深海光 第8話: 強く光り輝いている
「鈴之介……水萌さん……」
心配した顔つきの鈴之介と、何とも言えない不思議な笑顔を浮かべた水萌さんが、僕を見つめている。
「……財布見つかったか?」
「……いや」
「当てがあるんじゃなかったか?」
「……いや、そもそも家に忘れてきた可能性が高い。だから、一旦親に連絡してクレカの番号教えてもらって、電子マネーチャージしようとしてた」
「どうして嘘ついて抜けていったんだ?」
「……」
……僕は今、とてつもない自己嫌悪に苛まれている。
結局二人に迷惑をかけてしまったことに対してではない。
こうして子どもみたいに詰められている自分が惨めで、恥ずかしくて、プライドが傷ついたからだ。
二人に対して申し訳ない気持ちよりも、自分が今この場を逃げたい気持ちの方が強い。
それが嫌で嫌で仕方がない。
「……二人の予定を狂わせたくなかったから。水萌さんに関しては、多分またオモシロセンサーみたいなものが反応してたかもしれないし、それを僕のせいで逃したら迷惑になると思った」
「光……」
鈴之介は僕の名前を呟くと、一度グッと息を吸って、脱力するように大きく吐いた。
「あのな、光。俺たちがお前を追いかけた理由は二つある」
鈴之介が人差し指を立てながら話す。
「まず一つ目、俺がお前を心配したからだ」
できるだけ優しい声音でそう言う鈴之介は、背丈が高いことも相まって父親か兄のように感じられた。
僕のことを誰よりも理解しているからこそ、僕にできる限りプレッシャーや罪悪感を感じさせない、柔らかくて親しみのある声だ。
「それから二つ目、これはな——」
鈴之介がもう一本指を立てようとしたところで、水萌さんが前に飛び出して、それを遮った。
そして、高らかに宣言するように言った。
「私のオモシロセンサーが反応したからさ!」
「…………はー」
先ほどまで感じていた緊張感が解けて、僕は思わず気の抜けた声を漏らしてしまった。
水萌さんは理由を聞いて欲しそうにソワソワしている。多分、聞いたらまたあの言葉を言うのだろう。
鈴之介は「たはは」と笑いながら、少しほっとしている様子。
「……説明してもらっていいかな」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた!」
決め台詞一つで場の空気を支配した彼女は、僕と鈴之介の間にある感情の機微なんて全く気にしていない。もしくは、勘が良いから、その場の最良の選択が何であるのか直感で判断して行動に移せるのかもしれない。
行動の前に思考が必要な僕たちにはできないことだ。
「光くん、もちろん私のオモシロセンサーは水族館に反応していたよ。でも、光くんに対しても反応してたんだ。しかも、水族館よりもずっと強く眩しく、光くんのアイコンは光ってた!」
バッと大きく腕を広げながら水萌さんは語り続ける。
「実を言うとね、オモシロセンサーのアイコン自体は森羅万象に見えてるんだ。でも特に大事なことは際立って見えるの。それは色の時もあれば輝きの時もある。光くんの場合、色がとっても鮮やかっていうのもあるけど、何より輝き方が尋常じゃない。他の何より強く光り輝いて見えるんだよ!」
彼女が僕に向かって大股で一歩距離を詰める。
彼女の顔に自分の息がかかりそうになって、僕は思わず顔を下に逸らした。
僕が光り輝いている……?
青空を映せない薄汚い水たまりみたいに、僕の感情は澱んでいる。
そんな僕に輝きなんてあるはずがない。
光を通さない海の底で、僕は沈み続けているのだ。
「……そんなことあるわけない」
僕が少し冷たい声で否定すると、水萌さんは困ったように眉を下げた。
それから、興奮気味だった姿勢を抑えて、半歩引いて諭すように言った。
「……私、前に自分のオモシロセンサーを理屈で考えようとしたことがあったって言ったよね?」
「……うん。それが、どうかした?」
「今でも理屈は分からないんだけど、はっきり気づいたこともあったんだ。それが、私のセンサーは私の主観に基づいているんだってこと。私の第六感——つまり、今までの体験で得た記憶や感覚、感情が五感を通して無意識に私に訴えかけているの。『これは面白いぞ』って」
水萌さんが話しながら僕の周りをゆっくりと回っていく。
「もしかしたら、光くんは自分自身のこと卑下してるところがあるのかもしれない。でも、私は私の主観で君のことを見ているから、それは関係ない。私は君にポテンシャルを感じている。だから君を追いかけるのさ」
やはり、水萌さんは人の気持ちや事情を汲んでいないわけじゃない。それでも、自身の信条として、主観を優先しているのだ。
彼女の言葉に不思議と説得力があるのは、そこに全く迷いや揺らぎがないからなのだと思う。
僕たちに疑わせる余地を与えていない。
「……水萌さんは、自分の勘を絶対に疑わない?」
「勘じゃなくてオモシロセンサーだけど、うん」
「水萌さんは、今この状況を面白いと思ってる?」
僕は、殊更語気を強めて彼女に問いかけた。
もし、彼女がこんな状況を本心から面白いと思えているのなら、僕は彼女のことを多少信じてみてもいいし、僕も彼女に対して後ろめたさを感じる必要はない。
でも、そんなことはあり得ない。
僕を諭すだけの今この瞬間が面白いはずがない。
僕は水萌さんが返答する前に、言葉を続けようとした。その時——。
「やったーーーーー!!」
僕たちの十メートルくらい背後から、突然叫び声が聞こえてきた。




