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悪食ハンター、今日もダンジョンで死にかける  作者: 三誠堂スナオ
第1章 最底辺から始まる悪食譚
4/14

04話 Fランクハンター、巨獣に挑む

 ——覚悟は決まった。


 あとは、前へ進むだけ。その目の前で、異形の獣が、眠っている。


 〈ジャイアントパウンド〉。


 シャドウパウンドをはるかに超える、異様なまでの“威容”。黒く煤けた体毛に覆われた肉体は、岩のように硬そうだった。

 分厚い肩、異様に肥大した前脚、鋼鉄のように湾曲した爪。寝息のたび、全身から“圧”が漏れている。

 本能が、警告を鳴らしていた。これは“敵”ではない。“災害”だ、と。

 それでも──俺は、一歩、足を踏み出した。


 「……やるしかないんだよ」


 声が震えていた。それでも、喉の奥から吐き出した。

 その瞬間だった。


 「――グゥォオオアアァァ!!」


 大地が、叫んだ。

 ジャイアントパウンドが目を覚ます。凶光を宿した両目がこちらを捉え、咆哮とともにその巨体が跳ね上がった。

 ドォンッ! という音とともに地面が揺れ、吹き飛ぶような風が襲いかかる。


 次の瞬間、口元から、赤熱の光が漏れた。

 

 「っ……!?」


 ゴウッ!!


 咆哮と同時に吐き出されたのは、濁った紅蓮の火炎だった。本来、火を吐く種ではないはずだ──だが、眼の前の個体は違う。

 変異種か、あるいは──上位種ならではの業なのか。

 炎は空間を焼き、石壁すら黒く炭化させた。


 「──っくそッ、ヤケドじゃ済まねぇって……!」


 火線の隙を縫って飛び退き、辛うじて回避する。だが、足元の床は赤く焼けただれていた。

 あんなのに一瞬でも巻かれたら──ひとたまりもない。


 (……上等だ。やってやる!)


 直後、巨体が跳ねるように突っ込んできた。


 (ヤバい──!)


 ぎりぎりで横跳びに避ける。脇を掠めた突撃だけで、肩の皮膚が裂け、血が滲んだ。


 「ッ、は……」


 だが、体は動く。死を前にして、頭が冴えていく。足が、手が動いていた。

 身体の奥底が──生き残るために、勝手に動いている。


 (すげえな、俺……っ。いや、そんなこと考えてる暇は──)


 ジャイアントパウンドが、振り向いた。鈍重そうに見えたその巨体が、四肢のばねを活かし、次の瞬間には跳びかかってきていた。


 「──っらあああッ!!」


 吠えるように声を上げ、真正面から拳を叩き込んだ。拳に走る痛み、手応え、そして、返ってくる“重さ”。

 そして、怯む巨獣。


 (……効いてる。効くぞ、俺の一撃でも!)


 勝てる──かもしれない。


 そう思った瞬間、獣の前脚がこちらを薙ぎ払った。避けきれず、腕で受ける。骨が軋む音がした。


 「がっ……!」


 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。視界がぶれる。肺が押しつぶされ、咳とともに血が混じる。

──それでも、立ち上がる。

 この戦いは、“試されている”。今の自分に、どこまで“喰らいつく”ことができるのかを。



* * * * *



 三メートルを超える巨体。再び吠える咆哮に、耳が軋み、心臓が跳ねた。

 それが──〈ジャイアントパウンド〉。シャドウパウンドの上位個体。

 まさに、Eランクダンジョンのボスだ。

 確かに、拳を叩き込んでも、手応えはある。


 けれど──命までは届かない。


 蹴っても、分厚い筋肉に衝撃が吸収されて終わり。


 「くそっ……奥まで効かねぇ……!」


 確かに、ダメージは通ってる。だが、それだけ。倒すには──足りない。殺しきれない。

一方で、あいつの攻撃は一撃必殺。前脚の薙ぎ払い、突進の一撃……まともに喰らえば、即アウトだ。


 (……武器さえあれば。いや、今さら言っても始まらねぇか)


 持ってるのは、この拳だけ。でも、考えろ。生き延びるために。

 俺にしかできない戦い方が、きっとあるはずだ。


 (……やるしか、ないか)


 浮かんできたのは、自分の異能──“悪食”。

 魔石を砕いて喰ったこの体なら、もしかして──


 (“生身”も……いけるんじゃないのか)


 一瞬、脳が拒絶した。

 それは、獣染みた戦い方だ。おおよそ——人間がやることではなかった。


 葛藤。


 けれど、それを押し殺すのに、時間はいらなかった。


 「……やるしか、ねぇだろうがッ!」


 吠えるように叫んで、駆けた。巨体の脇をすり抜ける。足が削れるくらい地を蹴って、走る。

 ジャイアントパウンドが振り向き、前脚を振り上げた──


「今だッ!」


 跳んだ。

 振り下ろされる爪をギリギリでかわして、懐へ滑り込む。

 肩。首。喉元──そこへ、俺は迷わず──


 「──っがあああああ!!」


 喰らいついた。

 文字通り、“喰った”。敵の喉元に噛みついて、肉を引き裂く。

 ドッ、と血が噴き出す。

 獣が絶叫し、暴れた。前脚が振り回され、地面へ何度も叩きつけられそうになる。

 だが──離さない。喰らいついたまま、歯を食いしばる。


 「ッ、ぐっ……! まだだ……ッ!!」


 口の中は血と唾液でぐちゃぐちゃだ。

 でも、その隙間から、短く息を吸って──俺は、喉元の裂け目に、手を突っ込んだ。


 (──届く……! 頚髄に!)


 全力で、腕をねじ込む。激痛に暴れまわる巨獣。

 骨を掴んで、引き抜くくらいの勢いで──


 「らあああああッ!!」


 ──ゴギャリ、と鈍く嫌な音がした。


 次の瞬間、ジャイアントパウンドの動きがピタリと止まる。

 息を止めたまま、巨体が崩れ落ちた。


 「……はぁ、はっ……」


 俺も、その上に倒れ込んだ。全身、血まみれ。視界が霞む。


 けれど──


 (……生きてる。俺、生き延びた……)


 全身に残るのは、戦いの痕。そして、確かな“勝利の熱”だった。

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