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悪食ハンター、今日もダンジョンで死にかける  作者: 三誠堂スナオ
第1章 最底辺から始まる悪食譚
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07話 Fランクハンター、一攫千金に挑む

 照りつける日差しの下、郊外の工事現場跡地。

 ひび割れたアスファルトの向こう、資材置き場の奥に、鉄骨とコンクリ片の山が積み上がっている。

 その隙間に──ぽっかりと異界への穴が開いていた。

 ”ゲート”。この世界と、向こう側をつなぐ“ダンジョン”への入り口だ。


 「おつかれー。遠くまでありがとさん」


 声をかけてきたのは、体格のいい三十代の男。サングラスの奥に表情は読めないが、口調は穏やか。どこか親しみやすい軽さがあった。隣では、痩せた男が無言でペットボトルを配り、もう一人は名簿片手に受付作業を進めている。


 「名簿、確認できた方から順番に準備お願いしまーす。装備の貸し出し希望は声かけてくださーい」


 ──手際がいい。場数を踏んだ現場特有の流れ。


 それでいて、不自然なほど「感じがいい」。まるで、初対面の客に対する接客業のような柔らかさだ。


 「今日は当たりだといいなあ。昨日の、報酬しょっぱかったし」


 「わかるー、移動ばっかでクタクタだったわ」


 先に到着していた数名の参加者たちは、軽口を交わしながら列に並ぶ。その中に──龍人の姿もあった。


 (……思ったより、雰囲気いいな。なにより、俺みたいなFランクにも親切だ)


 穏やかに進む受付の列。だが龍人の立ち姿は、以前とは違っていた。

 猫背は直り、声は小さくなく目も逸らさない。必要以上に喋らないが、必要な確認だけは淡々とこなす。


 (ほんの数日前なら、声震えてたろうな……)


 変わったのは外見だけじゃない。内面も──成長したんだろうか。


 「はい、確認できました。じゃ、そっちのリーダーに案内されてください」


 そう受付の男が手を振ると、少し離れた陰から男が歩み出てくる。無精ひげ交じりの顎、タクティカルジャケットの隙間から覗く肩幅の広い身体。気の抜けたような笑みを浮かべながら、ゆったりと近づいてきた。

 

 「お、君が最後か。よろしくな」


 低く落ち着いた声。清潔感のある、刈り上げられた短髪。柔らかさすら感じる口調に、敵意も威圧も感じない。龍人は小さく会釈して返した。


 「よろしくお願いします」


 男は、それ以上何も言わず、他の参加者と同じように案内を始める。

 ──リーダーらしく指示を飛ばすでもなく、威圧するでもなく。


 (……妙に、あっさりしているな)


 Fランク。それだけで小馬鹿にされてもおかしくないはずの自分への、この扱い。


 (ま、考えすぎか)


 胸中に微かな引っかかりを残しつつも、龍人は思考を切り替えた。


 (──どっちにしても、稼がなきゃならない)


 “強くなった”と実感できる今、不必要に他人の顔色を伺うこともなくなっていた。

 少なくとも──かつての弱い自分では、ないはずだ。


 簡易シェルターが設営されたのは、鉄骨の影。

 その中央で、リーダー格の男──ゴウと名乗った──が、手際よくホワイトボードを立てかける。


 「はいはーい、じゃあちょっとだけ注目お願いしまーす。今日の攻略内容について、ざっくりと説明をやっていきます」


 声は明るいが、要点は的確。手慣れた動きと口調に、リーダーとしての経験がにじんでいた。

 ゴウはCランクのタンク。その右に立つ眼鏡の男〈伊藤〉はCランクのメイジ。さらに、痩せたヒゲ面の〈高藤〉はDランクファイター。残る二人の若者も、装備から察するに同じくDランクだろう。


 「で、今回のダンジョンはEランク相当。形状は洞窟型で、上下階層はなし。モンスターはラットマン系。地形は単純で、攻略ルートも一本道。前回の調査で、ある程度構造は把握済みです」


 攻略そのものは、彼ら5人が行うという。

 募集されたポーターたちの役目は、物資運搬と見回り程度──のはずだった。


 「ちょっと、質問いいですか?」


 通る声が、場を割った。龍人がそちらに顔を向けると──


 (……おぉ)


 長身。引き締まったボディライン。黒のボディスーツにパーカー、腰には不揃いの二刀のマナブレード。

 光沢のある黒髪を、うなじの位置で一つに束ねていた。切れ長の目元と透けるような肌。唇は、うっすらベージュ系。


 (すんごい美人、だな……)

 

 思わず背筋が伸びる。鼻が伸びるのを、必死に自制した。


 「たかがEランクダンジョンに、この人数。過剰じゃありません? ……増員の理由が不明です」


 冷ややかな眼差しと、理知的な口調。迷いのない言葉。節々にただ者ではない雰囲気がある。

 彼女──如月きさらぎサラの言葉は鋭く、的確だった。確かに、C級2人にD級3人がいれば、E級ダンジョンは十分すぎる戦力。なのに、追加で人を募っているのはどう考えても“過剰”だった。


 「いい質問ですね。如月さんが疑問を持つのは当然です」


 ゴウは、笑顔を崩さぬまま即答した。


 「まず、ダンジョン攻略は何が起きるかわかりません。万全の態勢を取るのは当然です。──そして、今回みなさんを募った理由。それは──」


 ひと呼吸、置いて。


 「このゲートの奥で、魔石鉱脈が見つかったからです」


 その瞬間、場がざわついた。


 「魔石の鉱脈、ですって……?」


 如月の眉が、わずかに動いた。驚きというより、何かを思慮し始めたような、沈着な表情。


 「はい。前回の探索中に、岩盤層から強い魔力反応が見つかりました。まだ掘削段階には至っていませんが……本物なら、かなりの収益が見込めるはずです」


 ゴウの説明は、どこまでも落ち着いていた。だが──あまりにも準備がよすぎるようにも思える。


 「つまり俺らの役目は、戦闘後の資材運びってわけか」


 他の男のぼやきに、龍人も小さく頷く。けれど、その視線は再び如月に向かっていた。


 (……あの人、本当にE級か?)


 一挙手一投足に無駄がない。油断も隙もない。単なる低級ハンターじゃない。

 少なくとも──ここにいる他のハンター達とは、まるで違う。


 (……それにしても)


 ──脚、なっっが。

 美貌と威圧感を前にして、そんな感想しか浮かばない自分に、内心で盛大なツッコミを入れる。


 (……落ち着け、俺。今は仕事だ。バイト、金が必要なんだ)


 とはいえ、“魔石鉱脈”という言葉は、胸の奥をざらつかせる。

 それが本当なら──とんでもない金が動く。Fランクの自分にどれだけの取り分があるかは分からない。けれど、夢を見たって罰は当たらない。


 (もし、この鉱脈が本物なら──一発逆転だって)


 拳を、そっと握る。一攫千金。

 その言葉が、まるで手の届く場所に浮かんでいるような気がした──。

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