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悪食ハンター、今日もダンジョンで死にかける  作者: 三誠堂スナオ
第1章 最底辺から始まる悪食譚
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02話 Fランクハンター、“悪食”が覚醒したらこうなった

 ──眩しかった。


 空が、燃えていた。ビルの屋上から見下ろす街は、炎と黒煙に呑まれていた。鉄と血の匂いが、鼻を突いた。遠くの空で、何かが吠えていた。巨大な影が、瓦礫を踏み砕きながらこちらに迫ってくる。


 「だいじょうぶ、もうすぐ、終わるからね」

 

 小さな自分を抱えてくれたのは、誰だか分からない。

でも、ボロボロになりながら目の前を走るその背中は──まるでヒーローだった。

 “ハンター”という言葉を知ったのは、そのときだ。

 

 それが、俺の「最初」だった。

 十三年前の《大事変》──異界とつながったあの日。

日本中にゲートが開いて、魔物が溢れ出し、世界が狂ったあの日。

 その地獄の中で、ただ一つ、光だった背中を……俺は、今でも覚えてる。あの背中が、格好良かったから。守る力がどうとか、正義がどうとか──そんな高尚な動機じゃない。

 

 ──ああなれば、きっとモテる。

 

 そう思った。心の底から、そう思った。だから、俺はハンターになった。

 大学に通いながら、誰にも期待されないまま、バイト代を試験代に注ぎ込んで。

 平凡な日々を送る“普通の大学生”としての顔の裏で、俺は夢を見ていた。

 いつか、あの背中みたいに強くなって、あのハンターのような綺麗な人に振り向いてもらえる──そんなかっこいい男に。

 

 ──そんな夢を、見ていた。

 

 そして、


 ──目が覚めた。

 喉の奥が、焼けるように乾いていた。けれど、痛みはなかった。ゆっくりと腕を持ち上げる。動く。ちゃんと、動いた。


 (マジか、ははっ……まだ生きてんだけど)


 昨日──いや、さっきまで、折れていたはずの足が……歩ける。

 (何だ、これ……マジで、夢だった?)


 足を地面につけて、そっと体重を乗せる。びくりとも痛まない。それどころか、全身が軽い。

異様なまでに。

 ゆっくりと立ち上がると、骨が軋むような音もなく、スッと姿勢が起きた。自分の体じゃないみたいだ。


 (いや、違う。“夢”じゃないよな)


 そう思った瞬間、鼻腔に何かが引っかかった。土の匂いに混じって、微かな“獣の臭い”が漂っていた。腐ったような、鉄臭いような、でも妙に生々しい──魔物の気配。

 以前の俺なら、こんな距離から魔物の臭いなんて気づくはずもなかった。


 (体が……変わってる?)


 そっとポーチを探る。中には、魔石は一つもなかった。

 昨日──いや、どれくらい前かはわからない。が、俺はその魔石を、喰った。あの時は、空腹だった。それだけだった。

 けれど、なんとなくわかる。魔石の“何か”が、俺の中身を変えたんだと。

 魔力の熱。あの、喉元を焼くような衝撃。きっと──《悪食》が、魔石を喰って、“吸収”したんだ。


 「……まじか。悪食、クソの役にも立たなかったのに」


 呟いた直後、地面の先、岩影の奥に動く影を見た。一体の魔物。獣型。爪は鋭く、牙は黄ばんでいた。

 Eランクモンスター、下位種の〈シャドウパウンド〉。

 昔、先輩ハンターが言っていた。


 「あれに出会ったら、逃げろよ。お前なんかじゃ、ぜってぇ勝てねぇからさ」


 けれど。


 咄嗟に逃げるという発想は、浮かばなかった。

代わりに浮かんだのは──“やれるかもしれない”という確信に近い感覚だった。

 魔物が飛びかかってきた。

 考えるより先に、体が動いていた。足が地を蹴る。右拳を引いた。自然と腰が沈む。打ち出す。


 ──ドンッ。


 拳が、魔物の顎を捉えた。鈍い音と共に、シャドウパウンドが弾け飛ぶ。岩壁に激突。


 「……マジかよ」


 自分の拳を見下ろす。むしろ、胸の奥が熱い。全身にみなぎる力が、快感ですらある。全身が熱く、滾っている。


 (これは……)


 喰った魔石が、俺の中で力に“変換”されたんだ。

 魔力。それを体に宿すための“器”が拡張された──いや、“再構築”されたような、そんな感じ。


 「……本当に、俺の力かよ」

 

 今までの自分が嘘のように、体が思った通りに動く。拳を握る手に、力が漲る。確かに俺は“変わった”。

 そのとき──シャドウパウンドがゆっくりと起き上がる。低い唸り声が響いた。

 武器はない。けれど、俺は全く怯まなかった。怖くなかった。むしろ──腹が減ってきた。

 咳を吐きながら立ち上がってきた魔物が、今度は横薙ぎの爪を振るってくる。体をひねって回避。意識せずとも、重心移動が自然だった。そのまま距離を詰め、肋骨の脇に膝を叩き込む。

 

 ドスッ──乾いた音と共に、魔物が転がる。


 今度は動かない。息をしてはいるが、起き上がる気配がない。

 

 (勝った……)

 

 深く息を吐きながら、確かめるように拳を見つめた。今の俺に、どれほどの力があるのかはまだわからない。でも、間違いなく言えることが一つある。

 

 ──“昨日の俺じゃ、絶対に勝てなかった”。

 

 体が軽い。視界が広い。感覚が、研ぎ澄まされていく。

 筋力だけじゃない、感覚だけでもない。もっと根本的な“中身”が変わった気がする。

 

