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船井鈴之介 第3話: 積み重ね

 水族館の外に出ると、何やら人だかりができていた。

 群がる人の中心には、不安定な足場を積み上げて、その頂上でお手玉をしている珍妙な格好をした男がいた。

 大道芸というやつだろう。


「そこのお三方、もっと近寄って見な!」


 その大道芸人は、「今から大技を決めるから」と俺たちに向かって不敵に笑った。


「成功する保証はないけどね! 成功したらワッと盛り上げていただいて、失敗したら緊張させたあなたたちの責任です〜!」


 彼の軽妙な語りでオーディエンスがまばらに笑い声を上げる。

 場はすでに温まっているようだ。


 彼は一度足場から降りると、足元に置いてあった松明を三つ持ち上げ、火をつけた。

 周囲におあつらえむきの動揺が広がる。


 そして、彼は再び高くて不安定な足場に登ると、火のついた松明を持った両手を伸ばしてポーズをとった。


「わお、凄いね」


 水萌ちゃんが素直に感心した様子でそう呟いた。内心は自分でもやってみたいと思っているのかもしれない。

 光はなぜ好き好んであんなことを職にしているのか理解できないという顔をしている。


「それではいよいよクライマックスです! 今通り過ぎたお兄さんたちも、これだけは見ていってね! そこのお姉さんたちも! そして、見終わったらそこの帽子にお金を入れてくださると助かります! ……あ、札以外は受け付けませんので! 500円玉はギリセーフですけど!」


 たとえ冗談でも俺だったらこんなに厚かましいことは言えないなと思った。

 彼の大道芸が凄いというのもそうだが、俺はそれよりも彼の図太さや、何者にも縛られない自由なところに関心を抱いていた。


 好きなことをして、好きなことを言って、後先考えない。責任は後回し。

 俺もそんなふうに生きられたら……。


「それではいきますよ〜! みなさんご一緒にカウントダウン! スリー! ツー! ワン!」


 俺は密かに、彼のパフォーマンスが成功したら、光に過去の失言のことを謝ろうと決めた。

 そして——。


「おお……」


 隣で静かに見ていた光が感嘆の声を漏らした。

 パフォーマンスが成功したのだ。


 たまたま通りかかった人も、近くのカフェのテラス席でお茶をしていた人も、みんなが一点に集中して、歓声を上げた。


「なあ、光」

「……ん? 何」

「いや……」


 俺が言い淀んでいると、隣から大きな口笛の鳴る音が響いて、俺と光は同時に固まった。

 水萌ちゃんが大道芸人に賞賛の口笛を送っていたのだ。


「あとで100円入れとくねー!」

「おいおい! 桁一つ忘れとらんか!?」


 二人のやりとりに、先ほどのパフォーマンスで張り詰めていた緊張が解けて、人々は一斉に中央に集まり、お金を入れていった。

 水萌ちゃんも、そこに向かって走っていく。


「はは……」


 その様子を見ていた俺も、体から力が抜けていた。

 今なら言えるかもしれない。


「あのさ、光」

「ん?」

「…………ごめん」


 俺は頭を下げず、ただ光の目を真っ直ぐに見て、一言謝罪の言葉を述べた。

 光は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 やっぱり、こいつは覚えてないし、気にしてもいなかったんだな。

