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深海光 第14話: 水たまりを踏み歩いて行く

 僕たちは先生との意外な邂逅を終えると、戎橋からクラスの集合場所まで向かって歩いていた。

 先生はこのまま僕たちと一緒に行くと、中学校の制服を着たままになったしまうので、一旦別れている。


「にしても、風祭先生似合ってたね〜!」

「だよな。普通に中学生かと思ったわ」

「風祭さんが生徒と恋愛したらどっちが問題になるんだろうね」

「……どういうこと?」

「私たちは高校生だから、中学生と恋愛するのってなんかイケナイ感じするじゃん?」

「もしかして先生が正体現してからずっとニヤニヤしてたのって、そういうこと考えてたからだったりする?」

「バレてた?」


 水萌さんはまともな人間に分類される方だと思っていたけど、なんだかんだで僕たちの理解が及ばない思考をすることがある。

 にしたって先生に対してそういうこと考えるのはいかがなものかと思うけど。


「てか先生自身は別に中学生じゃねえからな?」

「あ、そっか」

「おい」


 まあ、本当に制服が似合っていたから、水萌さんの気持ちが分からないこともない。

 そういえば、あの制服はどこから調達したのだろうか。先生の母校だったりするのだろうか。

 なぜだか一瞬、妹の進の顔が頭に過った。


「遠足も後はクラスで集まって集合写真撮ったらほぼお終いだね〜」


 水萌さんが手を頭の後ろに回しながら、浸るように言った。


「……水萌さんの好きなアニメとか映画とか、帰りのバスで語るってイベントが残ってるでしょ」


 僕がボソッとそう声に出すと、水萌さんと鈴之助は歩きながら、表情を固まらせていた。


「……何」

「いや、光がそういうのに乗り気なのって珍しいなと思って」

「だね」

「語り合いたいって言ってたのは水萌さんの方でしょ」

「そうだけど……なんか嬉しいね」


 水萌さんが僕に向かって「えへへ」と息を漏らしながら柔らかく微笑んだ。

 これまであまり意識していなかったけど、水萌さんの容姿はかなり整っている。

 そんなことに今更気づいて照れていると、彼女の奥で鈴之助が僕を見てニヤついていた。

 それが恥ずかしくて僕の顔は一層赤くなるばかりだった。


「楽しみだね」

「……うん」


 僕は、彼女から目を逸らしながら、相槌を打った。


 ——すると、目を逸らした先に、僕は気になるものを見つけた。

 水萌さんも同時に気がついたようだ。


「ねえ、あれって……」


 商店街の道中に時々置いてあるガチャ筐体の前に、女の子が佇んでいた。

 ブロンドの小さな女の子だ。

 彼女は風祭先生よりも一回り背が低く、恐らく小学生くらいの年齢だと見受けられる。

 とても不安げに、周りをキョロキョロと見回している。

 迷子だと、一目で見て分かった。


 水萌さんと鈴之助さんは顔を見合わせて、声をかけるべきか確認し合っている。

 でも、そんな彼らを横目に、僕は歩き出していた。

 自分でも驚くほどに迷いはなかった。

 ただそれが自然なことであるかのように、女の子の方に向かい、彼女の前に立つと、僕は腰を屈めて話しかけた。

 そのとき、僕は自分の足元に水たまりがあるような気がした。


“Are you okay?”


 僕ができる限り柔らかい声色で問いかけると、女の子が顔を上げて目が合った。


 こんな小さい子相手でも僕は英語を話すことにまだ緊張しているようで、少し手が震えていた。

 でも、不思議とやめようという気にはならない。


“Are you lost?”


 僕の問いかけに対して女の子は無言で頷いた。

 怯えてる様子がないのは、多分男の僕一人じゃなく、水萌さんが後ろに立っていたからだろう。


“Can I help you find your family?”


 僕が家族を探そうかと提案すると、女の子は少しだけ考えていたけど、僕らを信用できそうだと判断したのか、頷いてくれた。


「よし。じゃあ、水萌さんはここに残ってくれるかな。僕と鈴之助でこの子の家族を探してくるよ」

「合点承知!」


 僕は女の子に名前と、家族の見た目の特徴を教えてもらい、鈴之助と手分けして商店街を歩き回った。

 水萌さんを残してきたのは、やはり彼女の方が安心感を感じられるからだ。


 僕らは半径五百メートル以内を歩き回った。

 そして、一歩一歩進むたびに、やはり僕は水たまりを踏み歩いているような気がした。

 でも、それは惨めになるための歩みではなくて、何が起こるかも分からない未来に、期待を込めた歩みだ。

 不安を不快感で上書きするのではない。

 期待と不安を抱きながら、その先に何があるのかを確かめに行くのだ。

 一つ一つ英単語の意味を学んでいくように。

 そして、学んだものが繋がって、文章となって、広がっていく。


 分からないというのは、多分楽しいものなのだ。


◇◇◇


 五分ほど探し回っていたときのことだ。

 僕は恐らく女の子の家族と思しき外国人夫婦を見つけた。

 彼らは不安そうに辺りを見回している。その様子は先ほどガチャ筐体の前で不安そうに佇んでいた女の子そっくりだった。


 僕は彼らに声をかけた。

 手の震えはなかった。

 もちろん、完璧な英語を話せたわけでも、彼らの話す言葉を完璧に聞き取れたわけでもない。

 人混みも相まって話すのも聞くのも難しかったから、なおさら。

 それでも、僕はそれでいいと思った。


 僕は彼らを連れて女の子の元へと向かった。

 その道中、改めて見た大阪の景色は、なんだか光り輝いているように見えた。


「光くーん!」


 僕が視界に入ると、水萌さんが大きく手を振った。

 鈴之助はすでに戻っているらしい。


 そして、女の子が僕らの方に目を遣ると、一目散に両親の元へと走っていった。


「外国人観光客も多かったのに、よく見つけられたな」

「僕にも水萌さんみたいな特殊なセンサーが付いているのかもねー」

「オモシロセンサーは私の専売特許なんですけど?」

「会ったときからそうだったけど、その妙なこだわりはなんなんだ……」


 女の子と両親が再会を喜んでいる間、僕らはそんなくだらないことを話していた。


 それから、改めて外国人家族が僕らの方を見ると、申し訳なさそうに謝られて、心の底から誠実にお礼を言われた。

 こんなことを言っていいのか分からないけど、正直僕はこのシチュエーションを楽しんでいたから、彼らが謝る必要もお礼を言う必要も、なかったりする。


 だけど——。


“Thank you!”


 そう言って満面の笑みを浮かべた女の子を見ると、僕はまた、胸の内が熱くなるのを感じていた。


 ——通じたんだ。僕の言葉が。

 繋がったんだ。僕と世界が。


 僕はもう一度考えた。


 僕はこれからも、これまで通り、水たまりを踏み歩いて行くのだろうか?


 答えは考えるまでもない。


 ——僕はこれからも、水たまりを踏み歩いて行く。

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