ロースディバ軍かウルッシア軍の仕業というのは、考えられないでしょうか?」
「....なぜだ」
「戦争の邪魔をするのを嗅ぎ付けて、クレア様を誘拐した可能性もあります」
彼の言葉に全員が顔を上げる。
が、スティラが否定するように口を開いた。
「だがクレア様一人を誘拐して何になる? どうせなら陛下を誘拐したほうがよかったんじゃないのか?」
「こういうことには王妃の承諾も必要になる。本人以外の口からの承諾だと認められない。それに誘拐するのなら断然、陛下よりもクレア様の方がしやすい」
「.......」
ルドの言葉に納得してスティラは黙り込んだ。
ファリスはしばらく考え込んでいたが、やがて口を開く。
「ディナル。ロースディバとウルッシアに今すぐ連絡をしろ。俺達も出発するぞ」
「は? 今からですか?」
「当然だ」
「ハシェンドについたばかりですが」
「だからなんだ」
ディナルは一瞬顔をしかめたが、分かりました、とだけ言った。