 だから、これは俺の自己満足だ。


「ずっと前にさ、英会話の授業あったろ」

「…………ああ」


 光は少し考えてから返事をすると、俺の口から発せられる言葉を待った。


「あの授業の後、俺はお前に『お前が得意なのは受験英語だから仕方ない』って言ったんだけど、覚えてるか」

「……そういえば、言ってたような……?」

「はは、ピンときてないな」

「ごめん」

「別にお前が謝ることじゃねえよ」


 俺は深くため息をついて、今までのことを思い返してみた。

 案外、ただの考えすぎだったのかもな。

 俺のせいで光が卑屈になったかもしれないとか、俺は光の良い友達でいなきゃいけないとか。


 踏み歩いてみれば、なんてことのない、浅い水たまりで、その先に進めば濡れた足はすぐに乾く。

 世の中きっと、そういうことばかりなんだ。


「さっきのバックヤード見学でさ、俺泣いてただろ? あれ何でか分かるか?」

「え……今の話の流れと何か関係ある感じ……?」

「はあ……ほんとにただの考えすぎだったんだなあ」


 人は勝手に物事に期待するし、落胆する。

 誰が何をやって成功しようが失敗しようが、それに対してどう感じるかは、見てる側の責任だ。

 俺が光に何を言おうと、どう感じるかは光次第で、結局のところ光はどうも感じていなかった。

 俺が思い悩む必要なんてなかったんだ。


「え、マジで何」

「いや? ちょっと生命の神秘に感動して涙が止まらなかっただけよ」

「はあ?」


 本当は、俺のせいで卑屈になってしまったと思っていた光が、久々に自分から積極的に英語を話す姿を一瞬でも見られて、それが嬉しくて泣いたのだが……。

 前提から間違っていたのだから、もうそれを光に伝える必要はない。


「ま、話戻すけどさ。バックヤードで光が英語話すの見て、なんとなく昔のこと思い出したんだよ。だから俺が覚えてるうちに謝っとこうかなってさ」

「……なるほど? でも、お前、多分励ましの意味で言ったんだろ?」

「え、何で分かったんだ」

「だってお前は鈴之助だから。どうしようもない脚フェチの変態だけど、良いやつだって知ってるから。俺の不利益になることは言わないだろ」


 ——そうか、俺は最初から良い友達だったんだな。

 いや、友達っていうのは、良い悪いとかじゃなくて、積み重ねるほどに理由もなく信頼できる存在なんだ。

 たった一言で関係が歪むなら、それは友達じゃないのかもしれないし、もし歪んだなら、これからまた積み重ねていけばいい。

 正直な言葉を紡いで、現在地点を把握するんだ。

 きっとそうやって、親友という存在が出来上がっていく。


「光、お前あんなにネガティブなのに、人のことになるとそんな前向きなこと言えるんだな」

「……確かに」


 光の思考は基本自己中心的だ。それは身勝手なことをしがちだとかそういう意味ではなく、何かを判断するにあたって、一度その何かと自分の内面を比較する必要があるということだ。

 そして、光は自分のことを卑下しすぎているから、当然何をするにしても後ろ向きな結論に至ってしまうし、相対的に他者が自分より優位な存在として映ってしまう。

 光が俺のことを褒められるのはネガティブの裏返しだから、本当はいいことじゃない。

 だが、理屈はどうであれ、とりあえず褒めて自己肯定感を伸ばすに越したことはないだろう。


「俺はお前のそういうとこ、好きだぜ」

「何だ急に気持ち悪いな」

「脚が綺麗だったら惚れてたかもな」

「そうか、なら美脚に生まれなくてよかった」

「真面目な話、お前は本当に良いやつだよ。いつも殻に閉じこもってる態度取りながら、誰よりも外に対して敏感で、細かなことに気づいてくれる」

「でも鈴之助がなんか悩んでたっぽいの気づかなかったけど……」

「そうだけど、俺が言った言葉の真意には気づいてくれてただろ? ちゃんと言葉を咀嚼して考えられるのは偉いことだぜ」

「……そうかな」

「そうだよ!!」


 突然耳に入ってきた大きな音に俺たちは再び体を硬直させた。

 水萌ちゃんが大道芸人とのお喋りを終えて帰ってきたのだ。


「お、おう、おかえり水萌ちゃん」

「ただいま!」


 彼女がニカっと笑って悪戯っぽく敬礼する。


「それで、光くんが偉いとかなんとか、そんな話が聞こえてきた気がするんだけど、何の話してたの?」

「ああー……それはだな」


 俺は光と目を合わせた。

 ま、別に人に話したくない話でもないし、いいだろう。


 俺は過去の失言のことと、それを失言と取らなかった光を褒めていたことを水萌ちゃんに話した。

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