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船井鈴之介 第2話: 劣等感

 再び水族館に到着するまでの間、俺の口数は少なくなっていた。

 水萌ちゃんは光のことを見ていないのではなく、色んなことを察している上で、あいつの心に踏み込んでいると気づいたからだ。


 俺は確かに、光が抱えている事情とか、そういうことに遠慮なく飛び込める人が現れてくれたらと思っていた。だが、その人は光に対して無関心な状態であったほしかった。

 光に関心がある上で、そんなことができる人を見てしまったら、俺は自分とその人を比べずにはいられない。

 光に対して遠慮して、良い友達でいることしかできない俺は、劣等感を感じざるを得ない。


 俺も水萌さんみたいに、直感が冴えていたらよかったんだけどな。

 そうしたら、こんなふうに悩まず、正しいと思ったことをすぐ行動に移せたかもしれない。

 面白い未来に向かって歩み出せたかもしれない。


 俺はずっと、この場に踏みとどまったままだ。

 目の前にある水たまりを踏み歩く度胸がない。


「鈴之助くん、なんか静かだね。さっきまで楽しそうに思い出話してたのに」

「ん、ああ、なんでもない。昨日雨が降ったからか、ちょっと肌寒いなと思ってな」

「確かに。この時期一瞬だけ寒くなること増えてきたよね〜」


 再びチケット売り場に並んでいる最中、水萌さんにそう言われて、俺は少し狼狽えた。

 ただ、誤魔化すときの声色だけは一丁前で、会話のトーンはすぐに明るくなる。


 多分俺は今まで人を不安にさせたことがない。


 光にとって俺は信頼のできる友人だし、水萌ちゃんにとっては自分のノリに付き合ってくれる気のいいヤツなのだろうと思う。

 だが、ただ人に良い顔するだけじゃ、気味が悪い。ある程度の個性というか、自我を感じさせる人間性が必要だ。

 だから、俺は脚フェチを公言している。変態を演じている。

 人の顔色を窺って、その人の喜ぶことをするだけのロボットだと思われないように。自分の弱さを隠すために。


「海遊館といえばさ、近くにマーメイド像ってのがあるらしいぜ」

「それがどうかしたのか?」

「いやさ、俺は脚の可能性について考えてたんだよ」

「……一応聞いておくから続けてくれ」

「俺は脚フェチなわけだが、ふと考えたんだ。マーメイドの脚はどうなのかってな」

「……はぁ」

「最初は魚のヒレの形をした下半身に興味はなかったんだ。でも、人魚姫が人間の脚を手に入れたとき、感じたんだ。勿体無いってな」


 俺はただひたすらに、饒舌に喋り続ける。

 それはとても空虚なことで、いくら言葉を紡ごうが、俺という人間に対する他人の認識に影響を与えることは一切ない。

 「またやってんな」の一言で完結し、時間が過ぎるだけだ。


「そうして俺は人魚姫という作品を通して、脚フェチとしての新たな可能性を開きつつあったわけだが……二人はどう思う? マーメイドの下半身は脚だと言えるか?」


 俺が二人にそんな生産性のない疑問を投げかけると、光は引き気味に「どうでもいい」と一蹴したのに対して、水萌ちゃんは興味深げに人差し指を顎に当てて考えていた。


「……それは面白いね、鈴之助くん。哲学だよ」

「だろ?」

「はぁ」


 俺と水萌ちゃんがふざけたことを言って、光が呆れる。

 こんなやり取りももう定番化してきたな。

 そして、それが定着すればするほど、表層に現れない俺の本心は、誰にも伝わることなく隠し通すことができる。


 俺は光に対する過去の失言について、謝りたい。だが、今こんなふうに良好な関係を築いているのに、そんなことをする必要があるのか。

 謝ったって俺の自己満足に過ぎないのではないか。


 こんなにも精神的に足取りの重い俺が脚の話をするのは、皮肉のようにも思えてくる。


 そんな何度も考えてきたことを頭の中で反芻していると、俺たちの順番が回ってきて、学生三人分のチケットを購入し、俺はワクワクしているような顔を作りながら入館した。

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