深海進 第4話: 変わらない
「あ、あの……進さん。本当に私この格好でなきゃいけないのでしょうか……」
「大丈夫、問題ないですって! 送っていただいた写真見ましたけど、私より似合ってましたから!」
「それはそれで複雑な気持ちなのですが……」
私は大阪遠足でなんば駅周辺を見回っている風祭さんと通話している。
なぜ彼女がこんなにも動揺しているかと言うと、成人女性かつ教師という身でありながら、彼女は今、私の中学校の制服を着ているからだ。
しかも、大阪遠足の自由行動中に変なことをしている生徒がいないか、見回りをする仕事中に、だ。
とはいえ、制服のブレザーは似合いすぎているし、ブロンドのウィッグを被っていて、前髪とマスクで顔はほとんど見えない。
たとえ同僚の先生に会っても気づかれないだろう。
「迷子の外国人のフリをしながら光さんに声をかけて、クセの強い英語のアクセントで話しかけるなんて作戦、本当に上手くいくのでしょうか……」
「大丈夫です! 私は英語の発音のこととかよく分からないですが、風祭さんの英語力なら元英語大好きっ子のお兄ちゃんも騙せるはずです!」
「たとえ騙せても、クセの強い英語を聞かせるだけで英語の面白さを思い出させるなんて……」
「じゃあ、突然タイだかスコットランドだか訛り強めの英語で喋る人が目の前に現れたら風祭さんはどうします?」
「興奮します」
「じゃあ、お兄ちゃんにも効きます」
まあ、確かに、この作戦を提案した翌日は、私自身も冷静に考えてむちゃくちゃだなと思ったけど、やっぱ「好き」を思い出すのってきっかけがいるだろうし、正直風祭さんの正体がバレたってあんまり関係ない。彼女の教師としての面目は無くなるだろうけど。
そのときはお兄ちゃんに他の先生や生徒には秘密にしておくよう説得すればいいだけだ。
ちなみに、妹がいるのに妹モノのラノベを読んでいるという事実を交渉材料にするつもりだ。
「昨日お兄ちゃんが寝ている間に部屋に忍び込んでスマホのメッセージ履歴を見ましたが、恐らくお兄ちゃんたちはあと20分ほどで道頓堀付近に着くはずです」
「あの、兄妹とはいえ部屋に忍び込んで勝手にスマホを見るのはいかがなものかと……」
「健全な兄妹ならこれくらいしますよ」
「えぇ……」
お兄ちゃんをまたあの頃みたいに活気づかせるためだ。手段は選べない。
「……というか、こんな遠回りな方法でなくても、妹である進さんから光さんに、どうして今英語に対して後ろ向きなのか直接聞いた方が早くないでしょうか……? 理由が分かれば、そもそも私がこれからも積極的に彼が英語を勉強するよう働きかけるべきか否かも分かりますし……」
「それは……」
確かに、風祭さんの言うことはもっともだ。
私はお兄ちゃんに以前のお兄ちゃんに戻ってほしいと伝えたことがない。ここ何年かなぜ後ろ向きになったのかも聞いたことがない。
私は妹だから。
妹は絶対だ。
妹は決して変わってはいけない。
私はお兄ちゃんの思う私でなければいけない。
家族は家族のプライベートに踏み込んじゃいけないのだ。
外の関係と違って、変わらない形こそが家族なのだから。
でも、私が妹なのと、私がお兄ちゃんを前向きにしたいことは、別のことだ。
前者は後者の気持ちを否定するものではない。
妹だからできないことがあるなら、それ以外の方法を探せばいいだけだ。
それに、私は私がお兄ちゃんの人生をより良くするためのきっかけになったという功績が欲しいわけじゃない。
お兄ちゃんを愛しているから、ただお兄ちゃんが幸せになるのなら、その過程は何だっていい。誰がお兄ちゃんを幸せにしたっていい。
だから、私は風祭さんに私の思いを託した。
「私は英語のこと分かってないですし、やっぱり同じものを好きな人同士で話した方が、琴線に触れるものがあると思いますよ」
私が私の心のうちを風祭さんに伝える必要はない。
ただ彼女を私の意図で動かすことができればそれでいい。
とはいえ、私は風祭さんのことも好きだ。彼女の真面目さと素直さ、好きなものに対する誠実さは、昔のお兄ちゃんを思い出すから。
できればこの作戦が、お兄ちゃんだけでなく風祭さんが変わるきっかけにもなればいいと思う。
遠慮なく人に好きなものをぶつけられる人の美しさを、私は知っている。
「……まあここまで来たら引き返せませんし、そろそろ移動しますね」
「はい、ご武運を!」
私がそう言うと、電話越しにボソッと「ほんに大丈夫かなぁ……」と聞こえてきた。
「大丈夫ですよ」
「本当ですか? そもそも光さんにとって迷惑じゃないですかね……?」
「大丈夫ですよ。お兄ちゃんは他人からかけられる迷惑を自分の責任として捉えるような人ですから。風祭さんが何やらかしても問題ないです」
「……まあ、それなら……」
渋々ではあるが、風祭さんは覚悟を決めたようで、それ以上は特に何も言わなかった。
そうして私たちはもう一度作戦内容を確認し合ったあと、電話を切り、私は彼女からの吉報を待つのだった。




