深海進 第5話: 前へ
遠足から帰ってきたお兄ちゃんは、家を出る前と比べて明らかに様子が違っていた。
金ピカに光り輝いていたのだ。
……もちろん、比喩的な意味で。
何があったのかは想像に易い。
きっと、私と風祭さんの作戦がうまくいったのだろう。
今日一日制服を着れず、体操服で過ごしたかいがあったというものだ。
これまでのお兄ちゃんは、どことなく触れちゃいけないような雰囲気を醸し出していた。
だけど今は、不思議と何でも受容してくれそうな柔らかさが滲み出ている。
私はそれとなく何か良いことがあったのかと聞いてみた。
「え? いや、まあ……」
お兄ちゃんは照れくさそうに笑って頭を掻いた。
何か予想していた反応と違う。
風祭さんがお兄ちゃんに英語の楽しさを思い出させて、それで気分が良くなっているのであれば、こんな反応はしないような気がする。
「遠足テンションで女の子に告白でもされた?」
私は冗談のつもりで問いかけてみた。
すると——。
「……えっと、まあ……うん」
なんと!
私はひっくり返るように驚いた。
お兄ちゃんに、彼女が!
いや、まだ告白されたというだけで、彼女ができとは限らないけど。
「え、え、返事は、ていうか誰」
「いや、まあ……」
お兄ちゃんは明後日の方角を向いた。
「保留……」
「はあ!?」
私は柄にもなく大きな声をあげてしまった。
聞くに、お兄ちゃんと同じグループの水萌さんとやらにはオモシロセンサー(何だそれは)なるものが使えるらしく、遠足を通じてお兄ちゃんこそが自分の人生において最も面白い存在である、運命の人だと直感したらしい。
随分と奇天烈な展開だから、お兄ちゃんが保留にするのも一応は頷けた。
「うーん、でも……」
正直なところ、お兄ちゃんの良さを分かっている人は少ないと思う。
私と鈴之助さんくらいだろう。
そうなると、変な人だとはいえ水萌さんという人の存在はとても貴重だ。
私はお兄ちゃんが大変素晴らしいお兄ちゃんであることを世間に認めてもらいたい。
とはいえ、私が突飛なことをしてお兄ちゃんに迷惑をかけたくない。私は変わらない妹であり続けなければならない。
お兄ちゃんの良さが自然に広まっていくのが一番だ。
「……一応、前向きには検討してる」
ぼそっとお兄ちゃんの口から溢れたその言葉に、私は目を丸くした。
「前向き」。お兄ちゃんが前向きと言った。
ずっと停滞していたお兄ちゃんが。
「……あのさ、話は変わるんだけど、今日変な外国人に絡まれなかった?」
「変な外国人……? あー……」
何かを察したようで、お兄ちゃんはジト目で私の瞳を探るように見た。
「……会ったね。進と同じ中学校の制服を着た人に」
「それで、どうだった?」
私はもう私がしたことが露呈している前提で畳み掛けた。
風祭さんと私の作戦は成功したのか。
「……おかげさまで、なんか吹っ切れたよ」
瞬間、私は思わず思い切り腕を天に伸ばして、「やったー!」と叫んでしまった。
「水萌さんが、その……僕のことを、す、好いてくれたのも、進たちの作戦のおかげだから、一応は、ありがとう」
どうやらオモシロセンサーによって顕在化されたお兄ちゃんの輝きが一層強くなった瞬間の一つが、風祭さんとの会話中にあったらしい。
私はなんだかとても誇らしい気持ちになった。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何?」
「後で勉強教えてくれない?」
「……いいよ」
頷いて笑うお兄ちゃんの笑顔は、まさしく私が求めていたものだった。
きっとこれからは私が介入しなくても大丈夫。
お兄ちゃんの輝きがあれば、自然と人はお兄ちゃんを好きになる。
お兄ちゃんはきっと、これからもっと広い世界と繋がっていく。
そうやって進み続けるお兄ちゃんの背中を追いかけるのが、私はとても楽しみになった。




