第1話 王妃
はじめまして、あるいはお久しぶりです。
この小説が目に止まってくれただけでも奇跡なのに、読んでくれるなんて嬉しすぎます。
最後までお付き合い願います。
そもそも政治とか地位とそういうのに興味はなかった。
誰にどんなことを言われたって興味はなかった。
だってできないんだもん。できないことに興味を持てと言われたって無理がある。
ってかそもそも夫の手伝いをすること自体が嫌だ。
「クレア。いい加減にしろ」
「嫌なもんは嫌」
「クレア!」
声を荒げるのは国王、もとい私の夫。
政務で忙しくて今日中に終わらなさそうだから、手伝わせるために部屋から私を引っ張りだして来たのだという。正直いって超迷惑。
「大体私がやったらまたごっちゃになるよ? それでもいいのならやってあげるわよ存分に」
「そんなことは承知の上でお前に頼んでる。正直いったらお前の手を借りるよりもゴキブリに手伝わせたほうがまだマシだ。今はそれくらい切羽詰まってる状況なんだ」
なんてムカつく野郎だ。
「んなこと言うんだったら手伝ってやんないもんね!!」
「ほお。そんなこと言っていいと思っているのか?」
カタンとゆっくり椅子から立ち上がるファリスを見てビクっと体が跳ねる。いや、別に怖いからとかじゃなくて、そういうことじゃなくて。
「いやいやいやいや! ちょ、ちょっと待ってファリス落ち着こう!? ごめん、ごめん私が悪かった! 私が悪かったからお願いだから近づかないでーーーっ!!!」
私の願いも虚しくファリスは遠慮なく私の腰に腕を回して体を密着させる。これくらいで心拍数が上がる私はバカなの? そうなの?
執務室という部屋なので誰も入ってこないわけでもなく、できれば離れてほしい。大体普段は冷たい奴のくせしてこういう時だけ色気つかってくるんだから!! ただでさえ綺麗な顔なのにそこに色気が含まれると目眩がしちゃう! お願いだからやめろーーっ!!
と私の心の叫びが聞こえたのかバタバタバタと慌てた様子の足音が響いて来る。しかしファリスは一向に離す気配がない。マジでやめてほしい。
バンッ、と勢い良くドアが開いて入って来たのはルド。
「..........」
私達の姿を見てルドは頬をほんのりと染めるとものすごい早さでドアを閉める。
いやいやいやいや!!
「待って! ルド待って!! 戻って来て!!!」
「戻ってこなくて良い」
「いや戻って来て!! ルド!! これは命令よ! 戻って来なさい!」
私の『命令』という言葉にルドの足音は一瞬止まり、またこちらの部屋に足音が戻ってくるのが響く。私はファリスから飛び退くと、元々座っていた椅子に腰を下ろして不満そうな顔をした。その表情を見てなぜかファリスが笑い出す。
くっ、その顔は反則すぎる。侍女達がみたらノックアウトに間違いない笑顔だわ。
カチャ、とドアが開く控えめな音がして、先程速攻で出て行ったルドが顔を出した。
「す、すみません。クレア様のお叫びが聞こえたので来てみたのですが、邪魔して申し訳ありませんでした」
「まったくだ」
「まったくだじゃないわよ! いいのよルド。いいタイミングで入って来たわ。こんな猛獣の側で政務なんて出来やしない! 部屋に持って帰るから一緒に来て!」
机に散らばっていた紙やファイルを両手に抱えると、出来るだけファリスと距離をとったままルドと一緒に扉に向かう。
すると、
「クレア。また今夜な」
「絶対に来るな」
吐き捨てるように言うとファリスは不気味な笑みを浮かべた。ちっ、絶対に扉塞いでやるわ。
ファリスを背に私とルドは部屋を出て私の部屋に向かう。
.....っていっても隣の部屋だけど。
強引に扉をあけてまた乱暴に閉めると、私の部屋で待機していたスティラとジェシカが驚いて顔をあげる。ああもうイチャイチャしてたんでしょどうせ!
「はいはい。恋人タイムを邪魔して悪いわね。あの部屋じゃしんぞ、じゃなくて、精神が持たないから移動してきたの」
「クレア様!」
頬を染めて叱責するジェシカはちっとも迫力がない。一方のスティラはまったく気にしていない様子で私の腕から書類を受け取った。
....この正反対の二人が一体どういう経路で恋人になったかは謎だ。
机に乗せた大量の資料を見てジェシカが首を傾げた。それを見てスティラが耐えきれないというように手を口に当てて横を向く。ああはいはい可愛いねー。まったくこいつらは。
「クレア様。その書類はどうなさったのですか? 政務ならファリス陛下に任せてあったはずですのに....クレア様の政務が終わったらビシバシと作法を教え込むはずでしたのよ?」
「ファリスに聞いて。私だってわけがわからない政務をやりたくてやってるわけじゃないっつの!」
書類をファイルごと持ち上げて地面に叩き付けると、その拍子で中身がファイルから飛び出し、ひらひらと空中を舞う。慌ててルドとスティルが拾い始めるが、あまりには脱力していた私は拾う気がなかった。
後から二人に悪いことをしたと思ったけれど。
腕の中に顔をうずめていると、横から心配そうにスティラが覗き込んだ。
「クレア様。政務というものは王妃が無理になさることではありません。どうしてもというのでしたら俺の方からディナルさんに言っておきましょうか?」
「気持ちは嬉しいけど平気よ。ディナルだってファリスに絶対服従なんだから私の言い分なんて聞きっこないもの」
「そうかもしれませんが.....」
納得しないようにスティラが眉を寄せる。とっても頼もしくて強い騎士なんだけど時々私に気を遣い過ぎだと思う。っていうか優しいのよねー。別に悪いことって言ってるわけじゃないんだけど。私の騎士なんだし。
「本当にファリスも思い詰めてた様子だったから、この際は仕方がないから政務をするしかないわ」
はぁ、と溜息まじりに言うと隣にいるジェシカが困惑した表情をした。
うーん。美人だからどんな表情でも綺麗だねー。
「ですがクレア様! 講義の時間ですのよ? どうなさるおつもりですか」
「講義なんていつでもできるけど政務は今やらないとだめっていうのが混じってるのよ? ジェシカ。嫌だけど講義は明日倍の時間でやるわ。.....嫌だけど」
『嫌だけど』を二回言ったにも関わらずジェシカは満面の笑みを浮かべた。ああちょっと今墓穴掘ったかしら。
はぁ、と溜息をついて私は机に乗せてあった資料の山を読み始めた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。