 (……やっぱ、魔石を……)

 

 戦闘の興奮が冷める中で、ふと気づく。魔物の血の匂い──それが、昨日よりも、妙に“うまそう”に思えた。

 

 (喰える、って……思った)


 腹は減っていない。けど、体が欲してる。

 それはまるで、内側から“もっと寄こせ”と囁かれているような……

 

 自然と足は、死骸へと向かっていた。魔石の位置は知っている。

 跪き、抱え、まるで獣のように———歯を突き立てた。



* * * * *



 「……確認ですが、君たちは、Fランクハンターの男性と一緒にダンジョンに入ったんですね?」


 灰色の壁と白い蛍光灯に囲まれた、小さな応接室。その中央に、五人の若者が並んで座っている。対面には、スーツを着た協会員の若い女性──おそらく二十代前半だろう。


 「はい。ええと……たしか、“くず”って名前だったと思います」


 そう答えたのは、金髪の青年──このパーティーのリーダー、光成こうせいだ。

 口調は丁寧だが、へらへらと軽薄そうに笑い、足を組んで仰け反る姿勢からは、どこか場違いな余裕が浮かんでいた。


 「彼とはどういう関係ですか?」


 「バイト、みたいなもんです。荷物持ちっていうか。魔石とか素材とか、ほとんど全部あいつに拾わせてたし、正直、だいぶ助かってましたよ」


 軽く笑い、肩をすくめる光成。ふざけてるつもりはないのかもしれないが、真面目さは微塵も感じられない。

 その隣で、ピンクの髪に黒メッシュの──凪沙なぎさが、俯いて唇を噛みしめていた。


 (……なに笑ってんのよ。あーしの代わりに、あの人は……)


 かつては、その軽いノリが好きだった。頼りがいがあり“そう”な、その姿に惹かれた。

 ──でも、もう無理。あんなの、ただの虚像だった。


 「凪沙さん?」


 協会員の女性が声をかけると、凪沙はびくっと肩を揺らし、顔を上げた。


 「……はい」


 「あなたは、彼に助けられたそうですね。もう少し詳しく教えてもらえますか?」


 「…………」


 言葉が出ない。喉が詰まって、苦しくなる。

 ──魔物に襲われ、転倒したあの瞬間。誰もが逃げる中、真っ先に戻ってきてくれたのは、“彼”だけだった。


 「……あの人は、あーしを……助けてくれました。崖の前で……真っ先に、戻ってきて……あーしの手を、握ってくれて……」


 声が震え、尻すぼみに途切れる。その隙をつくように、光成が会話に割って入った。


 「いやでも、それって──要するに勝手に突っ込んで、崖から落ちたってだけっすよ? 俺ら、助けようとする間もなかったし」


 ピキッ、と音がしたような気がした。凪沙が光成を睨みつける。

 言葉は発しなかったが、そこにははっきりとした“軽蔑”の色があった。


 (お前ら、助ける気なんて、最初からなかったくせに……!)


 「……ま、俺らだって、やれるだけのことはやりましたし。責められるのは筋違いっていうか、ね?」


 光成が視線を他のメンバーへ向ける。が、反応は鈍い。大柄で短髪の男、康則は腕を組んだまま目を逸らし、舌打ちに似た息を吐いた。


 「マジで……余計なことになったな」


 神経質そうな眼鏡男、シュウは足元ばかり見て黙り込む。一番年下の女──ミナは、スマホをいじっていた手を止め、苦笑のような表情を浮かべる。


 「……ついてないよね、あたしたち」


 誰も、バイトで雇った程度の男の心配をしている者はいなかった。ただ、その場をやり過ごしたいという空気が、流れていた。


 「……了解しました。こちらも救助班を派遣しています。念のため、ゲート内の捜索は継続します」


 協会員は書類を手元でまとめながら、淡々とそう告げた。


 「ただし、状況確認のため、しばらくこの支部内で待機していただきます。あくまで保護という名目ですが、ご協力をお願いします」


 「え、それって……拘束ってことすか?」


 光成が苦笑を浮かべる。が、協会員の目は冷たかった。

 

 「虚偽の報告、あるいは故意に他者を攻撃した行動が認められた場合──ハンター登録の取り消しも視野に入る措置です」


 ギリッと歯ぎしりする音が聞こえた。光成は何か言いたげだったが、それ以上は黙り込んだ。

 一方、凪沙は膝の上で手を固く握っていた。怒りと後悔と、そして──あの手の温もり。


 (……生きてて。お願いだから)


 祈るように目を伏せた。


 

* * * * *


 同時刻──Eランクダンジョン前。


 「救助班、全員到着しました」


 報告を受けたのは、協会所属の中堅ハンター、安井だった。だるそうに腕を組み、ダンジョン前の魔力反応を確認するモニターを見下ろす。


 「Fランクの一人きり、か……どう考えても、生きちゃいねえな」


 口調には、明らかな無関心と面倒臭さがにじんでいる。

 ──協会所属のハンター。それは、言ってみれば“公務員枠”だ。安定した給料と立場は得られるが、リスクや稼ぎの面では民間ギルドに大きく劣る。優秀な者ほど、協会には残らない。


 「早いとこ形式だけでも捜索して、終わらせようぜ。今日は飲み会あるしな」


 冗談ともつかない口調で、仲間が笑う。本気で助ける気なんてない。むしろ、最初から“死亡処理”の名目でやっているのだ。安井は片手を上げ、無気力な号令をかけた。


 「捜索開始。ゆるっといくぞ、ゆるっとな」


 そうして、遅々と動き始めた“救助班”の足取りは、明らかに重かった。

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